決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
私は自分を不幸だと思ったことはない。
お父さんは蒸発し、お母さんは働きすぎて流行り病で命を落としたけれども、私は針子という仕事を貰えて今も生きている。
雨風を防ぐための家だって、残されている。
家具は借金で売り払ったものが多くて、最小限のものしかないけれど。
お父さんがこさえていたらしい借金はまだまだ残っていて、借金取りの人からは脅かされる日々が続いているけれど、生活ができないわけじゃない。
だから、不幸ではない。
不幸と思わなければ、不幸ではない。
だから、不思議な光景だな。なんて。
目の前の事を見て、思った。
「ほんっとうに最悪だわ! これ以上ない不幸よ不幸!」
「なあにが不幸だこの野郎!」
幼い女の子と、見覚えがある悪漢。
街角で、喧嘩になるはずもない二人が喧嘩をしている。
「私を、かのエカテリーチェ様と知っての横暴かしら!」
「知らねぇよ誰だよ。てか、ぶつかったら謝れって言ってるだけだろうが! 何が横暴だよ!」
……どうやら、女の子の方に非があるらしい。
周りに人だかりができているあたり、長いこと言い合っているのかもしれない。
「し、しらない……? 大魔女たるこのエカテリーチェ様を……?」
――大魔女?
ごっこ遊びかな?
悪漢たちも、一瞬だけ二人して顔を見合わせてから、笑い出した。
「お、お前、大魔女って、ありえないだろ」
「ごっこ遊びも相手を選べよ」
「何を笑っているのよ、本当よ!」
このっ。とムキになって突き出した彼女の腕からは、一瞬だけ何かが見えた気がしたけれど――すぐに消え失せて何も起こらない。
悪漢たちの笑いは更に大きくなる。
「あれれぇ? どうしたんでちゅかぁ?」
「大魔女様にしてはしょぼい魔法でちゅねぇ。ていうか何も起きてないけどな」
女の子はひどく悔しそうに顔を真っ赤にしている。
今にも泣きだしてしまいそうだ。
周りを見る。悪漢とは誰も関わりたくないらしく、遠巻きに見守るだけ。
それに、あの子自身もこの辺じゃ見ない顔だから、厄介事の気配がする。
誰も彼もが関わりづらい。だから、気まずくても誰か何とかしてほしいと祈っている。
寄ってたかって、あんな幼い子を。
……これ以上は、見ていられない。
「――そこまでにしてください」
「あ?」
見覚えがある悪漢は、やっぱり見覚えがある悪漢で。
向こうも私の方を見るなり、表情を変える。
それまでの困惑半分の表情から、普段からこなれてる挑発するような笑みへと。
「なんだ、ミスミかよ」
「借金の返済でもしにきたのかぁ?」
思わず言葉に詰まる。
そう、こいつらは借金取りの一員。
お父さんが残したらしい借金を取り立てにくる連中だ。
「今月の分はもう納めました。それ以上、その子を虐めるのを止めてください」
「虐めるつったってなぁ? ぶつかってきたのはあっちだしなぁ?」
「そうだ、ぶつかった分の慰謝料、お前の借金に上乗せしてもいいんだぜ?」
ぎゃはははと下品な笑い声。
周りの人たちはこの期に及んで、助けてくれなどしない。
ぎゅっと、強く拳を握る。
悔しい。でも、言われたい放題で済むなら安いものだ。
「おっ、なんだ黙っちまって。お前もこの子の真似かぁ?」
「なあに、慰謝料なんてちっとばかし、お前がサービスしてくれりゃ……」
言いながら、片方の悪漢の手がこちらへと伸びてくる。
思わず一歩下がろうとしてしまった時、もう一方がその手をはたき落とした。
「こら、ミスミに手を出したら姉御に何を言われるかわからねぇぞ」
「ちっ。確かに」
……向こうが渋々と手を引っ込めたのと同時に、夕刻を知らせる鐘が鳴り響く。
「やべっ。姉御に言われてた用事済ませねぇと」
「じゃ、慰謝料はお前持ちな、ミスミちゃん!」
笑いながら去っていく彼らを、睨みつけて見送ることしかできない。
そして、彼らがいなくなったことで、周りを取り囲んでいた人たちも去っていく。
誰も彼もが他人事。
思わず、下を向いてしまう。
悔しい。悔しい、悔しい!
でも、現実っていうのはそういうものだから。受け入れなければならない。
誰も助けてはくれないのだ。
それは当たり前のことであって、不幸ということではない。
幸福ではないかもしれないけれど。
幸福でないことは、断じて不幸であることではない。
だから、私は不幸じゃない。
いつものように言い聞かせて、ゆっくりと呼吸を落ち着かせる。
今は私の事よりも、この子の事を考えないと。
「……大丈夫?」
「……っ! なによ! あなたも私を笑いに来たの!」
女の子はすっかり顔を真っ赤にして、涙を多分に含んだ瞳を潤ませている。
じっくりと正面から見ると、やっぱりこの辺にいるような子ではないことがよくわかった。
赤茶を基調としつつも毛先に向かうにつれて鮮やかな紅になる長髪は艶やかで、よく手入れがされているのが分かる。
低めのところで結んでいるツインテールに使われている髪留めも高級そうに見える。
そもそもここまで髪の毛を伸ばすことができる時点で、普通ではない。
貴族の女の子?
なら、こんなところにいるのがおかしい。
周りを見渡しても護衛の人なんか見えないし、いるならさっきのもめ事で出てこないはずがない。
抜け出してきた?
「……おうちの人は?」
「なによ! 馬鹿にしないで! エカテリーチェ様は一人で十分なんだから!」
そんなぐずぐずな顔で言われても……。
どうしよう、ここまで来たら放っておくこともできないし。
「帰るところは分かる?」
「……っ!」
この一声をきっかけに、ボロボロと瞳から涙がこぼれだす。
宝石のように日の光で煌めきながら落ちるそれらは、この子の美少女さを際立たせる。
すごい、まるで私が犯罪を犯しているような気持ちにさせられる。
「なによ、なんなのよ。みんなして。私は大魔女なんだからぁ……」
ぐずぐずと泣きながらも、瞳に宿る光は強い。
本格的にどうしようかと考え始めた頃――それが聞こえた。
ぐぅ。と、少し間抜けな腹の虫が。
目の前の子の、お腹から。
思わず女の子の泣く手も少し止まって。再び恥ずかしさで顔が赤く染まっていく。
こうなってしまうと、もうどうしようもない。
見捨てることもできないのなら、私が取れる選択肢は一つだけだ。
「帰る場所がないのなら――ご飯、食べてく?」
「わ、私は大魔女よ! 施しなんて――っ」
返す刀でもう一度腹の虫が鳴く。くぅ、と。
こうなってしまうと、どれだけ強がってもかわいいだけだ。
「……果たして私の口を満足させられるかしら!」
ああ、なんていうか。
この子は幸せな人生を送ってきた子なんだろうななんて。
思ってしまうのでした。