ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第68話『ゲマの手札』

 踏み込んだ足が、石畳を強く踏みしめた。

 

 火球は、もう目の前にある。

 

 考える時間はない。

 

 見えた芯へ、刃を置く。

 

「しんくう斬り」

 

 メタルキングのけんが、赤い光の中心を裂いた。

 

 メラミが割れる。

 

 完全に消えたわけではない。

 左右へ裂けた炎が、俺の頬と肩を焼きながら後ろへ流れていく。

 

 熱い。

 

 だが、直撃ではない。

 

 耐えられる。

 

「ほう」

 

 炎の向こうで、ゲマが笑った。

 

「メラミを斬りますか」

 

「まだだ」

 

 俺は流れていく炎を抜け、踏み込んだ。

 

 距離を詰める。

 

 赤紫のローブ。

 青白い顔。

 細い首。

 

 届く。

 

 そう思った瞬間、ゲマの身体が横へ滑った。

 

 速い。

 

 痩せた身体が、布のように流れる。

 剣先は首を捉えきれず、ローブの端を裂いた。

 

「危ないですねえ」

 

 ゲマはくつくつと笑う。

 

「まともに受ければ、今ので終わっていましたよ」

 

「次は当てる」

 

「では、当たる前に」

 

 ゲマの口が開いた。

 

 喉の奥に、赤い光が見えた。

 

 呪文ではない。

 

 息だ。

 

 かえんのいき。

 

 炎が横へ広がり、壁のように押し寄せる。

 

 メラミとは違う。

 火球ではない。

 芯を探して斬るものではない。

 

 燃える息が、面で来る。

 

 なら、使うものは決まっている。

 

「バーハ」

 

 短く唱える。

 

 見えない膜が、俺の身体を包んだ。

 

 炎がぶつかる。

 

 熱が皮膚を刺す。

 髪の先が焦げる。

 息を吸えば喉まで焼ける。

 

 完全には防げない。

 

 だが、勢いは落ちた。

 

 進める。

 

 一歩。

 

 さらに一歩。

 

 俺は炎の中を突っ切った。

 

 ゲマの細い目が、わずかに動く。

 

「準備してきた、というわけですか」

 

「それだけじゃない」

 

 剣を振る。

 

 今度は届いた。

 

 メタルキングのけんが、ゲマの肩口を裂く。

 

 赤紫の布が破れ、青白い肌に赤い線が走った。

 

 浅い。

 

 急所を外された。

 

 それでも、傷はつけた。

 

「なるほど」

 

 ゲマは自分の肩を見た。

 

 痛がる様子はない。

 

 ただ、確認している。

 

 俺が何をしたのか。

 どこまで届くのか。

 何を持っているのか。

 

 その全部を、目の前で数えている。

 

「剣に魔力を通し、呪文を斬る。ブレスにも対応」

 

 ゲマの視線が、俺の腕へ落ちた。

 

「その腕輪で速さも補っている」

 

 見抜かれた。

 

 ほしふるうでわ。

 

 やはり、ただ笑っているだけではない。

 こいつは、こちらの手札を一つずつ剥がしている。

 

 ゲマが動いた。

 

 魔道士なら、距離を取る。

 

 呪文を撃つ。

 こちらの剣の届かない場所から焼く。

 

 だが、ゲマは違った。

 

 ローブを翻し、炎の熱が消えきらない中へ踏み込んでくる。

 

 細い腕が伸びた。

 

 見た目に似合わない速さ。

 見た目に似合わない重さ。

 

 受ける。

 

 剣を戻す。

 

 間に合う。

 

 そう思った瞬間、ゲマの腕がわずかに軌道を変えた。

 

 剣の腹をすり抜ける。

 

 胸だ。

 

 痛恨の一撃。

 

 音が消えた。

 

 胸の奥で何かが軋む。

 息が潰れ、身体が後ろへ飛ばされる。

 

 地面に足を突き立てた。

 

 倒れるな。

 

 ここで倒れれば終わる。

 

 膝が折れかける。

 竜紋の手甲をつけた腕で、無理やり身体を支えた。

 

「ぐ……」

 

 口の中に血の味が広がる。

 

 重い。

 

 魔道士の姿をしていても、こいつは魔物だ。

 まともに食らえば、骨ごと砕かれる。

 

「おや。まだ立ちますか」

 

 ゲマが笑う。

 

「しぶといですねえ」

 

「……ホイミ」

 

 胸へ手を当て、呪文を通す。

 

 淡い光が身体を包んだ。

 

 呼吸が少し戻る。

 痛みは消えない。

 傷も塞ぎきれない。

 

 それでも、剣を握る力は戻った。

 

「回復まで使う」

 

 ゲマの声が、ほんの少し低くなった。

 

「本当に、ただの剣士ではありませんね」

 

 その声を聞いた瞬間、背筋が冷えた。

 

 ゲマは待っていなかった。

 

 ホイミの光が消えきる前に、次の赤い光が指先に灯っている。

 

 メラミ。

 

 早い。

 

 俺は身体を横へ投げた。

 

 火球が肩をかすめる。

 

 熱が皮膚を削り、服が燃えた。

 転がりながら、地面へ腕を叩きつけて火を消す。

 

 立て。

 

 止まるな。

 

 ゲマは笑っている。

 

 回復するなら、その隙を焼く。

 距離を詰めるなら、痛恨を合わせる。

 離れれば、メラミで追う。

 

 一つ対応するたびに、次の手が来る。

 

 これがゲマだ。

 

 原作でパパスを殺した魔物。

 

 ただ強いだけじゃない。

 嫌なところを、迷わず突いてくる。

 

 兵たちが動きかける気配がした。

 

「動くな」

 

 馬上から、ラインハット王の声が飛んだ。

 

