決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
エカテリーチェちゃんはすっかり居ついてしまいました。
探しにくるはずのおうちの人の影も形もなく。
はてさて、 どうしたものかと考えつつ、今日も針子のお仕事に精を出す。
「……ねぇ」
「なぁに、エリちゃん」
エカテリーチェちゃんって呼ぶのが長いので、愛称としてエリちゃんと呼ぶことにした。
最初のうちは、『何よその呼び方、不敬よ!』と抵抗していたけれど、この三日間ですっかり馴染んでしまった。
「どうして一々手作業で作業してるのよ」
「だからぁ。魔法なんて使えないんだって」
その間、この子はずっとこの調子だ。
魔法だなんだと、大魔女様ごっこを止めるつもりは一向にないらしく。
事あるごとに魔法を使おうとしたり、私に魔法を使わせようとしたりする。
使えるわけないのに。
「大魔女の私にはわかるのよ」
「でも、エリちゃん魔法使えないじゃん」
「……」
この返しをすると、毎回涙目になり、下を向いて黙り込んでしまう。
悔しがっている。というのは見て分かるけれど。
なんだかなぁ。子供のすることに目くじら立てすぎなのかも。
「あのおばば、魔法が使えるようになったら絶対復讐してやるぅ……」
「おばば?」
「フレディーネよフレディーネ! 私の魔法を封じた、あの憎きおばば!」
フレディーネ様。私でも名前は知っている。
なにせ、この国の大魔女の中でも随一の有名人だ。
他の大魔女様は人里離れた場所で好きに暮らしていることが多く、有事の際以外は姿を見せないのだけれど、フレディーネ様だけは違う。
なにせ、フレディーネ様は魔女学院の学院長をなさっているのだ。
本人が直々に次代の魔女たちを見守り、育てていらっしゃる。
偉大なお人だ。
そんな人をおばば呼びって……。
「失礼じゃない? フレディーネ様をそんな風に呼んで」
「いいのよ、あんなのおばばで! 普段から口を開けば文句ばっかりだし、他の連中連れてきて私の魔法を封じるし、無駄に若作りしてるし!」
散々な言いようだ。それに、本当にフレディーネ様を知っているかのような口ぶり。
ごっこ遊びもここまで堂に入っていると本当だと信じそうになる。
「なによ、『時が来ればこの鍵が導いてくれる』って。何も起こらないじゃないのよー!」
「鍵?」
エリちゃんが持っているのは、黒色の鍵。一見するとただの鍵にも見えるけれど、よくよく見るとおかしなことに気が付く。
鍵穴に差し込む部分が、あまりに歪なのだ。
そのままではどんな鍵穴にも入らないだろう。
「不思議な鍵の形だね」
「昔っからそう! あのおばばはよくわからないことばっかり言って……」
憎たらし気に鍵を睨みつけている。
まるで、その鍵の向こう側にフレディーネ様がいるかのように。
これだけ真剣にごっこ遊びに勤しんでいるのを見ると、少しだけ微笑ましい。
――なんてなごんでいる時に限って、厄介事はやってくるものだ。
「邪魔するよ! ミスミ!」
「――カテリーナさん」
鍵なんてついてない扉をあけ放ち、唐突な来客はずかずか家の中に踏み込んでくる。
先頭で入ってきたのは一人の女性。煌びやかな宝石の指輪を見せびらかすかのようにし、黄金のポニーテールを靡かせている。
背後からは見覚えのある悪漢が護衛のようについてきていて、常に彼女の様子を伺っている。
もしも彼らが彼女のご機嫌を損ねれば、どうなるかわからないからだろう。
エリちゃんはいきなりの来客に何事と目を丸くしている。
カテリーナさんはその様子を見て愉快気に笑う。
これは、急いで応対しないと。
「ふぅん。ガキを一人引き取ったってのは与太話じゃなかったわけ」
「何の用ですか、カテリーナさん」
「なあに、借金で苦しい苦しい生活をしているはずのミスミちゃんが、子供を引き取ったなんて戯言を耳にしたものでね。様子を見に来たのさ」
そう、このカテリーナさんは金貸し――私が借金している相手だ。
正確には、お父さんが残した借金、だけれども。
「今月の分はもうお渡ししたはずですよ」
「なあに、いいじゃないか。親切心だよ。私のかわいいミスミちゃんのためなら、追加の融資をしてやってもいい、ってね」
