7/4 1、2話大幅修正しています。
奇跡的に続きが書き上がったので初投稿です。
「はは、激戦のバイトが終わりやした」
駅から出て帰路につく。
目に付くのは疎らな人通り。いつもどおりの街並み。バイトで疲れた心身を夜の静かな空気が冷ましていく。
「バイトのシフト減らしたほうがいいのかな」
口から出た言葉は以前から度々考えていたもの。副業として始めたものが軌道に乗ってそれなりに経つ。収入としては副業の方が稼げてはいる。
「いやいや、あくまであっちは歩合。今が稼げても今後も稼げる保証はないんだし!」
出す結論はいつも同じもので、堂々巡り。
出来るかわからんことを当てにするようなやつは生きていけん。他人の食いものされて終わるだけや
分かっている。だから、二足の草鞋も履いている。大丈夫やっていけている。そう思いはするものの目から出てきそうになるものは抑えられなくて、夜空を睨む様に顔を上げる。
上京して慣れた頃は、バイト後の駅を出るのすら疲労困憊だったが、それも無くなった。クラスでもバイトでも明るく振る舞う。人前では笑顔を絶やさないようにする。もちろん推し活も全力で取り組んでいる。当時から改善してきたことで、うまくいっていると感じることは多い。
でも、それでも現実は辛いことばかりで。
つらい現実に挫けそうになる時、スマホから音楽を流す。
ヤチヨのデビュー曲。
ヤチヨのライブを初めて見に行った時の情景が蘇る。キラキラした舞台でヤチヨは楽しそうに笑っていた。嬉しそうに、心から幸せそうに。そんな姿に、声に一目惚れして私はヤチヨが好きになった。今では私の心の支え。いや、命綱だ。だから、辛い時や悲しい時にこの曲を聞くと心が軽くなる。
曲を聞いていると胸の奥から感情が溢れてくる。
気付くと、スマホが滲んで見える。
「あ、流れ星!」
スマホに向けていた視線が再度夜空へ。たしか、流れ星は彗星がおいていった塵だったか。
流れ星といえば、願い事。
今、欲しいもの…。
「…か、金っ」
情緒の欠片もない。何とも世知辛い音が聞こえる。まあ、私の口からですね。
神頼みするやつは阿呆や
また脳裏に過ぎる言葉。メンタルが弱っているのを自覚する。阿呆でおもしろみもねーつまんねーやつ。そんな自嘲、最近はしていなかったのに。今日は気分が沈んで仕方ない。
早く帰ろう。そう決めて帰路を急いだ。
地を這うカラフルな煙。そして、その煙の発生源と見られる極彩色の電柱。云わば、そうゲーミング電柱だろうか。
「はは…、幻覚まで」
やはり、早く帰って寝なければ。予習も復習も明日に回そう。幸い明日からは三連休。何の憂いもなく時間を使える。
そう決めて電柱の横を通り抜けようとした時、電柱から煙が勢いよく吹き出しいつの間にか出現した扉が開きだす。さらに、電柱からBGMが頭に響いてくる。くっ、こいつ脳内に直接?!
「て、開くな開くな!」
勝手に開こうとする扉を閉める。何が出てくるかわかったものではない。
落ち着いたとみて手を放す。が、帰ろうとしたところでまた扉が開きだす。させはせん!再度扉を閉めるが、今度は扉の開く力が増している。一瞬拮抗するがこちらは所詮一般女子高生。力自慢でもないので普通に押し切られた。
「力ずくかい…」
それより脳内に響くBGMがやかましい。何がHa~Ha~だ。ちゃっかり良いサウンドさせやがって。
開いた扉から覗く天井にはミラーボール。電柱内をギラギラと照らしている。ミラーボールを周回しているのは木槌と星、小判だろうか。ご利益がありそうなものがそろっている。
で、その下にはふわふわのベッドにてスヤスヤとねむる珠玉の赤ちゃん。玉の肌というのはこういうのだろう。気持ちよさそうにねむっちゃって。私も早く寝たい。
「……んぅ」
どうしよう。
ジッと見つめてくる赤ちゃん。無垢な瞳だ。明日以降の予定や来月の生活費に悩まされるこの身と違って。目の前の人物が手を差し伸べてくれることを疑っていない。
そして、その目線は離れることが無い。生後何か月くらいだ?
