愉悦者は嘲笑う~世界を書き換えて遊んでいたら、政府も軍も本気で世界の真実を探し始めた~   作:ユーザーA

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お待たせしました
どうぞ、私の喜劇をご覧あれ
それではお楽しみください


広がり続ける波紋

六月二十八日、午前八時二十一分。

 

 一夜が明けても、日本中の熱狂は収まる気配を見せなかった。

 

 昨夜、ライブ配信中に姿を消した配信者・ユウト。

 

 二十一万人以上が同時に目撃した”失踪”は、一夜にして日本最大級の話題となり、人々の日常へ深く入り込んでいた。

 

 通勤電車の車内。

 

 スマートフォンを覗き込む会社員たち。

 

 制服姿の高校生。

 

 大学生。

 

 誰もが同じ画面を見ていた。

 

「昨日の配信見た?」

 

「最後のあれ、本物だったのかな。」

 

「怖くて最後まで見られなかった。」

 

「俺、リアルタイムで見てた。」

 

 駅のホームでも同じだった。

 

 電車を待つ人々が、小さな声で昨夜の出来事を話している。

 

 いつもなら芸能ニュースやスポーツの話題が飛び交う朝。

 

 しかし今日だけは違った。

 

 会話の中心にあるのは、たった一つ。

 

 『きさらぎ駅』。

 

 テレビも例外ではない。

 

 朝の情報番組は予定していた内容を変更し、どの局もユウト失踪事件を大きく取り上げていた。

 

 駅名標の映像。

 

 最後のノイズ。

 

 ブラックアウト。

 

 専門家による考察。

 

 鉄道評論家は「このような駅は存在しない」と断言し、映像技術者は「現時点では編集痕を確認できない」と語る。

 

 司会者は困惑した表情のまま番組を進行していた。

 

 答えを持つ者が、誰一人いない。

 

 それでも議論だけは止まらなかった。

 

 一方、Visionでは昨夜とは違う異変が起きていた。

 

 トップページを更新する。

 

 一秒。

 

 また更新する。

 

 さらに更新する。

 

 そのたびに、新しい動画や配信予告が増えていく。

 

 【今夜検証】終電で”きさらぎ駅”へ行きます

 

 【ライブ】都市伝説を終わらせる配信

 

 【現地検証】ユウトが消えた駅を探します

 

 【心霊】本当に行けるのか試してみた

 

 タイトルは違っても、目的は同じだった。

 

 “真実を知りたい。”

 

 その一心で、多くの配信者が動き始めていた。

 

 登録者数数千人の新人。

 

 数万人規模の中堅配信者。

 

 さらには、登録者百万人を超える人気配信者までが検証配信を予告し始める。

 

 コメント欄には賛否両論が飛び交っていた。

 

「絶対にやめろ。」

 

「ユウトの件を忘れたのか。」

 

「もし本当に危険だったらどうする。」

 

「だからこそ確かめる必要がある。」

 

「再生数稼ぎにしか見えない。」

 

「それでも見る。」

 

 人々は恐怖を口にする。

 

 しかし、その恐怖が彼らを遠ざけることはなかった。

 

 むしろ逆だった。

 

 危険だと言われるほど、人は興味を抱く。

 

 見るなと言われるほど、見たくなる。

 

 ユウトの失踪は、一つの事件だった。

 

 だが、その事件は同時に、巨大な”好奇心”を生み出してしまった。

 

 Linkでも議論は加熱していく。

 

 新たなハッシュタグが急速に順位を上げていた。

 

 #きさらぎ駅チャレンジ

 

 最初は一人の配信者が使っただけの言葉だった。

 

 それが数十分後には何万人もの利用者によって引用され、トレンド入りを果たす。

 

「私も終電乗ってみる。」

 

「検証配信予約しました。」

 

「行ける人いる?」

 

「駅を特定できた人募集。」

 

 それに対し、反対派の投稿も同じ勢いで増えていく。

 

「本当にやめろ。」

 

「死人が出るぞ。」

 

