最後の昼。解放軍のアジトを離れた僕は、敵情視察に来ていた。
解放軍にとっては今夜が正念場だが、それを知らない多くのラバナスタ市民にとっては、今まさに始まろうとしているヴェイン執政官の就任式典が一大イベントだ。既に多くの聴衆が集っていた。
皆、自分たちの次の指導者が何を語るか、どんな人物なのかを見定めようとしているのだ。
ラバナスタの王宮を背景に、壇上に立つのは、他の一般兵とは異なる意匠の黒鎧を纏う男だ。今回の式典の司会進行を進める彼は、ジャッジという役職だ。一言で説明するなら、『裁判官+将校』という具合だろうか。逮捕権、簡易裁判の開廷権、死刑執行の権利まで持ってるとんでもない役職である。絶対腐敗すると思うんだけど……まぁ主題じゃないから今はいい。
「アルケイディア帝国西方総司令新執政官ヴェイン・ソリドール閣下のお言葉で——閣下!?」
ヴェインを呼びとめるジャッジ。だがヴェインは意に介することもなく、スピーチの壇上に上がった。そして——
「——ラバナスタ市民諸君。帝国が憎いか。この私を憎んでいるか」
ヴェインがそう言い放った途端、堰を切ったように罵声が上がり始める。
「聞くまでもなかったな。私自身、諸君の憎しみをぬぐえるとは思っていない。私は諸君の忠誠を求めない。諸君は、亡きラミナス陛下への忠誠を守り通すべきだ」
そうヴェインが言い切った頃には、聴衆の罵声は静まっていた。
「陛下は国民をこよなく愛し、平和の実現に力を尽くした真の名君であらせられた。陛下の大御心は今なお諸君を見守っている。ダルマスカの平和と繁栄を願っておられる」
演説をするのが一般的な侵略者なら、王を殺して主権を奪った連中が何をいけしゃあしゃあと述べているのだという話になるのだが。ラミナス王は表向き、徹底抗戦を求めたバッシュ将軍の暴走で殺されたことになっている。そもそも向こうが侵略してきたことに目を瞑れば、ギリギリ通る言い分だ。
「諸君。私はただひとつ求めよう。陛下のご遺志を継ぎ、平和への祈りを! あの痛ましい戦乱から2年! ようやく萌した平和の芽を、諸君らの祈りで大樹へと育ててほしい! それだけを忘れずにいてくれるなら、私ごとき! いくら憎まれても構わん!」
平和という言葉を乱発して、良いことを言っている風を装っているが、要は無用に反発するなよということを言っているのである。
とはいえスピーチというのは語る内容だけで決まるものではない。身振り手振り、声色や発音、チョイスする単語の1つとっても容易に評価が変動する不安定なものだ。政策のみにフォーカスするならば、スピーチのみで判断するのはあまりよろしくない。せめて中身を文章に起こし、精査するべきだ。その時間すらも聴衆に与えないから、スピーチは政治家にとって武器になるのだ。
「私は逃げることなく憎しみを受け止め、背負い、そして——ダルマスカを守ろう! ……これは私の償いである!」
ヴェインは一段と声を張り、自身の主張を鮮明に聴衆に訴える。スピーチは佳境に差し掛かっていた。
「亡きラミナス陛下とアーシェ殿下は、今なお諸君を見守っておられるのだ。祖国を愛する者たちよ。亡き陛下の御遺志を受け継ぎ、平和への祈りを。私の望みは、ただそれだけである」
……このスピーチで確信した。この男は格が違う。たった1つの演説で、祖国を解放せんとする遺臣たちを、戦乱を今更蒸し返す反逆者へと叩き落してみせた。司会のジャッジを振り切って演説を始めたことで一見情熱的な人物に見えるかもしれないが、その実は一挙手一投足、言葉の間の間すら演出のために最適化されている。
戦の天才とは聞いていたが、恐らく彼の本分は人心掌握に軸足を置いた"治安戦"だろう。性悪説に基づいた粛清や検挙だけではない、本来は交わることのない相手の懐柔をも組み込んだ治安の構築だ。
なるほど、これはウォースラが悲観するのも無理はない。アーシェやウォースラでは役者が違い過ぎる。
——ただそれでも、ヴェインは邪悪だ。
アーシェが見守っているなんて言うのは真っ赤なウソだ。彼女はラバナスタの地下で復讐を誓っている。ラミナス王を葬ったのも、間違いなくヴェインであろう。そして僕の読みが正しければ、彼は自身の野望のために本国の政治家すら騙している。
「……いやしかし、どう蹴落とせばいいんだアイツを」
これまでヴェインについて、色々調べてきたのだが……本国の指示、特にジャッジが所属する公安総局からの支持がとんでもなく篤い。狂った権限を持つジャッジの支持があるなら、帝国の一般市民が反旗を翻せる道理が無い。アルケイディア帝国の内側から切り崩すのは難しいだろう。
情報が足りない。いや、今日の解放軍の動きが全部上手くいったなら無用な企みだが。あの男を蹴落とすヒントが無いか——
「……待てよ。そもそもなんで2年待ったんだ」
皇帝の三男坊にして、長男次男が亡き今、彼は継承権第一位だ。詳しくは選挙を通すらしいが、そこら辺は票通りにはいかないだろう。それだけの権力があれば、すぐに破魔石を捜査するための人手を寄越せたはずだ。頭の中に、ある仮説が浮かぶ。
——もしかしたら、ヴェイン=ソリドールという男は、無敵ではないのかもしれない。
◇◇◇
その日の夜、ラバナスタ王宮の一角。時のダルマスカ国王が用いていた執務室とは異なる部屋を、ヴェインは執務室に選んでいた。
