愉悦者は嘲笑う~世界を書き換えて遊んでいたら、政府も軍も本気で世界の真実を探し始めた~ 作:ユーザーA
六月二十七日、午後十一時四十七分。
Visionで配信されていたライブ配信は、何の前触れもなく終了した。
画面へ映し出されるのは、たった一文。
『ライブ配信は終了しました。』
二十一万人を超える視聴者が、その画面を見つめたまま固まっていた。
誰も理解できない。
今、自分たちは何を見たのか。
ユウトはどこへ消えたのか。
最後に聞こえた男の声は誰だったのか。
数秒前まで絶え間なく流れていたコメント欄は、まるで時間が止まったように静まり返っていた。
十秒。
二十秒。
三十秒。
ようやく、一人の視聴者が短く書き込む。
『……終わった?』
その一文が、張り詰めていた空気を一気に壊した。
『ユウト!?』
『返事してくれ!!』
『今の何だった!?』
『配信切れた!?』
『演出だよな!?』
『誰か録画してる!?』
『最後、人影映ってたぞ!!』
『警察呼べ!!』
『いやマジで警察案件だろ!!』
『家族に連絡できる奴いないの!?』
コメントは一気に加速し、画面を埋め尽くす。
数秒で数千件。
一分も経たないうちに数万件へ達し、Visionのコメントサーバーには一時的な遅延まで発生していた。
同じ頃。
世界最大匿名掲示板「Open Forum」。
都市伝説・怪談・未解決事件板。
そこへ一つのスレッドが立つ。
【速報】終電ライブ配信で配信者が消えた
1:名無しの探索者
見てた奴いる?
2:名無しの探索者
見てた。
3:名無しの探索者
最後ヤバすぎ。
4:名無しの探索者
あれ演出なのか?
5:名無しの探索者
スマホ落ちたよな。
6:名無しの探索者
最後ブラックアウト。
7:名無しの探索者
人影いた。
8:名無しの探索者
誰か録画アップ。
9:名無しの探索者
保存済み。
10:名無しの探索者
今確認してる。
投稿から、まだ一分も経っていない。
それにもかかわらず、書き込みは止まらなかった。
『駅名標変わってたよな?』
『「ようこそ」って出てた。』
『最初は無かった。』
『絶対途中からだ。』
『女の声聞こえた奴いる?』
『「その人を信じるの?」って言ってた。』
『イヤホンで聞くと分かる。』
『録音解析してる。』
『映像もフレーム単位で確認する。』
『配信ページ保存しとけ!』
スレッドの勢いは異常だった。
普段なら数時間は持つスレッドが、一分ごとに百件以上の速度で伸び続けている。
掲示板の住人たちも、その異常な勢いに気付き始めていた。
『勢い五万超えてるぞ。』
『いや、まだ上がってる。』
『板史上最速じゃね?』
『管理人起きろ。』
『もう次スレ準備しろ。』
『これ絶対ニュースになる。』
その予想は、すぐに現実となる。
Open Forumへのアクセス数が急激に増加し始めたのだ。
都市伝説好きだけではない。
配信を見終えた一般視聴者。
ニュースを見て飛んできた者。
配信者。
動画編集者。
映像解析を専門とする者。
鉄道ファン。
怪談研究家。
これまで交わることのなかった人々が、一つのスレッドへ集まり始めていた。
そして、その中の一人が静かに書き込む。
『最後の数秒、画像を補正してみる。』
その一言で、スレッド全体の空気が変わった。
誰もが固唾を呑み、その解析結果を待ち始めていた。
♢
『最後の数秒、画像を補正してみる。』
その一文が投稿されると、それまで猛烈な勢いで流れていたスレッドが、一瞬だけ静まり返った。
誰もが同じことを考えていた。
あの最後の映像。
スマートフォンが地面へ落ちた数秒間。
あそこに何かが映っていた。
そう感じていたのは、一人や二人ではない。
『頼む。』
『解析班仕事してくれ。』
『俺も画像抜き出してる。』
