決して不幸なんかではない私が街角で拾った生意気な女の子は、魔法が封じられた大魔女様でした。   作:血肉で咲いた百合の花

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第9話

 ◇ ◇ ◇

 

 ミスミが倒れた。

 

「ミスミ? ミスミ? 大丈夫?」

 

 側によって呼びかける。

 動かない。

 返事がない。

 咄嗟に手に触れる。

 熱い。熱が出てる。

 

「ミスミ? 生きてる? ミスミ?」

 

 ミスミの呼吸が荒い。

 生きてはいる。

 でも、このままだと死んじゃうかもしれない。

 どうしよう。どうすればいい?

 

 この症状自体は知っている。魔力切れだ。

 魔法を使わせすぎた?

 いいや、ミスミの魔力量は並み以上にはあるから、この程度では尽きないはず。

 まさか……。

 

「服、服!」

 

 ミスミが魔法で作った服を確認する。

 僅かに魔力を帯びている。魔力の糸を使っているのではなく、これは付与(エンチャント)だ。

 魔法の中でも高等技術。これのせいで、ミスミは大量の魔力を消費してしまったんだ。

 何を想像してしまったのかはわからないけれど、こんなレベルのものをいきなり仕上げるのは無理がある。

 ミスミの実力なら、十分に訓練して、慣れてからやるべきだ。

 

「そうだ、魔力補充。魔力切れなら魔力譲渡で……」

 

 魔力切れしているのなら、私の魔力を少し渡せばよくなるかも。

 魔力譲渡なんてやったことないけれど。手法としてあるのは知っている。

 憎きフレディーネがそんなことを言っていた。

 当時は大魔女たるこの私が他人に魔力を渡すだなんてありえないと思ってたけれど。

 

「ミスミ、起きて。お願い、ミスミ」

 

 倒れているミスミを見ると、どうしようもなく不安になる。

 仕方がないものを見る目で見てほしい。何よと思わされるけれど、嫌いじゃないから。

 よくできたねって笑ってほしい。その笑顔を見れるなら、やりたくない練習も頑張れるから。

 穏やかに笑っていてほしい。ああ、大丈夫なんだなって安心できるから。

 

 どうか、どうか。

 早く、目を覚ましてほしい。

 

 手を取って、魔力を流す。

 魔力譲渡は高等技術だ。魔力の質というのは人によって違う。

 だから、譲渡する際には相手の魔力の波長に合わせてから流し込まないといけない。

 もしも間違った波長の魔力を流し込めば……相手を内側から破壊することになっちゃう。

 

「大丈夫、私は大魔女なのよ。できないことなんて、ないわ」

 

 例え魔法が封じされていても。

 ミスミ、私は頑張るから。

 お願い。目を覚まして。

 

「ミスミ、ミスミ、ミスミ」

 

 ああ、どうしてこんなに心が動くんだろう。

 他人なんてこんなに意識したことなかった。

 大魔女の私は一人で生きてこれたし、一人でできないことだなんてなかった。

 だから、他人なんてどうでもよかったはずなのに。

 

 たった数日、たった数週間。

 一緒にいただけで、どうしてこんなに心が動かされるの。

 

「もう黒パンを不味いって言わないから」

 

 ミスミは毎回悲しそうな顔をするから、本当は止めようと思ってた。

 でも、反応してくれるのが楽しくて、ついやってしまうの。

 

「家事の練習ももっと頑張るから」

 

 全然上達しないけれど。

 魔法無しでも生活できるように頑張るから。

 どうせ魔法が使えるようになれば使わなくなるって思って、本腰入れてなかったのを謝るから。

 

 目を覚まして、ミスミ。

 こっちを見て。私を安心させて。

 エカテリーチェ様にもどうしようもないことがあるだなんて思わせないで。

 目を覚まさなかったら、絶対に許さないんだから。

 もしもこんなところで死んだら、蘇生の魔法を完成させて連れ戻してやるんだから。

 

「……エリ、ちゃん?」

「ミスミ!」

 

 ミスミが目を覚ました。

 ゆっくりとその瞼が開いて、微かに瞳が揺れ動きながらもこちらを見てくれる。

 

「……もう、そんな涙目になって、どうしたの?」

「うるさい! ミスミ、自分に何が起きたのかわかってないの!?」

 

 魔力切れは死ぬ可能性もある危険な症状だ。

 目を覚ましたってことは、魔力譲渡自体は成功してるみたい。良かった。

 

「……目の前がくらくらする」

「魔力切れを起こしたのよ! もう、どんなイメージで魔法を使ったの!?」

「……おとぎ話の、主人公の服を――」

「おバカ! そんな難しい想像をするからこうなるのよ!」

 

 おとぎ話なんて、現実では考えられないような無理な魔法ばっかり出てくるんだから。

 参考にしてはいけないって、真っ先に教わるような内容なのに!

