決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
あの日から、エリちゃんの魔法講座が始まった。
日常のあれこれで忙しい中、合間を縫ってはレッスンを受けている。
「いい、魔力を感じるの。魔法とは魔力の流れによって生じるものなんだから」
ファーストステップは魔力について。
魔力というのは魔法を使うための元となる要素らしい。
魔女となるには生まれ持って魔力を感じる才覚が必要で、魔力を生まれ持った人ならば感じられるとのこと。
ここまで詳しいと、本当にエリちゃんは大魔女様なんじゃないかって気持ちになる。
フレディーネ様の事も親し気に呼んでいたし……。
実際のところは魔女学院の生徒とかそんな感じだとは思うけれども。
でも、だとしたらどうして魔法が使えないんだろう。
封じられたって本人は言ってるけれど、そんな悪いことをしたのかな。
「また余計な事考えてるでしょ!」
「うっ」
「魔力に集中して! 魔法は想像力が大事なんだから!」
そう言われても、私の頭の中は今後のやりくりでいっぱいだ。
針子としての仕事もしなきゃいけないし。
特にエリちゃんの分も稼がないといけないから仕事量も増やさないと。
カテリーナさんが来たってことは、今後の事を色々考えないといけない。
あの人はなぜか私を欲しがっているから。
借金を増やそうものなら、身売りするしかなくなってしまう。
「集中して!」
「でもぉ……」
「でもじゃないの!」
立場がすっかり逆転してしまったかのようだ。
魔法の事になると元気になるエリちゃん。
元気になってくれたのはいいけれども、付き合わされる方は中々大変だ。
懸念事項が増えた今、集中しろというのは結構難しい。
「……そろそろ針子の仕事をしないとだから、また明日ね」
「でも、魔法さえ使えればそんな仕事も――」
「明日のご飯に困りたくはないでしょ。ね?」
優しく諭すと、エリちゃんはむうと不満そうにしながらも黙り込む。
生意気なところもある子だけれど、割とよい子なのだと分かってきた。
何というか、純粋なのだ。良くも悪くも。
どんな悪いことをしたのかわからないけれど、きっと教えてくれる人がいなかったのかな。
貴族令嬢で、ご両親が凄く優しい人だったとか。
だとしたら、どうして迎えが来ないんだろう。
この子については不思議なことがいっぱいだ。
「お腹が空く、やだ。ひもじい、辛い」
「うんうん、そうだよね。だから働かないといけないの、わかるよね?」
不満そうではあるけれど、何とか頷いてもらえる。
黒パンすら食べられなくなったら、本当に終わりだから。
エリちゃんも空腹の辛さを知ってしまった。
本当に空腹になると、何もやる気がなくなり、駄目な方向へと思考が転がって行く。
そうなってしまえば終わりだ。
不幸は、いともたやすく私たちを引きずり込むのだから。
「うん……」
「わかってくれてありがとう。それじゃあ、仕事に戻るね」
針子の仕事と言っても、華々しい仕立て屋とかではない。
古着を繕って、再利用できるようにしているだけだ。
いわゆる木っ端の仕事。まあ、仕事があるだけありがたいと思わなければならない。
数着手作業で繕って、ようやく一日分。
今はエリちゃんがいるから、若干必要量が増えている。
これが結構な手間なのだ。必要な道具も最低限しかないわけで。
「ねぇ、その作業って大変なの?」
「んー? まあそこそこ」
実際に古着を繕って使えるようにするのは手間だ。
でも、私は既に慣れてしまっているから、そこまで大変には感じない。
まあ一日頑張ってもそんなに貯金ができるほど稼げないんだけれどね。
他にも家事とかあるし、仕事もそんなにたくさん量があるわけでもない。
「慣れてしまえばそんなに大変じゃないよ」
「……私もやってみてもいい?」
「興味があるの?」
「少し」
暇なのかな? ここ数日色んなことに興味を持っている素振りを見せていた。
んー、どうしよう。
流石に仕事だからなぁ。
服そのものは渡せないよね。
「……こっちの布はお仕事用のだから渡せないけれど、こっちので遊んでみてもいいよ」
予備の針と、繕うようの布切れを幾つか渡してみる。
貴重な素材だけれど、子供の興味を無下にするのは良くないよね。
特に、純粋な子ならば猶更。
「どうやって使うのよ、これ」
「ここの穴のところに糸を通して……見てて、こうやって布を縫いつけるの」
すっ、と実際に縫う様子を見せてあげる。
こういうのは実際に見てみた方が早いのだ。
「……簡単そうね」
「あはは。やってみて」
まずは針に糸を通すところから。
これが慣れてないと……ああ、ほら、全然入らない。
「この、この! もう! エカテリーチェ様が入りなさいって言ってるのに!」
「ふふっ。ほら、貸してみて。やってあげる」
さっそく顔を赤くしているものだから、針に糸を通すところはやってあげることにした。
裁縫に関しては、ここは慣れだからね。
お母さんも結構苦手にしてたっけなぁ……。
「はい。通ったよ」
私が代わりにやると、一発ですっと糸が通る。
エリちゃんは目をまん丸くして、それこそ魔法を見た子供のような目になっている。
「……私はあんなに苦労したのに」
「流石に何年もやってるからね。はい、この布を使ってみて」
布も糸もただではない。
でも、それはその分私が頑張ればいいだけだ。
エリちゃんが楽しそうにしている方が、今は大事だと思える。
……すっかり情が移っちゃったなぁ。
いつか、お別れするってのは分かってるのに。
「ふん、この、ええい!」
糸に振り回されて、上手く針を布に通せていない。
なんというか、凄く不器用だ。
「ちょっと、そんな風に振り回したら――」
「いったぁ!」
言わんこっちゃない。
エリちゃんは布の向こう側に置いていた自分の指を針で刺してしまったらしい。
布と針と放りなげ、見えた指先には血が球のようになっていた。
「もう。少し見せて」
「痛い、痛いわ」
涙目になっているエリちゃんはとても辛そうだ。
たかが指を刺しただけでこれだけ痛がるだなんて、どれだけ痛みに耐性がないんだろう。
本来は、いいところのお嬢様なんだろうね。
「うん、そんなに深くは刺さってないみたい。針の方も欠けてない」
「痛い、痛いのよ。魔法さえ使えればこんなに痛い思いなんてしないのに――」
まだ魔法について言っている。
でも、そうだろうね。
魔法さえ使えれば――エリちゃんのこの傷もすぐに治せるのに。
私が、魔法さえ使えれば。
「――えっ?」
これは、本能的なものだった。
自分の中を温かいものが駆け巡り、ぽわりと穏やかな光がエリちゃんの指先を包み込む。
それはまるで、彼女の傷口を覆うように。
「――治癒の魔法だわ」
「え?」
「魔法よ! あなた、魔法を使えたのよ!」
エリちゃんは、さっきまで痛みで悶えていたのが嘘のように叫び、喜びを体で表現している。
思わず手を取られて、ぴょんぴょんと跳ね回る姿は、痛みなんてまったく覚えていない様子で――。
ふと、握られた手を取ってみてみると。
どこにも、血の跡なんて残っていなかった。
「……私が、魔法を?」
「他に誰がいるのよ! やっぱり、このエカテリーチェ様の目に狂いはなかったのだわ!」
ただ、私はエリちゃんが痛くないように、と思っただけだった。
それがきっかけで?
魔法が使えたの?
「……ははっ」
乾いた笑いが出る。
自分の頬をつねる。痛い。夢ではないらしい。
なら、本当に。
私は、魔女になれたのだ。