「鉄道会社へ迷惑を掛けるな。」

 

「警察の捜査が終わるまで待て。」

 

 互いの投稿が引用され、拡散され、さらに議論が大きくなっていく。

 

 誰もが「危険だ」と言う。

 

 それでも。

 

 誰も、その話題から目を離すことができなかった。

 

 

♢

 

 

その熱狂は、匿名掲示板「Open Forum」ではさらに顕著だった。

 

 午前八時三十八分。

 

 トップページを開けば、新着一覧のほとんどが「きさらぎ駅」に関するスレッドで埋め尽くされている。

 

 事件発生からまだ半日も経っていない。

 

 それにもかかわらず、一つの都市伝説だけで掲示板全体が支配されるという異例の事態となっていた。

 

 中でも最も勢いを見せていたのは、一つの警告スレだった。

 

【警告】きさらぎ駅検証配信をやろうとしている奴へ

1:名無しの探索者

本気でやめろ。

昨日、ユウトがどうなったか忘れたのか。

2:名無しの探索者

正論。

3:名無しの探索者

でも止めても行く奴は行く。

4:名無しの探索者

もう配信予告だけで五十件超えてる。

5:名無しの探索者

五十じゃない。

今確認したら八十三件。

6:名無しの探索者

マジかよ。

7:名無しの探索者

登録者十万人超えの配信者もやるらしい。

8:名無しの探索者

終わってる。

9:名無しの探索者

再生数のためなら命も賭けるのか。

10:名無しの探索者

でも、お前ら見るだろ?

 

 十番の書き込みに、一瞬だけスレッドが静かになる。

 

 誰も反論できなかった。

 

 数秒後。

 

 次々と返信が付く。

 

11:名無しの探索者

……見る。

12:名無しの探索者

見ないって言ったら嘘になる。

13:名無しの探索者

怖いけど気になる。

14:名無しの探索者

もし本当に行けたら歴史に残る。

15:名無しの探索者

だから危ないんだよ。

16:名無しの探索者

人間の好奇心って怖いな。

17:名無しの探索者

昨日までは都市伝説だったのにな。

18:名無しの探索者

今は違う。

二十一万人が見てる。

19:名無しの探索者

「本当に起きたかもしれない」になった。

20:名無しの探索者

そこが一番ヤバい。

 

 その一文は、多くの利用者の心境を代弁していた。

 

 昨日まで。

 

 きさらぎ駅は、ネットで語られるだけの都市伝説だった。

 

 信じる者もいれば、笑う者もいた。

 

 だが、ユウト失踪事件によって状況は一変した。

 

 「存在する」と証明されたわけではない。

 

 それでも、「存在しない」と言い切ることもできなくなった。

 

 その曖昧さこそが、人々の好奇心を最も強く刺激していた。

 

 新たなスレッドが立つ。

 

 『今夜検証配信する人一覧』

 

 わずか数分で百件以上の配信予告がまとめられていく。

 

 配信開始予定時刻。

 

 使用路線。

 

 集合場所。

 

 配信URL。

 

 情報は次々と更新されていった。

 

 中には、

 

 「友達四人で行きます。」

 

 「視聴者参加型で検証します。」

 

 「朝まで終電を乗り継ぎます。」

 

 そんな危機感のない投稿まで現れ始める。

 

 それを見た利用者たちは必死に止めようとする。

 

「行くな。」

「冗談で済まない。」

「ユウトが帰ってきてない。」

「何で学習しない。」

「誰か警察に通報しろ。」

 

 しかし、その警告は勢いを止めることができなかった。

 

 恐怖は人を遠ざける。

 

 だが、それ以上に。

 

 「自分だけは大丈夫。」

 

 そう思ってしまう人間は、決して少なくなかった。

 

 誰もが危険を理解している。

 

 だからこそ、誰もがその境界線を覗いてみたくなる。

 

 そして、その歪んだ好奇心は、静かに次の事件への引き金となろうとしていた。

 

 

♢

 

 

同日、午前十時。

 

