Fate/Last Snow Grail   作:ボルメテウスさん

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霧が洞窟を呑む

洞窟を中心に、霧が渦を巻いていた。

 

それは自然の霧ではない。アサシンの魔術――いや、魔術というよりは呪いに近い。ロンドンの街角で幾多の命を奪った殺人鬼が、己の狩り場を再現するようにして展開した霧。視界を閉ざし、方向感覚を奪い、獲物の悲鳴を外部へ漏らさない。聖杯戦争において、アサシンが最も得意とする戦場だ。

 

霧は洞窟の入り口を呑み込み、坑道の奥へと這っていく。鍾乳石を伝う魔力の光がかき消され、ランタンの灯りがぼんやりと滲む。捕食端末たちは動きを止め、空気を嗅いだ。視覚は封じられた。だが、彼らには別の感覚がある。互いの鳴き声。魔力の経路。そして、バーサーカーから送られる指令。

 

――侵入者だ。

 

坑道の壁に、爪音が走った。一本ではない。二本、三本、十本、二十本。端末たちが一斉に動き出す。統率の取れた動きだった。まるで猟犬の群れのように、それぞれが役割を持って配置につく。先行する二匹が霧の中へ踏み込み、侵入者の位置を探る。後続の四匹が横に広がり、退路を塞ぐ。さらに後方では、別の端末が天井に這い上がり、上からの奇襲に備えている。

 

霧の中で、赤い眼が次々に浮かんだ。

 

侵入者は、坑道の入り口から三十メートルほど進んだ地点で立ち止まった。アサシンだ。小柄な影が、霧の中に溶け込むようにして佇んでいる。彼――あるいは彼女――は、視界を奪われても動じていない。むしろ、この霧こそがアサシンの領域だ。ロンドンの夜を支配した殺人鬼にとって、霧は味方であり、武器であり、逃げ場でもある。

 

だが、端末たちもまた、闇に慣れていた。

 

鉱山の坑道。彼らが生まれた洞窟。ここは端末たちの狩り場だ。霧で視界が閉ざされようと、自分たちの縄張りで迷うことはない。一匹が低く唸り、それを合図に包囲が動いた。

 

最初に仕掛けたのは、天井の端末だった。

 

アサシンの真上から飛び降り、長い腕を振り下ろす。アサシンはそれを半歩の横移動でかわした。かわした瞬間、正面から別の端末が突進する。今度は右から。左から。同時だ。三方向からの同時攻撃。アサシンは身を翻して包囲の隙間を抜けようとしたが、そこにはすでに別の端末が回り込んでいる。

 

――読まれている。

 

アサシンは初めて、わずかに後退した。狂戦士の端末という先入観があった。命令に従い、獲物に群がるだけの使い魔。だが、この動きは違う。統率されている。戦術を理解している。そして何より――連携が取れている。

 

端末たちは、アサシンを中央に留めるように動いていた。殺そうとはしていない。仕留めるのはバーサーカー本体の役目だ。端末たちの仕事は、獲物を逃がさず、弱らせ、本体が到着するまで動きを封じること。

 

坑道の奥から、重い足音が響いてきた。バーサーカーが動いたのだ。

 

上空で、旅人は息を呑んだ。

 

小型機の窓から地上を見下ろしながら、彼は霧の中で起きている戦いを感知していた。端末たちの動きが、あまりにも組織的だ。狂戦士のクラスは、理性を代償に戦闘力を強化する。命令も聞かず、味方も見境なく、ただ暴れるだけの怪物――それがバーサーカーというものだと思っていた。

 

だが、これは違う。

 

端末たちは、まるで一つの意思で動いている。それぞれが自分の役割を理解し、連携し、獲物を追い詰める。その動きは、バーサーカーというよりも、むしろ――狩人だ。獲物の習性を知り、地形を利用し、仲間と協力して仕留める。人間が狼を飼いならし、猟犬として使うように、バーサーカーは端末を使っている。

 

「これが――バーサーカーの戦術」

 

旅人は呟いた。狂戦士というクラスに抱いていた先入観が、音を立てて崩れていく。あれは狂っているのではない。ただ、人間を獲物として見ているだけだ。狩りに狂気は不要だ。必要なのは、獲物を逃がさない知恵と、仕留める力だけ。

 

「ライダー、記録を」

 

「ああ。包囲のパターン、端末の連携、すべて記録している。だが――」

 

ライダーは機体を旋回させながら、地上を見つめた。

 

「――アサシンも、ただでは終わらないぞ」

 

その言葉通りだった。

 

霧の中で、アサシンの気配が消えた。気配遮断――アサシンクラスの基本技能。だが、ただ消えただけではない。アサシンは姿を消すと同時に、端末の間を縫って移動していた。包囲の輪が、わずかに乱れる。端末たちは獲物の位置を見失い、互いの鳴き声で連携を取り直そうとする。

 

だが、その隙は一瞬だけだった。

 

端末たちはすぐに陣形を立て直し、再び包囲を狹める。アサシンが通った後の空間に、爪が走る。壁を這い、天井から飛び降り、床を滑る。赤い眼だけが霧の中を動き回り、獲物の痕跡を追った。

 

アサシンは、それ以上戦わなかった。

 

彼――あるいは彼女――は、端末の包囲を突破すると、そのまま洞窟の奥へ向かった。戦闘は目的ではない。偵察だ。バーサーカー本体の位置を確認し、洞窟の内部構造を探り、そして――捕虜の居場所を突き止める。

 

霧の中で、アサシンは静かに進む。端末たちの鳴き声が後方で響いているが、追いつけてはいない。気配遮断と霧の相乗効果で、アサシンは完全に姿を消していた。

 

坑道が枝分かれする地点で、アサシンは立ち止まった。左の坑道は、鍾乳石が脈打ち、魔力の液体が滴っている。捕食端末の製造場だ。右の坑道は、さらに奥へ続いている。そこから、かすかな呻き声が聞こえた。捕虜たちの声だ。

 

アサシンは、右の坑道へ進んだ。

 

その背後で、赤い眼がいくつも浮かんでいる。端末たちが追跡を諦めたわけではない。彼らは、アサシンが通った道を塞ぐように陣形を組み直し、洞窟の奥へ獲物を追い込もうとしている。狩人は、獲物が自分から檻に入るのを待っているのだ。

 

霧が、洞窟を呑み尽くしていく。

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