黒幕系種族に転生した   作:野竜先輩

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第三話 雌伏

 ラミナス王が暗殺され、アーシェが公には自殺したと公表されたことで、王家を失ったダルマスカはほどなくして無条件降伏を受け容れた。

 

 地下に潜んだアーシェたちにとって予想外だったのは、アーシェの自殺を発表したのがアルケイディア帝国ではなく、亡命先の予定だった空中都市ビュエルバを治めるオンドール侯爵だったことだ。

 

 侯爵とはいってもビュエルバはれっきとした独立国家である。じゃあどこの貴族なんだよというと、ガルテア連邦時代の称号をそのまま名乗っているのだ。正統性の根拠としてレイスウォール時代の爵位を用いていることもあって、レイスウォールの直系であるダルマスカ王国とは長らく友好的な関係にあり、特にラミナス王と今代のオンドール候は個人的な友誼を交わしていたとか。

 

 とはいえそれも、国家存亡という実利の前では掻き消える定めにある。オンドール候の発表は、帝国に屈したと考えるのに十分な内容だった。アーシェたちは亡命も叶わず、ラバナスタの地下に築かれたダウンタウンを潜伏先とすることになった。

 

 

 

  ——ダルマスカ王国の滅亡から、二年の月日が経とうとしていた。

 

 

 

 ガラムサイズ水路。王都ラバナスタの地下に広がる、広大な用水路だ。砂漠の真ん中に位置するラバナスタにとって生命線になるはずの施設なのだが、そのあまりの広大さから小国であるダルマスカには管理しきれず、魔物が蔓延るダンジョンと化している。

 

 情けない体たらくではあるが、一方でそんな状況が未来の子孫を助けることになるなどと知れば、時のダルマスカ王族たちはどんな顔をするだろうか。

 

「1、2——あと3体ね」

 

 ネズミ型の魔物を前に、そう語るアーシェの口ぶりは穏やかなものだった。いい意味で肩に力が入っていない。

 

 彼女が身に纏うのは、王宮にいた頃の服装ではなく、有り合わせのものを纏った動きやすい簡素な格好だ。手にする剣や盾も決して高級品ではない。

 

「やあっ!」

 

 アーシェはかけ声と共に剣を振るい、魔物をあっさりと倒してみせた。

 

「……どうだった?」

「よかったよ。ウォースラに教わったことはバッチリ実践できていた……そろそろ戻ろうか」

 

 アーシェにそう声をかけると、彼女は微笑みながら頷きを返した。

 

 地下に潜伏したアーシェたちはその後、帝国の支配に反旗を翻すために解放軍を組織した。発起人はウォースラで、アーシェはアマリアという偽名を用い、解放軍の一員として参加している。生き残りの王族という絶好な旗印を使わない……使えない理由はいくつかあるが、ビュエルバのオンドール候に対する配慮という面が大きい。

 

 ウォースラから聞いたのだが、ダルマスカ以外の地域の解放軍は横の連帯を持ち、オンドール候の秘密裏の支援を受けて飛空艇まで整備しているという。アーシェ生存を真っ向から唱えると、彼の顔に泥を塗る展開になってしまい、各地の解放軍の足並みがかえって乱れてしまうのだ。帝国と戦っていく上では、王家の御旗よりも金と飛空艇の方が大事なのだった。

 

 そういった事情で、アーシェはこの2年間、アマリアという一般解放軍戦士として、組織の運営には極力関わらず、剣術を磨いていた。まぁ多少の特別扱いはされるし、そうなると解放軍内の事情を深く知らないメンバーにも、彼女が重要人物だとなんとなく察されるのだが。

 

 一方の僕はというと、アーシェとウォースラ以外には姿を見せず、ヴェーネスやヴェインに関する情報収集をしながら、アーシェの傍で話し相手をしていた。彼女の精神衛生上、良い影響を及ぼせていたらいいな。

 

「戻ったか。アマリア」

 

 ダウンタウンのアジトに戻ると、ウォースラがアーシェに声をかけた。周りの視線もあるため、普段のように敬語では話しかけない。

 

「すまないが、あとで話せるか」

 

 ウォースラは一瞬だけ視線をこちらに向ける。それが僕とウォースラが一対一で話したい時の合図になっていた。

 

「えぇ。わかったわ」

 

