Fate/Last Snow Grail   作:ボルメテウスさん

14 / 14
霧の中の銃声

雪が、音を吸い込んでいた。

 

洞窟の入り口までは、あと五十メートルほどだ。遠野吠は足を止め、雪原の先に口を開けた闇を見つめた。キャスターの大魔術が穿った傷痕はまだ生々しく、崩れた岩盤が月明かりの下で湯気を立てている。蒸発した雪と霧が混ざり合い、視界は悪い。だが――それ以上に、臭いが違った。

 

「血の臭いだ」

 

吠は短く言った。人間の血ではない。もっと獣臭く、魔力の滲んだ血液。捕食端末の死体が、崩落の跡に何体も埋まっている。それだけじゃない。まだ生きている奴がいる。洞窟の中から、かすかな爪音と呻き声が聞こえていた。

 

「戦闘は終わったみたいですね。バーサーカーは――」

 

沖田総司が言葉を継ごうとした瞬間、銃声が轟いた。

 

乾いた破裂音が雪山に反響し、吠の耳を打つ。反射的に身を伏せようとした彼の目の前で、雪原の陰から跳び出そうとしていた捕食端末の頭部が弾け飛んだ。脳漿と魔力の残滓が雪を汚し、端末はそのまま雪上へ倒れ伏す。

 

「――狙撃」

 

沖田が低く呟き、一歩で吠の前に出た。右手はすでに刀の柄を握り、鯉口がわずかに切られている。彼女の目は銃声の方角を正確に捉えていた。雪煙の向こう。廃坑の入り口から東へ二十メートル、倒れた鉱山機械の残骸の陰だ。

 

「まだ終わってなかったみたいだな」

 

吠は雪に膝をついたまま、周囲の気配を探る。危険察知が警鐘を鳴らしている。狙撃手だけじゃない。もう一つ――いや、もう一人いる。

 

霧が動いた。

 

倒れた端末の死体のすぐ横で、白い靄が不自然に渦を巻く。次の瞬間、そこから黒い影が滲み出るように出現した。小柄な体躯。床まで届く黒衣。そして――手に握られた刃が、端末の喉笛を切り裂く。端末は最期の悲鳴も上げられず、雪の上で痙攣しながら絶命した。

 

アサシンだ。

 

姿を現したのは一瞬だった。喉を裂いた刃を翻し、返す刀でもう一体の端末を切り伏せる。霧の中から現れ、霧の中へ消える。その動きはまるで影が影を斬るようで、気配遮断と攻撃が完全に一体化している。

 

「沖田、あれは――」

 

「アサシンですね。しかも、相当な手練れ。姿を見せて攻撃した瞬間に、次の気配がもう消えてる。これじゃあ、斬りかかるタイミングが掴めない」

 

沖田は刀を抜かず、しかし抜刀の構えを解かないまま、霧の中を凝視していた。彼女の目は、アサシンが消えた方角を正確に追っている。だが、それ以上踏み込まない。相手はクラスとして気配遮断を持つ。正面から斬り合うより、背後を取られる方が危険だと理解しているのだ。

 

「そこで止まれ」

 

低い声が、霧の向こうから響いた。

 

鉱山機械の残骸の陰から、一人の男が歩み出る。猟銃を構え、銃口を吠たちへ向けている。年齢は四十代半ばだろうか。無精髭を生やし、雪に汚れた猟師の外套を纏っている。その立ち姿には、戦闘慣れした者の落ち着きがあった。足運びに無駄がなく、視線は二人を同時に捉え、いつでも引き金を引ける体勢を崩さない。

 

「セイバーのマスターだな。そして、そっちがセイバーか」

 

樺守斎一は、静かにそう言った。彼の目は、まず吠の手元を見た。令呪の位置を確認している。次に足元。雪への沈み具合で体重移動を読んでいる。そして最後に、沖田の刀の柄に注がれた力の入れ具合を観察した。

 

「お前ら、バーサーカーの仲間か」

 

吠は立ち上がりながら、低く尋ねた。彼の声には警戒心が滲み、右手はポケットの中で何かを握りしめている。

 

「違うな。俺たちはアサシン陣営だ。ここで生き残った端末の掃討をしている。お前らこそ、どうしてここに」

 

「殺気を感じたからだ。それと――」

 

吠は言いかけて、口を閉じた。樺守の猟銃が、わずかに沖田の方へ向けられたのだ。牽制ではない。本気で撃つ時の目の動きだ。沖田はそれを見て、あえて刀から手を離した。代わりに両手を軽く上げ、敵意がないことを示す。

 

「私たちは、ただ様子を見に来ただけです。戦闘する気はない」

 

「サーヴァントがそれを言うか」

 

「言いますよ。私は沖田総司。セイバーのサーヴァントです。そっちのマスターは――名乗る気はありますか?」

 

樺守は答えなかった。代わりに、彼の背後で霧が揺らめき、アサシンが再び姿を現す。今度は完全に実体化し、樺守の左後方に立った。黒衣の奥から覗く目が、吠と沖田を静かに観察している。

 

「マスター、この二人は――」

 

アサシンが何かを言いかけた時、吠が鋭く顔を上げた。

 

「――喧嘩してる場合じゃねぇ。中から来るぞ」

 

彼の危険察知が、洞窟の奥から近づく複数の気配を捉えていた。足音。爪音。それも一つや二つじゃない。五、六――いや、もっとだ。崩落の奥で生き延びた端末たちが、新たな獲物の気配を嗅ぎつけて集まってくる。

 

「数は――十はいる。それも、さっきのよりデカい奴が混ざってる」

 

沖田が再び刀に手をかけた。樺守は一瞬だけ吠の顔を見つめ、それから無言で猟銃の向きを変える。銃口はもう、吠たちには向けられていない。洞窟の入り口へと向けられていた。

 

「アサシン」

 

「わかっている。掃討を続行する。セイバー、そちらは――」

 

「共闘しますよ。敵の敵は、とりあえず味方です」

 

沖田が笑みを浮かべ、刀を抜いた。月光を反射する刃が、白く輝く。吠はポケットから手を出し、代わりに足元の鉄パイプを拾い上げた。

 

「俺は足手まといかもしんねぇが――逃げるつもりはねぇ」

 

樺守はそれを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。笑ったのかどうかは、わからない。ただ、彼の指が引き金にかかり、アサシンが霧の中へ溶けていった。

 

洞窟の奥から、咆哮が響く。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。