決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
目覚めてみたら、家が荒らされていた。
野盗でも入ったのかと思ったけれど、おそらく違う。
幾ら明日の食費に困るような盗人でも、こんな家をターゲットにすることはない。
だから、必然的に犯人は私の横で涙を目の縁につけながら眠っているこの子――エリちゃんになる。
よくよく観察してみれば、きっと看病してくれようとしたんだろうな、という痕跡が幾つか見て取れる。
食材棚だとか、調理場だとか、色々と荒れているあたりが。
……うん、どれも上手くいかなかったんだね。
「んんっ! なんか体が大分軽い気がする」
不健康ながら、気絶したように眠ったからかな?
それとも……エリちゃんの看病が功を奏したのかも。
だったらいいな。
なんて思いながら、寝ているエリちゃんの頭をそっと撫でる。
「んん。死なないで……」
「ふふっ。ありがとね」
よほど心配してくれたってのが分かる。
この分なら……きっとお別れした後も、私の事を忘れたりはしないだろうなぁ。
それは、ちょっと嬉しい。
「さて、片づけしないとね」
エリちゃんは随分と家の中を汚くしてくれたみたいだ。
ただでさえ物が少ない家なのにここまで散らかせるだなんて、才能があるとしか思えない。
この才能が家事方面に出ていれば良かったんだけれどね。
だなんて、冗談を思っちゃう。
「……あれ?」
ふと、体の中を流れる魔力の流れが気絶する前よりも遥かに滑らかなことに気が付いた。
試しに、魔法を使ってみる。片づけるために、魔法を使って物を動かす。
想像するのは片付いた部屋。あるべきものをある様に、視界に入れたものを片端から元通りの場所へ戻していく。
あまりにもスムーズな魔法の発動に、驚きを隠せない。
これは、どうしてだろう?
寝ている間にエリちゃんが何かしてくれたのかな?
いや、だとしたらなんで今までしてくれなかったのかが気になる。
ひょっとして、気絶したのが原因? 魔力切れだとかなんとか、意識の端っこで聞いてたかも。
ううん、それだけだと考えづらいよね。
なら、魔力切れの間に何かをされたのが原因?
エリちゃんが起きたら確認してみよう。
「ともかく、この調子ならすぐに片付いちゃうね」
するする物を動かしていく、気分はまるでおとぎ話の魔女様だ。
私はお母さんが話してくれる話が好きだった。
決まって魔女が出てきて、魔法で色んな事を解決してくれる。
いつか、生活を改善してくれるんじゃないかって、期待を持たせてくれるおとぎ話。
その前にお母さんは死んじゃって。
ああ、おとぎ話はおとぎ話でしかないんだなって悟ったけれど。
お母さん、遅かったけれど、魔女様は来てくれたよ。
魔法も使えないし、頼りないし、泣き虫だけれど。
私の生活を一変させてくれた、魔女様が。
「ううん、死なないで、ミスミ……」
「あはは、本当に重症だったんだ、私」
それとも、エリちゃんが大げさなのか。
いや、本当に死にかけたんだろうな。実感あるもの。
そんなことを考えながら、魔法を使って家はすっかり片付いていた。
片づけるものも少ないから、やっぱりすぐに終わる。
魔法を使った後の倦怠感もない。
やっぱり、前よりも遥かに魔法を使いやすくなっている。
「……そうだ、もう一回、試してみようかな」
今度は危険を感じたらすぐに中断するつもりで。
もう一回、魔法で針子作業をしてみよう。
……いや、危ない橋を渡る必要はない。
エリちゃんにやらせたみたいに、木っ端の布を使って、細工でもしてみよう。
想像は遥かにしやすくなっている。
ふわりと糸が宙に浮き、布もまた宙に浮く。
簡単な、手拭きでも作るつもりで。
想像する。
暖かな光が集まっていく。
魔力の光だ。
優しく、糸を導いて、布に軌跡を作り出していく。
「むにゃ……。ミスミっ!」
「あっ、エリちゃん。起きたんだ」
「何をやってるの!」
「おわっと」
エリちゃんは起きてすぐ、こちらへ向かってタックルしてきた。
思わず受け止めきれなくて、後ろに倒れてしまう。
後ろに変なものとかなくてよかった。そのまま、地面に倒れる。
頭は運よく打たずにすんだ。
「バカバカバカ! 魔力切れしたばっかりなのに魔法なんか使って!」
「あはは、心配させてごめんね」
「本当、本当よ! 私にこんな思いさせて、許さないんだからぁ!」
話ながら、エリちゃんはまた涙ぐんでくる。
よしよしと、体の上に乗っかっているエリちゃんの頭を撫でる。
すると、そのまま胸に顔を押し付けてくるものだから、涙で胸元が濡れていく。
怒りもしないし、急かしもしない。
ただただ、泣き止むまで抱きしめて頭を撫で続けた。
エリちゃんが泣き止んだのは、結構時間が経った後だった。
「それで、ぐす、なんで魔法を使ってるの」
「なんかね、前よりも魔力の流れが滑らかに感じるの」
それで魔法が遥かに使いやすくなっていることに気が付いたと話すと、エリちゃんは少し不思議そうにしながら、私の手を取った。
そうして、私の体の中に別の魔力が入ってくる。
「……本当ね。魔力の通りが良くなってる」
「これって、魔女としての適性が上がったってこと?」
「そう、ね。そうなるわ。でも、原因は一体……?」
エリちゃんでもわからないらしい。
魔法についてはすごい詳しい子なのに。わからないことがあるんだ。
「魔女の適正は、本来産まれ持ったもので変わらないのよ」
「でも、私は変わったよ?」
「……魔力切れのところに、必要以上の魔力を流したから許容量が強化された? 生存本能からくる適応能力? 意図的に魔力切れなんて起こさないから、あり得ない話じゃないわ」
魔力切れが起因の可能性が高いのかな。
まあ、そっか。
「ねぇ、これって大発見じゃ――」
「――駄目よ!」
エリちゃんにしては珍しく、真剣な拒絶の声だった。
「魔力切れは、ミスミが思ってる以上に危険なの。魔女にとって魔力がどれほど重要か知らないからミスミは気軽に言えるのよ」
……本当に、私は危険な状態だったんだね。
またエリちゃんの目から涙がこぼれ落ちていく。
本当に、泣き虫なんだから。
「大丈夫、もう一回やろうだとか、そういうことは言わないから」
「……本当に?」
「うん。危険なら、私たちの秘密にしておこう。ね? 約束するから」
言いながら、小指だけを立ててエリちゃんの目の前に差し出す。
「……これは?」
「指切りげんまん。知らない? こうやって、小指と小指を合わせて約束するの」
エリちゃんの手を取って、小指と小指で絡め合う。
そして、軽く上下に振りながら、お母さんと一緒に歌った言葉を紡ぐ。
「ゆーびきりげんまん嘘吐いたらはりせんぼん飲ーます。指切った!」
これで終わり。
小指を離して、パッと両手を広げて見せて終わったよとアピールする。
「は、針を千本も!?」
「そうそう。嘘吐いたらそのぐらいの罰を与えますよ~って言う。約束の仕方なの」
エリちゃんはあまりにも可愛らしく反応をする。
少しして、ようやく気が付いた。今回約束を破る可能性があるのが私だけってことに。
「駄目よ! ミスミが針を千本も飲んだら死んじゃうわ!」
「そうだねぇ。死なないように、約束を破らないようにするよ」
慌てるエリちゃんに、笑顔で応じる私。
この日は結局、しつこくエリちゃんに注意され続けて――注意し疲れて眠るまで、私たちは騒ぎ続けたのでした。