Fate/Last Snow Grail 作:ボルメテウスさん
バーサーカーが、洞窟から現れた。
最初に聞こえたのは足音だ。重く、湿った、獣のそれ。坑道の闇を揺らしながら、赤い髪の女が歩いてくる。右手に手斧、左手に鉈。その両腕は血に濡れ、湯気を立てている。傷がある。天使の光の矢が肩を貫き、盾で打たれた脇腹が裂けている。だが、彼女は止まらない。傷つくたびに、その口元が歪む。痛みではない。空腹だ。傷を負うほどに、飢えが加速する。
天使が盾を構えた。三体の防衛装置が横並びになり、光の壁を形成する。キャスターの魔術式が輝き、バーサーカーの進路を遮った。
バーサーカーは、笑った。
手斧が唸る。最初の一撃は盾の中央を打ち据え、光の壁に亀裂を走らせた。続いて鉈が横薙ぎに振るわれ、盾を持つ天使の腕ごと切断する。魔力で構成された腕が霧散し、天使はバランスを崩した。その隙に、バーサーカーは懐に飛び込む。手斧を逆手に持ち替え、顎の下から頭蓋を貫く。天使の顔面に刻まれた魔術式が砕け、光の粒子が散った。
一体目、消失。
バーサーカーは倒れた天使を踏み越え、次へ向かう。残る二体の天使が散開し、左右から挟撃しようとした。だが、その動きは読まれている。バーサーカーは鉈を投擲し、右の天使の翼を壁に縫い止めた。同時に左手で新たな手斧を引き抜き、左の天使へ向かって跳躍する。手斧が盾を砕き、鉈が頭部を割る。二体目、三体目。わずか数秒の間に、防衛ラインは粉砕された。
上空で、旅人は息を呑んだ。
「天使が――三体同時にか」
「それだけじゃない。見ろ、端末の動きを」
ライダーが指さした先で、異変が起きていた。洞窟の周囲に散らばっていた捕食端末たちが、一斉に鳴き声を上げる。それは苦痛の叫びではない。共鳴だ。バーサーカーから放出された魔力が、霧の中を伝播し、端末たちに流れ込んでいく。赤黒い光が端末の体を包み、その輪郭を歪めていく。
端末たちの姿が、変わった。
四肢が伸び、髪が伸び、手に鉈と手斧の影が宿る。それぞれの端末から、バーサーカーと同じクラス反応が発生し始めた。魔力の質が変容し、霊基反応が複製されていく。偽物だ。本物のバーサーカーと比べれば、魔力も戦闘力もはるかに劣る。だが――問題はそこではない。
キャスターの術式が、悲鳴を上げた。
洞窟上空の幾何学的な光輪が、激しく明滅する。照準が乱れているのだ。つい先ほどまで、洞窟の奥にいたバーサーカーの霊基反応。それが、今は霧の中のあちこちに分散している。一つではない。五つ、十、二十――数え切れないほどの偽反応が、キャスターの索敵を掻き乱す。
「必中――いいや、必中大魔術に対する、即興の防御策か」
旅人は震える声で呟いた。キャスターの魔術は、対象の霊基を正確に捕捉することで真価を発揮する。天使の照準も、光の矢の追尾も、すべては敵の正確な座標と霊基反応に依存している。それを、バーサーカーは端末への魔力分配という単純な手段で無効化した。自分の霊基反応をコピーしてばら撒き、どれが本物かわからなくする。たったそれだけのことで、高度な魔術式が機能不全に陥る。
「これが――バーサーカーの戦術」
旅人の声に、戦慄が滲む。狂戦士。理性を失い、ただ暴れるだけのサーヴァント。そんな先入観は、もう粉々に砕かれていた。これは違う。これは――狩人の思考だ。獲物の能力を見極め、その弱点を即座に突く。そして何より、自分の手札を最大限に活かす柔軟さを持っている。
「キャスターの狙いは外れた。次の一手は――」
ライダーが機体を旋回させる。眼下では、霧の各所で赤黒い光柱が立ち上っていた。端末たちが放つ魔力の光だ。それが山全体を照らし、脈動させる。まるで山そのものが、巨大な獣の巣になったかのようだった。
洞窟の中では、バーサーカーが端末たちに指示を飛ばしていた。言葉ではない。魔力の脈動。咆哮のような思念。それを受け取った端末たちが、三つの群れに分かれる。
第一群は、囮だ。
最も多くの端末がこれに含まれる。彼らはバーサーカーの偽反応を撒き散らしながら、洞窟の入り口付近で暴れ回る。天使の残骸を破壊し、キャスターの注意を引きつける。彼らが動くたびに、キャスターの照準はさらに乱れ、どこに本体がいるのか判断できなくなる。
第二群は、盾だ。
少数の端末がバーサーカー本体の周囲に密集し、肉の壁を形成する。彼らはバーサーカーと同じ動きをし、同じ攻撃パターンを模倣する。外から見れば、どれが本物か見分けがつかない。天使の光の矢が放たれても、それはまず盾の端末に命中し、本体には届かない。
第三群は、挟撃役だ。
この群れは坑道の枝分かれを利用し、アサシンの背後へ回り込む。アサシンが捕虜の檻へ向かっているなら、その退路を断つ。天使の援護が届かない場所で、アサシンを孤立させる。彼らは霧に溶け、気配を消し、狩人としての本能だけで獲物を追う。
「アサシンと天使を、完全に分断するつもりか」
旅人は地図を握りしめた。洞窟の構造が頭に入っている。坑道の分岐。捕虜の檻の位置。天使が防衛している入り口付近。そして、アサシンが進んでいる第二坑道。その間にある連絡坑道に、第三群の端末が殺到している。これが塞がれれば、アサシンは檻のある行き止まりに孤立する。
「バーサーカーは、端末をただの使い魔として使っているんじゃない。それぞれに役割を与え、連携させ、戦場全体を制御している。しかも――」
「しかも、全部が同時だ」
ライダーが言葉を継いだ。
「天使を破壊し、偽反応を撒き、アサシンを分断する。これを全部、一頭の狂戦士が指揮している。クラスの常識が通じない。あれは――狂ってなんかいない。むしろ、この戦場で一番冷静に獲物を狩っている」
バーサーカー本体が、動いた。
盾の端末に囲まれながら、彼女はゆっくりと坑道を進む。行き先は、第二坑道の分岐点。アサシンの退路を断つ位置だ。手斧と鉈を手に、傷ついた体で、それでも飢えの光を目に宿して。その後ろ姿を見送るように、囮の端末たちが一斉に咆哮した。
赤黒い光が、霧を染める。山全体が脈動し、洞窟が獣の胃袋のように収縮する。キャスターの照準はまだ乱れたままだ。天使は三体が破壊され、残る二体も端末の群れに押されている。アサシンは連絡坑道を塞がれ、檻への道を断たれようとしている。
戦場は、バーサーカーの掌中にあった。