戦艦リヴァイアサンはラバナスタ上空から、なぜかビュエルバの方角へと向かっていた。周囲には第八艦隊を伴っており、艦載機が艦同士の隙間を埋めるように往来している。
秘密を隠すなら絶好の空飛ぶ監獄だが、霊体で認めた相手以外に視認されず、常に浮遊する謎生物であるオキューリアを妨げるものは何もない。ぬるりとドックへと侵入した。
……さて、どうしようかな。とりあえず艦の構造と脱出口、あとは巡回ルートと……指揮官も把握しておいたほうがいいか。それからアーシェを探そう。
「——で、なんだって急にビュエルバなんぞに行くことになったんだ?」
艦内を移動中、帝国兵の雑談が耳に入った。二人の兵士が会話をしている。
「とうとうオンドールが戦でも吹っかけてきたか?」
「滅多なことを言うな馬鹿……ラーサー様が、ルース魔石鉱をご見学されるためだ」
「それと帝国最大の艦隊が出動すること何の関係がある?」
ふむ。まぁ確かに、アーシェの監獄として使っているはずの第八艦隊でビュエルバに向かうというのは変な話かもしれない。もっともアーシェを捕えている方は極秘の任務だから、あんまりそればかりに執心させてもいけないという事かもしれないが。
「……そんなお役目、レモラ型なり、ヴァルファーレ型1機あれば十分ではないか。皇族が乗る船は大きければいい、なんて風潮。いずれ災禍を招く気がしてならんね」
「さすがに皇族を艦載機に乗せる訳にも行くまいて。いつ反乱軍が嗅ぎつけてくるかも分からんのだから」
艦隊を動かすことに不満そうな兵士と、それを諭そうという兵士。確かに皇族1人のために1つの大艦隊を移動させるのはあまりに大層というのは事実だと思うけど、艦載機で移動していたところを撃墜された元帥の逸話を知っている身からすると、万に一つもないくらいがちょうどいいようにも思った。
それはそれとして、この船にはラーサー皇子も乗っているのか。ビュエルバには魔石鉱の見学に行くとのことだが、はてさて何の用事だろうか。
……そんなことを考えつつ、艦内を散策する。ひとまず脱出口として、艦載機を積載するドックを見学した。アイロンみたいな見た目の小型飛空艇が何隻かあり、各艦の兵員はこれで移動しているようだ。
この情報は後でウォースラに共有するとして、どんどんやっていこう。次は恐らく艦内にいるであろう指揮官を探す。幸い、アルケイディア帝国軍は身分に合わせて鎧が豪華になるから探しやすいはずだ。
「——で、アーシェ王女はまだしらばっくれているのかね」
司令室らしき区画に到達したところ、いた。
一際目立つ黄金の鎧の男だった。彼はどうやらジャッジからの報告を受け取り、機嫌を悪くしたようだ。なんかアーシェ『王女』とか普通に言ってしまっているが、いいのかなそれ。
「お、お言葉ですが。アーシェ王女が『暁の断片』の在処を知っているなら、ヴェイン執政官の尋問の際に聞き出せていたのでは……?」
対するジャッジは、おっかなびっくりと言った様子で反論した。金色の鎧の男はそれが気に食わなかったのか、声色を一音低くして威圧する。
「ヴェイン……閣下が仕損じた可能性もあるだろう。なにせここに護送されてきた王女は、傷一つない状態だった」
「そ、それはダルマスカの王族として、役割があるから丁重に扱えと……」
「知ったことか! どのみちあの女は、王家の証を持たぬ以上ただの小娘に過ぎん。少々手荒に扱っても構わん。何としても吐かせよ」
……おいおい、随分と分かりやすいのが出てきたな。ジャッジからの信望が厚いはずのヴェインに対し、実際に相対した時にどうかは知らないが、少なくとも当人に聞かれない場所では反抗心を隠そうともしない。アーシェの扱いについても、ヴェインと将来的なビジョンを共有しておらず、極めて短絡で近視眼的だ。
「しかし、ギース様」
「ほぅ、貴殿はジャッジマスターであるこの私に、これ以上口答えをしようというのかね?」
「ひっ、ひぃ! 失礼いたします!」
おまけに彼はジャッジマスター……イカれた権力を有するジャッジたちの親玉だそうだ。公安総局の第○局局長というのが正式名称だったかな。十数人いるうちの一人だ。