 東京都千代田区。

 

 特殊災害対策局――SDA本部。

 

 昨夜から一睡もしていない職員たちが、慌ただしく局内を行き交っていた。

 

 大型モニターには、日本地図と無数のデータが映し出されている。

 

 赤い印は、すべて「きさらぎ駅検証配信」の実施予定地点だった。

 

「現在確認できている検証配信予告は百三十二件。」

 

「うち、今夜終電帯に実施予定が九十六件。」

 

「配信予告のみで場所を特定できたものが七十四件。」

 

 報告を受けた局長は、静かに腕を組む。

 

「……予想より早いな。」

 

「はい。」

 

「SNS上で『きさらぎ駅チャレンジ』という呼称が定着し始めています。」

 

 別の職員が資料を差し出す。

 

 そこには、Linkで急上昇している投稿の一覧が表示されていた。

 

 若者を中心に、検証配信を「挑戦」として受け止める動きが広がっている。

 

 もちろん、反対意見も多い。

 

 しかし、それ以上に「見たい」という需要が膨れ上がっていた。

 

「配信者たちは。」

 

「危険性を理解しています。」

 

「……それでも配信します。」

 

 局長は深く息を吐いた。

 

 もし昨夜の出来事が偶然でなかったなら。

 

 同じことが、今夜も起こる可能性がある。

 

 それだけは避けなければならない。

 

「警察庁との合同会議を要請。」

 

「全国の警察本部へ情報共有。」

 

「終電帯の警戒を強化する。」

 

「了解。」

 

 命令が飛ぶ。

 

 局内の空気はさらに慌ただしくなった。

 

 一方、その頃。

 

 警察庁では緊急記者会見の準備が進められていた。

 

 午前十一時。

 

 テレビ各局が生中継を開始する。

 

 演壇へ現れた警察庁広報官は、一礼すると静かに口を開いた。

 

「昨日発生した配信者失踪事案については、現在も捜査を継続しております。」

 

「本件に関連し、SNS等で終電を利用した検証行為が多数呼び掛けられていることを確認しています。」

 

 一呼吸置く。

 

「警察としては、これらの模倣行為を行わないよう強くお願いします。」

 

「鉄道施設への立ち入りや線路内への侵入、駅構内での危険行為は絶対におやめください。」

 

 会見は短かった。

 

 しかし、その映像はすぐにLinkやVisionへ転載され、日本中へ広がっていく。

 

 それでも、配信予告が消えることはなかった。

 

 むしろ。

 

「警察が止めるってことは何か知ってるんじゃないか?」

 

「隠してることがあるんだろ。」

 

「だから余計に確かめたくなる。」

 

 そんな投稿が、新たな火種となっていく。

 

 善意の警告は、人々の疑念によって別の意味へ変わり始めていた。

 

 

♢

 

 

警察による会見から、およそ一時間後。

 

 今度は国立超常現象研究所――NPRIが記者会見を開いた。

 

 普段であれば、その存在を一般市民が知ることはほとんどない。

 

 しかし昨夜の事件を受け、その名は急速に知られ始めていた。

 

 全国の報道陣が会見場へ集まる。

 

 フラッシュが何度も光る中、所長は演台の前へ立った。

 

「本日午前十時をもって、本件に関する専門調査チームを正式に発足しました。」

 

 会場がざわつく。

 

 質問が飛ぶ。

 

「都市伝説との関連性はあるのでしょうか。」

 

「現時点で断定はできません。」

 

「映像は本物ですか。」

 

「現在も解析中です。」

 

「超常現象である可能性は。」

 

 所長は数秒だけ考え、静かに答えた。

 

「私たちは、可能性を否定するためではなく、事実を積み重ねるために存在しています。」

 

「現段階で、あらゆる可能性を排除することはしません。」

 

 その発言は、その日のうちに各メディアで大きく報じられた。

 

 『NPRI、「超常現象の可能性も排除しない」と発表。』

 

 その見出しだけが独り歩きを始める。

 

