Fate/Last Snow Grail 作:ボルメテウスさん
「九時の方向、三体。十時から二体。それから真正面からデカいのが一つ。全部で六――いや、体感からして七だ!」
吠が叫ぶと同時に、闇が弾けた。
洞窟の入り口から雪煙と共に飛び出してきた先頭個体の右膝が、乾いた音と共に砕け散る。雪を舞い上げながら体勢を崩したその巨体に、更に二発目の銃弾が肩口に突き刺さった。樺守の猟銃から立ち上る硝煙が、月明かりに白く揺らめく。
「前に出すぎだ、セイバー!」
樺守の声が飛ぶより早く、沖田はすでに雪原を蹴っていた。
説明など要らない。踏み込みと踏み切りが同時に完了し、白い残像だけが夜気に刻まれる。先頭の端末が体勢を立て直そうと腕を振り上げた瞬間、その胴体が上下にずれた。
斬撃の軌跡が視認できたのは、全てが終わった後だ。切り口から噴き出す黒い血が雪を黒く染めるより早く、沖田は既に次の標的へと地向いていた。三歩、四歩と雪を踏みしめるたびに、肉が断たれ、骨が砕ける重い音が続く。まるで死神が急いで書類を捌いているかのような、無駄のない屠殺だ。
「残りは任せる」
樺守が叫ぶ。彼の狙撃は、急所狙いではない。動きを止めるための射撃だ。膝、肩、足首。走ってくる端末のバランスを崩し、速度を殺す。まるで猟師が熊の足止めをするような、冷酷で的確な弾道。
動きを封じられた獲物に、霧が噛みついた。
アサシンだ。
黒い靄の中から、ふっと白い手だけが浮かび上がる。その手が持つ刃が、膝を砕かれた端末の首筋へ滑り込んだ。悲鳴はない。ただ、空気が抜けるような湿った音がして、端末が灰と黒い霧に還っていく。
次。また次。
霧の隙間から現れるのは、常に刃の切っ先か、蒼白な手首だけ。解体するように、音もなく命を摘み取っていく。沖田の剣が嵐のような「正面からの死」ならば、アサシンの殺しは「背後からの沈黙」だ。二つの全く異なる死が、雪原の上で奇妙なハーモニーを奏でる。
(すげぇ……)
吠は雪を被りながら、その光景に息を呑んだ。単なる乱戦ではない。呉越同舟だとしても、舟の漕ぎ方は噛み合っている。自分の索敵を起点に、狙撃が足を止め、剣が前面を薙ぎ払い、影が背後から首を掻っ切る。まるで初めからこういう戦い方をするために集められたかのような、嫌なほどの相性の良さだ。
だが、余韻に浸る時間はない。
「最後の一匹だ!」
吠の感応特性が、残った最大の個体の殺気を捉える。崩落に巻き込まれながらも生き延びたのか、半ば炭化した巨躯が咆哮と共に雪原へ躍り出た。
その瞬間、二つの影が動いた。
沖田が左へステップを踏み、刀を逆手に構える。アサシンが右の霧から滑り出し、短刀を振りかぶる。
互いの標的は、同じ首。だが、視線は互いの刃に向いていた。
(マズい――!)
吠の危険察知が、二人の殺気が交差する瞬間に悲鳴を上げる。端末を斬るついでに、もう一方を斬ることも可能な距離と角度。沖田の三段突きがアサシンの喉元まで届くなら、アサシンの解剖刃もまたセイバーの脇腹を深々と抉れる。
だが、刃は交わらなかった。
「――ッ」
息を呑むような一瞬の膠着。二つの閃光は、獲物の首を同時に捉えた。
最大の端末が、悲鳴すら上げられずに四散する。沖田の斬撃が頸椎を断ち、アサシンの刃が延髄を貫いた。灰と黒い霧が爆発したように広がり、二人の姿を一時的に隠す。
風が霧を払った時、沖田とアサシンは、互いの刃が届くか届かないかの距離で立ち止まっていた。
沖田の刀が、アサシンの黒衣の前で止まっている。アサシンの短刀が、沖田の首筋の数ミリ手前に浮いている。互いの呼吸が聞こえそうな距離だ。
「……やりますね」
沖田が、口元だけで笑った。刀を引かない。
「そっちもね」
アサシンの声は、感情の籠もらない無機質な響きだ。短刀を引かない。
雪原に、張り詰めた沈黙が落ちる。吠は鉄パイプを握りしめ、一歩踏み出そうとして――止まった。今この場に介入すれば、均衡が崩れる。二人の武人同士の間合いに、素人が割って入るなど自殺行為だ。
パカン、と乾いた音が響いた。
樺守が、猟銃を下げずに薬莢を足元に吐き出したところだった。彼の目は、まだ吠たちに向けられたままだ。
「話は、中を調べてからだ」
樺守の低い声が、雪原の緊張をわずかに緩めた。
「バーサーカーは消えた。だが、まだ生きている人間がいるかもしれない。それとも、お前さんたちはここで俺たちと殺し合いをするのか?」
沖田が一つ瞬きをして、ゆっくりと刀を鞘に収めた。
「……そうだね。お腹も空いたし、無駄なカロリー消費は避けたいところだよ」
アサシンもまた、短刀を黒衣の中へ消した。
吠は安堵の息を吐き出し、それから洞窟の入り口へ向き直る。崩れた岩盤の隙間から、まだ微かな血の臭いと、魔力の焦げた臭いが漂ってくる。
「行くぞ。ぐずぐずしてたら、本当に何も残らねぇ」
吠が先頭に立った。背後で、樺守が猟銃を構え直す気配がする。さらにその後ろで、二つの気配が互いに牽制し合いながら、しかし確実についてくるのがわかった。
正式な共闘など、ありはしない。今この瞬間、目的が重なっているだけだ。だが、それでいいと吠は思う。生き残るために、誰かと背中を預けることなど、最初から期待していないのだから。
四人は、崩壊した洞窟の闇へと足を踏み入れた。