決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
エカテリーチェちゃんは、思いのほか素直に後をついてきてくれた。
「随分と歩くのね」
「町の外れの方だからね」
外れの方だから、未だに保持し続けられているとも言える。
市場から離れていて、買い物には不便だけれど。
不便ながらに愛着はある。
「ここよ」
「……ぼろっちい家ね」
ぼろい。
失礼な物言いだけれど、反論することもできない。事実だから。
雨漏りもする家だし。修繕する費用も全然ないし。
「ほら、入って」
「隙間風とか入ってこないわよね」
「多少はあるけれど問題ないから」
嫌そうな表情をしながらも、腹の虫に急かされて入っていく。
後を追って、私も家に入る。
「ただいま」
「……何、他に誰かいるの?」
「いないよ」
ただ、癖になってしまっているだけだ。
お母さんがまだいた頃の名残。
自分だって、少しだけ気持ち悪いかなって思ってる。
だから、そんな奇妙なものを見る目でこちらを見ないでほしい。
「……それで! どんな料理を振舞ってくれるのかしら!」
「ちょっと待ってね……」
お腹が空いているみたいだし、とりあえず今すぐ出せるもの……。
ううん、このぐらいしかないかなぁ。
本当は単体で食べるものじゃないけれど、仕方がないか。
奥の食品棚を軽く漁って、目的のものを見つけ出す。
そして、そっと地面においてある机の上に置く。
ゴトリ、と硬い音が響いた。
「はい」
エカテリーチェちゃんは机の上に置かれたものを見て、私の方を見て、もう一度机の上に置かれたものを見る。
目はきょとんと、まんまるに開かれていた。
「なにこれ」
心の底から疑問に思ってそうな声だった。
「黒パン」
端的に答える。
「いや! ゴトって音がしたのだけれど! 明らかに煉瓦か何かを置いた音だったのだけれど! しかも机の上に直接置いてるし!」
「スープに漬けて食べるか、唾液で少しずつ柔らかくして食べるものだから……」
硬い黒パンは、一般的にはスープに漬けて少しずつほぐして食べるものだ。
けれども、今すぐ食べられるものがうちにはこれだけしかないのだから仕方がない。
今日市場に行ったのは食料品じゃなくて、日用品の買い出しだったから食べられるものはこれぐらいだ。
「こんなもの食べられるわけないでしょ! パンっていうのは、こう、もっと柔らかくて暖かいものなのよ!?」
やっぱりいいところのお嬢様っぽいなぁ。
でも、あのまま放っておくこともできなかったし。
帰るところもなさそうだった。
貴族の事情は分からないけれど、何かしらの悪さをして締め出されたのかもしれない。
反省するまで家には入れませんからねって。
まあ、そのうち迎えの人が来てくれるよね。それまでの辛抱だと思おう。
「そういうパンは高くて買えないから。食べないなら一回片づけるけれど?」
「う、うぅ~」
くぅくぅ鳴って空腹を訴えるお腹と、目の前にあるものを食べるのかというプライドのぶつかり合いが見える。
食べ物に見えないかもしれないけれど、食べ物だよ。
一応。食べてもお腹を壊さないし。
あっ。嚙みついた。
そして、そのまま固まった。当然、パンはその形を維持したままだ。
「か、かはい……」
「大丈夫?」
「無理よこんなの! 食べられるわけないわ!」
駄目かぁ。
じゃあスープ温めないと。
火をつけるための魔法石は高いけれど、しょうがないよね。
今日買ってきておいたのをさっそく使ってしまおう。
「ええと、作り置いておいたスープは今から温めるから、少し待ってね」
「……待って。作り置いておいた? いつから?」
「そんな日は経ってないよ」
「いつからって聞いているのよ!」
そんなに気にすることかなぁ。
「一昨日」
「飲めるわけないでしょ! そんなもの!」
「ちゃんと毎日付け足して作り直してるよ?」
「そういう意味じゃないわよ!」
我儘だなぁ。
文句を言われながらも買い物袋から炎の魔石を取り出す。
普段は使わないけれど、急いで火をつけないといけない時には便利だ。
その分高いけれど。
魔石をカッ、と打ち石に叩き合わせ、薪の中に放り込む。
それだけで炎が上がり、瞬く間に薪へと炎が燃え移る。
うん、今日は粗悪品を掴まされなかった。
「……何よ。魔石なんて使って」
「見てたの?」
「どうして魔法を使わないのよ」
「魔法? 使えるわけないでしょ」
何を言ってるんだろう。
確かに、魔法が使えれば魔石を使う必要はない。
魔石っていうのは、魔法を封じ込めた結晶の総称だから。
けれど、普通の人は魔法なんて使えない。
ああ、自認大魔女様なんだっけ?
だから、魔法を使えるって思ってるんだ。
「魔法なんて、一部の人しか使えない高等技術でしょ? 私みたいな人が使えるわけないよ」
平民でも使える人は使えるらしいけれど。
でも、そういう人でも魔女学院へ通ってからようやく魔法を使えるようになるはず。
何も学がない私には縁のない話だ。
「大魔女の私が言うのよあなたは魔法を使えるわ」
「はいはい、大魔女様はすごいですねー」
言いながら、火の通りをチェックする。
うん、悪くない。軽く味を調整すれば十分食べられる。
具材を軽く切って、スープに加える。簡単な野菜スープの出来上がりだ。
普段はここまでしないのだけれど。
自分以外も食べるのだから、少しは手を加えた方がいいだろうと思って。
「はい、野菜スープ。パンを漬けて食べてね」
スープをお皿によそって出しても、すぐには手を動かしてこない。
不思議に思って様子を見ると、軽くあしらわれたのが不満なのか、頬を膨らませている。
いや、だって。大魔女様には見えないし……。
「私は、大魔女エカテリーチェ様なのに。こんな惨めな扱いを……」
「うんうん。ご飯食べようね」
「うん、食べる……」
お腹の虫の音にはかなわないのか、スープにパンを浸してチビチビ食べ始めた。
スープがもったいないので、私も一緒に食事をすることにする。
そもそも、大魔女を自称しているけれど、大魔女様はこの国に四人しかいないと聞く。
木っ端の平民でもそのぐらいは知っているのだ。
もしも大魔女様の一人がこんな場所にいたら、それこそ大騒ぎになっているはず。
目の前でチビチビとパンを必死に少しずつ咀嚼している子は、到底そんな偉い存在には見えない。
「まずい……」
「他にご飯はないよ」
「うぅ……エカテリーチェ様がこんな目に遭うなんて、この世の終わりよぉ。最高に不幸よぉ」
またボロボロと泣き出してしまう。
早いところおうちの人が迎えに来てほしい、なんて思いつつ。
迎えなんて来ないまま――三日、経過したのでした。