 午後一時。

 

 スイス・ジュネーブ。

 

 世界異常対策機構――WARO本部。

 

 円卓会議には各国代表が集まり、日本から送られてきた資料を静かに見つめていた。

 

 議長が口を開く。

 

「現在、日本国内で模倣行為が急増しています。」

 

「本件が一国の問題で終わる保証はありません。」

 

 大型モニターへ世界地図が映し出される。

 

 日本だけではない。

 

 アメリカ。

 

 イギリス。

 

 フランス。

 

 ドイツ。

 

 韓国。

 

 オーストラリア。

 

 各国でも「きさらぎ駅検証」と題した配信予告が確認され始めていた。

 

「……広がるのが早すぎる。」

 

 一人の代表が呟く。

 

 議長は静かに頷いた。

 

「各国政府へ正式な情報共有を開始してください。」

 

「同時に、類似する失踪事件、都市伝説、未解決事案の洗い出しを行います。」

 

「日本への調査支援チームも準備してください。」

 

 決定は数分で下された。

 

 会議終了と同時に、暗号化通信が世界各国へ送信されていく。

 

 一方、その頃。

 

 World’s Eye News――WENでは特別番組の放送準備が進んでいた。

 

 番組タイトルは、

 

 『きさらぎ駅――都市伝説は現実になったのか』

 

 日本の鉄道専門家。

 

 民俗学者。

 

 心理学者。

 

 映像解析技術者。

 

 そして海外の都市伝説研究家。

 

 国境を越えた専門家たちが衛星回線で出演し、それぞれの立場から議論を交わす。

 

 しかし、議論は何時間続いても結論へ辿り着かなかった。

 

 分からない。

 

 それが唯一、全員に共通する答えだった。

 

 そして、その「分からない」という事実が、世界中の人々の好奇心をさらに刺激していく。

 

 事件は終わるどころか。

 

 今、この瞬間も。

 

 静かに、世界規模へ広がり続けていた。

 

 

♢

 

 

六月二十八日、午後六時三十分。

 

 日本各地で日が沈み始める。

 

 仕事を終えた会社員が駅へ向かい。

 

 学校帰りの学生が家路を急ぐ。

 

 普段と何一つ変わらない夕方。

 

 しかし、その裏では全国各地で同じ準備が進められていた。

 

 スマートフォンの充電を確認する者。

 

 モバイルバッテリーを鞄へ詰める者。

 

 三脚を抱えて駅へ向かう者。

 

 配信用カメラの動作確認を行う者。

 

 彼らの目的は一つ。

 

 「きさらぎ駅を見つけること」。

 

 Visionでは、配信開始を待つ待機画面が次々と公開されていた。

 

 『午後十一時配信開始』

 

 『終電検証ライブ』

 

 『視聴者参加型』

 

 『最後まで絶対に帰りません』

 

 その数は、午前中の予告からさらに増え続けている。

 

 中には数十万人が待機する配信まで現れ始めていた。

 

 一方、Open Forumでは、新たなスレッドが急速に伸びていた。

 

【実況】今夜きさらぎ駅検証する配信一覧

1:名無しの探索者

現在確認できた配信予定

・102件

2:名無しの探索者

朝より増えてる。

3:名無しの探索者

百超えたのか。

4:名無しの探索者

止めても意味なかったな。

5:名無しの探索者

結局みんな見るんだよ。

6:名無しの探索者

登録者百万超えも来るぞ。

7:名無しの探索者

テレビより視聴者集まりそう。

8:名無しの探索者

今日何も起きなかったら終わりだろ。

9:名無しの探索者

逆に起きたらどうする。

10:名無しの探索者

……考えたくない。

 

 スレッドでは、それ以上に多かった話題があった。

 

 それは。

 

 「今日は何も起きない」

 

 という意見だった。

 

『昨日は偶然。』

 

『配信者が失踪しただけ。』

 

『きさらぎ駅なんて最初から存在しない。』

 

『今日検証すれば全部終わる。』

 

