決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
「良かった、無事で」
言いながら、ゆっくりと空から降りてくるエリちゃん。
なんで魔法を、いや、それよりも。
迸る魔力の奔流が、凄まじい。
仄かな光を放つ魔力が、天に届くと言わんばかりにあふれ出ている。
魔女になったからわかる、圧倒的な格の違い。
本当に、大魔女様だったんだ。
「ん? 変な術式がかかってるわね。解除してあげる」
そう言って、エリちゃんが私に手をかざす。
瞬間、体の硬直が解けて自由に動けるようになる。
この一瞬で、あの魔道具の効果を無効化したんだ。
「エリちゃん、凄い……」
「当たり前よ! このエカテリーチェ様に不可能は今度こそないわ!」
ふふんと自慢げにするエリちゃん。
こうしてみると、いつも通りだ。
一瞬だけ和んだけれども、背後から聞こえてくる声で現実に戻される。
「ありえない、ありえないありえないありえない!」
「カテリーナさん……」
見るからに狼狽しきっている。
彼女はあの魔道具の効果に絶対の自信を持っているようだった。
それが目の前で無効化されて、信じられないのだろう。
「そんな簡単に破られるような魔道具じゃない! 精神操作の魔道具だよ!?」
「……その手の魔道具は流通禁止のはずだけれど。回収、いや、破壊でいいよね」
再び、エリちゃんがそっと手を向ける。
「ふざけるな! その程度で私の毒婦が壊されてたまるものか!」
返すように、カテリーナさんが指輪を輝かせ、エリちゃんへと向ける。
――が、何も起こらない。
エリちゃんが鼻で笑う。
「そんな“安物”の魔道具がこのエカテリーチェ様に通じるはずないじゃない」
「や、安物!?」
「私に効果を及ばせたかったら、それこそ神話級でも持ってくることね!」
言うや否や、カテリーナさんの持つ指輪、その宝石にひびが入った。
「そんな! 私の毒婦が……っ!」
「禁止指定魔道具、破壊させてもらうわよ!」
掛け声共に、バキンと、金属の破裂音が響き渡る。
エリちゃんの魔力が、カテリーナさんの指輪を破壊した音だった。
同時に、魔力の波が周囲へ広がっていく。
これは、魔道具が破壊されたから!?
「大丈夫よ、ミスミ」
「エリちゃん……」
「今の私は、大魔女エカテリーチェ様よ!」
私たちの方へやってくる波動は、全てエリちゃんが張った防壁で防がれる。
ただ、カテリーナさん達の方は……。
「あり得ない、あり得ない!」
「さようなら、厚化粧おばさん」
「またしても魔女かああああああああ!」
「“大”魔女よ! おばさん!」
カテリーナさんは叫びながら、渦巻く魔力の波に吹き飛ばされる。
そのまま壁に叩きつけられ、意識を失ったようだ。
他の悪漢たちも同じように。波動に巻き込まれて散り散りに壁や地面に叩きつけられていた。
そうして、気が付いてみれば、カテリーナさん達は全員気絶し、私たちだけが残っている。
終わった、の?
