決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。   作:血肉で咲いた百合の花

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第3話

 エカテリーチェちゃんはすっかり居ついてしまいました。

 探しにくるはずのおうちの人の影も形もなく。

 はてさて、 どうしたものかと考えつつ、今日も針子のお仕事に精を出す。

 

「……ねぇ」

「なぁに、エリちゃん」

 

 エカテリーチェちゃんって呼ぶのが長いので、愛称としてエリちゃんと呼ぶことにした。

 最初のうちは、『何よその呼び方、不敬よ!』と抵抗していたけれど、この三日間ですっかり馴染んでしまった。

 

「どうして一々手作業で作業してるのよ」

「だからぁ。魔法なんて使えないんだって」

 

 その間、この子はずっとこの調子だ。

 魔法だなんだと、大魔女様ごっこを止めるつもりは一向にないらしく。

 事あるごとに魔法を使おうとしたり、私に魔法を使わせようとしたりする。

 使えるわけないのに。

 

「大魔女の私にはわかるのよ」

「でも、エリちゃん魔法使えないじゃん」

「……」

 

 この返しをすると、毎回涙目になり、下を向いて黙り込んでしまう。

 悔しがっている。というのは見て分かるけれど。

 なんだかなぁ。子供のすることに目くじら立てすぎなのかも。

 

「あのおばば、魔法が使えるようになったら絶対復讐してやるぅ……」

「おばば?」

「フレディーネよフレディーネ! 私の魔法を封じた、あの憎きおばば!」

 

 フレディーネ様。私でも名前は知っている。

 なにせ、この国の大魔女の中でも随一の有名人だ。

 他の大魔女様は人里離れた場所で好きに暮らしていることが多く、有事の際以外は姿を見せないのだけれど、フレディーネ様だけは違う。

 

 なにせ、フレディーネ様は魔女学院の学院長をなさっているのだ。

 本人が直々に次代の魔女たちを見守り、育てていらっしゃる。

 偉大なお人だ。

 

 そんな人をおばば呼びって……。

 

「失礼じゃない? フレディーネ様をそんな風に呼んで」

「いいのよ、あんなのおばばで! 普段から口を開けば文句ばっかりだし、他の連中連れてきて私の魔法を封じるし、無駄に若作りしてるし!」

 

 散々な言いようだ。それに、本当にフレディーネ様を知っているかのような口ぶり。

 ごっこ遊びもここまで堂に入っていると本当だと信じそうになる。

 

「なによ、『時が来ればこの鍵が導いてくれる』って。何も起こらないじゃないのよー!」

「鍵?」

 

 エリちゃんが持っているのは、黒色の鍵。一見するとただの鍵にも見えるけれど、よくよく見るとおかしなことに気が付く。

 鍵穴に差し込む部分が、あまりに歪なのだ。

 そのままではどんな鍵穴にも入らないだろう。

 

「不思議な鍵の形だね」

「昔っからそう! あのおばばはよくわからないことばっかり言って……」

 

 憎たらし気に鍵を睨みつけている。

 まるで、その鍵の向こう側にフレディーネ様がいるかのように。

 これだけ真剣にごっこ遊びに勤しんでいるのを見ると、少しだけ微笑ましい。

 

 ――なんてなごんでいる時に限って、厄介事はやってくるものだ。

 

「邪魔するよ! ミスミ!」

「――カテリーナさん」

 

 鍵なんてついてない扉をあけ放ち、唐突な来客はずかずか家の中に踏み込んでくる。

 先頭で入ってきたのは一人の女性。煌びやかな宝石の指輪を見せびらかすかのようにし、黄金のポニーテールを靡かせている。

 背後からは見覚えのある悪漢が護衛のようについてきていて、常に彼女の様子を伺っている。

 もしも彼らが彼女のご機嫌を損ねれば、どうなるかわからないからだろう。

 

 エリちゃんはいきなりの来客に何事と目を丸くしている。

 カテリーナさんはその様子を見て愉快気に笑う。

 これは、急いで応対しないと。

 

「ふぅん。ガキを一人引き取ったってのは与太話じゃなかったわけ」

「何の用ですか、カテリーナさん」

「なあに、借金で苦しい苦しい生活をしているはずのミスミちゃんが、子供を引き取ったなんて戯言を耳にしたものでね。様子を見に来たのさ」

 

 そう、このカテリーナさんは金貸し――私が借金している相手だ。

 正確には、お父さんが残した借金、だけれども。

 

「今月の分はもうお渡ししたはずですよ」

「なあに、いいじゃないか。親切心だよ。私のかわいいミスミちゃんのためなら、追加の融資をしてやってもいい、ってね」

 