 返答もそこそこに、アマリアは自室に引き上げていった。ウォースラがアジトを出たタイミングで、僕もそれについていく。

 

 

 

「……殿下を真の名で呼ぶ者も、もう俺とお前だけになってしまって久しいな」

 

 周囲を確認した後、ウォースラは僕に声をかけた。本当に秘密にしたい会話は、解放軍のアジトの外で行うのが日常になっていた。

 

 解放軍という組織については、正直あまり上手くいっていなかった。まずリーダーのウォースラが絶対的な旗印になれていない。旧王家に仕える軍人の中で、高位だったという以上のものはなく、庶民に英雄視されていたバッシュ将軍——ナルビナ城塞でラスラ王子を護衛していた人だ——のようなカリスマ性は発揮できていなかった。アーシェの真の名を明かしてしまえば話も変わっただろうが、今後のことを考えるあまりタイミングを逸した感がある。

 

 メンバーについても駐屯軍による検挙や新入りの参加などで出入りがそれなりにあり、買収などへの警戒も加えると、もう誰が裏切り者か分かったものではないというのがウォースラの考えだ。僕も透明な身体を使って本当に裏切られるとマズい人物の見張りをすることはあるが、それも万能ではない。

 

 そしてなによりウォースラが危惧していたこと、それは『例え解放軍が何らかの成果を上げられたとして、それが祖国の解放に直結しない』ことだ。例えば全てが1億パーセントくらい上手くいって、ダルマスカの独立宣言が出来るところまで行ったとしよう。即座にアルケイディアかロザリアの飛空艇艦隊がこのラバナスタに押し寄せるだろう。

 

 それを言っちゃおしまいだろ!じゃあなんで解放軍なんて作っちゃったんだよ!というのは、まぁウォースラにも立場というのがあるから、これはしょうがなかった。彼のフルネームはウォースラ=ヨーク=アズラスといい、ダルマスカに代々仕える名家の出だ。彼には生き残りをまとめる義務があったし、組織というのは組織の合理性でしか動けない。

 

 そんな解放軍だったが、戦後二年弱が経ってようやく”意義・価値のある作戦”を1つ実行に移せそうなのだ。

 

 今日、ダルマスカ執政官としてこの地に赴任してきたヴェイン=ソリドールの暗殺作戦である。帝国で最高の指揮官と名高いヴェインを討てば、ダルマスカだけでなく各地の解放軍にとっても助けとなる。今後も独自路線で行くにしろ、ビュエルバの解放軍と合流する方に舵を切ったとしても、軽んじられるリスクは軽減できる……というのが目算だ。

 

「今夜の作戦は、俺たちにとって最大のものになるだろう。お前には、色々と話しておきたかった」

 

 そう語るウォースラの表情は固い。

 

「まずは殿下のことだ……俺の知る殿下は、慈愛の心に満ちた一方で責任感の強いお方だ。亡き父王や夫のことを背負い過ぎ、無力な自分を苛むことも考えられた。殿下がこの境遇において、あそこまで健やかに過ごされているのは、まず間違いなくお前のおかげだ……感謝する」

 

 王女様の面倒を見たことに感謝を述べられたが、こちらとしては特に困ったところはなかった。確かに彼女が悲嘆に暮れる夜も1つや2つではなかったが、僕の励ましをしっかりと受け止め、その度に立ち上がってきた。

 

 それに僕自身、アーシェやウォースラと少なくない時間を過ごして情が湧いているのもある。彼女たちのために労を払うのは苦ではなかった。

 

「その話をするために、わざわざ?」

「幾つかあるうちの1つだ。生きて戻れんかもしれんからな」

 

 ウォースラは次の話題について、先ほどよりも重苦しい声色で語り始めた。

 

「……1つ、俺の懺悔を聞き届けてくれないか。バッシュのことだ」

 

 バッシュ=フォン=ローゼンバーグ将軍。庶民に愛された勇将だったが、先のオンドール候の発表時にラミナス王を殺した犯人として名指しされ、表向きは大逆罪で処刑されたことになっている。

 

 ラミナス王暗殺の犯人として仕立て上げる一環で、レックスという一般兵の自白も用意されていたが……その自白した兵士は過激な尋問で心身を病み、一年前に亡くなっている。客観的な証言としての価値は皆無に等しい。ここまで杜撰な仕事だと、暗殺そのものへの信憑性がかえって薄れるというものだ。

