決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。   作:血肉で咲いた百合の花

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最終話

 ◇ ◇ ◇

 

 あの日から、もう一月が経過した。

 私はフレディーネの元、色々な事務処理だとか雑務だとか新しい勉強とかをさせられている。

 

「もーっ! こんなことさせて! 何になるって言うのよ!」

「そういうな。大魔女としては必要な知識だよ」

「確かに、役に立ったことはあったけど……」

 

 ミスミが恋しい。

 何をしているだろう。

 豊かな生活になって、幸せを感じているだろうか。

 あれだけ不幸だったんだもの。

 きっと今は幸せよね。

 

 ……でも、そこに私はいないのに。

 私はいないのに!

 

「ねぇ、ミスミのところに行っちゃ駄目?」

 

 何回聞いたかわからない問い。

 返ってくる答えも、いい加減に大雑把になってきた。

 

「何回も言っているだろう。駄目だ」

「なんでよケチおばば」

「大魔女の力が、ただ一個人のために振るわれるだなんてあってはならないことなんだよ。それが自分自身であれ、他人であれ変わらない」

 

 ぶー。

 なんて文句を言ってもこのお婆が引き下がるわけがない。

 生きた時間の分だけ頭は固くなっていくものだから。

 

「また失礼な事考えてるね」

「うるさいおばば。千歳越え」

「お前らの歳に直せばまだ二十かそこらだよ私は」

「これだから長命種は……」

 

 このおばばは人と過ごしている時間が長いからまだマシだけれど。

 物語に出てくるようなエルフは気軽に世間話をする感覚で十年間とか拘束してくるらしい。

 恐ろしい種族!

 

「……ねぇ、私がミスミのところに行っちゃ駄目な理由って」

「さっきも話だろう? 大魔女の力が一個人のために振るわれることがあってはならない」

「つまり、大魔女でなければいいのね?」

 

 閃いた。

 ミスミのところに行く方法。

 私の話を聞いたおばばは珍しく目をまん丸くして、唖然とした様子。

 

「……いや、確かにそうだけれどね」

「なら、いいじゃない!」

「そうか、そうなるのか。確かに、それなら引き留める必要もない、か」

 

 長命種で良かったぁ~。

 多分どうせ少しの間だからとか考えてるわよこのおばば。

 気の長い種族だから、こうしたことができるのよね。

 ししし、いつまでもいいようにやられてばかりじゃあないんだから。

 

「でも、いいのか? せっかく戻した力なのに」

「いいのよ! それに、今度はいつでも必要なら戻してくれるんでしょ?」

 

 むむむと考え込んでいるフレディーネ。

 こうなったら勝ったも同然よ!

 

「ねぇ、駄目?」

 

 上目遣いでお願いする。

 エカテリーチェ様の必殺技!

 

 やがて、フレディーネは長い長い溜息をついた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 エリちゃんがいなくなって、ひと月が経過した。

 カテリーナさんの悪行も日の下にさらされて、被害者たちは解放された。

 そうして、私の……不幸だった日々も、今では日が指したような裕福な日々に様変わりしている。

 

 なのに、どうしてだろう。

 満たされていない。

 言うならば、不幸を感じてしまうのは。

 

 食事も良くなった。待遇も良くなった。怯えなくても良くなった。

 何もかもが良くなったのに、一つだけがぽっかりと空いた穴となって、足りなくなってしまっている。

 私の日常にいた、大切な彼女が。

 

「……はぁ。未練だよね」

 

 大魔女様なのだ。忙しいのはもちろん、色々な人のために魔法を使わなければならない。

 あの知識量を考えれば、勉強も忙しいだろう。

 そんなに個人の家にほいほい顔を見せることが許されないってのもわかる。

 

 例えば、私が人質に取られたとき。

 エリちゃんは助けようとすると思う。でも、助けられなかったら?

 相手の思うように操られてしまう可能性がある。

 私は危険人物なのだ。

 

「こうして、元通りの生活をできているだけで感謝しなくちゃ」

 

 そう、自分に言い聞かせる。

 なんて独り言を言っている間にも、食事の準備ができた。

 ふかふかの白パン。温かい具沢山のシチュー。

 全て、エリちゃんが与えてくれたものだ。

 

「いただきます」

 

 なのに、これを食べるのは私一人だけ。

 一人だけ、なのだ。

 

「……美味しく、ないな」

 

 本当に、不思議だ。

 美味しいはずなのに。

 胸がどんどん空いていく。

 

 エリちゃんと笑いながらかじったあの黒パンの方が、よほど満たされていた。

 ……人恋しい。

 お母さんの時にも感じた人恋しさだ。

 

 ああ、すっかり。

 エリちゃんは、私の家族になってくれていたんだな。

 

 ぱあんと音が鳴るように、両頬を叩く。

 しっかりしないと。

 でないと、それこそエリちゃんに失礼だ。

 この幸せを、かみしめないと。

 

「まずは――」

 

 決意を固めようとしたその時。

 がちゃり、と家の戸から音がした。

 

 以前はぼろすぎて鍵がなかった家の扉。

 今はしっかり、鍵をつけている。

 防犯上、余裕があるならつけるべきなのはわかっていたから。

 今ではもう、盗めるものもたくさんある。

 

 がちゃがちゃと、繰り返してドアの戸が動かされる。

 挙句の果てにいら立ったのか、ガンとおそらく蹴りを入れたであろう音まで響いた。

 

「ちょっと! なんで鍵がかかってるのよ!」

 

 ――声が、聞こえた。

 ここにいるはずのない子の声が。

 思わず手にしていたパンを落として、玄関の戸へと駆け出していた。

 慌てて鍵を開ける。

 

 そして、開く――。

 

「あいたっ!」

「あっ」

 

 玄関の扉は、外に開くようになっていた。

 その拍子に扉の前にいた子は、額を扉にぶつけてしまったようだ。

 うずくまっているその子の姿を確認する。

 

 赤茶を基調としつつも毛先に向かうにつれて鮮やかな紅になる長髪は艶やかで、よく手入れがされているのが分かる。

 低めのところで結んでいるツインテールに使われている髪留めも高級そうに見える。

 そもそもここまで髪の毛を伸ばすことができる時点で、普通ではない。

 

 ……よく見知った、髪色だった。長さだった。

 信じられなくて、目を疑った。

 

「いたた……痛いわよ、ミスミ」

「エリ、ちゃん?」

「そうよ! エカテリーチェ様よ!」

 

 そこにいたのは、間違いなくエリちゃんだった。

 どうして、ここに?

 

「えへへ、また、魔法封印されちゃったの!」

「え?」

 

 笑いながら言うことではないと思ったけれど。

 何があったの、とか。

 どうしてそうなったの、とか。

 聞きたいことはいっぱいあるけれど。

 次の一言で、全て吹き飛んでしまった。

 

「だから、またお世話になってもいい? ミスミ」

「っ!?」

 

 一瞬で視界が歪む。

 涙がこらえきれない。

 エリちゃんが心配してくれている。

 

「な、なに。私、何かした?」

「ううん、違うの。ただ、ちょっと、嬉しくて」

 

 ごめんね、と謝れば。少しだけ困った表情をされる。

 ああ、本物のエリちゃんだ。

 

「エリちゃん」

「なあに?」

 

 本物のエリちゃんなら、言わないといけないことがある。

 ずっと言いたかった。

 家族への言葉。

 

「おかえりなさい」

「――ただいま!」

 

 満面の笑みで、私の胸に飛び込んでくる。

 お帰りなさい。私の、新しい大切な家族。

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