『動画そのままじゃ潰れて見えない。』
『AI補正かけてみる。』
『音声も別で解析中。』
『フレーム分解終わったら上げる。』
数分後。
一枚の画像が投稿された。
タイトルは簡潔だった。
【最後のフレーム】
スマートフォンが地面へ落ちた瞬間を切り出したものだった。
画面の大半は暗闇。
床だけがかろうじてライトに照らされている。
しかし、その奥。
肉眼では気付けないほど暗い場所に、ぼんやりと黒い影が立っていた。
『いた。』
『マジで映ってる。』
『人じゃね?』
『いや、ノイズだろ。』
『ノイズにしては形がおかしい。』
『立ってるように見える。』
投稿された画像は瞬く間に保存され、別の利用者たちによって再解析が始まる。
『コントラスト上げた。』
『輪郭出るぞ。』
『明るさ最大にしてみる。』
『まだ見えない。』
『もっと補正する。』
数十分のうちに、同じ画像の解析版が何十枚も投稿された。
しかし、不思議なことが起きる。
『……おかしくないか?』
『何が?』
『影の位置が違う。』
ある画像では左側。
別の画像では中央。
さらに別の画像では右端。
同じフレームを解析しているはずなのに、黒い人影の位置が一致しない。
『補正ミス?』
『いや、元動画からやり直しても変わる。』
『意味分からん。』
『こんなの初めて見た。』
さらに音声解析班からも報告が上がる。
『最後の「こっちだ。」だけ異常に綺麗。』
『周りノイズなのに声だけ鮮明。』
『指向性マイク使ったみたいな音質。』
『配信マイクじゃこうはならない。』
考察は次々と枝分かれしていく。
映像班。
音声班。
鉄道班。
都市伝説班。
配信機材班。
それぞれが専門知識を持ち寄り、ユウトが消えた数分間を解き明かそうとしていた。
気付けばスレッドは九百件を超えていた。
『もう埋まるぞ。』
『早すぎる。』
『まだ十五分くらいしか経ってないぞ。』
『次スレ立てた。』
『誘導よろしく。』
そして、一〇〇〇件目。
1000:名無しの探索者
これは演出じゃない。
スレッドは自動的に終了し、新しいスレッドへ人が雪崩れ込んでいく。
その勢いは衰えるどころか、さらに加速していた。
この夜を境に、「きさらぎ駅」は単なる都市伝説ではなく、一つの現実の事件としてネット中で語られ始める。
そして、その最初の目撃者となった二十一万人は、それぞれが録画データを手に、真実を探し始めていた。
♢
午前零時を迎えた頃には、Open Forumだけでは収まらなくなっていた。
世界最大SNS「Link」。
そこでも、ユウト失踪事件は爆発的な速度で拡散を続けていた。
タイムラインを更新するたび、新しい投稿が何百件も流れていく。
誰もが同じ配信を見ていた。
誰もが同じ結末を目撃していた。
だからこそ、一つひとつの投稿に現実味があった。
「最後まで見てたけど、震えが止まらない。」
「絶対に演出じゃない。」
「二十一万人が同時に見てる配信でトリックなんて無理だろ。」
「誰かユウトが無事だって言ってくれ。」
「最後の『こっちだ。』って誰なんだ。」
投稿数は一分ごとに更新され、その数字は異常な伸び方を見せていた。
トレンド画面を開く。
一位。
#ユウト失踪
二位。
#きさらぎ駅
三位。
#終電ライブ
四位。
#最後の配信
五位。
#こっちだ
普段なら芸能人やスポーツ、政治の話題が並ぶトレンド欄は、この事件だけで埋め尽くされていた。
さらに投稿は日本国内だけに留まらない。
自動翻訳機能によって世界中へ広がっていく。
“Is this real?”
“Kisaragi Station?”
“The streamer disappeared?”
“Twenty-one thousand witnesses?”