「あうぃ」
『抱き上げて?』
赤ちゃんの声につられてチラリと視線を戻す。副生音が聞こえてくる。こやつ超能力でも持っているのか。それともさっきのBGMといい幻聴か。
「うぅ」
『は~や~く~』
催促までしてきた。私にあなたを世話する余裕はありません。
「あぃ~」
『捨てちゃうの?』
そもそも拾っていません。
「すまん!私も自分のことで色々手一杯ですので!!大変申し訳ありませんが、失礼いたします!」
丁寧に断り文句を赤ちゃんに言ってどうする。だが、それでも余裕がないのは事実で。後ろ髪引かれる思いはあれども、そのまま去ろうとした。
だがしかし、深夜に響く犬の遠吠え。カラスの羽ばたきと鳴き声。男の慌てたような悲鳴。
それらが赤ちゃんの今後を暗喩しているように聞こえて足が止まる。ここ普段は治安いいんだけど…。
流石にこんな場所に赤ちゃんを放っておけるわけもなく。恐る恐る抱き上げる。抱き方あってるのかな。そんな思いと共に電柱から赤ちゃんを取り出すと、途端に閉まる扉。発光が収まっていく電柱。
『じゃあの』
「あ、おーい!忘れものですよー!最後までふざけておいていかないでよ!!」
立つ鳥跡を濁さずと言わんばかりにさっきまであった痕跡が消えていく。残ったのは腕の中にいる赤ちゃんだけ。いや、あと濁しに濁していったんだけど。
赤ちゃんを見下ろす。こちらに身を預けて心地よさそうにしている。
「というか、これじゃあ私が攫ったみたいでは?!」
嫌な想像が過ぎり、身震いをする。そんな私の不安そうな様子につられたのか赤ちゃんまで泣き始めてしまった。
更に街灯の向こう側から微かな話し声。誰か来た。こんな現場見られるわけにはいかない。そう判断し、階段を駆け上がる。
「彩葉さん?」
その途中で聞こえた声に足が止まる。聞き覚えのある声だ。何なら今遭遇率が一番高くて、聞こえたくなかった声だ。
どうか違ってくれ、とゆっくり振り返るもそこにいるのは藤原さん。さっきの話し声は藤原さんか、ならもう一人は?
周りを見渡しても人影はない。気のせいか。その思考に気をとられている合間に藤原さんが目の前まで来ていた。
「赤ちゃんか、かわいいな」
「………え、あの」
すごく優しい慈しむ声。なんだか、初対面の赤ちゃんに対する声にしては孕む感情が大きくないだろうか。しかも、さり気無く撫でてるし。その手つきも凄くゆっくりで。
思いもしなかった言動に考え込んでしまって、言葉が出なかった。藤原さんはそんな私の様子を気にすることなく、二階まで上がってから声をかけてきた。
「困ってるんだろう。僕の部屋へおいで」
「え、あ。ちょ、ちょっと??」
確かに困っている、抱えたあかちゃんの扱いと何の説明もないあなたに。だが、藤原さんはそのまま歩いていく。本当に人の話聞かないな!何にも話せてないけど!!
