決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
◇ ◇ ◇
「あぅっ!」
「さあて、どうしてやろうかしらね」
結局、馬車に乗せられたまま、カテリーナさん達の拠点まで連れてこられてしまった。
ただ、油断しているのか。
枷とかはつけられてない。
「外へ助けを求めようだなんて、賢くなったねぇ。で、手紙は誰に出したんだい?」
「……知りたいんですか?」
「もちろんさ! どんな伝手が手に入るのか、知りたくない奴はいないだろう?」
……当然だけれど、私たちが誰に手紙を出したのかは知らないみたい。
そして、私じゃなくてエリちゃんが手紙を出したっていうことも。
カテリーナさん達の情報網は、完璧じゃない。
ああ、どうして今まで気が付かなかったんだろう。
先回りされる恐怖にばっかり憑りつかれて。
この人たちだって、完璧じゃないってことに気が付かなかった。
「……なんだい、その眼は」
「いや? なんでもないですよ」
「いいや。いつの間に、そんな生意気な目をするようになったんだい、ミスミ」
パシン、と短く乾いた音が鳴り響く。
私の頬を、カテリーナさんがはたいた音だった。
じんじんと僅かに痛む。
もう一度、カテリーナさんの方を見る。
憎たらし気な表情をしているのは彼女の方だ。
私はカテリーナさんが怖かった。
ずっと、ずっと怖かった。
お母さんを追い詰めたのも、お母さんが死んだのも、原因を突き詰めればこの人だから。
だから、いつか私もああなるんじゃないかって、怖かった。
今は、もう違う。
「ああ、腹立たしいね。実に腹立たしい」
そうだ、この人は私が反抗的なことを許容していた。
なのに今はこんなに狼狽している。
偏に、私の目から恐怖が消えたからだ。
「恐怖で縛れなくなった、からですか?」
もう一度、今度はより鋭く音が鳴り響いた。
ジンジンと痛む頬は、今となっては好都合。
意識をしっかり保たせてくれる。
「……私、ずっと考えてたんですよ」
「なにがだい」
「どうして、カテリーナさんが私にこだわっているのか」
それが、正直ずっとわからなかった。
いつだって今日みたいに強硬手段に出れたはずなのに。
今の今まで放っておかれた理由が、わからなかった。
「楽しんでたんですよね。怯える私を見て」
「っ!?」
パァンと、いっそ心地よいまでいい音が鳴った。
きっと私の頬は真っ赤になっていることだろう。
でも、今精神的優位に立っているのは私の方だ。
カテリーナさんが今までしなかったことをしたってことは、危険だからしなかった。
その可能性が高い。
ならば、時間は私の味方だ。
「生意気な眼だね。その眼を止めな」
「そうやって、自分の下に人をやらないと怖いからでしょう」
こうして、改めて向かってみてわかった。
カテリーナさんの本性は臆病な人だ。
こうしてじっと見つめるだけでも、既に揺れ動いている。
脆い人。弱い人。だから、強さを求めている。
エリちゃんとは大違い。
あの子は弱弱しいけれど、心の底から自分に自信を持っている。
この人は自分に自信がないから、周りに弱弱しい人を集めているんだ。
「私を見な、ミスミ」
「うっ」
顎を掴まれて、無理やり視線を合わせられる。
その瞳に宿る色は焦燥。
「私はカテリーナ。裏社会じゃ人知れた、カテリーナだよ」
「……」
「その私が舐められるたぁ、随分と自信をつけたじゃあないか」
じろりと強く睨みつけられても、もう私は怯まない。
怖がれば怖がるほど、この人にいいようにされるだけだ。
挑発と受け取られるかもしれないけれど、それでもいい。
こうして私に構っている時点ではっきりしている。
カテリーナさんは郵送屋を襲う度胸なんてない。つまり、時間が解決してくれる。
「――わかった、そっちがその気なら、こっちにも考えがある」
「……?」
「お前のお母さんの話をしてやろうじゃないか」
……お母さんの?
まさか、いや、やっぱり。
咄嗟に隠そうとした動揺は、しっかりと表に出てしまっていたらしい。
嫌らしくカテリーナさんが笑う。
「見ものだったよ。自分が嵌められたと気が付いた時には、既に手遅れな体になっててねぇ」
「お母さんを笑うな!」
「笑うな? あはははは! 面白いことを言うね」
お母さんは、お母さんは立派だった。
最後まで私のために頑張ってくれた。
その努力を、笑うな! お前なんかが!
「馬鹿だよねぇ。夫が消えた理由も知らずに、契約書を鵜呑みにして身を粉にしたんだから」
「笑うな! お母さんは最後まで立派だったんだから!」
「立派? 立派だったねぇ。最後まで稼がせてもらったよ!」
駄目だ。反応しちゃ駄目なのに。
お母さんの最後の遺言の意味が、ようやく分かった。
私のようにならないで。ってのは。
私のように騙されて使い潰されないで意味だったんだね。
ごめんね、お母さん。
すぐに気が付いてあげられなくて。
「お前もそうなるんだよ!」
「……本当にそうですかね?」
確かに、お母さんの真意をしれた。
ショックでショックで仕方がない。
でも! 今の私に俯いている余裕なんてない!
今の私に枷はない。
そして、魔法は想像力だ。
掃除をしたときの魔法を思い出せ。
今の私になら、できる!
「動け!」
「っ!?」
壁にあった棚を動かして、倒す。
その影に気が付いたカテリーナさんは急いで棚の下から避けた。
私も、ギリギリで避ける。
これで、私は自由になった。
逃げないと。
周囲を見回して、出入り口を探す。
見つけた。
ただし、その両隣に悪漢が道をふさいでいる。
「どいて!」
狙うは足元。
転ばせるように、少しだけ足元をスライドさせる。
それだけで、急にバランスを崩した二人組はその場に倒れてしまう。
よし、このままなら逃げられ――。
「――まったく、魔道具を使う羽目になるだなんてね」
体が、全く動かない。
首元に魔力を感じる。
これは、魔法的な首輪?
「『支配の毒婦』。この指輪の名前だよ」
カテリーナさんがいつもしている指輪。
あれが、魔道具だったの。
「効果は一定時間相手の行動を操作すること。何だけれども、まさかミスミが魔女だったとはねぇ」
まずい。
私が魔女だっていう情報は、本当に切り札だった。
ここで切るべきではなかったのかもしれない。
後ろからコツコツと、カテリーナさんが近づいてきている足音がする。
振り返る自由すらない。完全に、体が固まってしまっている。
これじゃあ、逃げられない!
「毒婦の効果も弱まっているようだし。仕方がないね。こうなったら、力ずくで拘束してわからせてあげるしか――」
もう駄目か。
焦りすぎて失敗したか。
そう思った瞬間の出来事だった。
「『吹き飛べ』」
――意味が分からなかった。
だって、いきなり青空が見えたのだから。
一瞬遅れて、天井が消失したのだと理解した。
「おまたせ、ミスミ」
「……エリちゃん?」
宙に、澄み渡る青空とは対照的な。
烈火のごとき赤髪が、棚引いていた。