ホロウ内部調査記録… 作:MEGATOON
新エリー都の夜は、ネオンの光とホロウの影が交錯する。
防衛軍や治安治安局のパトロールが強化されているとはいえ、六分街の裏路地には、まだどこか張り詰めた空気が漂っていた。
「――よし、これで今日の報告書はすべて完了、ですね」
深夜の治安局のデスクで、治安官である【朱鳶】は小さく息を吐き、きっちりと揃えられた書類の束を叩いた。
彼女のトレードマークでもある黒髪のポニーテールが、その動きに合わせて揺れる。生真面目な彼女は、どんなに些細なパトロール日誌であっても、誤字脱字一つ許さない。時計の針は丁度定時を示していた。彼女はできる女、残業をしない。
「お疲れ様、朱鳶。また切り詰めてまでやってるの?」
声をかけてきたのは同じ分署で働く同僚であり、最近特務捜索班に移動して来た【ヴァレン】と呼ばれるだった。
ヴァレンと朱鳶は幼馴染的関係にあり、幼少期から面識があった。朱鳶がヴァレンの事を頼っている様に、彼が、唯一朱鳶が職務の仮面を外して「素」を見せられる同期のような存在でもあった。
「ヴァレンですか。貴方もまだ残っていたのですか? 治安官たるもの、明日の任務に備えて十分な睡眠を摂ることも職務の内ですよ」
いつものように毅然とした態度を取ろうとする朱鳶。しかし、パチパチと瞬きをする彼女の瞳には、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。
「説得力ゼロだよ。ほら、これ」
「ひゃっ!?」
あなたが差し出したのは、近くの24時間コンビニで買ってきたばかりの、冷たい缶ジュースだった。ヴァレンは少し悪戯心が働いて、帰り支度中の朱鳶の頰にそれを当てた。当然缶から冷気の伝導が起こり、朱鳶は素っ頓狂な声を上げ振り向く。
――ニヤニヤしたヴァレンがいる。
朱鳶は一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに小さく微笑んでそれを受け取った。
「……ありがとうございます。ちょうど、飲み物が欲しかったところです///」
もらった缶でほんのり赤みがかった顔を若干隠す。
カシャ、と静かなオフィスに缶を開ける音が響く。
二人は並んで、窓の外に広がる新エルプロの夜景を眺めた。
朱鳶は普段、職務に対して人一倍厳しい。規律を重んじ、市民の安全を第一に考える彼女は、周囲から「完璧な治安官」と誤解されることも少なくなかった。だが、あなたの前でだけは、こうして肩の力を抜いて、等身大の自分を見せることができた。
「ねえ、ヴァレン」
缶を両手で包み込みながら、朱鳶がぽつりと言った。
「私は……堅物すぎるでしょうか」
「え?」
「今日、パトロール中に市民の方から『いつも堅い顔をしているね』と言われてしまって。自分では意識していないのですが、やはり、話しかけづらいオーラが出ているのでしょうか。あなたから見て、私はどう映っていますか?」
真剣な目でこちらを見つめてくる彼女。その瞳は、事件を追う時の鋭いものではなく、一人の迷える少女のような、脆く繊細な光を宿していた。
ヴァレンは少しだけ笑うと、「う〜ん。そんな事ないと思うよ?むしろ、誰よりも几帳面で、誰よりも優しい人だって、みんな知ってるからね」とほほ笑みながら答えた。
「几帳面、ですか……」
朱鳶はまさかヴァレンからそんな言葉がもらえるとは思っておらず耳まで少し赤くしながら、視線を甘い匂いのする缶ジュースに落とした。
「それは、褒め言葉として受け取っても良いのでしょうか」
「もちろん。だから、僕は…僕達は、朱鳶に付いていきたくなるんだよ?」
言葉が途切れた瞬間、オフィスに妙な沈黙が流れた。
窓の外を走る車のヘッドライトが、彼女の横顔を淡く照らす。少しだけ早くなった彼女の呼吸の音が、やけに近くに聞こえた。
朱鳶はジュースを一口飲むと、意を決したようにあなたを真っ直ぐに見つめた。
「……あなたにそう言ってもらえると、不思議と安心します。私は、自分の選択に自信が持てなくなることが時々あります。でも、あなたが隣にいてくれると、自分の進む道が間違っていないと思えるのです」
彼女の手が、少しだけ震えながら、デスクの上に置かれたヴァレンの手に重なった。革の手袋越しではない、彼女の素肌の温もりがダイレクトに伝わってくる。