私は素直に自分の部屋に帰ることも出来ず、そのまま後を追った。
「お、おじゃまします」
「はい、いらっしゃい。そこかけて」
抱えた赤ちゃんはいつの間にか泣き止んでいた。また泣かれても迷惑になるので慎重に部屋に上がり、勧められるまま沈み込むようなソファに腰掛ける。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
ハンガーラックに上着をかけた藤原さんは、そのまま冷蔵庫からお茶を出してくれる。気遣いはありがたいが、赤ちゃんのバランスが取れずにお茶が飲めない。赤ちゃんってどうやって抱っこするんだろうか。
「抱き方はこう、首と頭を支えて身体を仰向けに」
私の様子に気付いたのか、藤原さんは抱き方を横に来て教えてくれる。左腕で首と頭を支えて、肘から左手のひらで包み込む。右手は身体の下から背中に添える。
柔らかくほどけてしまいそうな赤ちゃん。正直、片腕での抱え方なんて怖くてできそうもない。
「こ、こうですか」
「そう、それが基本」
何とか抱えられた後、藤原さんはそのまま気をつけるべきことを教えてくれる。最初にちょっと危惧していた形の勘繰りやお節介なんて、そこにはなくて。
初めて会った時の藤原さんを思い出す。何も言わず、手を貸すだけで、そのまま去っていった時の姿を。
「あの、何も聞かないんですか?」
「話してくれる?」
我慢できずに訪ねても返ってきたのはそんな言葉。部屋の中であっても付けたままのサングラスがこちらを向く。これだけ近くにあってもサングラスの向こう側は見えない。
玄関に置いてある水槽からの水音が、今はただ時間の経過を意識させる。
私の返事をただ静かに待つ様子に、沈黙に耐えられずにポツポツと事の経緯を話した。未だに私自身も夢ではないか疑っていることを。
でも、腕の中の重みは消えてはくれない。
「信じ…、られないですよね。はは…」
「彩葉さんはどうしたい?」
こちらに返事はなく、委ねるような言葉。信じてくれたのだろうか。少ししてから、藤原さんがまた口を開いた。
「今、君の状況はカルネアデスの板*1だと思うといい」
以前、出題されたことのある哲学問題。何と答えたんだったか。だいぶ前のことだ、もう覚えていない。
だが、伝えたいことは分かる。私がこの赤ちゃんを助けようとしているのは、私の何かが、あるいは私自身が犠牲になってしまうことだと。そして、この手を離せば犠牲になるのは赤ちゃんなんだと。
立ち上がったやつが全部やるんや。やりたないなら相手が「たが、ここには板ではなく、頑丈な船がある」
気が沈み切る前にかけられた声に顔を上げる。藤原さんの言葉を飲み込めず、硬直した。つまり、藤原さんが赤ちゃんの面倒も全部抱えると言っているのだろうか。
「それじゃあ藤原さんに迷惑がかかります。それに…、拾ったのは私です。私が責任を持ちます」
流石にそれは出来ない。私は人に頼りきって自立出来ないような子どもではないのだから。
この世で頼れるんは自分1人や言うたよな?
「彩葉さん、頼っていいんだよ」
母の言葉と藤原さんの言葉が重なる。
「ダメです。私に返せるものなんてありません」
そうだ、返せるものなんて何もない。
「その子が出ていくまで君が面倒を見るのかい?」
一瞬それを想像して身体がこわばる。だが、直ぐに思考を切り替える。
「そんなことをしなくても。警察に相談するとか、孤児院に預けることだって」
「ゲーミング電柱出身」
「うっ…」
預ける時の状況説明。事実確認。正直説明できる自信はない。
「それに1人でお世話できる?」
「うぅ…」
学校にバイト、金銭的な問題もある。だが、藤原さんも赤ちゃんの世話なんて…
「ここに僕がいる」
…したことあるのかな。年齢から言って親族かな。年の離れた兄弟かもしれない。育児経験があっても不思議じゃない。
「……」
丁寧に逃げ道を潰された気分だ。藤原さんは心配で言ってくれているのはわかる。反論も何個か浮かんだが、のらりくらりとかわされる未来しか見えない。
これ以上は私の意地でしかないのかな。
「…よろしくお願いします」
「お願いされました」
この貸しは返さないといけない。今返せるものなんてないが、絶対にあとで返してみせる。
「さて、夜ももう遅い。今日は僕が預かるから彩葉さんは帰っておやすみ」
「…わかりました。すいませんがよろしくお願いします」
だから、今だけ。この緊急事態だけはこの人の惇いに甘えよう。そう決意して、深く頭を下げた。
「おやすみなさい」
彩葉が扉を閉め、自分の部屋に去っていく。
月光に照らされて輝く赤ん坊に向けて、イツキは微笑んだ。
「さて、いらっしゃいお姫様。楽しんでいってね」
夜は更けていった。