 そんな書き込みが増え始める。

 

 恐怖という感情は、時間と共に薄れていく。

 

 一夜明け、人々は少しずつ冷静さを取り戻し始めていた。

 

 実際、朝から終電を利用して検証を行った者も少なくない。

 

 昼間に各地の駅を巡った配信者もいた。

 

 だが、その誰一人として不可解な現象には遭遇していなかった。

 

 「やっぱり都市伝説だった。」

 

 そんな空気が、少しずつネット全体へ広がり始める。

 

 しかし。

 

 その空気を打ち消すように、一つの書き込みが投稿された。

 

347:名無しの探索者

……昨日の配信。

最後まで全部見返したんだけど。

ちょっと気になることがある。

 

 流れが止まる。

 

 次々と返信が付き始めた。

 

『何だ?』

 

『早く書け。』

 

『釣りなら帰れ。』

 

『気になることって?』

 

 数秒後。

 

 その利用者は、ゆっくりと次の文章を投稿した。

 

 『昨日まで無かったはずの踏切が、家の近くにある。』

 

 

♢

 

 

その一文が投稿された瞬間。

 

 猛烈な勢いで流れていたスレッドが、一瞬だけ静まり返った。

 

 誰もが画面を見つめる。

 

 数秒後、一斉に返信が付き始めた。

 

348:名無しの探索者

は?

349:名無しの探索者

どういうことだ。

350:名無しの探索者

昨日まで無かったって何。

351:名無しの探索者

証拠。

352:名無しの探索者

写真上げろ。

353:名無しの探索者

釣り乙。

354:名無しの探索者

こういう便乗待ってた。

355:名無しの探索者

早くしろ。

 

 しばらくして、一枚の写真が投稿される。

 

 夕暮れ時。

 

 住宅街の細い道路。

 

 その先に、小さな踏切が写っていた。

 

 特別変わった場所ではない。

 

 古びた遮断機。

 

 色褪せた警報機。

 

 錆び付いた標識。

 

 どこにでもありそうな、ごく普通の踏切だった。

 

 しかし、投稿者は続けて書き込む。

 

356:名無しの探索者

本当に昨日まで無かった。

357:名無しの探索者

毎日ここ通って会社行ってる。

358:名無しの探索者

道も少し変わってる。

359:名無しの探索者

家族は「昔からある」って言う。

360:名無しの探索者

俺だけ覚えてない。

 

 スレッドがざわめく。

 

『記憶違いだろ。』

 

『疲れてるだけ。』

 

『Googleマップ見ろ。』

 

『ストリートビュー貼れ。』

 

『場所どこ?』

 

『加工じゃないよな?』

 

 疑う者が大半だった。

 

 投稿者も、それ以上は反論しない。

 

 代わりに、地図アプリの画面を投稿する。

 

 そこには確かに踏切が表示されていた。

 

 ストリートビューにも映っている。

 

 しかも、撮影日は三年前。

 

 まるで最初から存在していたかのように。

 

『……え?』

 

『三年前?』

 

『じゃあ昔からあるじゃん。』

 

『投稿者の勘違いだろ。』

 

『終わり。解散。』

 

 そう結論付ける者が現れ始める。

 

 しかし、その時だった。

 

401:名無しの探索者

待て。

俺も同じだ。

 

 空気が変わる。

 

402:名無しの探索者

俺の近所も昨日まで空き地だった場所に祠がある。

403:名無しの探索者

親は「昔からある」って言ってる。

404:名無しの探索者

アルバムにも写ってた。

405:名無しの探索者

でも俺の記憶には無い。

406:名無しの探索者

……何なんだこれ。

 

 その直後。

 

 さらに別の利用者が現れる。

 

『うちは石碑。』

 

『俺は鳥居。』

 

『古いトンネル。』

 

『使われてない電話ボックス。』

 

 投稿内容はバラバラだった。

 

 共通しているのは、ただ一つ。

 

 「昨日まで無かったはずなのに、昔から存在していたことになっている。」

 