 

 アーシェの自殺が嘘であることは自明だし、そうなればバッシュの件についても嘘であり、何らかの狙いがあると考えるのが自然だ。なんならバッシュを帝国が生かしていて、ダルマスカの解放軍とオンドール候が近づきそうなら、サッとお出しする準備が整っている……なんて展開すらあると、僕は考えている。まぁ、バッシュを生かしておくのもリスクのある選択だけども。

 

「俺はあの日、バッシュと共にラミナス陛下をお救いに向かった。結局敵兵に阻まれ、陛下の下に馳せ参じたときには事が終わっていたのだが……」

「なんでアーシェに『ラミナス王を殺したのはバッシュではない』と話していないのか、だね」

「お前は本当に察しがいいな。その件だ」

 

 実際、その件については少し不思議に思っていた。アーシェは自身の自殺に関するオンドール候の発表が、帝国に用意されたあからさまな虚偽だと言うのに、バッシュの件については『彼がやった』と思い込んでいるところがある。原因はウォースラが、その件について明確な態度を示さなかったことにある。

 

「バッシュが陛下を手にかけた所を直接見た訳ではない。オンドール候の発表を聞いたとき、間違いなく嘘だと思った。だがな、その一方で——頭の片隅に、アイツへの疑心が浮かんだ」

 

 ウォースラの表情には、確かな後悔が滲んでいた。

 

「……バッシュはダルマスカの生まれではない。アイツの祖国は、ランディス共和国という。アルケイディア帝国に滅ぼされた数々の小国のうちの1つだ」

「ひた隠しにしていた復讐心が発露して、帝国への徹底抗戦のために和平交渉を妨害したという筋書きは通るね」

「あぁ。死んだバッシュと解放軍の鍵を握るオンドール候のどちらを立てるかという実利を抜きにして、俺はそう考えてしまったんだ」

 

 そういった事情か。一度抱いた疑念について、彼なりに抱え込んでしまったのだろう。とはいえこれ自体は彼の問題で、彼の意識1つで転換できるはずだ。

 

「ウォースラはどうしたい?」

「……『国王の暗殺犯はバッシュではない』。自分の考えを、殿下にお話ししておこうと思う」

「それが良いと思う。ただそうなると、オンドール候を更に頼りにくくなるね」

「……だがそれでも、俺たちに万一があったときはオンドール候を頼ってくれ。伝手もないロザリア帝国に亡命したら、ほぼ間違いなく開戦の口実として体よく利用されるだけだ」

「わかった」

 

「……最後に。この二年間、誰が組織の裏切り者か分からん中で……お前の存在は俺にとっても救いだった。礼を言わせてくれ」

 

 めっちゃ死にそうなことを言われた……他の団員はともかく、ウォースラの現実主義的で懐疑的な部分は、アーシェが持ち得ない性分だ。ダルマスカの今後のためにも生き残って、アーシェを支えてほしいのだけど。

 

「今晩の戦い、僕はアーシェの傍に付いていく。どうかくれぐれも死に急がないで。アーシェが悲しむ」

「……そうだな」

 

 ウォースラの話……というか遺言に近いのだろうか。それも終わったので、アジトに戻る。ちょうどその途中だった。

 

「おかえりなさい」

 

 王女様は腕を組みながら、僕たちに声をかけてきた。そして——

 

「……また二人で内緒話?」

 

 そんなことを、ちょっと拗ねた様子で言うのだった。

 

「内緒にするかどうかを決める話だった。そうだね? ウォースラ」

「……ご無礼をお詫びいたします。殿下。謹んで申し上げたいことが——」

 

 そうしてウォースラが、さっきの件について話し始める。

 

 ——決戦の時まで、あと僅かだ。

 




原作序盤アーシェの「なぜ生きている バッシュ!」平手ベチィなんですが、
自分の自殺とかいう大嘘発表と一緒に発表されたのに、バッシュの暗殺についてはガチで信じてそうなの何でだろうと思ったのでこういう形で書きました。どっかに記載あったらごめんね
ウォースラはアルティマニア曰く最序盤から通じてるって解釈も出来るようにしてあるそうですが、今回は普通にリヴァイアサン後に裏切るルートのifという形で書きたいなと思ってます
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