決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。   作:血肉で咲いた百合の花

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第16話

 ◇ ◇ ◇

 

 ミスミが攫われた。

 あの金貸し、カテリーナの仕業だと思う。

 

「ミスミっ!」

 

 思わず、馬車を追って走り出す。

 人ごみの中で公然と行われた誘拐行為は、騒めきこそ起こしても誰も彼もが他人事みたいに見ているだけ。

 ああ、もう! こんな時に魔法が使えれば楽なのに!

 魔法が使えれば、魔法があれば。そんな状況ばっかりよ。

 

 フレディーネは私の魔法を封じて、野に放って何がしたいの。

 苦しんでるところを見て楽しんでる? そこまで性悪ではないと信じたい。

 だって、私は拾ってくれたのは事実なのだから。

 

 必死に走っても、私の足じゃあ馬車に追いつけない。

 どんどん距離は遠ざかって行って……角を曲がられたところで、完全に見えなくなった。

 

「ミスミ……」

 

 誰がミスミを攫ったのか。

 そんなの考えるまでもない。

 あの厚化粧クソ女だ。カテリーナって名前だっけ?

 

 どうする? 乗り込む?

 いいや、今の私が乗り込んでいったところで何もできやしない。

 このしばらくで思い知った。

 魔法の使えない私は――本当に、無力だ。

 

 そもそも、厚化粧女の拠点がどこかすら知らないんだから。

 

「……とりあえず、どうしよう、どうすればいい?」

 

 何をすればいいんだろう。

 魔法が使えない私に、できること。

 ……ミスミを助けるために、何ができる?

 

「――一旦、戻ろう」

 

 ミスミの家に戻れば、何か判断できる材料があるかもしれない。

 でも、戻ってる時間も惜しい。

 いいや、何もできないままここにいる時間の方が惜しい。

 何もできないのなら、せめてできないなりに行動をしないと。

 

 走る。走る。走る。

 普通に走るのがこんなに胸が苦しくなるなんて知らなかった。

 以前は少しでも距離があれば魔法で移動してたんだもの。

 

 魔法が使えなくなって、色々なもどかしさを知った。

 魔法が使えなくなって、色々な問題があることを知った。

 魔法が使えないことが、これほど困難を招くとは知らなかった。

 

 だって、私の世界は魔法だけで出来ていたから!

 

「ミスミ、無事でいて」

 

 ただ祈ることしかできない自分を、何と表現していいのかわからない。

 これまで見下してきた人たちと、同列に今の自分はいる。

 なら、どうするべきか……?

 

 そこに思考がたどり着いて、私の足は止まった。

 

 私は、誰よりも魔法を上手く使える自信がある。

 私は、誰よりも魔法に愛されている自覚がある。

 だからこそ、私は大魔女だ。

 その誇りを、なかったことにはできない。

 

 でも!

 その誇りで、ミスミは救えないっ!

 

「フレディーネ!」

 

 黒い鍵に向かって叫ぶ。

 

「どうせ聞こえてるんでしょ! この性悪女、若作り、陰険!」

 

 もしもフレディーネがこれまでの私を見ているとしたら、わざわざ持たせたこれに違いない。

 時が来れば私を導く?

 なら今導きなさいよ!

 後じゃ遅いのよ!

 今! この瞬間! 私には魔法が必要なの!

 

 ミスミを助けるための力が必要なのよ!!!

 

「ミスミを助けてよ。私の代わりに、魔法が使えない、私の代わりに――」

 

 そして、ミスミ助けるのは、別に私でなくてもいい。

 これまで、私に助力を求める凡人たちがそうしていたように。

 私は、フレディーネに懇願する。

 どうか、助けてください、と。

 

『――随分と、様変わりしたじゃあないか』

 

 聞きなれた、うざったい声。

 

『あんたが人に頭を下げるだなんて、よほどいい出会いに恵まれたんだね』

「なによ、やっぱり、見てたんじゃないの」

『あんたを一人でほっつき歩かせられるかい。おいで、扉の鍵は持ってるだろう』

 

 全てを理解した。この鍵は、そのためにあったんだ。

 黒い鍵は光り輝いている。

 魔力に満ち満ちている。

 

 そして、中空に差し出すと――がちゃりと、何もない空間に刺さった音がする。

 

『――お帰り、バカ娘』

 

 次の瞬間には、見知った一室に私は飛ばされていた。

 魔術学院、学院長室。

 そして私の目の前にいる長命種――俗称エルフと呼ばれる種族の女こそが、この国で一番有名な大魔女、フレディーネ。

 私の、養母だ。

 

「土産話を聞かせてもらいたいところだが、そんな状況じゃないんだろう?」

「フレディーネ。ミスミが攫われたの」

「知ってるよ。お前を拾ってくれた人だろう」

 

 フレディーネはそっと、未だ私の首に吊り下げている黒い鍵を指差す。

 

「それは私が作った魔道具だ。おおよその状況は、聞いていたさ」

「なら、どれだけ急を要するかもわかっているでしょう」

「そうだねぇ。長々と話をしている時間はなさそうだ」

 

 至極残念、という風に余裕ぶっている態度に、私はカチンとくる。

 こんなやり取りをしている時間も惜しいのに――っ!

