生まれ変わっても、君と出会う   作:蠱毒は孤独

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例によって初投稿です。



1.始まりの、その前に

 

 

 ―今は昔…、ではなくて

 

 温暖化により、暑くなってしまった季節。

 

 ―今とそんなに変わらない少しだけ未来のお話

 

 だが、その日はシトシトと降る小雨が外気を冷やし、過ごしやすい気候に一役買っていた。

 

 ―仕事中の男一人ありけり

 

 タイピング音を響かせていた一室。

 椅子に腰掛け、目を閉じ、思案にふける様子には奇妙な貫禄がついている。

 

 ―名をば、藤原一継となむ言ひける 

 

 その佇まいは、何らかの始まりを予感させ…―

 

 

 

 

 

 「蕎麦でも食うか」

 

 

 

 

 ―…るわけでもない、何でもない一日が今日も始まる。

 

 ―イツキって呼ぶべし

 

 

 

 

 

 決めれば早いもので、外出の準備に取り掛かる。

 ヘッドフォンマイクをスタンドにかけ、小型のイヤホンマイクに付け替える。

 

 「イツキ。外、雨だよ?」

 

 薄手の外套を羽織り、スマホと愛用の財布だけ持てば完璧な出で立ち(外出するだけ)がここに整った。

 

 「蕎麦が僕を呼んでいる」

 「ただ外出するだけなのに、大袈裟な言い回し」

 

 イヤホンから聞こえてくる声が心地いい。

 だが、声の主もこの衝動は止められないと思っているのだろう。

 それ以上の制止の声はなかった。

 

 「場所は?」

 「未定」

 「じゃあじゃあ、近場だと〇〇駅周辺かな!個室もあって美味しいらしいよ」

 

 頷きと共にスニーカーを履き、そのまま外に出る。

 

 「イツキ、傘」

 「……ああ、ありがとう」

 「帰ってくる頃には雨、上がるかな」

 

 もっと早く上がるよ、空模様を見上げながら傘をさした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、帰宅したのは日が落ちた時間帯。

 蕎麦屋に行ってから、帰るまでに色々な場所に寄っていた。

 

 ヤチヨの興味の赴くままに、あっちこっち。

 僕もそれに逆らうどころか、ノリノリであちらへ、こちらへと。

 

 アパレル店に行って、アバター装飾の参考にしたり。

 クレープ屋でこの子の言うがまま注文して、巻ききれないと店員さんに困った顔をされたり。

 神社まで行って参拝して、近くにいた猫にまとわりつかれていたり。

 そんないつもの道と少し外れた寄り道。時間が過ぎていく。

 

 雨が多少降っていたのもあって人通りはいつもより少ない。昼過ぎには雨は止み、水たまりが反射した街灯の光を映している。静かな景色に雨跡の空気が妙に染み入る。

 そんな光の薄い夜でも、だからこそ一緒に過ごすこの時間は楽しい。

 

 「あ~、楽しかったねぇ。ヤッチョも満足民族なのです」

 「それはよかった、本当に」

 「イツキも久しぶりに大はしゃぎだったね!わざわざ近くの猫まで集めちゃって。囲まれて、纏わりつかれちゃって…、イツキもデレデレしちゃってさ。ヤチヨのことほったらかして」

 「ニヨニヨして助けてくれなかったのは誰?」

 「えー、何のことかにゃ~?ARじゃ猫ちゃんをあっちへほいほい出来ないんだよね~」

 「アラームでも鳴らせば良かったんじゃ?」

 「ん~、あれれ?マイクが切れちゃったのかなぁ。イツキの声が聞こえないぞよぉ」

 

 「…Yachi8000」

 

 

 

 「あ、マイク繋がったかも!イツキ、アラーム鳴らす?!」

 

 

 

 聞こえてるじゃん。なんて呟きも笑い声にかき消えていく。

 

 スマコンを介した外出を始めてから、ヤチヨは殊更よく笑うようになった。最近始められたことだけど。この大切な時間が日々を更に色濃く彩っていて。もうずっとそうであったかのように。

 

 そうやって取り留めのない雑談を続けていると、視界の明けた前方から徐々に人影が見えてくる。

 

 手元の携帯を見ながら歩く足取りは少し覚束ない。わかりやすいものではないが、右肩も強張り無理をしているのが僕の目に映る。

 身なりや顔立ちは華の女子高生のものだが、足取りは重く、その疲労は社会人のそれを思わせた。酒寄彩葉、今日も限界ギリギリらしい。

 

 「………彩葉、また無理してる」

 

 傍目にはほんの少しの違和感でも、ヤチヨは彩葉さんのことをよくわかっている。今だけは僕のみ聞こえるこのイヤホンでの通話が、寂しく感じてしまう。

 

 鉢合わせたのもこれが初めてじゃない。何度も見かけているが故に、ヤチヨの想いは僕には呼びかける声から察せられた。

 

 

 

 だが、襤褸は出せない。

 

 

 

 まだ、物語は始まっていないし、僕は彩葉さんにとってはただのお節介な隣人。それ以上でもそれ以下でもないから。しちゃいけない。

 

 「こんばんは、彩葉さん」

 「こ、こんばんは。藤原さん」

 「バイト帰り?偉いね」

 「そ、そんな!藤原さんには以前からご迷惑をおかけしてしまって、偉いなんてとてもとても!」

 「それだけ頑張ってるんだから、偉いに決まってる」

 

 謙遜する様子からは自分なんてまだまだと、続くのだろう。

 

 「そうだ、これ」

 

 手元のビニール袋の一つから、梱包されたお菓子を取り出して僕は手渡す。

 

