決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
エーチカさんの手当てを終えて、私は今後について考えることになった。
カテリーナさんたちが本気で私の邪魔をしようとしてきたら、私に何ができるだろう。
「エリちゃん」
「なあに、ミスミ」
「……攻撃の魔法って、ある?」
真っ先に思いついたのは、魔法で対抗する方法。
でも、エリちゃんは静かに首を横に振った。
「攻撃魔法に関しては魔女規定によって使ってよいか細かく定められているの。天才大魔女の私ならともかく、ミスミにはおすすめできないわ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
カテリーナさんたちが私の大切な人を脅かすというのなら
私にできることは何があるの。
「借金を返せばいいんじゃないの?」
「うっ。それは、そうかも」
そもそも、私とカテリーナさんたちの繋がりは借金だ。
それさえ返済してしまえば、向こうがこちらへ干渉する理由がなくなる。
ただ、無事に返済させてくれそうにはない雰囲気だけれど……。
「これまで聞かなかったけれど、どのぐらいの借金が残ってるのよ」
「あんまりエリちゃんにこういう話するのもどうかなって思って……」
「いいから言ってみなさいよ。少しぐらいは力になれるかもしれないでしょ?」
それこそ、魔法の時のように。
そう言われてしまえば、否とは言えない。
エリちゃんは意外といろんなことを知っているのだ。
「……ざっと、今のお給料で半年分ぐらい」
「半年分っ!? 一体何をどうしたらそこまでの大金を借りるのよ!」
勘違いしないでほしいのは、今の新しい店のお給料で半年分って言うところだ。
いや、まあ、うん。頑張れば一年ぐらいで返せる額だと思えば随分と近いところまで来たものだよ。
「お父さんが借りたんだけれどね、借りた直後に蒸発しちゃって……」
「……」
ああ、エリちゃんが天井を見上げてどういう反応をすればいいのか困ってる。
「――情報を整理させて」
「うん」
「ミスミのお父さんが借金したのね?」
「うん」
「で、ミスミのお父さんは蒸発、えっと、行方不明になったのね?」
「うん」
「契約書を見せてもらったことは?」
「一瞬だけ……」
「文面をじっくり読んだことはないのね?」
「そうなるね」
ここまで聞いて、エリちゃんはしばし考え込んでしまう。
何だろう、エリちゃんが凄い賢い人のように見える。
じっくりと考えに考えて、エリちゃんはゆっくりと顔を上げた。
視線が私と合う。
「……平たく言うわよ」
「えっと、うん」
神妙な面持ちでエリちゃんは言葉を切り出した。
その後に続く言葉は、本当にびっくりさせられるものだった。
「その借金、無効になる可能性が高いわ」
「え?」
借金が、無効になる?
それは、どういう。
「えっと、なんだったかしら。こういうときフレディーネがいればすぐに教えてくれるのに」
「あはは、大魔女様にそんな気軽に聞けないよ」
「いいのよあんなおばば。好きに使ってやれば」
というか、なんでエリちゃんはそんなことを知ってるんだろう。
借金したことがあるのかな。この年で。
「ええと、なんだったかしら。不当契約の条項だったかしら」
「不当契約?」
「要するに、両者が納得したとはっきり証明できない契約は無効っていう条項があるのよ」
魔女は色んな人と色んな契約を結ぶことが多いから、魔女となるには契約についての色々な知識が必要になるらしい。
だからエリちゃんは今回のこれについて、無効になる可能性が高いって気が付けたんだね。
「で、でも契約書はあって……」
「詳しく見たわけでないのでしょう。なら、強制的に脅されて書かされた可能性だってあるのよ」
……言われてみれば、お父さんがいなくなってからカテリーナさん達はやってきていた。
エリちゃんの言う通りなら、お父さんは契約書を書かされたから、姿を消した?
もしくは……いや、考えたくもない。
そんな、書かされるだけ書かされて、殺されただなんて。
「じゃ、じゃあどうすればいいの!?」
「ううん。然るべきところに相談できればいいのだけれど、さっきのを見る限りある程度は手が回ってそうなのよね」
日中町のど真ん中で、店の主を襲うだなんて、そうでないとおかしいと。
多分、お金を渡して融通してもらってるんだろうね。
カテリーナさんは金貸し、元となるお金は持っているはずだから。
「ああ、もう! どうしてこんなに不幸なのよ!」
エリちゃんはもはや口癖のようになっている癇癪を起してしまう。
……不幸、か。
「……その不幸が、全部仕組まれてたことだとしたら、どうすればいいんだろうね」
「――ミスミ?」
お父さんのがそうなら、お母さんのも。
いや、お母さんが体調を崩したのは流行り病で……本当に?
だって、まともにお医者さまにも見てもらえてないのに?
全部、カテリーナさん達が仕組んだことだとすれば?
私は、どんな顔をすればいいんだろう。
「……一つだけ、おすすめできないけれど解決方法を提示できるわ」
「どういうこと?」
エリちゃんは本当に心の底から嫌そうな表情をしている。
おすすめできないのに、解決方法はそれだけしか示せない。
本当に、苦肉の策という奴なのだろう。
「魔女学院内の全ての魔女はフレディーネの庇護下に入る。当然、不当な契約を負わされているとなれば、調査が入れられるわ」
「それって……」
私の考えを裏付けるように、エリちゃんは頷く。
魔女学院に、私が入学する?
そんなことが、果たして可能なの?
「心の底から、ほんっとうに心の底から嫌だけれど。私が言えばそのぐらいは融通してくれるはずよ」
「エリちゃん……」
「少なくともあのおばばは、いろんな魔女の幸福を願ってる。はず」
その割にはエカテリーチェ様に対する扱いが酷いだとか、千年に一度の天才に対する尊敬がないだとか、色々とぼやくエリちゃんだけれど。
けれど、終始して私が魔女学院に入学することを否定はしなかった。
これだけ嫌っている人に、頭を下げると、あのエリちゃんが言ってくれている。
そのことが、とても嬉しく思えた。
「……ありがとう、エリちゃん」
「なによ、改まって。このエカテリーチェ様の偉大さをようやく理解したのかしら」
「そうだね。ありがとう」
ふふんと鼻を鳴らして、威張るエリちゃんに、もう一度素直にお礼を伝える。
すると、反応が意外だったのか、照れ臭そうに顔を背けてしまった。
その姿がまた何とも可愛らしくて、笑ってしまう。
笑うんじゃないと怒られたけれど、その姿もかわいくて。
――エリちゃんが首から下げている黒い鍵が、きらりと光ったことにも気が付かなかった。