「——始まったか」
ヴェインが執務室の窓に視線を向けると同時、閃光が迸り、その後に紅蓮が広がる。
反乱軍——ないし解放軍は、ラバナスタ王宮の中庭に展開し、一気に王宮を目指した。そしてその計画は、ヴェインに筒抜けだったのだ。王宮の上空には、ナルビナ城塞で大量のダルマスカ兵を精肉してみせたイフリート級巡洋艦が鎮座していた。襲撃のタイミングすらも把握していたヴェインは、あらかじめ王都の魔法障壁を解除しておき、襲撃のタイミングにかち合うように、イフリートを出撃させたのだ。
イフリートはあの日と同じように、迫りくるダルマスカ人の悉くを焼き尽くしていた。
「あれがイフリート……実際に砲火を振るう様を見るのは初めてだが」
ヴェインの傍に控えていたヴェーネスが、そんな言葉を漏らす。
「良い
「悍ましいな。地上では剣と魔法が関の山であるというのに、空中からは砲弾を放ち続けるというのだから」
「だからこそ、イフリートは帝国陸軍からの支持を得ている」
イフリート級巡洋艦。優れた対地攻撃力、防御力を持つアルケイディア帝国の傑作機であり、各国を侵略する上での鍵を握る存在だった。
イヴァリースの陸軍とは惨めな存在だ。空の上では空調の効いた環境で、一日三交代で計器を弄るくらいしかしない兵士がいる。陸軍はそんな兵士たちが落とす影の下で、剣や槍を振るう。獣臭が強いチョコボに跨って戦場を駆ける。相手の刃を凌ぎながら、座学で学んだ魔術の詠唱を唱える。予算だって、鋼鉄と精密機器の塊を要求する空軍の数十分の一から、数百分の一だ。
そしてだからこそ『陸軍から支持される飛空艇』というのは代え難い存在であり、軍全体のシンボルとも言えるのだ。
「……そういえば、1ついいか」
「なにかな。ヴェーネス」
「イフリート級巡洋艦。対地攻撃力、防御力に優れている……というが。そもそも地上には魔法障壁が貼られるのだろう? それは、意味のある謳い文句なのか?」
ヴェーネスの問いに、ヴェインはふっと笑みを零す。
「……どうやら人は、神々よりも軍事に秀でてしまったようだな」
ヴェインはそう前置いて、ヴェーネスに対して語り始めた。
「逆に考えてみてくれ。イフリートの相手をする軍は、魔法障壁がなければ太刀打ち出来ない。これはすなわち、敵は地上で軍を動かすとき、必ず魔法障壁を伴わねばならないということだ。そして魔法障壁は拠点防衛にこそ向くが、その発動難易度から攻撃戦にはまるで向かない」
「なるほど……」
「イフリートが一隻戦場にあるだけで、魔法障壁を持たない陸軍は足切りされ、例え持っていたとしても釘付けにできるということだ」
「陸軍同士の駆け引きの中で、存在するだけでも価値がある……そういう扱いをされていれば、自然と先の謳い文句が付随してくる訳だな」
「……とはいえそもそもイフリート級自体が傑作というのはある。正面の主砲は十分な対艦攻撃力を持ち、艦載機による攻撃にもある程度耐える装甲も持ち合わせている。弱小国家の飛空艇艦隊程度なら、単艦でも相手取れるほどだ。対地攻撃力を持つレモラ型艦載機を一個飛行隊積載できるのも、艦の基本構想に沿っている」
イフリート級について、普段よりも少し早口になりながら語るヴェインは、ヴェーネスの目から見ても興が乗っているように見受けられた。軍事の天才、次期皇帝と目される男の、立場を除いた素の部分の一端を垣間見たように感じられたのだった。
「ならシヴァはどうなんだ?」
ヴェーネスの純粋な好奇心から来た質問に、ヴェインはすぐに答えなかった。
「なんでも機動力に優れた新型の巡洋艦だそうじゃないか。イフリートとはどう違うのだ?」
「シヴァか……あれには少し、特殊な事情があってな。また今度話そう」
ヴェインの歯切れの悪い口ぶりから、その件について彼があまり話したくないのは間違いなかった。そのことを察したヴェーネスは、この怜悧な男にしては珍しいこともあったものだと内心で思うのだった。
「そういえば昼間、演説の際に君と同じ気配を感じた。オキューリアは人里に降りて、演説を聞くことがあるのか?」
「……そんな殊勝な連中なら、私はまだギルヴェガンにいただろう」
吐き捨てるようにそう言ったヴェーネスは、しばしの思考を挟み、言葉を続けた。
「唯一それをし得るとしたら、ザルヴァだろうか。私より遅く生まれたオキューリアだ。他のオキューリアと違い、あれは人を見下していない。ギルヴェガンでは最も近しい関係だった」
「なるほど。さしずめ弟のようなものか?」
「弟……君とラーサー皇子ほど仲睦まじくはないが、近いのかもしれないな」
ヴェーネスはそう語るが、少なくともギルヴェガンという閉鎖的で滞った空間の中で、ザルヴァと話していた時間はかけがえのないものだった。1つすれ違ったことがあるとすれば、純粋なオキューリアであるヴェーネスよりも、半端もののザルヴァの方が『オキューリア』に向いた精神性をしていたことだろうか。彼は自身の境遇を悲観することも、ゲルン王に反発することもなく、オキューリアの定めるありのままを、それはそれと受け容れる精神性を持っていた。
「大方、ゲルン王の指示で、私を滅ぼすために動いているのだろう」
その言葉を聞いたヴェインは、眉間にしわを寄せる。
「……神々ですら兄弟で殺し合いか。現世はままならんな」