 「えっと、マドレーヌ?どうしたんですか、これ」

 「今日の戦利品」

 「何処か遠くまで行っていたんですか?」

 「いや、MilkyWay*1まで」

 「すぐそこじゃないですか」

 「そう、お昼ご飯の帰りに」

 「え?あぁ、今はお仕事の帰りなんですね」

 

 それか、いったん帰った後買いに行ったんですね。その呟きと共に頷く様子を横目に見ながら同じ道を歩く。僕にとって酒寄彩葉はヤチヨの件が無くても放っておけない少女である。

 僅かに乱れた歩幅。化粧で隠された薄い隈。強張り多少ぎこちない関節。ここ数日はまともに寝れていないだろう。以前は元気だったのに。

 初対面の頃より頻度も疲労も改善はされているが、それは環境に慣れたことによるもの。原因はまだ改善されていないだろう。

 故にお節介を受け入れさせるため、慣れてもらうために続けているもの。

 

 「それとこれとこれとこれも、あげる」

 「ちょ、ちょちょちょ。そんなに貰えないです!!」

 「いいところにお菓子置き場が」

 「そんなものありません!!」

 

 僕に向かって突き出された両手を土台として形成されたお菓子の山。突き返そうと奮闘する彩葉をよそに尚も積み上がるお菓子。まさに、

 

 「これぞピラミッドの作り方」

 「イツキ??」

 「変なこと言ってないで!これ、返します!!こんなに貰えませんから!!」

 「僕もこんなに食べない」

 「じゃあなんで買ったんですか?!」

 

 

 

 「ピラミッド作りたくて」

 

 

 

 「ピラミッド作りたくて?!」

 

 「彩葉の前でそのネタは止めたほうがいいと思うな!」

 

 「そう」

 「そうって…。というか、何種類あるんだ、これ?」

 

 フィナンシェにカヌレ、マカロン数種類、ラングドシャなどなどMilkyWayに陳列されていた焼き菓子を制覇する勢いで買った戦利品。

 

 「美味しく食べてあげてくれ。それともまだいるか?ウィストリア*2のもあるぞ」

 

 そう手に掲げた幾つかあるビニール袋の1つを見せる。ドアインザフェイス、やらないよりは受け入れられやすいだろう。ただ、前は彩葉さん疲れてて生返事してたからそのまま渡せちゃったんだよね。確変ってやつだ。

 

 「遠慮いたします!てか、食べれないって、絶対嘘ですよね?しかも、ウィストリアってお高い所じゃないですか。余計にもらえませんよ」

 「美味しいのに」

 「…ハァ」

 

 そうじゃない、とでも言いたげな顔で天を仰ぐ彩葉。取り敢えず、受け入れる前提で進んでいることに満足げな僕。とても対照的だ。それに彩葉としてもそれ以上頑なに拒絶する姿勢を見せていない。意識もしっかりしているし、今回は確変は期待できないか。

 

 「またメッセージ送るから。暇な時にでも答えといて」

 「またですか?…一体あれ何ですか?」

 「前も言ったけど、ただの哲学問答だよ。ちょっと頭を柔らかくしたい時の」

 

 そして、さらに受け入れられやすいように対価を、課題を設ける。

 

 この問答自体に特別なものはない。本当にただの哲学問答で、回答結果と過程に対する思考実験のようなもの。問自体も2、3問程度。

 本人も中々楽しんでいるのだろう。回答も最初に比べて細やかで、こうして貰い物をするときは無意識にか、こちらの次の言葉を待っている。

 

 「ほんとにやって意味あるんですか?」

 

 「あるよ」

 

 だが、今は特別大きな意味はない。いつか切っ掛けになればと思って出題している。それをどう受け取るかは、彩葉さん次第。こちらの返答に納得はいっていないみたいだけど。まあ、壮年になって気づけてればいいかな。それに…

 

 「助かったこともあるから」

 「…?」

 「彩葉さんは頑張り屋だけど、周りのことを頼ることも覚えたほうがいい。思ったよりも君は大事にされているんだから」

 「そんなことないです、ちゃんと頼ってますよ。バイトの時だって、それに言われなくてもわかってます。心配性で大事な友達もいますから」

 「イツキ、彩葉全然わかってない。芦花と真実めっちゃ心配してたから」

 「そうか…」

 

 …まあ、大人になっていくにつれて改善されることもある。本人に問題がないなら今はいいだろう。自分で気づけなきゃ意味がないことは多いから。

 

 そして、僕たちの住んでいるアパートが見えてくる。築年数の割には綺麗で駅まで遠いが家賃も安めの物件。大家がしっかりしているからか、多少のセキュリティもある。手持ちのビニールを1つ空にして渡してから立ち止まる。

 

 「お菓子はこれに入れると良いよ。板紙入れてるからピラミッド型にも出来る」

 「その篤いピラミッド推しはなんですか…」

 「悪戯」

 「イツキ!」

 「…さいですか」

 

 ちょっとしたお茶目だ。笑って受け流してほしい。

 

 「じゃあ、おやすみなさい」

 「はい、おやすみなさい」

 「おやすみなさい、彩葉」

 

 その後、その場でお菓子にちょっと喜んでいる様子を背後に感じながら部屋へ戻った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を上る。その途中で、ふと雨上がりの夜空に浮かぶ月を見上げた。

 

 「満月まで…あと少しか」

 

 誰に聞かせるでもない声は、静かにマイクを震わせた。

 

 

 

*1
サイボーグとか強化人間はいません

*2
線の細いメガネの男と銀髪残念美女がいそう

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