「ミスミ、無事? 怪我はしてない?」
「うん、だいじょ――」
「頬が赤い! 叩かれたの! ちょっと待って、あのおばさん二度と外に出られない顔にしてやるから」
「待った待った! そこまでしなくていいから!」
――ああ、エリちゃんだ。
同時に、この瞬間。エリちゃんがどうして魔法を封印されたのかわかった気がする。
こんな調子で魔法を乱発してたんだろうなぁ。
しかも自分の気分で。
「……魔法、使えるようになったんだね」
「そうね。ふふん、これでもう大魔女様ってことを疑わないでしょ?」
「そうだね。疑いようがないよ」
「ふっふーん! 敬いなさい!」
そうやって胸を張る姿はあまりにも愛らしく。
大魔女とは思えない程に年相応で。
ああ、私の知っているエリちゃんだ。
安心して、つい笑いが零れ落ちてしまった。
私が笑ったのを見て、エリちゃんは少し戸惑った後。
ゆっくりと、いつも通り快活に笑い返してくれる。
「それじゃあ、帰りましょう! こいつらは衛兵に引き渡すわ!」
「そうだね。道中で通報しようか」
「――それには及ばないよ」
知らない第三者の声に、咄嗟に振り返る。
そこには、見知らぬ一人の女性が立っていた。
鮮やかに色彩を変化させる水色の髪色、長命種であることを指し示す細長い耳。
そして、何よりも透き通るような洗練された魔力。
誰かなんてすぐにわかった。
私は、咄嗟にその場で頭を下げる。
「おやおや、馬鹿娘のお友達にそんなことされちゃあ困る」
「フレディーネ。何しに来たのよ」
「そりゃ馬鹿娘がやり過ぎないように見に来たんだよ」
やっぱり。この方は大魔女フレディーネ。
この国で最も偉大な魔女。
国王ですら、彼女の一言を無視できない、圧倒的な上位者だ。
「ああ、そんな畏まらないように。お忍びなんだ」
「ですが……」
「若作りお婆! ミスミを委縮させるんじゃないわよ!」
「……このぐらいとは言わないでも、砕けてもらって構わないよ」
え、エリちゃん。
本当にその調子なんだね……。
改めて見ると、大魔女様同士の会話って異次元過ぎて恐ろしさすら感じられる。
「それに、あんたには感謝してるんだ」
「え?」
「この馬鹿娘はね。自分勝手すぎたんだよ。それを、あんたが他人の事を考えるってことを教えてくれたのさ」
エリちゃんが魔法を封じられた理由って、やっぱりそうなんだ。
想像はできるけれど……。
他人の事を考えるなんて、教えたつもりはない。
「……教えたつもりはないって顔してるね」
「はえっ!?」
「いいのさ、それで。意識してないで他人を思いやれるあんただからこそ、この子も懐いたんだろう」
話の中心となっているエリちゃんは、私の後ろに隠れてフレディーネ様を威嚇している。
なんか、嫌いな人に会った時の子犬みたい。
「ふん! それなら後処理はあなたがしなさいよ、フレディーネ」
「そうだね。軽度とはいえ、禁止魔道具を持ってたんだ。じっくり話を聞かせてもらうさ」
言いながら、ふわりとカテリーナさん達の体が浮いて、消えた。
しゅ、瞬間移動の魔法? 本当におとぎ話に出てくるような魔法だ。
それを、指一本振るっただけで、顔色一つ変えもせず。
「新鮮だねぇ。そういう尊敬の視線を向けられるのは」
「ミスミは私の! 私の弟子なんだからね!」
「わかってるよ。娘のお気に入りを横取りしたりはしない」
「あはは……」
この状況、笑って誤魔化すしかできない。
「さてさて、それじゃあ……色々の問題は解決したわけだし、あんたも一回帰っておいで」
「えっ!?」
「えっ、じゃないよ。当たり前だろう? 大魔女が一介の魔女の家に居候させられてたまるかい」
そ、それはそうだけれど。
ようやく色々な問題が解決したって言うのに。
ここで、エリちゃんとはお別れ……?
思わず、お互いに顔を見合う。
きっと、私もエリちゃんみたいに驚きと、悲しみの表情になっていそうだ。
「今回ばかりは駄々をこねても許せないよ。少なくとも、大魔女として休んでた間の仕事があるわけだからね」
「ううぅ……」
エリちゃんは泣き出しそうになっている。
私も、泣きそうだ。
でもこの別れはいずれ来るものだとわかっていた。
わかっていた、はずなのに。
「……大丈夫だよ」
「ミスミ?」
涙を堪えろ、ミスミ。
私がやらないといけないんだ。
「また、会えるから」
「でも……」
「大丈夫。また会えるよ。そうですよね?」
フレディーネ様の方を見る。
彼女は静かに頷いた。
「今生の別れってことにはならないだろうさ」
「ほら。だから、少しの間離れ離れになるだけ。ね?」
「……うん」
また会えるから。そう言いながら、エリちゃんの頭を撫でる。
そうして――エリちゃんを連れて、フレディーネ様は行ってしまった。
いつ会えるかなんてわからないまま。
でも、これで良かったんだよ。
あるべきものが収まったのに。
私の心には、ぽっかり穴が開いたような気分だった。