“Japan is terrifying…”
海外ユーザーも次々と反応し始める。
配信映像を見た者。
切り抜きを見た者。
ニュース記事から流れてきた者。
それぞれが「Kisaragi Station」という単語を検索し始めた。
その結果、これまで日本の都市伝説に詳しくなかった人々まで、きさらぎ駅という存在を知ることになる。
一方、Vision本社では緊急対応が続いていた。
深夜にもかかわらず、本社ビルの複数フロアに明かりが灯る。
サーバー管理室。
配信管理部。
法務部。
広報部。
普段なら深夜勤務を行わない部署まで社員が招集されていた。
「通信ログは?」
「異常ありません。」
「サーバー障害は?」
「発生していません。」
「配信データの欠損は?」
「ゼロです。」
報告が上がるたび、会議室の空気は重くなる。
原因が見つからない。
技術的な問題が何一つ確認できないのである。
さらに担当者が新しい資料を差し出した。
「こちらが配信終了ログです。」
大型モニターへ表示された一行。
【配信終了:配信者操作】
会議室が静まり返る。
「……そんなはずがない。」
一人の社員が小さく呟いた。
あの映像をリアルタイムで見ていた者なら、誰もそんな記録を信じられなかった。
ユウトは自分の意思で配信を終えたようには、とても見えなかったからだ。
だが、システムは嘘をついていない。
少なくとも、Visionの記録上ではそうなっていた。
♢
午前零時二十三分。
Visionは公式アカウントから最初の声明を発表した。
【本日配信中に発生した事案について】
現在、配信データおよび通信記録の確認を行っております。関係機関とも連携し、事実確認を最優先として対応しております。新たな情報が確認でき次第、お知らせいたします。
たった数行の文章。
しかし、その投稿は数分で数百万回表示され、コメント欄には膨大な返信が寄せられた。
「アーカイブは消さないでくれ。」
「ユウトは無事なんですか?」
「配信データを警察へ提出してください。」
「演出なら演出だと言ってください。」
「何も分からないのが一番怖い。」
Visionはそれ以上の説明を行わなかった。
説明できる情報が、何一つ存在しなかったからである。
同じ頃。
世界最大報道機関――World’s Eye News。
通称、WEN。
午前零時二十八分。
世界同時速報が配信された。
画面下へ赤い速報テロップが流れる。
『日本の動画配信者、ライブ配信中に消息不明』
続いて映し出されたのは、ユウトの配信開始時の映像だった。
終電へ乗り込む姿。
視聴者へ笑顔で話し掛ける様子。
そして、配信終了直前の数秒。
ブラックアウトする直前で映像は止められた。
最後の場面は放送されない。
世界中へ流すには刺激が強すぎると判断されたためだった。
スタジオではキャスターが静かに原稿を読み上げる。
「日本警察は現在、失踪した配信者の行方を捜索しています。」
「配信映像の真偽については現在調査中であり、事件性を含め慎重に捜査が進められています。」
「なお、配信内で登場した『きさらぎ駅』については、実在する鉄道駅ではないことが確認されています。」
そのニュースは英語版だけでは終わらない。
フランス語。
ドイツ語。
中国語。
スペイン語。
韓国語。
アラビア語。
世界百三十を超える国と地域へ、ほぼ同時に配信されていく。
各国のニュースサイトも、次々と記事を掲載し始めた。
『二十一万人が目撃した日本の失踪事件』
『都市伝説とライブ配信の奇妙な一致』
『Kisaragi Station――日本で語られる幻の駅』
これまで日本の一都市伝説として扱われていた「きさらぎ駅」は、一夜にして世界中の検索ランキングを駆け上がっていく。
海外の動画配信者たちも黙ってはいなかった。
「配信映像を検証するライブ」
「都市伝説解説」
「日本の鉄道を調べてみた」
関連配信が次々と始まり、その視聴者数も急増していく。
まだ事件発生から一時間も経っていない。
それにもかかわらず、「きさらぎ駅」は世界共通の話題となりつつあった。
そして、この速報はやがて、政府や研究機関、そして誰にも知られていない組織までも動かすことになる。
♢
六月二十八日、午前一時十二分。
日本政府は首相官邸地下にある危機管理センターへ、緊急招集を掛けていた。
深夜とは思えないほど慌ただしい空気が漂う。
警察庁。
防衛省。
総務省。
内閣官房。
内閣情報調査室。
各機関の幹部たちが次々と会議室へ集まり、机の上へ配布された資料へ目を落としていた。
表紙には一行だけ。
『ライブ配信中失踪事案』
大型スクリーンには、ユウトの最後の配信映像が映し出されている。
駅名標。
『ようこそ。』
暗いホーム。
そして。
「……こっちだ。」
映像はそこで止められた。
室内へ沈黙が流れる。
最初に口を開いたのは警察庁長官だった。
「現時点で本人の所在は不明。」
「乗車記録までは確認できています。」
