決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。 作:血肉で咲いた百合の花
「ミスミ、最近随分と頑張っているみたいだね」
「え?」
私がお世話になっている古着屋さん。店主のエーチカさんに、ご機嫌な表情でそう言われた。
ここで買い取った古着を針子が繕ったり仕立て上げ直したりするわけで。
その、繕いの部分だけを私が担当している。
エーチカさんは母の友人で、その伝手で仕事を貰っている。
女性ながらに店主を務めているその手腕はすごいと思う。
「ミスミが今回持ってきた品、大分いい感じだよ。最近いいことでもあったのかい?」
「いいこと、ですか」
いいことかどうかと言えば、どうなんだろう。
エリちゃんはなんだかんだ一週間以上一緒に暮らしているけれど。
……彼女の分も稼がないとで、仕事に精を出していたのも事実だからな。
それが、いいことかどうか。
改めて考えてみると、自然と頬が緩んだ。
「……そうですね。いい出会いがありました」
「あらあら! 一体どこの男だい!」
「違いますよ。子供を一人、預かっているので」
チクリと胸の奥に痛みが走る。
そうだ、忘れてはいけない。エリちゃんとはいずれ、別れるのだ。
この一週間が賑やかで、微笑ましくて、どれだけ楽しくても。
それぞれの生活があることを、忘れてはいけない。
「子供ぉ。孤児の子かい?」
「ちょっと訳アリの子で。詳しい話は聞けてないんですけれど」
「はぁ、アンナの子らしいね」
そう言って頭を撫でられる。
アンナというのはお母さんの名だ。
久しぶりに耳にして、胸の奥が少し寂しくなる。
もう、四年か。お母さんが、亡くなってから。
「お人好しなところがそっくりだよ」
「そうですかね?」
「ああ。訳アリの子っていうのは、向こうの通りであいつら相手に騒ぎを起こしたって子だろう? 噂話ぐらいは耳にしてるさ」
なんだ、知られてたんだ。
いや、まあ、噂話ぐらいにはなるか。
そうだよね。
「――もしよければ、繕いだけじゃなくて、仕立て直しにも挑戦してみないかい?」
「え?」
「そうすれば、もうちょっとばかし多く対価を支払えるんだけれどね。どうだい?」
エーチカさんの事は、よく知っている。
別にエリちゃんの事で負担が増えたから提案してくれているわけじゃない。
これは、純粋に私が頑張っているから仕事を任せられると思って提案してくれてるんだ。
頭ではわかっている。わかっているんだけれど。
「……すみません、少し考えさせてもらってもいいですか?」
「ふうん。まあ、すぐにとは言わないさ。ただ、もうミスミには任せられるって、あたしが思ってるってことは覚えておいておくれよ」
「はい、ありがとうございます」
素直に喜ぶべきなんだろうけれど。
何だろう。どこかもやもやする。
エリちゃんを預かっているから、お金を多く渡すための口実だと感じ取ってしまっているのかも。
エーチカさんはそんなことをする人じゃないって、わかっているはずなのに。
「で、その子はどんな子なんだい?」
「ええと、エカテリーチェちゃんって言う名前で、赤い髪のグラデーションが綺麗な子なんですけれど、ご存じですか?」
「赤い髪、エカテリーチェ、子供。……あいにくと知り合いにはいないねぇ」
「ですよね。ありがとうございます」
やっぱり、この辺の子じゃないよね。
「貴族の子、だと思うんですけれど」
「だとしたらもうちょい騒ぎがあるだろうさ」
「ですよねぇ……」
古着屋ではあるが、ある程度上流の仕立て屋や針子さんとも付き合いがあるはずだから。
そっち方面の知識もきちんとあるエーチカさんが言うなら間違いない。
「でも、ここら辺の子ではないと思うんですよね」
「ふぅん? 衛兵には相談したのかい?」
「市場に行ったときに話をしたんですけれど、捜索願いは出てないそうです」
「となると、不思議な立場の子だねぇ。孤児でもない、捜索願いも出てない。どこから来た子なんだか」
ううん。不思議な話だ。
魔女学院の生徒だとしても、流石に学院側が処置を施すだろうし。
帰る家がなさそうなのも気になるところ。
これまでどこで暮らしてたんだろう?
ひょっとすると、この町の子じゃないのかな。
商人とかの子で、町を渡ってる最中にはぐれてしまっただとか。
それなら捜索願が遅れているのも理解できる。
「何にしても、もう少しうちで預かってみます」
「生活が苦しいだろうに、大丈夫かい? いつでも頼っておくれよ」
「ありがとうございます、エーチカさん」
エーチカさんには本当に良くしてもらっている。
仕事の斡旋から、市場での立ち居振る舞いまで。様々なことを教えてもらった。
私がこの町でこれまで無事に暮らせているのは全部この人のおかげだ。
カテリーナさんに睨まれるリスクを負ってまで世話をしてくれている。
本当に感謝の念に尽きない。
「……最近、時々考えるんです。お母さんはどういう気持ちで私を育ててたんだろうって」
エリちゃんを相手していると、とても心が温かくなって、穏やかになって、いい気持になれる。
お母さんも、そんな気持ちだったのかな。
だとしたら、あの最後の言葉は何だったんだろう。
『私のようにはならないで』。あの、後悔の言葉は何だったんだろう。
「……私がアンナに知っていることは少ないけどね。いい子だったよ、本当に。惜しい子だった」
「はい。自慢の、お母さんでした」
「でもね、アンナはアンナで、あんたはあんただ。ミスミ、自分の人生を生きなよ。それが後悔しない秘訣さ」
お母さんはお母さんで、私は私。
わからないけれど、一旦はそれでもいいのかもしれない。
エリちゃんはエリちゃんだし、私はそれ以上のことを望んでいないように。
エリちゃんが何者であれ、私はエリちゃんの事が好きだ。
「いい顔になったね。少しはお役に立てたかい?」
「はい、ありがとうございます。もやもやが晴れたような気がします」
「なら上等だ。その拾った子のためにも、もう一仕事頼むよ」
「はい。それと……仕立て直し、挑戦させてもらってもいいですか?」
これは純粋に。エリちゃんのためとかではなく。
私は裁縫が好きだ。だから、その先の事もやってみたい。
エーチカさんの慈悲に縋るのではなく、本当に私がそれができる段階にあるというのなら。
挑戦してみたい。
「本当にいい顔してるよ、ミスミ」
「えっ、そうですかね?」
「ああ。昔っからあんたは、新しいことに挑戦するのが好きな子だった」
――そうだったのかも、しれない。
お母さんが死んじゃって。それから、いろんなことに手を出すのはやめたけれど。
お母さんの遺言に従って、お母さんのように頑張りすぎないように――。
そこまで考えて、違和感に気が付く。
私の知っているお母さんは、そんな私の選択肢を狭めるような人だっただろうか。
いや、むしろ積極的にいろんなことをさせてくれていた人だった。
なら、もしも、意味が全く違うものだったのなら?
私のようにならないで、が。まったく別の意味だったのなら?
お母さんは一体、何に後悔していたのだろうか。