 少し考えれば分かるでしょ! あんなの真似するようなものじゃないって!

 

「今、魔力枯渇状態だから、私の魔力を流し込んでるわ。少しだけ楽になるはずよ」

「ありがとねぇ。エリちゃん」

 

 ふにゃりと、辛いはずなのにミスミが笑う。

 無理して作ってる笑顔だってのがすぐにわかる。

 絶対に、辛いはずなのに。

 

「もう! ミスミはもっと我儘になるべきよ!」

「そんなこと、ないよ」

「あるわよ! だから、こんな風に倒れるんでしょ!」

 

 やってみたいことだとか、やらないといけないことだとか!

 そういうのをもっと外に出すべきなのよ!

 今回だって、こういう魔法を使ってみたいって事前に言ってくれれば止めたのに!

 いつだってミスミは言葉が少ないのよ!

 

「魔法のことなら私がなんだって教えられるんだから!」

「大魔女、様だもんね」

「こんな時ばかり信じてるみたいなこと言わないの! 自分の事を考えなさい!」

 

 ああ、私が他人にこんなことを言うだなんて。

 正直、想像もしてなかった。

 

 だって、私は生まれた時から一人だったから。

 私は魔力が強すぎた。だから、お母さんは私の魔力に耐え切れずに、産むと同時に死んでしまった。

 お父さんはお母さんを殺した私を恨んで、でも恐怖した。

 生まれながらにして、私は圧倒的に魔法の適正があったのだから。

 

 フレディーネに拾われるまで、私は触れてはならないものとして扱われてきた。

 それでもよかったのよ。だって、不都合なんて何一つないもの。

 私が必要なものは魔法で手に入る。私が必要なことは魔法で何とかなる。

 魔法に不可能なんてない。だって、私は誰よりも魔法に愛されて生まれてきたのだから。

 

 他人なんて、必要だと思ったこともなかった。

 私一人さえいればなんでもできるし、私一人さえいれば不可能も可能にできる。

 大魔女で英雄と言われてるフレディーネでさえ、私の前では劣って見える。

 だから、嫉妬して私の魔法を封じたのよ。

 他の普段は顔すら見せない大魔女仲間を引き連れて。

 

「魔法が使えるようになったら、真っ先に復讐してやろうと思ってたのに」

 

 今は、そんなこと考えられない。

 魔法が使えるようになったら、このどうしようもない人を何とかしないと。

 生活が不安定なら安定するようにしてあげて、あのカテリーナとかいう奴も懲らしめて、二度とミスミに関われないようにしてやるんだから。

 

 だから、だから。

 ミスミ、死なないでよ。

 

「――うん、ありがとう。少しは、動ける、かな」

「ミスミ!」

「大丈夫だよ。エリちゃんのおかげで、大分楽になったから」

 

 魔力補充が上手くいったのか、ミスミはふらつきながらも立ち上がった。

 けれども、その眼はどこを見てるのかわからないぐらい揺れていて、体もふらついている。

 

「早く、続きの仕事を――」

「何を馬鹿なことを言っているの!」

 

 ミスミが針子作業の続きをしようとしたから、急いで手を掴んで寝床へ引っ張っていく。

 非力な私でも簡単に引っ張れるぐらいに、今のミスミには力が足りてない。

 

「仕事なんて後でいいの! 今は休みなさい!」

「でも、それじゃあ……」

「後からどうとでもなるわ! この私が保証するのよ、心配せず休みなさい!」

 

 こうでも言わないと、ミスミは絶対に働くのを止めないから。

 強く、強く言いつける。

 

「でも」

「でもじゃない! 寝ること! 後の事はこのエカテリーチェ様に任せなさい!」

 

 言い切ると、ミスミはふにゃりと力なく笑った。

 

「……そっかぁ。じゃあ、お願いね」

「任せなさい! 家事も何もかも、大魔女エカテリーチェ様に不可能はないのよ!」

 

 本当は自信なんてないけれど。

 でも、安心させるために自信満々に言い放つ。

 そうすることで、ようやくミスミは寝床で大人しく眠りについた。

 今度は先ほどとは違う、安心できる眠りに。

 

「……さて、ここからどうしようかしら」

 

 大言壮語を叩いたのだから、ここで頑張らないのはエカテリーチェ様の沽券に関わる。

 やりたくはないけれど。やりたくはないのだけれど!

 ここは、頑張りどころと信じるわよ。

 

「……?」

 

 今、一瞬だけ。

 フレディーネから渡された黒い鍵が、光ったような?

 気のせいかしら。

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