「しかし、降車記録が存在しません。」
一人の幹部が眉をひそめる。
「カメラ映像は。」
「終点駅まで確認しました。」
「本人は映っていません。」
再び沈黙。
防衛省の担当者が静かに資料を閉じる。
「つまり。」
「列車へ乗った記録だけが存在し。」
「降りた記録が存在しない、と。」
「その通りです。」
部屋の空気が一段と重くなる。
常識では説明できない。
しかし、誰も「超常現象」という言葉を口にはしなかった。
現時点では、まだ。
その必要はないと考えていたからだ。
その時。
会議室の扉が静かに開く。
一人の職員が封筒を運んできた。
「失礼します。」
「内閣保管庫より提出要請がありました。」
机へ置かれたのは、一冊の古びたファイルだった。
色褪せた紙。
黄ばんだ表紙。
まるで何十年も前から保管されていたような外見をしている。
そこへ印字されていた文字を見て、室内の全員が目を止めた。
『特殊災害対策局』
誰かが小さく呟く。
「……何だ、これは。」
資料を開く。
そこには組織図。
局長名。
予算。
施設配置。
人員計画。
緊急対応マニュアル。
設立根拠法。
すべてが詳細に記されていた。
まるで、何年も前から実在していた政府組織であるかのように。
警察庁長官が困惑した表情で周囲を見る。
「誰か、この組織を知っているか。」
誰も答えない。
しかし。
不思議なことに、資料を読み進めるほど違和感が薄れていく。
「そういえば聞いたことがある。」
「以前説明を受けた気がする。」
「この局が担当だったはずだ。」
そんな感覚だけが、自然と頭へ浮かび始めていた。
誰も気付かない。
世界が、静かに”過去”を書き換え始めていることに。
♢
午前一時四十八分。
都内郊外。
政府庁舎とは離れた場所に建つ、窓の少ない灰色の建物。
正面には組織名すら掲げられていない。
しかし、玄関ホールへ足を踏み入れた者は、誰もその存在を疑わなかった。
そこは、日本政府直属組織――特殊災害対策局。
略称、SDA。
受付では職員たちが慌ただしく行き交い、複数の大型モニターにはユウトの配信映像が映し出されている。
「対象映像の解析状況は。」
「現在、映像解析班、音声解析班ともに作業中です。」
「現場特定は。」
「失敗しました。駅の構造が国内データベースと一致しません。」
局内には緊張した空気が漂っていた。
誰もが、この事件を単なる失踪事件とは考えていない。
やがて局長が静かに口を開く。
「本件を異常災害暫定案件として受理する。」
「対象コードは仮番号で構わない。」
「調査班を編成しろ。」
「了解。」
その一言で、局内が一斉に動き始めた。
同じ頃。
国立超常現象研究所――NPRI。
深夜にもかかわらず、第一会議室は満席だった。
歴史学者。
民俗学者。
物理学者。
画像解析の専門家。
言語学者。
各分野の研究員がスクリーンを見つめている。
所長は映像を停止し、静かに言った。
「先入観は捨ててください。」
「都市伝説だから。」
「合成映像だから。」
「そう決めつけた瞬間、真実を見失います。」
研究員たちは無言で頷く。
「私たちの仕事は否定することではありません。」
「事実を積み上げることです。」
その言葉を合図に、各研究室へデータが送信されていく。
駅名標。
ホーム構造。
照明。
音響。
男の声。
ノイズ。
すべてが解析対象となった。
さらに、その情報は政府を経由し、国際回線へ送られる。
送信先。
世界異常対策機構――WARO。
スイス・ジュネーブ本部。
巨大な円卓を囲む各国代表の前へ、日本から送られた事件資料が映し出される。
議長は資料へ目を通し、静かに告げた。
「日本政府から正式な協力要請を受理しました。」
「本案件を国際監視対象へ指定します。」
壁一面の世界地図が切り替わる。
日本列島が淡い赤色で表示された。
各国代表は静かに頷く。
「現時点では情報不足。」
「だが、各国情報機関は類似事例の有無を調査してください。」
「過去の未解決失踪事件も対象とします。」
命令は即座に世界各国へ伝達された。
その夜。
一般市民は「配信者失踪事件」として騒ぎ。
研究者は「未知の現象」として分析し。
政府は「国家案件」として対応を始め。
そして世界は、「国際監視案件」として動き始めた。
誰も知らない。
そのすべてが、一人の青年が退屈しのぎに蒔いた、たった一つの”種”から始まった出来事であることを。
♢
六月二十八日、午前二時三十六分。
世界中が一つの失踪事件で騒然となる中、その喧騒とは無縁の部屋があった。
都内の住宅街。
築年数の経った、ごく普通のマンション。
外から見れば、どこにでもある一室。
カーテンは半分だけ閉められ、部屋の明かりだけが静かに漏れている。
その部屋で、一人の青年がソファへ腰を下ろしていた。
真白空。
年齢は二十代前半ほどにしか見えない。
整った顔立ち。
どこか中性的な雰囲気を纏い、感情を大きく表へ出すこともない。