 証拠もある。

 

 写真もある。

 

 地図もある。

 

 古い航空写真にまで写っている。

 

 家族も、近所の人も、「ずっと前からあった」と証言する。

 

 だから誰も証明できない。

 

 その違和感だけが、投稿者本人の中に残り続けていた。

 

 Open Forumでは、「集団心理」「勘違い」「便乗投稿」と片付けようとする声が上がる一方で、不安を隠せない者も増え始める。

 

 昨日まで「きさらぎ駅」だけの話だったはずなのに。

 

 気付けば、人々は自分たちの日常そのものへ疑いの目を向け始めていた。

 

 世界は静かに変わり始めている。

 

 だが、その変化に気付いている者は、まだほんの一握りしかいなかった。

 

 

♢

 

 

午後九時四十六分。

 

 街は静かに夜を迎えていた。

 

 ニュースでは、今なおユウト失踪事件が繰り返し報じられている。

 

 Linkでは議論が止まらない。

 

 Visionでは検証配信の待機画面が並び続ける。

 

 Open Forumでは、新しい体験談が次々と投稿されていた。

 

 世界は、確かに動いていた。

 

 そのすべてを、一人の青年が静かに眺めていた。

 

 真白空。

 

 部屋の照明は最低限しか点けられておらず、テレビも音を消したまま映像だけが流れている。

 

 ソファへ深く腰掛けた空は、テーブルの上へ並べられた端末へ視線を移した。

 

 一台目にはLink。

 

 二台目にはVision。

 

 三台目にはOpen Forum。

 

 四台目にはWENの特別番組。

 

 世界中の反応が、同時に流れ込んでくる。

 

 空はそれを、一つひとつ丁寧に眺めていた。

 

 誰かを応援するわけでもない。

 

 誰かを嘲笑うわけでもない。

 

 ただ、人という存在がどんな結論へ辿り着くのか。

 

 それだけが知りたかった。

 

「面白い。」

 

 静かな声だった。

 

 部屋には空しかいない。

 

 だから誰へ聞かせるでもなく、自然と零れ落ちた言葉だった。

 

「一つ目の”種”なのに。」

 

「ここまで世界は変わるんだ。」

 

 Linkを開く。

 

 そこには何十万件もの投稿。

 

 怒り。

 

 恐怖。

 

 好奇心。

 

 不安。

 

 期待。

 

 様々な感情が混ざり合い、一つの大きな流れとなっていた。

 

 Visionでは、配信者たちが開始時刻を待っている。

 

 コメント欄には「頑張れ」という声と、「絶対に行くな」という声が入り乱れていた。

 

 Open Forumでは、誰もが真実を探そうとしている。

 

 昨日まで都市伝説を笑っていた者までもが、本気で考察を始めていた。

 

 空は小さく笑う。

 

「誰も命令してない。」

 

「誰も誘導してない。」

 

「それなのに、自分から動いてくれる。」

 

 それが、人間という存在だった。

 

 たった一粒の”種”。

 

 それだけで人は考え始める。

 

 調べ始める。

 

 議論を始める。

 

 やがて世界そのものが、一つの方向へ動き出す。

 

 その様子は、空にとって何よりも価値のある娯楽だった。

 

 ふと、WENの特別番組で司会者が口にする。

 

 『今回の事件は、日本という一国だけの問題ではなくなりました。』

 

 『現在、世界各国でも類似事例の調査が始まっています。』

 

 その言葉を聞き、空は窓の外へ目を向けた。

 

 夜景は昨日と何も変わらない。

 

 道路を走る車。

 

 信号待ちをする人々。

 

 マンションの灯り。

 

 どこにでもある日常。

 

 しかし、その日常の裏側では、世界中が「きさらぎ駅」という一つの謎を中心に回り始めていた。

 

「舞台は整った。」

 

 空は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「じゃあ。」

 

「次の幕を開けようか。」

 

 

♢

 

 

真白空は窓から離れると、ゆっくりとソファへ座り直した。

 