 

「まあ、待ちな。幾つか問答をしてからだ」

「その間にミスミに何かあったら、絶対に許さないから」

「わかっているよ。そんな長話にはしないさ」

 

 イライラする。

 何もかもを見透かしたように、余裕ぶっているところとか。

 この若作り女! 年齢四桁いってる癖に!

 

「楽しかったかい。彼女との時間は」

「あなたと話してる時間の百倍は楽しかったわよ!」

「そいつぁ良かった。それで、彼女を助けたいんだって?」

 

 黙って頷く。

 口を開けば、悪態をついてしまいそうだから。

 

「そうだね、助けてやってもいい。ただ、あんたは謹慎中の身だ。ただ助けるってのは、謹慎の意味がないだろう?」

 

 厭味ったらしい口調。

 私が何をしたって言うのよ。

 謹慎だなんて……確かに魔法を封じられた時、自分勝手し過ぎだとか怒られた気はするけれど。

 

「……私に何をしろって言うのよ」

「選びな」

 

 選ぶ、何を?

 

「ミスミを私が助けてやってもいい」

「ほんと――」

「ただし!」

 

 私の言葉をわざわざ遮るように言葉を繋げてくる。

 むっ、としたけれど。その後の言葉で全てを打ち消してくる。

 

「あんたが魔法を使えない期間を、無期にさせてもらうよ」

「なっ!」

「当たり前だろう。今のお前に、他に払える対価があるのか?」

 

 ――ない。

 ミスミと一緒に学んだことだ。何かを得る時には、対価を用意しないといけない。

 お金がなければご飯が買えないように。

 魔法だって、魔力を使っている。

 これは法則なのだ。

 

 昔の私なら、無条件で反発していたと思う。

 けれども、今の私ならある程度理解できる。

 フレディーネの言うことは正しい。

 私に拒絶する方法はない。

 

 ミスミを助けるためには、私は魔法を半ば捨てろと言われているみたい。

 

「――だから何?」

 

 私は、フレディーネの提案を鼻で笑い飛ばす。

 

「何だって?」

 

 私の答えは決まっている。

 

「元から期間なんて知らないのよ。なら、幾ら伸ばされようが知ったこっちゃないわ!

 

 そうだ、魔法を封じられて、最初は腹が立った。

 道中何度も魔法が使えればと思った。

 でもね、ミスミと一緒にいるときは、魔法なんてなくてもどうにかなってたのよ。

 家事だって……少しはできるようになったんだから!

 

「ミスミを助けなさい、フレディーネ!」

 

 ミスミに比べたら、魔法が使えないぐらいなによ!

 そんなの、さっきまでに比べたら何も変わらないのよ!

 

 私の答えに、フレディーネは少しの間沈黙した。

 黙って、静かに私の方を見てくる。

 その視線に、黙って応じる。

 

 試すつもり? 知ったこっちゃないわ。

 私は、大魔女エカテリーチェ様なのよ。

 魔法が使えなくたって、誇りを忘れることはないわ!

 

「……はっ。本当に、いい出会いをしたみたいだね」

「ふふん。あんたも家事や掃除の仕方をミスミに教えてもらうといいわ」

「やかましいわ。……はぁ、思ったよりも早かったね」

 

 元より、黒の鍵が導いた時点で、こうしようとは思ってた。

 そう、フレディーネは呟いたのを、私の耳は確かに拾った。

 

 どういうことよ。

 と、聞こうとした瞬間、私は自分の身に起きた変化に気が付く。

 金属で服を着させられているような、窮屈な拘束感が、失われた。

 これは……。

 

「お前にかかってた、魔法の封印を解いた」

「……どうして」

「エカテリーチェ。お前に足りなかったのは、他人について考えることさ」

 

 それを教えてくれた彼女を大切にするんだよ。

 そう、フレディーネは感慨深そうに言う。

 

「行っておいで。大魔女エカテリーチェ。今のお前に、不可能はないんだろう?」

「――もちろんよ。私は、誰よりも魔法に愛された魔女なのよ?」

 

 待ってて。ミスミ。

 今、私が助けに行くから。

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