決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。   作:血肉で咲いた百合の花

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第17話

 ◇ ◇ ◇

 

「あぅっ!」

「さあて、どうしてやろうかしらね」

 

 結局、馬車に乗せられたまま、カテリーナさん達の拠点まで連れてこられてしまった。

 ただ、油断しているのか。

 枷とかはつけられてない。

 

「外へ助けを求めようだなんて、賢くなったねぇ。で、手紙は誰に出したんだい?」

「……知りたいんですか?」

「もちろんさ! どんな伝手が手に入るのか、知りたくない奴はいないだろう?」

 

 ……当然だけれど、私たちが誰に手紙を出したのかは知らないみたい。

 そして、私じゃなくてエリちゃんが手紙を出したっていうことも。

 カテリーナさん達の情報網は、完璧じゃない。

 

 ああ、どうして今まで気が付かなかったんだろう。

 先回りされる恐怖にばっかり憑りつかれて。

 この人たちだって、完璧じゃないってことに気が付かなかった。

 

「……なんだい、その眼は」

「いや? なんでもないですよ」

「いいや。いつの間に、そんな生意気な目をするようになったんだい、ミスミ」

 

 パシン、と短く乾いた音が鳴り響く。

 私の頬を、カテリーナさんがはたいた音だった。

 じんじんと僅かに痛む。

 

 もう一度、カテリーナさんの方を見る。

 憎たらし気な表情をしているのは彼女の方だ。

 

 私はカテリーナさんが怖かった。

 ずっと、ずっと怖かった。

 お母さんを追い詰めたのも、お母さんが死んだのも、原因を突き詰めればこの人だから。

 だから、いつか私もああなるんじゃないかって、怖かった。

 

 今は、もう違う。

 

「ああ、腹立たしいね。実に腹立たしい」

 

 そうだ、この人は私が反抗的なことを許容していた。

 なのに今はこんなに狼狽している。

 偏に、私の目から恐怖が消えたからだ。

 

「恐怖で縛れなくなった、からですか?」

 

 もう一度、今度はより鋭く音が鳴り響いた。

 ジンジンと痛む頬は、今となっては好都合。

 意識をしっかり保たせてくれる。

 

「……私、ずっと考えてたんですよ」

「なにがだい」

「どうして、カテリーナさんが私にこだわっているのか」

 

 それが、正直ずっとわからなかった。

 いつだって今日みたいに強硬手段に出れたはずなのに。

 今の今まで放っておかれた理由が、わからなかった。

 

「楽しんでたんですよね。怯える私を見て」

「っ!?」

 

 パァンと、いっそ心地よいまでいい音が鳴った。

 きっと私の頬は真っ赤になっていることだろう。

 でも、今精神的優位に立っているのは私の方だ。

 カテリーナさんが今までしなかったことをしたってことは、危険だからしなかった。

 その可能性が高い。

 

 ならば、時間は私の味方だ。

 

「生意気な眼だね。その眼を止めな」

「そうやって、自分の下に人をやらないと怖いからでしょう」

 

 こうして、改めて向かってみてわかった。

 カテリーナさんの本性は臆病な人だ。

 こうしてじっと見つめるだけでも、既に揺れ動いている。

 脆い人。弱い人。だから、強さを求めている。

 

 エリちゃんとは大違い。

 あの子は弱弱しいけれど、心の底から自分に自信を持っている。

 この人は自分に自信がないから、周りに弱弱しい人を集めているんだ。

 

「私を見な、ミスミ」

「うっ」

 

 顎を掴まれて、無理やり視線を合わせられる。

 その瞳に宿る色は焦燥。

 

「私はカテリーナ。裏社会じゃ人知れた、カテリーナだよ」

「……」

「その私が舐められるたぁ、随分と自信をつけたじゃあないか」

 

 じろりと強く睨みつけられても、もう私は怯まない。

 怖がれば怖がるほど、この人にいいようにされるだけだ。

 挑発と受け取られるかもしれないけれど、それでもいい。

 こうして私に構っている時点ではっきりしている。

 カテリーナさんは郵送屋を襲う度胸なんてない。つまり、時間が解決してくれる。

 

「――わかった、そっちがその気なら、こっちにも考えがある」

「……?」

「お前のお母さんの話をしてやろうじゃないか」

 

 ……お母さんの?