 言いながら、カテリーナさんは私の顎に手を当てて、無理やり視線を合わせさせる。

 

「ただでさえ苦しかったんだ。子供一人分とはいえ、苦しいことには変わりないだろう?」

 

 裏のものながら組織を一つまとめ上げているだけあって、カテリーナさんの力は強い。

 じっと、近くで視線が合う。

 

「どうだ。さっさと観念して、うちのものになるっていうのは」

「……何度聞かれようと、私の返答は同じです。私は、私で何とかします」

「くくくっ。強情だねぇ。そういうところが好きなんだが」

 

 姉御は趣味が悪い、だなんて。小さな陰口を彼女は睨み一つで黙らせる。

 女性ながらに組織をまとめ上げるのは、並大抵の事ではないと私にはわかる。

 

「まあ、今日のところは挨拶だけにしておこうか」

 

 言いながら、私の顔から手を離す。

 そして、視線をエリちゃんの方へと向けた。

 

「な、なによ」

「ただの子供。自分では何もできない子供。本当に、都合がいい話ね」

「~~っ!」

 

 顔を赤くして反論しようとしているのが分かる。

 けれども、ここ数日で学習したのだろう。

 魔法が使えないエリちゃんは、歯向かっても何もできないのだと。

 

「あーっはっはっは。最高にいい気分だよ。いつでも融資の話は受け付けてるから、その気になったらおいで」

 

 その言葉を言い残し、カテリーナさんは部下の悪漢を引き連れて家から出て行った。

 嵐のような人だけれど、実際対処できないのだから似たようなものだ。

 

 取り残された私たちの間では静寂が走る。

 扉が閉められて時間が経ってなお、動き出せずにいた。

 ――我慢できなくなったのは、やっぱりエリちゃんだった。

 

「なによあの女! 失礼ね失礼ね失礼ね! このエカテリーチェ様をただの子供だなんて!」

「でも、逆らったら駄目だよ。カテリーナさんは力がある人だから」

 

 実際、彼女の一声で動く人員は多い。

 その多くは武闘派だし、実力行使されたらどうしようもない。

 これまで見逃されているのは、彼女の気まぐれに他ならない。

 借金の期限だって、彼女が私をいたぶるために設定されたものに過ぎないのだ。

 だって、まともにやって返せる額ではないのだから。

 

「ムカつく、ムカつくムカつくムカつく! どうしてこんなに不幸なのよ! 私も! あなたも!」

「――私は不幸なんかじゃないよ」

 

 私の反論に驚いたのか、エリちゃんがこちらへ勢いよく顔を向ける。

 

「不幸って言うのは、一度陥れば抜け出せない沼なんだ。だから、不幸じゃない。不幸であってはいけないんだ」

 

 そう、お母さんが言っていたから。

 だから、何があっても私は不幸じゃない。

 

 そんな答えにエリちゃんはとても不満な様子で、いつも通り顔を真っ赤に染めていた。

 

「~~っ! もう我慢できない、我慢できないわ!」

「エリちゃん、どうした――」

「私が魔法を使えないのならば、代わりにあなたが魔法を使えばいいのよ!」

 

 その場で地団太を踏んだと思えば、いきなり私の方に来て、目の前で仁王立ちをする。

 そして、人差し指を真っすぐ私の顔へと向けるのだ。

 

「あなた、魔法を覚えなさい! この大魔女エカテリーチェ様が、教えてあげるから!」

「また大魔女様ごっこ? 今はそういう気分じゃ――」

「ごっこじゃないわよ!」

 

 そう言って、エリちゃんは私の手を取る。

 瞬間、体の中を温かいものが巡るような感覚に襲われる。

 血が流れてるのとは違う。もっと別の、特別な何かが体内をめぐる感覚。

 体の底から温まり、けれども、とめどなく溢れてくる。不思議な感覚。

 

「魔法は封印されたけれど、魔力がなくなったわけじゃないわ」

「エリちゃん、これは――」

「魔力よ。そして、感じられるということはあなたにも魔力がある」

 

 魔力? これが?

 感じられるから、私にも魔力がある?

 

 悪戯、ハッタリ、考えは巡る。

 正しいと思える答えは一つも思いつかなかった。

 だから、私はこの時点で負けていたのだ。

 

「偉大なるエカテリーチェ様に従いなさい。――魔法の前では幸福も不幸も思うがままなのよ」

 

 エリちゃんの表情はいつになく自信に満ち溢れていて――有無を言わせぬ迫力があった。

 まるで、おとぎ話の大魔女様のように。

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