捕らえられたアーシェは、ヴェインの下に連れて来られていた。アーシェは鋭い目つきでヴェインを睨むが、彼は意に介する様子もない。
「アーシェ・バナルガン・ダルマスカ王女。貴殿にいくつか質問がしたい。ダルマスカ王家に伝わる覇王の遺産、黄昏の破片。王宮内に在るのは確かなのだろう?」
「……答える義理はないわ」
アーシェはそう答えた。
「……最初から、破魔石が狙いだったのでしょう? ダルマスカも、ナブラディアも……!」
ヴェインはアーシェを品定めするような視線を向け——僅かな沈黙を挟み、語り始めた。
「……当時、ナブラディア王国にはロザリア帝国軍が駐留していた。我が国の拡張速度を恐れた、当時のナブラディア王の采配だ。当時のナブラディアはロザリアにとって、我が国に対する橋頭堡、バレンティア大陸への侵略の足がかりだったのだ」
彼が語り始めたのは、二年前の外交情勢についてだった。ちょうどラスラ王子とアーシェ王女の婚姻が交わされる、少し前のことだ。年々増してくるアルケイディア帝国の圧力に対し、当時のナブラディア王国にはロザリア帝国を引き入れてアルケイディアに対抗しようとする派閥と、独力で立ち向かうべしという派閥が対立状態にあった。自国にロザリア帝国軍の駐留を認めつつ、ダルマスカとの婚姻同盟を結ぶという、一見してちぐはぐな外交方針はこの対立が原因だった。
「……我が国は、バレンティア大陸に根差す多くの国家、民族にとって脅威となるこの政策の転換を何度も求めた。しかしこの平和的な交渉によって状況が改善されることはなく、親ロザリア派が蜂起した。すなわち彼らの側に付くロザリア帝国軍が、バレンティアで軍事活動を行うということだ。グラミス陛下は軍による介入を命じられた……あの結末は、不幸な事故だった」
ヴェインの口から当時の情勢を語られ、アーシェは初めて当時の状況の複雑さを理解した。ただし彼女は知る由もないが、事の真相は当時25歳のヴェインが暗躍して親ロザリア派を蜂起させ、介入の口実を作っていた。八人の王子がいた王家に生まれた王女と、自らの手で国益に反した長男次男を粛清して皇位継承権一位に躍り出た皇子。年は6歳しか離れていないが、踏んできた場数の差が如実に出るのも無理はない。
「そしてナブラディアと同盟と結び、我が国に宣戦していたのがダルマスカ王国だ。ナブラディアが落ちた時点で君たちに戦闘を続ける理由はなかったはずなのだが……講和の機会が設けられたのは、戦局が決定的となったナルビナ陥落後だった。そしてその機会も、貴国の将軍により踏み潰されたがな」
これまでヴェインが語ってきた内容。その全てが『帝国側の公式見解』を、さながら台本を丸々読み上げただけに過ぎないものであるくらいは、アーシェにも分かっていた。
「アーシェ王女。我々には、貴国の元に残るはずだったものを、貴女にお返しする用意がある。貴女はダルマスカの王女として返り咲き、この王宮の主に戻れる。民もこのような陰険な執政官ではなく、正統なる血統を持つ王女を君主として仰ぐことができるのだ」
ただし、破魔石と引き換えに。このままヴェインの言い分のみを聞いていても、新たな情報は出てこない。とはいえ今からアーシェがしようとしている質問は、場合によっては自身を危険に晒すものだ。
それでもザルヴァは、それについて気にしている様子だった。ヴェインと直接相対している今、白黒を付けるには絶好の機会でもある。アーシェは意を決して口を開く。
「質問をしていいかしら、ヴェイン執政官」
「……何かな」
「——貴方は、ギルヴェガンに行ったの?」
ヴェインの目の色が変わった。アーシェの問いの意味が分からないヴェインではない。それはつまるところ、彼女は『オキューリア』を知っているということに他ならない。
「オキューリアからの接触があったか。破魔石について知っているのも道理だ」
「……」
「そして黄昏の破片について知らないというのも、どうやら本当のようだな。知っているなら、オキューリアに石を行使させて私を殺せている」
ヴェインの言葉は半分嘘が混ざっていた。彼に力を貸すヴェーネスがその場にいたならば、その試みは無効化できる。
「……答えを聞こうにも、知らないのでは仕方ないな」
「私を……殺すの?」
「まさか。貴女にはまだ『ダルマスカ王家最後の生き残り』という価値がある。いずれ役割が割り振られよう」
「……帝国の駒として、ということ?」
「生き残った王家の務めだ。アーシェ王女」
ヴェインの放つ声色は、敵対者に向けるそれではなかった。まるで何も知らない子どもを諭すかのような、穏やかさを含んだものだった。
◇◇◇