 短く、重い声だった。

 

 誰も前へ出ない。

 

 王は分かっている。

 

 兵が入れば、ゲマは兵を狙う。

 ヘンリーを狙う。

 リュカを狙う。

 

 この戦いの形を崩してはいけない。

 

 俺は息を吐いた。

 

 焦げた匂いが鼻につく。

 胸が痛む。

 肩が焼ける。

 

 だが、まだ動ける。

 

 俺は踏み込んだ。

 

 痛みを置き去りにする。

 

 ほしふるうでわが熱を持つ。

 

 世界が遅くなる。

 

 ゲマの笑み。

 赤紫のローブ。

 青白い首筋。

 

 届く。

 

 今度こそ。

 

 ゲマの腕が、再び動いた。

 

 痛恨の一撃をもう一度狙っている。

 

 同じ手を二度食らうか。

 

 俺は剣を引き戻さない。

 

 受けるのではなく、踏み込む。

 

 ゲマの腕が、俺の肩をかすめた。

 肉が裂け、熱い血が飛ぶ。

 

 だが、止まらない。

 

 痛恨には。

 

 会心で返す。

 

 メタルキングのけんを、渾身の力で振り抜いた。

 

 刃がゲマの胸を斜めに裂く。

 

 会心の一撃。

 

 確かに入った。

 

 だが、ゲマは最後の一瞬で身を引いていた。

 

 首を断つはずだった軌道は、胸を裂くにとどまる。

 

 赤紫のローブが破れ、青白い身体に深い傷が走った。

 

 ゲマが大きく後ろへ下がる。

 

 初めて、笑みが止まった。

 

 遺跡の前に、一瞬だけ沈黙が落ちる。

 

 兵たちも。

 王も。

 リュカも。

 ヘンリーも。

 

 誰も声を出さなかった。

 

 ゲマは自分の胸の傷へ指を触れた。

 

 その指先を見つめる。

 

「……なるほど」

 

 低い声だった。

 

「貴方は、本当に私を殺すつもりでここに来た」

 

「最初からそう言っている」

 

「ええ。そうでしたね」

 

 ゲマの笑みが戻る。

 

 だが、薄い。

 

 さっきまでの余裕とは違う。

 

 警戒。

 苛立ち。

 そして、殺意。

 

「ならば、こちらも手を惜しむ必要はありませんね」

 

 ゲマの周囲に、薄い光の膜が広がった。

 

 マホカンタ。

 

 呪文を跳ね返す壁。

 

 俺は剣を構えたまま、目を細める。

 

 今さらか。

 

 そう思いかけて、すぐに違うと分かった。

 

 ゲマは俺の剣を恐れて、これを張ったわけではない。

 

 俺はメラミを斬った。

 バーハを使った。

 ホイミも使った。

 

 まだ何かあるかもしれない。

 

 こいつは、見えている剣ではなく、まだ見せていない手を潰しに来たのだ。

 

「念には念を、ですよ」

 

 ゲマが言った。

 

「あなたが次に何を唱えるのか、待って差し上げる理由はありませんからねえ」

 

「そうか」

 

 俺は短く答えた。

 

 なら、こちらも見せる。

 

 背の包みに手を伸ばす。

 

 布をほどき、もう一本の剣を取り出した。

 

 天空の剣。

 

 鞘から抜いた瞬間、光が刃を走る。

 

 ゲマの表情が変わった。

 

「……その剣は」

 

 初めて、声から笑いが消えた。

 

 俺は天空の剣を掲げる。

 

 この剣は、俺の手には馴染まない。

 

 勇者のための剣だ。

 

 俺が斬るための剣ではない。

 

 だが、今必要なのは、ゲマを斬ることではなかった。

 

 白い波が、刃から広がる。

 

 いてつくはどう。

 

 ゲマの周囲を覆っていた光の膜が、波に触れた瞬間、砕けて消えた。

 

 マホカンタが剥がれる。

 

 ゲマの細い目が、大きく見開かれた。

 

「天空の、剣……!?」

 

 その声は、さっきまでとは違っていた。

 

「なぜ、貴様がそれを持っている!?」

 

「答える義理はない」

 

「まさか」

 

 ゲマの視線が、天空の剣から俺へ移る。

 

「貴様が……天空の勇者だとでも?」

 

 違う。

 

 俺は天空の勇者ではない。

 

 この剣に選ばれた者でもない。

 

 だが、その誤解を解いてやる必要はなかった。

 

 ゲマの判断が、一瞬だけ鈍った。

 

 それだけで十分だ。

 

 俺は天空の剣を鞘へ戻し、再びメタルキングのけんを握った。

 

 斬るための剣は、こちらだ。

 

「勇者かどうかは関係ない」

 

 剣先をゲマへ向ける。

 

「お前を倒すのは、俺だ」

 

 ゲマは黙っていた。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 そして、笑った。

 

 今までで一番、薄い笑みだった。

 

「面白い」

 

 ゲマの指先に、再び赤い光が灯る。

 

「本当に面白いですよ」

 

 ゲマが下がる。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 距離を取られた。

 

 まずい。

 

 追う。

 

 だが、胸の奥に痛みが走った。

 

 痛恨の一撃を受けた場所だ。

 

 ホイミで塞ぎきれなかった傷が、呼吸を邪魔する。

 

 足が半歩、遅れた。

 

 ゲマはそれを見逃さない。

 

 赤い光が膨れ上がる。

 

 メラミ。

 

 剣を上げる。

 

 だが、肩の傷が引きつった。

 

 腕が遅い。

 

 足も動かない。

 

 ゲマの笑みが、炎の向こうで歪む。

 

「終わりです」

 

 赤い火球が、俺の胸元へ迫った。

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