 部屋には時計の針が進む音だけが響いている。

 

 テーブルの上では、四台の端末が今も世界中の反応を映し続けていた。

 

 Linkでは新しい投稿が流れ続ける。

 

 Visionでは間もなく始まる検証配信へ向けて待機画面のコメントが増え続ける。

 

 Open Forumでは、新たな考察と体験談が絶え間なく書き込まれている。

 

 WENでは特別番組が終わる気配すらない。

 

 たった一晩。

 

 それだけで世界はここまで変わった。

 

 空は静かに目を細める。

 

「思っていた以上だね。」

 

 独り言のように呟き、タブレットを手に取る。

 

 画面には、世界地図が表示されていた。

 

 日本だけではない。

 

 北米。

 

 ヨーロッパ。

 

 アジア。

 

 南米。

 

 アフリカ。

 

 オセアニア。

 

 「Kisaragi Station」という単語は、すでに世界中の言語へ翻訳され、無数の記事や動画となって広がっている。

 

 都市伝説を知らなかった人々まで、その名前を知ってしまった。

 

 誰もが調べ。

 

 誰もが考え。

 

 誰もが自分なりの答えを探している。

 

 その様子を見て、空は満足そうに微笑んだ。

 

「やっぱり人間は面白い。」

 

「一つの答えが見つからないだけで、こんなにも夢中になれる。」

 

 その笑みには悪意はない。

 

 見下しているわけでもない。

 

 純粋に、人という存在へ興味を抱いている。

 

 だからこそ、世界という舞台を何よりも愛していた。

 

 世界を壊したいとは思わない。

 

 支配したいとも思わない。

 

 救いたいとも思わない。

 

 ただ。

 

 この舞台で、人々がどんな物語を紡ぐのか。

 

 それを最前列で眺めていたいだけだった。

 

 空はゆっくりと立ち上がる。

 

 本棚の奥から、一冊の何も書かれていない白いノートを取り出した。

 

 新品のまま、一度も使われていない。

 

 机の上へ置く。

 

 ページを開く。

 

 そこには、まだ何も存在しない。

 

 空はペンを持たない。

 

 書く必要がないからだ。

 

 白紙を指先で軽くなぞる。

 

 それだけだった。

 

 次の瞬間。

 

 誰の手も触れていないはずのページへ、黒い文字がゆっくりと浮かび上がっていく。

 

 『八尺様』

 

 たった三文字。

 

 それだけで十分だった。

 

 空はその文字を静かに見つめる。

 

「今度は、どんなふうに育つのかな。」

 

 誰かへ命じることもない。

 

 歴史を書くこともない。

 

 伝承を考えることもない。

 

 それらはすべて、世界が勝手に補完する。

 

 過去を作り。

 

 証拠を残し。

 

 記録を生み。

 

 人々の記憶へ溶け込ませる。

 

 それが、この世界の在り方だった。

 

 空はノートを閉じる。

 

 その瞬間。

 

 世界のどこかで。

 

 誰にも知られない場所で。

 

 まだ誰も口にしていないはずの名が、静かに歴史へ刻まれ始めた。

 

 だが、その変化に気付く者は、まだ一人もいない。

 

 空は部屋の明かりを消し、夜景だけが広がる窓の外へ視線を向ける。

 

 穏やかな声で、小さく呟いた。

 

「さて。」

 

「次は、どんな結末になるかな。」

 

 世界はまだ、その問いに答えることができない。

 

 けれど、その答えを探し始める日は、もうすぐそこまで来ていた。




もしかしたら実際に怪異って存在するのかもしれませんね
もし、存在したら、そこの貴方、今見ている貴方です
狙われるかもしれませんね
次は何をしましょう

少し質問です、今作品の主人公、真白空さん、出番は今の所少なくしている予定なのですが。空くん視点の話、欲しいです?

  • 欲しい
  • 要らない
  • どちらでも
  • 空くん8割、他の視点2割(空くん多め)
  • 空くん3割、他の視点7割(今まで通り)
  • 任せる
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