 まさか、いや、やっぱり。

 

 咄嗟に隠そうとした動揺は、しっかりと表に出てしまっていたらしい。

 嫌らしくカテリーナさんが笑う。

 

「見ものだったよ。自分が嵌められたと気が付いた時には、既に手遅れな体になっててねぇ」

「お母さんを笑うな!」

「笑うな? あはははは! 面白いことを言うね」

 

 お母さんは、お母さんは立派だった。

 最後まで私のために頑張ってくれた。

 その努力を、笑うな! お前なんかが!

 

「馬鹿だよねぇ。夫が消えた理由も知らずに、契約書を鵜呑みにして身を粉にしたんだから」

「笑うな! お母さんは最後まで立派だったんだから!」

「立派? 立派だったねぇ。最後まで稼がせてもらったよ!」

 

 駄目だ。反応しちゃ駄目なのに。

 お母さんの最後の遺言の意味が、ようやく分かった。

 私のようにならないで。ってのは。

 私のように騙されて使い潰されないで意味だったんだね。

 

 ごめんね、お母さん。

 すぐに気が付いてあげられなくて。

 

「お前もそうなるんだよ!」

「……本当にそうですかね?」

 

 確かに、お母さんの真意をしれた。

 ショックでショックで仕方がない。

 でも! 今の私に俯いている余裕なんてない!

 

 今の私に枷はない。

 そして、魔法は想像力だ。

 掃除をしたときの魔法を思い出せ。

 今の私になら、できる!

 

「動け!」

「っ!?」

 

 壁にあった棚を動かして、倒す。

 その影に気が付いたカテリーナさんは急いで棚の下から避けた。

 私も、ギリギリで避ける。

 

 これで、私は自由になった。

 逃げないと。

 

 周囲を見回して、出入り口を探す。

 見つけた。

 ただし、その両隣に悪漢が道をふさいでいる。

 

「どいて!」

 

 狙うは足元。

 転ばせるように、少しだけ足元をスライドさせる。

 それだけで、急にバランスを崩した二人組はその場に倒れてしまう。

 よし、このままなら逃げられ――。

 

「――まったく、魔道具を使う羽目になるだなんてね」

 

 体が、全く動かない。

 首元に魔力を感じる。

 これは、魔法的な首輪?

 

「『支配の毒婦』。この指輪の名前だよ」

 

 カテリーナさんがいつもしている指輪。

 あれが、魔道具だったの。

 

「効果は一定時間相手の行動を操作すること。何だけれども、まさかミスミが魔女だったとはねぇ」

 

 まずい。

 私が魔女だっていう情報は、本当に切り札だった。

 ここで切るべきではなかったのかもしれない。

 

 後ろからコツコツと、カテリーナさんが近づいてきている足音がする。

 振り返る自由すらない。完全に、体が固まってしまっている。

 これじゃあ、逃げられない!

 

「毒婦の効果も弱まっているようだし。仕方がないね。こうなったら、力ずくで拘束してわからせてあげるしか――」

 

 もう駄目か。

 焦りすぎて失敗したか。

 そう思った瞬間の出来事だった。

 

「『吹き飛べ』」

 

 ――意味が分からなかった。

 だって、いきなり青空が見えたのだから。

 一瞬遅れて、天井が消失したのだと理解した。

  

「おまたせ、ミスミ」

「……エリちゃん?」

 

 宙に、澄み渡る青空とは対照的な。

 烈火のごとき赤髪が、棚引いていた。

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