ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
夜のルラフェンは、思っていたよりも静かだった。
昼間なら、人の声や商人の呼び込みで賑わっているのだろう。
けれど今は、家々の窓に小さな灯りが残るだけだ。
薬草の匂いが、夜風に混じって漂っている。
ルラフェン。
ゲームでは、何度も来た町だ。
だが実際に立ってみると、記憶の中の町よりもずっと広く感じる。
問題は、ベネットじいさんの家だ。
俺の記憶にあるのは、町の中にいる変わり者の老人。
ルーラの研究をしていて、ルラムーン草を必要としている。
だが、画面の中なら数歩で済む場所も、現実だとそうはいかない。
夜中に家を一軒一軒叩いて回るわけにもいかない。
完全に不審者だ。
いや、今の俺は見た目だけなら屈強な旅人だが、夜中に老人を探して歩く屈強な男は普通に怖い。
まずは聞くしかない。
宿の明かりがまだついていた。
先ほどの商人が入っていった宿だ。
俺は戸を叩く。
「夜分にすまない」
奥から宿の主人らしき男が顔を出した。
眠そうな目だったが、俺を見ると少し姿勢を正した。
「こんな時間に、どうされました?」
「ベネットという老人の家を探している」
「ああ、ベネットじいさんですか」
名前はすぐに通じた。
やはり有名人らしい。
「あのじいさんなら、たぶんまだ起きてますよ。夜になると妙な研究を始める人ですから」
「場所を教えてもらえるか」
「町の奥です。薬草畑のそばにある、煙突の曲がった家ですよ。夜でも明かりがついているなら、まず間違いありません」
「助かる」
礼を言って宿を離れる。
煙突の曲がった家。
歩いてみると、すぐに分かった。
町の奥。
薬草の匂いが濃くなるあたりに、確かに少し傾いた煙突の家がある。
窓からは、まだ明かりが漏れていた。
中から、何かをひっくり返すような音がする。
起きているどころか、かなり元気そうだ。
俺は扉を叩いた。
「誰じゃ!こんな夜更けに!」
しわがれた声が返ってくる。
「旅の者だ。ベネット殿に話がある」
「旅の者?こんな夜に?怪しいのう!」
もっともだ。
扉が少しだけ開く。
隙間から、白い髭の老人がこちらを覗いた。
小柄な老人だ。
だが目だけは妙に鋭い。
この人か。
ベネットじいさん。
ルーラを研究している変わり者。
青年期なら、主人公が世話になる相手。
まさか幼年期のパパス姿で訪ねることになるとは思わなかった。
「ベネット殿だな」
「そうじゃが……おぬし、ただの旅人ではなさそうじゃな」
「少し急いでいる」
「急いでいる者は、たいてい面倒事を持ってくるものじゃ」
じいさんは鼻を鳴らした。
正しい。
俺は今、間違いなく面倒事を持ってきている。
「ルーラの研究をしていると聞いた」
その言葉を出した瞬間、ベネットじいさんの目つきが変わった。
「ほう。誰から聞いた?」
「町で噂を聞いた」
「ふん。どうせ変わり者のじじいが、また空を飛ぶ呪文だの何だの言っておる、という話じゃろう」
「空を飛ぶ呪文ではない。行ったことのある町へ戻る呪文だ」
ベネットじいさんが黙った。
しまった。
少し踏み込みすぎたか。
だが、ここで曖昧にしても時間がない。
「……おぬし、本当に何者じゃ?」
「パパスという」
「名を聞いておるのではないわい」
じいさんは扉を開けた。
「入れ。外で話す内容ではなさそうじゃ」
家の中は、薬草と紙の匂いが混ざっていた。
机の上には古い本。
棚には瓶。
床には丸められた紙が何枚も転がっている。
研究室というより、研究に飲み込まれた家だ。
ベネットじいさんは椅子に座ると、俺をじろりと見た。
「ルーラを知っているような口ぶりじゃったな」
「必要としているだけだ」
「覚えたいのか?」
「ああ」
「簡単に言うのう」
じいさんは腕を組む。
「呪文というものは、力だけでどうにかなるものではない。ましてルーラは、場所の記憶と魔力の流れを結びつける面倒な呪文じゃ」
場所の記憶。
さっきキメラの翼で考えたことと近い。
「研究は進んでいるのか」
「あと一歩じゃ」
ベネットじいさんは、悔しそうに机を叩いた。
「ルラムーン草があれば、仕上げられる」
来た。
ルラムーン草。
夜にしか採れない草。
「どこにある」
「町の外じゃ。夜になると、月の光を受けて青白く光る。じゃが、魔物も出る。普通の者には勧めん」
「場所を教えてくれ」
「話が早すぎるわい」
ベネットじいさんは呆れたように俺を見た。
「おぬし、本当に行く気か?」
「ああ。今夜中に必要だ」
「せっかちな男じゃのう」
じいさんはしばらく俺を見ていた。
何かを探るような目だった。
「事情は聞かん。聞いても、どうせ全部は話さん顔じゃ」
「助かる」
「ただし、死なれても困る。ルラムーン草は西の草地に出る。月の光が当たる場所を探せ。光っておるから、見れば分かる」
「分かった」
「採ったらすぐに持ってこい。夜が明けると、草の力が弱まる」
時間制限つきか。
いや、原作からして夜に採るものだ。
そこは当然かもしれない。
「礼はする」
「礼など、成功してから言え」
ベネットじいさんは鼻を鳴らす。
「わしも、その草がなければ研究が進まん。おぬしが取ってくるというなら、止めはせん」
「行ってくる」
俺は立ち上がった。
扉へ向かう背中に、じいさんの声が飛ぶ。
「パパスとやら」
振り返る。
「ルーラは便利な呪文じゃ。じゃが、便利なものほど使う者を選ぶ。急ぐのはよいが、急ぎすぎて足元を見失うな」
思ったより、まともな忠告だった。
「ああ。覚えておく」
家を出る。
夜風が、さっきより冷たく感じた。
町の西。
月の光。
青白く光る草。
ルラムーン草を取る。
そして、ルーラを覚える。
まだ夜は終わっていない。
俺はルラフェンの町を出て、西の草地へ向かった。