重要なのは、たったの数分でこれだけ無能っぽい要素を垂れ流しておきながら、権力だけは異様に膨れているということになる。無能でプライドの高い人間は、組織を攻撃する際のゲートウェイとして非常に重宝する。
ジャッジマスター・ギース。これは思った以上に掘り出し物かもしれない。ウォースラがアーシェを救出に来てくれるまで、適時監視して人となりを把握しておこう。
……敵情視察は一旦これくらいにして、そろそろアーシェに会いに行くか。先ほどのジャッジの様子だとあまり心配要らないかもしれないが、これまでより危険な目に遭わされるかもしれない。
さて、アーシェの下に行く方法だが……これはもう探す必要もない。先ほどのジャッジについていくだけでよかった。ジャッジの後ろについてそのまま進んでいくと、一角にある部屋の前に辿り着いた。部屋の前には見張りの兵士が立っている。
「はぁ……」
溜息を零したジャッジに対し、帝国兵が声をかけた。
「どうでした?」
「うぅむ……ギース殿は、痛い目に合わせてでも吐かせろと……しかしヴェイン閣下の指令を無視する訳にも……」
ジャッジや帝国兵は、悲しき板挟みの状況に置かれたのだった。かわいそうだなぁ。そう思いながら、閉じた扉をすり抜けて堂々と侵入する。
「……! ザ……ッ!」
部屋に入るとアーシェはすぐこちらの名前を呼ぼうとして、すぐに口を閉ざした。察してくれて良かった。ここで不審な声を出されたら、面倒なことになっていたかもしれない。
「アーシェ。連中に酷いことはされなかった?」
僕の問いかけに、アーシェは無言の頷きを返した。
「よかった。解放軍の状況だけど、ウォースラを始めとして少なくないメンバーは無事だった。ウォースラは君を助けるため、ビュエルバのオンドール候と接触する」
「そう……おじさまに……」
外に漏れないよう、なるべく声量を絞りながらアーシェは呟いた。
「それとは別に、言っておくことが1つ。バッシュ将軍が生きていた」
「!?」
「ラミナス王暗殺の濡れ衣を着せるため、そしてオンドール候に対する駒として生かしていたらしい」
「……あのときの犯人は、帝国なのね?」
「そうだ。ウォースラの救出計画に、バッシュも協力してくれている。そのうち会うかもしれない」
とりあえず今アーシェに伝えるべきことはこれくらいだろう。
「ザルヴァ」
アーシェが声をかけてきた。
「……ヴェインと話す機会があったときに聞いたの。『貴方はギルヴェガンに行ったの』……って。回答はなかったわ。でもギルヴェガンとオキューリアが関係のある単語だって理解していた」
う、うぅん。ずいぶん危ない橋を渡ったな。向こうはアーシェのことを、何の力もない取るに足らない存在だと思っていただろうから。相手の警戒を引き上げる質問だ。
そして肝心の質問の回答だが、直接聞けるとは思ってないからいいとして、ギルヴェガンという言葉からオキューリアを連想できるという点は重要だ。彼本人がギルヴェガンに来たか。またはヴェーネスに見初められた人物から、かなり詳細に報告を受けているか。
「ありがとうアーシェ。有益な情報だ、君の勇気に敬意を表する」
とりあえずこの情報から断定できるのは、ヴェインは十中八九黒じゃないかと思っていたところが、100%黒確定になったことか。冤罪は恐れなくてよさそうだ。そしてゲルン王が滅ぼせと言っている『ヴェーネスの協力者』についても、ヴェイン本人とその周辺に絞られつつある。ヴェーネスの性格的に、ヴェインの敵対派閥にも万遍なく力を貸す……なんて器用な真似はしないだろう。
犠牲を最小限で済ませたいなら、ここから更に切り分けていく必要がある。ようやくやるべき事の輪郭が見えてきた気がするな。
考え事をしていると、艦内にアナウンスが流れ始める。
『——まもなく艦隊はビュエルバ領空に入ります。各員は——』
ラーサー皇子がルース魔石鉱の見学をしたいと言ったおかげでビュエルバに向かっている。オンドール候を頼るというウォースラの方針とかち合ったのは偶然だが、仕掛けるタイミングとしては絶好だ。後は皆が上手くやるだけである。