言いながら、カテリーナさんは私の顎に手を当てて、無理やり視線を合わせさせる。
「ただでさえ苦しかったんだ。子供一人分とはいえ、苦しいことには変わりないだろう?」
裏のものながら組織を一つまとめ上げているだけあって、カテリーナさんの力は強い。
じっと、近くで視線が合う。
「どうだ。さっさと観念して、うちのものになるっていうのは」
「……何度聞かれようと、私の返答は同じです。私は、私で何とかします」
「くくくっ。強情だねぇ。そういうところが好きなんだが」
姉御は趣味が悪い、だなんて。小さな陰口を彼女は睨み一つで黙らせる。
女性ながらに組織をまとめ上げるのは、並大抵の事ではないと私にはわかる。
「まあ、今日のところは挨拶だけにしておこうか」
言いながら、私の顔から手を離す。
そして、視線をエリちゃんの方へと向けた。
「な、なによ」
「ただの子供。自分では何もできない子供。本当に、都合がいい話ね」
「~~っ!」
顔を赤くして反論しようとしているのが分かる。
けれども、ここ数日で学習したのだろう。
魔法が使えないエリちゃんは、歯向かっても何もできないのだと。
「あーっはっはっは。最高にいい気分だよ。いつでも融資の話は受け付けてるから、その気になったらおいで」
その言葉を言い残し、カテリーナさんは部下の悪漢を引き連れて家から出て行った。
嵐のような人だけれど、実際対処できないのだから似たようなものだ。
取り残された私たちの間では静寂が走る。
扉が閉められて時間が経ってなお、動き出せずにいた。
――我慢できなくなったのは、やっぱりエリちゃんだった。
「なによあの女! 失礼ね失礼ね失礼ね! このエカテリーチェ様をただの子供だなんて!」
「でも、逆らったら駄目だよ。カテリーナさんは力がある人だから」
実際、彼女の一声で動く人員は多い。
その多くは武闘派だし、実力行使されたらどうしようもない。
これまで見逃されているのは、彼女の気まぐれに他ならない。
借金の期限だって、彼女が私をいたぶるために設定されたものに過ぎないのだ。
だって、まともにやって返せる額ではないのだから。
「ムカつく、ムカつくムカつくムカつく! どうしてこんなに不幸なのよ! 私も! あなたも!」
「――私は不幸なんかじゃないよ」
私の反論に驚いたのか、エリちゃんがこちらへ勢いよく顔を向ける。
「不幸って言うのは、一度陥れば抜け出せない沼なんだ。だから、不幸じゃない。不幸であってはいけないんだ」
そう、お母さんが言っていたから。
だから、何があっても私は不幸じゃない。
そんな答えにエリちゃんはとても不満な様子で、いつも通り顔を真っ赤に染めていた。
「~~っ! もう我慢できない、我慢できないわ!」
「エリちゃん、どうした――」
「私が魔法を使えないのならば、代わりにあなたが魔法を使えばいいのよ!」
その場で地団太を踏んだと思えば、いきなり私の方に来て、目の前で仁王立ちをする。
そして、人差し指を真っすぐ私の顔へと向けるのだ。
「あなた、魔法を覚えなさい! この大魔女エカテリーチェ様が、教えてあげるから!」
「また大魔女様ごっこ? 今はそういう気分じゃ――」
「ごっこじゃないわよ!」
そう言って、エリちゃんは私の手を取る。
瞬間、体の中を温かいものが巡るような感覚に襲われる。
血が流れてるのとは違う。もっと別の、特別な何かが体内をめぐる感覚。
体の底から温まり、けれども、とめどなく溢れてくる。不思議な感覚。
「魔法は封印されたけれど、魔力がなくなったわけじゃないわ」
「エリちゃん、これは――」
「魔力よ。そして、感じられるということはあなたにも魔力がある」
魔力? これが?
感じられるから、私にも魔力がある?
悪戯、ハッタリ、考えは巡る。
正しいと思える答えは一つも思いつかなかった。
だから、私はこの時点で負けていたのだ。
「偉大なるエカテリーチェ様に従いなさい。――魔法の前では幸福も不幸も思うがままなのよ」
エリちゃんの表情はいつになく自信に満ち溢れていて――有無を言わせぬ迫力があった。
まるで、おとぎ話の大魔女様のように。