決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
◇ ◇ ◇
ミスミが攫われた。
あの金貸し、カテリーナの仕業だと思う。
「ミスミっ!」
思わず、馬車を追って走り出す。
人ごみの中で公然と行われた誘拐行為は、騒めきこそ起こしても誰も彼もが他人事みたいに見ているだけ。
ああ、もう! こんな時に魔法が使えれば楽なのに!
魔法が使えれば、魔法があれば。そんな状況ばっかりよ。
フレディーネは私の魔法を封じて、野に放って何がしたいの。
苦しんでるところを見て楽しんでる? そこまで性悪ではないと信じたい。
だって、私は拾ってくれたのは事実なのだから。
必死に走っても、私の足じゃあ馬車に追いつけない。
どんどん距離は遠ざかって行って……角を曲がられたところで、完全に見えなくなった。
「ミスミ……」
誰がミスミを攫ったのか。
そんなの考えるまでもない。
あの厚化粧クソ女だ。カテリーナって名前だっけ?
どうする? 乗り込む?
いいや、今の私が乗り込んでいったところで何もできやしない。
このしばらくで思い知った。
魔法の使えない私は――本当に、無力だ。
そもそも、厚化粧女の拠点がどこかすら知らないんだから。
「……とりあえず、どうしよう、どうすればいい?」
何をすればいいんだろう。
魔法が使えない私に、できること。
……ミスミを助けるために、何ができる?
「――一旦、戻ろう」
ミスミの家に戻れば、何か判断できる材料があるかもしれない。
でも、戻ってる時間も惜しい。
いいや、何もできないままここにいる時間の方が惜しい。
何もできないのなら、せめてできないなりに行動をしないと。
走る。走る。走る。
普通に走るのがこんなに胸が苦しくなるなんて知らなかった。
以前は少しでも距離があれば魔法で移動してたんだもの。
魔法が使えなくなって、色々なもどかしさを知った。
魔法が使えなくなって、色々な問題があることを知った。
魔法が使えないことが、これほど困難を招くとは知らなかった。
だって、私の世界は魔法だけで出来ていたから!
「ミスミ、無事でいて」
ただ祈ることしかできない自分を、何と表現していいのかわからない。
これまで見下してきた人たちと、同列に今の自分はいる。
なら、どうするべきか……?
そこに思考がたどり着いて、私の足は止まった。
私は、誰よりも魔法を上手く使える自信がある。
私は、誰よりも魔法に愛されている自覚がある。
だからこそ、私は大魔女だ。
その誇りを、なかったことにはできない。
でも!
その誇りで、ミスミは救えないっ!
「フレディーネ!」
黒い鍵に向かって叫ぶ。
「どうせ聞こえてるんでしょ! この性悪女、若作り、陰険!」
もしもフレディーネがこれまでの私を見ているとしたら、わざわざ持たせたこれに違いない。
時が来れば私を導く?
なら今導きなさいよ!
後じゃ遅いのよ!
今! この瞬間! 私には魔法が必要なの!
ミスミを助けるための力が必要なのよ!!!
「ミスミを助けてよ。私の代わりに、魔法が使えない、私の代わりに――」
そして、ミスミ助けるのは、別に私でなくてもいい。
これまで、私に助力を求める凡人たちがそうしていたように。
私は、フレディーネに懇願する。
どうか、助けてください、と。
『――随分と、様変わりしたじゃあないか』
聞きなれた、うざったい声。
『あんたが人に頭を下げるだなんて、よほどいい出会いに恵まれたんだね』
「なによ、やっぱり、見てたんじゃないの」
『あんたを一人でほっつき歩かせられるかい。おいで、扉の鍵は持ってるだろう』
全てを理解した。この鍵は、そのためにあったんだ。
黒い鍵は光り輝いている。
魔力に満ち満ちている。
そして、中空に差し出すと――がちゃりと、何もない空間に刺さった音がする。
『――お帰り、バカ娘』
次の瞬間には、見知った一室に私は飛ばされていた。
魔術学院、学院長室。
そして私の目の前にいる長命種――俗称エルフと呼ばれる種族の女こそが、この国で一番有名な大魔女、フレディーネ。
私の、養母だ。
「土産話を聞かせてもらいたいところだが、そんな状況じゃないんだろう?」
「フレディーネ。ミスミが攫われたの」
「知ってるよ。お前を拾ってくれた人だろう」
フレディーネはそっと、未だ私の首に吊り下げている黒い鍵を指差す。
「それは私が作った魔道具だ。おおよその状況は、聞いていたさ」
「なら、どれだけ急を要するかもわかっているでしょう」
「そうだねぇ。長々と話をしている時間はなさそうだ」
至極残念、という風に余裕ぶっている態度に、私はカチンとくる。
こんなやり取りをしている時間も惜しいのに――っ!