アーシェが捕らえられたタイミングで彼女の傍を離れ、ウォースラを探したのだが。ウォースラたち他の解放軍は帝国の追撃を振り切り、ダルマスカの郊外まで脱出できていた。これを彼らの死に物狂いの奮戦の結果と取るか、それとも『アーシェの回収』という目的が済み、残りはどうでもいいとほったらかしにされたかは諸説あると言えよう。
……ヴェインがやろうと思えば、ダルマスカ解放軍はもっと大きな被害を受けたはずだ。それが行われなかったということは、今の解放軍がヴェインにとって脅威にならないということ。何ならアーシェに、破魔石のことを聞くための人質と出来る。ヴェインがそこまで考えているのしたらあまりに陰湿過ぎる。
アーシェが帝国軍に捕らえられて一週間が経過した頃、ようやく居場所を割り出すことができた。人気のない路地へとウォースラを連れ出し、結果を報告する。
「戦艦リヴァイアサンだと……!?」
僕の報告を聞いたウォースラが、愕然として呟いた。
戦艦リヴァイアサン。次期皇帝と名高いダルマスカ総督にして軍事の天才と名高いヴェイン=ソリドールの指揮下にある、対ロザリア帝国の最前線を支える第八艦隊。イフリート級巡洋艦3隻、シヴァ級巡洋艦1隻、カーバンクル級巡洋艦1隻、カトブレパス級駆逐艦4隻の計10隻からなる大艦隊の旗艦である。
どうりで王宮内をいくら探しても見つからないわけだ。リヴァイアサンは現在、ラバナスタの街を離れて遥か上空に待機している。王宮をスパイしてどうこう出来る場所ではない。ちなみに僕がこれを知れたのも本当に偶然で、兵士たちの噂話を盗み聞きしていたときに『アマリアの行き先』が挙がったためだ。
「これは推測になるけど、アーシェを知る人間の数をこれ以上増やさないためじゃないかな。たぶんアーシェ関連の判断は、ヴェインの独断だろうからね」
「……ザルヴァ。上空のリヴァイアサンに乗り込めるか?」
「お安い御用だ」
「艦内の諜報活動を頼む。どうにかして俺が乗り込み、お救いする」
「——その話、俺にも背負わせてくれ」
唐突に向けられた声に、ウォースラが身を翻して振り向いた。
声の主に、僕は見覚えがあった。ナルビナ城塞でラスラ王子の供回りをしていた男だ。金髪のオールバックは変わらないが、あの時に比べてかなりやつれた印象を受ける。
「バッシュ……!? お前、なぜ……!?」
「話せば長くなる」
バッシュはウォースラが先ほどまで視線を向けていた場所——つまりは僕の方を向きながら、言葉を続けた。
「ただその前に1つ聞きたい、ザルヴァとは何者だ?」
バッシュの問いは極めて自然だった。今のウォースラの絵面は虚空に話しかける狂人そのもの。おまけに人名らしきものまで発している。
ウォースラが俺の方を向いて頷いた。彼相手には透明化を解除していいということだろう。さっと姿を現すと、バッシュは流石に動揺を見せたが……驚愕して声を上げるといったことまではしなかった。その後はウォースラと僕から、自己紹介と自分が何者なのかを説明する。
「……オキューリア。覇王に石を授けた存在……にわかには信じがたい話だな」
「僕と君たちの目的は重複している。利害は一致しているから、例え君が信じずとも、僕が君たちを害することはしない」
「何も信じないとは言っていない。俺の話だって確たる証拠もないからな。お互い様だ……これからよろしく頼む。ザルヴァ」
ちなみにバッシュからも2年前の国王暗殺の真相を聞かされたが、「双子の弟がアルケイディア帝国に仕官していて、そいつが代わりにやった。レックスという若者を、目撃者に仕立て上げるためだった」という。推理小説のオチとして書いたら、編集から原稿一面に赤ペン先生を付けられそうな内容だった。
「……バッシュ。俺はオンドール候と接触し、協力を仰いでリヴァイアサンに乗り込むつもりだ」
「しかし、今回の一件で帝国軍のマークは更に厳しくなっているはず。民間の連絡船は使えないだろう」
「むっ……」
ウォースラが言葉に詰まる。ビュエルバにいるオンドール候と連絡を取りたいならば、少なくとも飛空艇は必須だ。
考え込むウォースラに対し、バッシュがある提案をした。
「……ナルビナ城塞で、脱獄を手助けしてくれた空賊がいる。バルフレアという男だ。彼の飛空艇でビュエルバを目指そう」
バルフレアという名には聞き覚えがあった。というかついこの前、ガラムサイズ水路で出会った人たちだ。あの人たち、この短い期間に脱獄した上で、帝国に捕らえられていたバッシュ将軍を解放するまでしたのか……! すごいアクティブな人たちだ。ただの火事場泥棒だと思っていたが、判断を改める必要があるかもしれないな。