決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。   作:血肉で咲いた百合の花

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第5話

 その日から、私の生活に魔法という手段が加わった。

 

 料理のために、薪に火をつける。

 手の先からほんわかと温かい光が漏れて、ぱちりと火花が散る。

 同時に、その場から噴き出るようにして炎が薪を包み込んだ。

 着火成功だ。

 

「そうそう! 上手いじゃない!」

 

 嬉しそうに手を叩くエリちゃん。

 ここまで喜んでくれると、自然とこちらも笑顔になれる。

 

「ありがとう。魔法って便利だね」

「そうよ! 魔法はすごいんだから!」

 

 エリちゃんはえへんと腰に手を当てて自慢げだ。

 まるで、我が事を褒められたかのように。

 こういう姿は本当に微笑ましい。

 年相応というか、何というか。

 

「――なのに! どうして! 手作業してるのよ!」

「え?」

 

 今度は怒られた。

 火をつけたから、スープが温まるまで待つ間に針子仕事をしていただけなのに。

 

「それも魔法でやればいいじゃない!」

「うーん。でも、魔法で針を動かすなんて想像しづらいよ」

 

 ここ数日の練習でよくわかったことは、魔法は想像力が非常に重要だということ。

 魔力を操るという感覚よりも、実際に魔法でどうしたいかを想像するのが魔法の成就に重要となってくるのだ。

 

 火の着火は魔石でやってたから想像しやすかっただけで、針子仕事は難しい。

 針を魔法で動かして一針一針縫っていく? 凄い難しそうだ。

 それならば慣れている手作業でやった方が確実に早い。

 

 なんて、思っているのだけれども。

 エリちゃんは大変不服そうだ。表情がコロコロ変わる姿は可愛らしいけれども。

 

「どうしたの?」

「ミスミは全然魔法のことをわかってないわ! 魔法ってのは、もっとすごくて、自由なものなんだから!」

 

 もっと、自由?

 よくわからない。

 

 因みに、エリちゃんが私の事を名前で呼ぶようになったのは、私がエリちゃんの弟子扱いになったから。

 魔法を教えてあげている立場、として前よりも活き活きとしている。

 

「どうして服を繕うのに針が必要なの!?」

「そりゃあ、糸を服に通すためでしょ?」

「どうして布が繕うのに必要なの!?」

「ダメになったところを張り替えるためだね」

「そうよ! 根本的なところを、ミスミは勘違いしているの!」

 

 根本的なところを勘違いしていると言われても。

 何を勘違いしているのかがわからない。

 

 因みに、文句を言われながらも手は動かしている。

 慣れてしまった作業だから、少しぐらいよそ見していても何とかなってしまう。

 嬉しいのか悲しいのか。

 エリちゃんにとっては、ムカつくことだったらしい。

 

「魔法はそんな狭量ではないわ! ああ、もう! 私が魔法を使えたらお手本を幾らでも見せてあげられるのに!」

 

 悔しそうに地団太を踏む姿からは、本気のもどかしさを感じる。

 エリちゃんは、本当に魔法の事が好きなんだね。

 子供らしくもあるし、違和感もある。

 

 どうしてエリちゃんは魔法を封じられたんだろう?

 魔力があるってことは、エリちゃんも魔法を使えるってこと。

 なのに使えないってことは、本人が言っている通り使えなくなっているのは本当なのだと思う。

 

 こんなに魔法が好きな子から魔法を奪うだなんて、残酷だ。

 本当にフレディーネ様がこの子の魔法を封じたのなら、どんな思いで封じたのだろうか。

 話に聞く偉大な大魔女が、非道な人だとは思いたくない。

 

「なんていえばいいのかしら。ええと、その、難しいわ!」

「まあまあ落ち着いて」

「これで落ち着いていられるわけがないわ!」

 

 にぎやかだなぁ。

 落ち込んでいるよりかはよっぽどいい。

 ああでもないこうでもないと、苦悩するエリちゃんをしり目に、スープが温まった音がした。

 

 針子仕事を中断して、鍋からスープを救って味見をする。

 数日ぶりに一から作り直したスープは澄んでいて、味も薄味ではあるが不純さがない満足いく出来になっている。

 うん、腕は落ちてなさそうだ。

 

「――全部を魔法に頼りきりにするのは少し怖いよ」

「うっ」

「魔法が使えなくなったとき、誰かが手を差し伸べてくれるとは限らないもの」

「……」

 

 これが、私が魔法に本格的に取り掛かる気になれない理由の一つだ。

 降ってわいた幸運に飛びついていいものか、戸惑っている。

 確かに魔法を使いこなせるようになれば、劇的に生活は改善すると思う。

 もしかしたら、借金の返済だってできるかもしれない。

 

 でも、魔法が使えなくなったら?

 今のエリちゃんのように。

 

「魔法ばっかりに頼るのは危険だよ」

「うぐぐぐ……」

「だから、ほら。エリちゃんも少しずつ家事を覚えているでしょ?」

「それは、そうだけれどぉ……」

 

 そう、エリちゃんも最近は色々なことに興味を持って、挑戦してみているのだ。

 料理に洗濯、裁縫に掃除。日常生活で必要なあれこれだ。

 そのいずれもが壊滅的に下手くそで、上手くいかないことばかりだけれど。

 この子は、挑戦することを諦めたりはしなかった。

 

 まあ、その都度私が手助けしてるんだけれど。

 因みに、努力の結果は今のところついてくる気配はない。

 本当に不器用だなぁ。と微笑ましい気持ちになる。

 

 話をずらされたと感じたのか、エリちゃんは仁王立ちしなおす。

 何か言いたいことがあるのかな? 一旦手を止めて彼女の方を向く。

 

「ミスミは、ずっと最悪の事ばかり考えてる!」

 

 びしりとこちらを真っすぐ指差して、エリちゃんは高らかに宣言した。

 

「そう?」

「そうよ! やらない理由を探して、やるから逃げているのよ!」

 

 ……やることから、逃げている。

 それは……。それ、は。

 その言葉はあまりにもするりと胸の奥に入ってきて――思わず、スープをかき混ぜていたお玉を落としてしまった。

 

「ミ、ミスミ? 大丈夫?」

 

 突然の私の変化に、何か悪いことを言ってしまったのかと申し訳なさそうな表情をして、エリちゃんが近づいてくる。

 やけどでもしたのかと手を取って確かめてきてくれるけれど、別に怪我をしたわけではない。

 ただ、そう、本当に面と食らってしまっただけなのだ。

 

「――ごめんごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」

 

 笑顔を浮かべて、エリちゃんを安心させないと。

 問題ないと、何も気にしてないと、表面上だけれども。

 

「本当に? 大丈夫なの?」

「うんうん、大丈夫大丈夫。ほら、食事にしよう」

 

 スープは十分温まっている。

 黒パンを用意すると、エリちゃんはまだ渋い顔をしつつも、そっと手に取った。

 その様子を見て、ほっと一息入れる。どうやら、誤魔化せたらしい。

 

 やることから逃げている。

 そんなことは、ない。と、言い切れない。

 

 だって、私のお母さんは。

 頑張りすぎて倒れてしまったのだから。

 

 お母さんは死の間際に言っていた。

 ――私のようには、どうかならないでね、と。

 流行り病に、苦しみながら。

 最後まで、私の顔を申し訳なさそうに見つめながら。

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