「まあ、待ちな。幾つか問答をしてからだ」
「その間にミスミに何かあったら、絶対に許さないから」
「わかっているよ。そんな長話にはしないさ」
イライラする。
何もかもを見透かしたように、余裕ぶっているところとか。
この若作り女! 年齢四桁いってる癖に!
「楽しかったかい。彼女との時間は」
「あなたと話してる時間の百倍は楽しかったわよ!」
「そいつぁ良かった。それで、彼女を助けたいんだって?」
黙って頷く。
口を開けば、悪態をついてしまいそうだから。
「そうだね、助けてやってもいい。ただ、あんたは謹慎中の身だ。ただ助けるってのは、謹慎の意味がないだろう?」
厭味ったらしい口調。
私が何をしたって言うのよ。
謹慎だなんて……確かに魔法を封じられた時、自分勝手し過ぎだとか怒られた気はするけれど。
「……私に何をしろって言うのよ」
「選びな」
選ぶ、何を?
「ミスミを私が助けてやってもいい」
「ほんと――」
「ただし!」
私の言葉をわざわざ遮るように言葉を繋げてくる。
むっ、としたけれど。その後の言葉で全てを打ち消してくる。
「あんたが魔法を使えない期間を、無期にさせてもらうよ」
「なっ!」
「当たり前だろう。今のお前に、他に払える対価があるのか?」
――ない。
ミスミと一緒に学んだことだ。何かを得る時には、対価を用意しないといけない。
お金がなければご飯が買えないように。
魔法だって、魔力を使っている。
これは法則なのだ。
昔の私なら、無条件で反発していたと思う。
けれども、今の私ならある程度理解できる。
フレディーネの言うことは正しい。
私に拒絶する方法はない。
ミスミを助けるためには、私は魔法を半ば捨てろと言われているみたい。
「――だから何?」
私は、フレディーネの提案を鼻で笑い飛ばす。
「何だって?」
私の答えは決まっている。
「元から期間なんて知らないのよ。なら、幾ら伸ばされようが知ったこっちゃないわ!
そうだ、魔法を封じられて、最初は腹が立った。
道中何度も魔法が使えればと思った。
でもね、ミスミと一緒にいるときは、魔法なんてなくてもどうにかなってたのよ。
家事だって……少しはできるようになったんだから!
「ミスミを助けなさい、フレディーネ!」
ミスミに比べたら、魔法が使えないぐらいなによ!
そんなの、さっきまでに比べたら何も変わらないのよ!
私の答えに、フレディーネは少しの間沈黙した。
黙って、静かに私の方を見てくる。
その視線に、黙って応じる。
試すつもり? 知ったこっちゃないわ。
私は、大魔女エカテリーチェ様なのよ。
魔法が使えなくたって、誇りを忘れることはないわ!
「……はっ。本当に、いい出会いをしたみたいだね」
「ふふん。あんたも家事や掃除の仕方をミスミに教えてもらうといいわ」
「やかましいわ。……はぁ、思ったよりも早かったね」
元より、黒の鍵が導いた時点で、こうしようとは思ってた。
そう、フレディーネは呟いたのを、私の耳は確かに拾った。
どういうことよ。
と、聞こうとした瞬間、私は自分の身に起きた変化に気が付く。
金属で服を着させられているような、窮屈な拘束感が、失われた。
これは……。
「お前にかかってた、魔法の封印を解いた」
「……どうして」
「エカテリーチェ。お前に足りなかったのは、他人について考えることさ」
それを教えてくれた彼女を大切にするんだよ。
そう、フレディーネは感慨深そうに言う。
「行っておいで。大魔女エカテリーチェ。今のお前に、不可能はないんだろう?」
「――もちろんよ。私は、誰よりも魔法に愛された魔女なのよ?」
待ってて。ミスミ。
今、私が助けに行くから。