ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第9話『ベネットじいさん』

 夜のルラフェンは、思っていたよりも静かだった。

 

 昼間なら、人の声や商人の呼び込みで賑わっているのだろう。

 けれど今は、家々の窓に小さな灯りが残るだけだ。

 薬草の匂いが、夜風に混じって漂っている。

 

 ルラフェン。

 

 ゲームでは、何度も来た町だ。

 だが実際に立ってみると、記憶の中の町よりもずっと広く感じる。

 

 問題は、ベネットじいさんの家だ。

 

 俺の記憶にあるのは、町の中にいる変わり者の老人。

 ルーラの研究をしていて、ルラムーン草を必要としている。

 

 だが、画面の中なら数歩で済む場所も、現実だとそうはいかない。

 

 夜中に家を一軒一軒叩いて回るわけにもいかない。

 完全に不審者だ。

 いや、今の俺は見た目だけなら屈強な旅人だが、夜中に老人を探して歩く屈強な男は普通に怖い。

 

 まずは聞くしかない。

 

 宿の明かりがまだついていた。

 先ほどの商人が入っていった宿だ。

 

 俺は戸を叩く。

 

「夜分にすまない」

 

 奥から宿の主人らしき男が顔を出した。

 眠そうな目だったが、俺を見ると少し姿勢を正した。

 

「こんな時間に、どうされました?」

 

「ベネットという老人の家を探している」

 

「ああ、ベネットじいさんですか」

 

 名前はすぐに通じた。

 

 やはり有名人らしい。

 

「あのじいさんなら、たぶんまだ起きてますよ。夜になると妙な研究を始める人ですから」

 

「場所を教えてもらえるか」

 

「町の奥です。薬草畑のそばにある、煙突の曲がった家ですよ。夜でも明かりがついているなら、まず間違いありません」

 

「助かる」

 

 礼を言って宿を離れる。

 

 煙突の曲がった家。

 

 歩いてみると、すぐに分かった。

 町の奥。

 薬草の匂いが濃くなるあたりに、確かに少し傾いた煙突の家がある。

 

 窓からは、まだ明かりが漏れていた。

 

 中から、何かをひっくり返すような音がする。

 

 起きているどころか、かなり元気そうだ。

 

 俺は扉を叩いた。

 

「誰じゃ!こんな夜更けに!」

 

 しわがれた声が返ってくる。

 

「旅の者だ。ベネット殿に話がある」

 

「旅の者?こんな夜に?怪しいのう!」

 

 もっともだ。

 

 扉が少しだけ開く。

 隙間から、白い髭の老人がこちらを覗いた。

 

 小柄な老人だ。

 だが目だけは妙に鋭い。

 

 この人か。

 

 ベネットじいさん。

 

 ルーラを研究している変わり者。

 青年期なら、主人公が世話になる相手。

 

 まさか幼年期のパパス姿で訪ねることになるとは思わなかった。

 

「ベネット殿だな」

 

「そうじゃが……おぬし、ただの旅人ではなさそうじゃな」

 

「少し急いでいる」

 

「急いでいる者は、たいてい面倒事を持ってくるものじゃ」

 

 じいさんは鼻を鳴らした。

 

 正しい。

 

 俺は今、間違いなく面倒事を持ってきている。

 

「ルーラの研究をしていると聞いた」

 

 その言葉を出した瞬間、ベネットじいさんの目つきが変わった。

 

「ほう。誰から聞いた?」

 

「町で噂を聞いた」

 

「ふん。どうせ変わり者のじじいが、また空を飛ぶ呪文だの何だの言っておる、という話じゃろう」

 

「空を飛ぶ呪文ではない。行ったことのある町へ戻る呪文だ」

 

 ベネットじいさんが黙った。

 

 しまった。

 

 少し踏み込みすぎたか。

 

 だが、ここで曖昧にしても時間がない。

 

「……おぬし、本当に何者じゃ?」

 

「パパスという」

 

「名を聞いておるのではないわい」

 

 じいさんは扉を開けた。

 

「入れ。外で話す内容ではなさそうじゃ」

 

 家の中は、薬草と紙の匂いが混ざっていた。

 机の上には古い本。

 棚には瓶。

 床には丸められた紙が何枚も転がっている。

 

 研究室というより、研究に飲み込まれた家だ。

 

 ベネットじいさんは椅子に座ると、俺をじろりと見た。

 

「ルーラを知っているような口ぶりじゃったな」

 

「必要としているだけだ」

 

「覚えたいのか?」

 

「ああ」

 

「簡単に言うのう」

 

 じいさんは腕を組む。

 

「呪文というものは、力だけでどうにかなるものではない。ましてルーラは、場所の記憶と魔力の流れを結びつける面倒な呪文じゃ」

 

 場所の記憶。

 

 さっきキメラの翼で考えたことと近い。

 

「研究は進んでいるのか」

 

「あと一歩じゃ」

 

 ベネットじいさんは、悔しそうに机を叩いた。

 

「ルラムーン草があれば、仕上げられる」

 

 来た。

 

 ルラムーン草。

 

 夜にしか採れない草。

 

「どこにある」

 

「町の外じゃ。夜になると、月の光を受けて青白く光る。じゃが、魔物も出る。普通の者には勧めん」

 

「場所を教えてくれ」

 

「話が早すぎるわい」

 

 ベネットじいさんは呆れたように俺を見た。

 

「おぬし、本当に行く気か?」

 

「ああ。今夜中に必要だ」

 

「せっかちな男じゃのう」

 

 じいさんはしばらく俺を見ていた。

 

 何かを探るような目だった。

 

「事情は聞かん。聞いても、どうせ全部は話さん顔じゃ」

 

「助かる」

 

「ただし、死なれても困る。ルラムーン草は西の草地に出る。月の光が当たる場所を探せ。光っておるから、見れば分かる」

 

「分かった」

 

「採ったらすぐに持ってこい。夜が明けると、草の力が弱まる」

 

 時間制限つきか。

 

 いや、原作からして夜に採るものだ。

 そこは当然かもしれない。

 

「礼はする」

 

「礼など、成功してから言え」

 

 ベネットじいさんは鼻を鳴らす。

 

「わしも、その草がなければ研究が進まん。おぬしが取ってくるというなら、止めはせん」

 

「行ってくる」

 

 俺は立ち上がった。

 

 扉へ向かう背中に、じいさんの声が飛ぶ。

 

「パパスとやら」

 

 振り返る。

 

「ルーラは便利な呪文じゃ。じゃが、便利なものほど使う者を選ぶ。急ぐのはよいが、急ぎすぎて足元を見失うな」

 

 思ったより、まともな忠告だった。

 

「ああ。覚えておく」

 

 家を出る。

 

 夜風が、さっきより冷たく感じた。

 

 町の西。

 月の光。

 青白く光る草。

 

 ルラムーン草を取る。

 

 そして、ルーラを覚える。

 

 まだ夜は終わっていない。

 

 俺はルラフェンの町を出て、西の草地へ向かった。

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