その視線は、テーブルの上に置かれたタブレットへ向けられていた。
画面には、何度も再生された配信アーカイブ。
正確には、世界中へ保存されている録画データだった。
再生。
停止。
巻き戻し。
また再生。
同じ数秒間だけを、何十回も繰り返している。
駅名標。
『ようこそ。』
ホームへ立つ人影。
暗闇。
そして。
「……こっちだ。」
空はそこで映像を止めた。
画面を見つめたまま、小さく口元を緩める。
「ちゃんと広がってる。」
その声に驚きはない。
期待どおりの結果を確認した。
ただ、それだけだった。
タブレットを閉じる。
代わりにスマートフォンを手に取り、「Link」を開いた。
タイムラインは、ユウト失踪の話題だけで埋め尽くされている。
数秒更新しないだけで、新しい投稿が何百件も流れていく。
空は一本一本を眺めていく。
「怖すぎて眠れない。」
「あれは本物だった。」
「政府は何か隠してるだろ。」
「きさらぎ駅なんて都市伝説じゃなかったのか。」
スクロールするたびに、人々の反応が変わっていく。
最初は「演出ではないか」という疑い。
次に「事件だ」という確信。
そして今は、「あれは何だったのか」という考察へ変わり始めていた。
「いい流れ。」
空は静かに呟く。
「誰も答えを持っていない。」
「だから、自分で答えを探し始める。」
それが一番面白い。
誰かへ教えられるのではなく。
世界中の人間が、自分の意思で謎へ飛び込んでいく。
その様子を見ているだけで十分だった。
今度は「Vision」を開く。
トップページには、「きさらぎ駅」の文字が並んでいる。
考察動画。
切り抜き動画。
音声解析。
画像補正。
ライブ討論。
新着動画は、ほぼすべてが同じ事件についてだった。
空は一本の動画を開く。
タイトルは。
『【徹底検証】最後の”こっちだ。“は誰の声だったのか』
再生数は、投稿から三十分で百二十万回を超えていた。
コメント欄には、無数の考察が並ぶ。
空はそれを静かに眺めながら、小さく笑った。
「そうじゃない。」
「そこじゃないんだけどね。」
♢
空は動画を閉じると、そのままOpen Forumを開いた。
画面には新しいスレッドが次々と立ち上がっている。
「駅名標の変化について」
「最後の人影は誰か」
「男の声の正体」
「きさらぎ駅は実在するのか」
「過去の都市伝説との共通点」
どのスレッドも、猛烈な勢いで書き込みが増え続けていた。
空は一つひとつを流し読みしていく。
そこには真面目な考察もあれば、荒唐無稽な陰謀論もあった。
誰かは政府の極秘実験だと言い。
誰かは集団催眠だと言い。
誰かは新種の映像技術だと言う。
どれも違う。
けれど。
どれも、人々が本気で考えた末に辿り着いた答えだった。
空は、その過程が好きだった。
「そう。」
「もっと考えて。」
「もっと悩んで。」
「もっと勘違いして。」
静かな独り言が部屋へ溶けていく。
世界中の人間が、一つの答えを求めて走り始めている。
政府。
研究者。
報道機関。
配信者。
匿名掲示板の住人。
都市伝説を笑っていた人間ですら、今は真剣に画面へ向かっている。
誰もが「真実」を探していた。
しかし、その真実は最初から存在しない。
あるのは、空が蒔いた一粒の”種”だけ。
それだけで世界は歴史を作り。
証拠を生み出し。
過去を補完し。
自ら真実へ仕立て上げていく。
空は一度も命令していない。
誰かを操ったこともない。
ただ、「こんなものがあったら面白い」と思っただけ。
それだけで世界は勝手に動き始める。
ソファから立ち上がり、窓際へ歩く。
夜明け前の街は静かだった。
遠くでは救急車のサイレンが鳴り、さらにその向こうでは始発電車が走り始める音が聞こえる。
世界はいつも通り朝を迎えようとしている。
だが、その裏側では、もう昨日までの世界ではなくなっていた。
空はガラスへ映る自分の姿を見つめる。
「まだ一つ目。」
「世界はもう、ここまで変わるんだ。」
その声には驚きも、高揚もない。
事実を確認するような、穏やかな口調だった。
テーブルへ戻ると、一枚の真っ白な紙を手に取る。
ペンは使わない。
インクも使わない。
それでも、白紙の中央へ黒い文字が静かに浮かび上がる。
『八尺様』
空はその文字を数秒眺める。
そして、小さく微笑んだ。
「これは、どんな物語になるのかな。」
紙をテーブルへ戻す。
その瞬間、世界のどこかで、まだ誰も知らない”新しい伝承”が静かに産声を上げた。
空はその気配を感じ取りながら、楽しそうに小さく呟く。
「面白くなってきた。」
面白くなってきましたね
ところで、お楽しみいだけました?
楽しんで頂けたのなら幸いです
少し質問です、今作品の主人公、真白空さん、出番は今の所少なくしている予定なのですが。空くん視点の話、欲しいです?
-
欲しい
-
要らない
-
どちらでも
-
空くん8割、他の視点2割(空くん多め)
-
空くん3割、他の視点7割(今まで通り)
-
任せる