Fate/Last Snow Grail 作:ボルメテウスさん
洞窟の上空で、光の輪が再編成されていた。
キャスターは湖畔の温室に座し、本の頁を静かにめくる。その指先から零れる光の粒子が、洞窟へと伸びる魔力線を伝い、幾何学的な術式を少しずつ組み替えていく。先ほどまで乱れていた照準が、ゆっくりと秩序を取り戻しつつあった。
「偽装反応の解析、完了しました」
キャスターの声は、戦場の喧騒から隔絶されたように穏やかだった。
「バーサーカーは端末に魔力を分配し、自身の霊基反応を複製しています。ですが、複製はあくまで複製。偽物には、本体へと還る根がある。魔力の供給元を辿れば、偽物と本物の区別は可能です」
頁の上に、洞窟の内部構造が浮かび上がる。無数の赤い光点――偽のバーサーカー反応――が霧の中に散らばっている。だが、その一つ一つから、かすかな線が伸びていた。魔力の供給線だ。それは洞窟の奥、端末の生成場のさらに先、鍾乳石の森に囲まれた空洞へと収束している。
「本体は、ここです」
アロイシアはその光点を見つめた。彼女の手には剪定鋏。植物科の魔術師である彼女にとって、枝葉を払い、根を断つことは本質的な行為だ。
「なら、後は――」
「ええ。神殿、結界、天使。三つの術式を統合し、クラス霊基そのものを標的とした大魔術を発動します。もはや偽装は無意味です。偽物が何人いようと、本体を捕捉する光は、必ず本物へ届く」
キャスターが両手を広げた。光輝の書が頁を離れ、宙に浮かぶ。セフィロトの樹が展開し、十の光点と二十二の経路が輝きを増す。湖畔の温室に仕込まれた神殿の基盤。洞窟外周に展開された結界。そして、霧の中で戦う天使型使い魔。それらすべてが一つの術式に統合され、一本の光の柱となって天へと伸びた。
雲が、裂けた。
雪山の上空で、旅人は息を呑んだ。キャスターの魔力が膨れ上がり、湖畔から天へ向かって光が奔る。それは雲を貫き、夜空に巨大な幾何学模様を描いた。カバラの生命の樹。天使の階層。そして、神の目。
「これは――」
「まずい。伏せろ!」
ライダーが操縦桿を倒し、機体を急降下させる。次の瞬間、光が炸裂した。雲の上から、無数の光の矢が降り注ぐ。それは砲撃ではなかった。細く、鋭く、意思を持つように軌道を変えながら、山腹の一点へ向かって収束していく。まるで、逃げる獲物を追い詰める猟犬のように。
「必中――いや、追尾型か。標的をロックしたら、外れても外れても追い続ける。逃げ場はない」
ライダーの分析は正確だった。キャスターの魔術は、バーサーカーのクラス霊基そのものをビーコンにしている。偽反応には反応しない。端末にも反応しない。光が追うのは、ただ一つの真の霊基だけ。どれだけ偽装を重ねても、本体である限り、光からは逃れられない。
雪山が、昼のように照らし出された。
光の矢が山腹に着弾するたび、雪が蒸発し、岩が溶ける。端末たちが次々と光の中へ飛び込んだ。バーサーカーを守るためではない。魔力分配によってバーサーカーと同質の霊基反応を持つ端末が光に触れれば、その威力は分散される。一体が光を受けて消滅し、また一体が光を浴びて霧散する。端末たちは、自らの身を盾にして、光の照準をわずかに逸らそうとしていた。
「端末が――光に飛び込んで、威力を分散させている」
旅人は機体の窓に手を当て、地上の魔力の流れを感じ取った。端末が消滅するたび、バーサーカーの魔力がわずかに減少する。消耗戦だ。キャスターの魔術は確かに本体を追っているが、端末を犠牲にすることで、直撃だけは避けられている。
「だが、完全には外れていない。照準は本体から逸れても、すぐに補正される。端末の数は有限だ。いずれ――」
ライダーは機体を立て直し、再び洞窟を見下ろす位置に戻った。眼下では、光の矢がまだ降り注いでいる。洞窟の入り口付近にいた端末の半数以上が消滅し、バーサーカー本体も無傷ではない。肩を貫かれ、脇腹を灼かれ、それでもなお前進を止めない赤い髪の女。その周囲で、残った端末たちが次々と光の中へ飛び込んでいく。
「キャスターは本体を追い詰めている。だが――」
ライダーは湖畔の方角を見た。光の柱が立ち上る温室。あそこが魔術の発動地点だ。
「――これだけの大魔術を撃てば、発動地点は他の陣営にも筒抜けになる。特に、狙撃手にはな」
アーチャー。その名を、旅人は口に出さなかった。雪原のどこかに潛む、見えない死。キャスターの光がこれだけ目立てば、観測は容易いはずだ。今この瞬間も、湖畔の温室は照準されているかもしれない。
「キャスターは、そこまで考えているのか」
「考えているさ。でも、やるしかないんだろう。あの魔術師は――本気でバーサーカーを仕留めるつもりだ」
光が、さらに収束する。雲を貫き、霧を裂き、洞窟の奥へと一直線に伸びていく。端末の壁を突破し、鍾乳石を溶かし、バーサーカー本体の胸を貫こうとする。
その時、洞窟の奥から咆哮が響いた。
バーサーカーの声だ。痛みか、怒りか、それとも空腹か。その咆哮に呼応して、残った端末たちが一斉に動く。彼らはもはや盾ではない。最後の一匹まで光の中へ飛び込み、その身を灼かせながら、照準をわずかに逸らす。完全な防御は不可能だ。だが、致命傷だけは避けられる。
光が、洞窟の奥で炸裂した。
雪山全体が揺れ、雪崩が発生する。蒸発した雪が水蒸気となり、霧と混ざり合って視界を覆い尽くす。その中で、バーサーカーはまだ立っていた。片腕が千切れ、脇腹が裂け、血と魔力を撒き散らしながら、それでも飢えた瞳は光を失っていない。
「まだ、倒れてない――」
旅人の声に、ライダーは静かに答えた。
「バーサーカーだ。そう簡単には死なない。それに――」
彼女は機体の翼に走る眩い反射を見つめながら、言った。
「――これで、戦場はもっと混戦になる。キャスターの位置が割れた。次は、誰が動くかだ」
雲の上で、月光が翼を照らしている。雪山はまだ、光の残滓を纏って輝いていた。