「そうかい………」
「あ、あと皆朱鳶が猫が苦手なことも知ってるよ」
「なんでですか!?///」
翌日、新エリー都はいつもと変わらない朝を迎えていた。
六分街の治安局分署。昨日までの書類仕事とは一転し朱鳶とヴァレンの二人は、朝一番に舞い込んできた「謎の貨物盗難事件」の捜査のため、現場へと急行している。
「ヴァレン、現場の状況は? 先行班からの報告をおさらいしておきましょう」
パトロールカーの助手席で、朱鳶はタブレット端末のデータを素早くスクロールしながら言った。髪をいつものように高い位置でポニーテールに結い上げ、制服の襟元を正す彼女の姿には、昨夜オフィスの片隅で見せた彼女の面影は微塵もない。
「被害に遭ったのはホロウ外縁部から運び出されたばかりの特殊エーテル触媒です。目撃証言によると、犯行グループは複数人。手際から見てこの界隈の治安を脅かす常習犯の可能性が高いですね」
「……そうだね」
運転席のヴァレンがバックミラー越しに朱鳶と視線を合わせながら冷静に答えた。昨夜、彼女の手の温もりを確かに感じたその手で今はしっかりとハンドルを握っている。
公私の区別は互いに心得ていたが、不思議と昨日までよりもバディとしての呼吸が深く噛み合っているのを感じていた。
「エーテル触媒……。もしホロウ内に持ち込まれでもしたら現地調査中の民間人やプロキシたちに大きな危険が及びます。何としてもここで食い止めなければ」
朱鳶の瞳に、治安官としての強い使命感の炎が灯る。
現場である倉庫街に到着した二人は、すぐさま周囲の聞き込みと痕跡の追跡を開始した。ヴァレンが地面に残された不自然なタイヤ痕を発見し、朱鳶が近くの監視カメラの死角を割り出す。
「見つけました、ヴァレン! 犯行車両は北の旧市街ブロックへ向かっています。この先は……間もなくホロウの警戒区域に入るルートです!」
「急ぎますか、彼らが境界線を越える前に追いつかないとね」
二人は息を合わせ、路地裏を駆け抜けた。
古い建物の影、埃っぽい風が吹き抜ける空間に、怪しげな男たちがコンテナを運び込もうとしている姿を捉える。
「治安局です! 全員その場に直れ!」
朱鳶の声が、鋭く響き渡った。彼女の武器、【サプレッサーVⅰ型】を突きつけながら進む。
不意を突かれた犯人グループが、武器を手に一斉にこちらを振り返った。
しかし、朱鳶の動きに迷いはなかった。彼女は瞬時に距離を詰め、得意の体術と銃撃のコンビネーションで、相手の武器を正確に弾き飛ばしていく。
「ヴァレン、右から回り込む一味の退路を断ってください!」
「了解!」
ヴァレンもまた、朱鳶の意図を完璧に汲み取り、死角から突撃しようとした残りのメンバーを素早く制圧した。背中を預け合える安心感が、二人の動きをさらに研ぎ澄まさせていた。ほんの数分の出来事だった。路地裏には、完全に無力化された犯人たちと、無事に取り返されたコンテナだけが残された。
「……ふぅ。対象の確保、および盗難品の回収、すべて完了です」
朱鳶は銃をホルダーに収め、小さく息を吐いた。額にうっすらと汗が浮かんでいる。
「さすがですねヴァレン、完璧な連携でした」
「いやぁそれほどでもあるよ」
ヴァレンが歩み寄り、ハンカチを差し出すと、朱鳶は一瞬だけ驚いたように目を見張った。そして、周囲の治安官たちがまだこちらに到着していないことを確認すると、ふっと、昨夜のような柔らかい微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、ヴァレン。…やはりあなたが隣にいてくれるといつも以上に迷いなく動けます」
差し出されたハンカチを受け取る際、二人の指先がほんの少しだけ触れ合う。
制服に身を包んだ「完璧な治安官」の顔の裏で、彼女の瞳が嬉しそうに細められたのを、ヴァレンは見逃さなかった。遠くからサイレンの音が近づいてくる中、二人は小さく頷き合い、お互いの拳と拳を合わせた。
「朱鳶よぉ…お主あやつとの新展開が止まっておるではないか…」
「先輩!?呼び出して早々何を言ってるんですか!?///」
「お主があやつと結ばれて早一年だと言うのに…全く面白い話が聞けていないではないか!!!」
「人の恋事情を面白い話と言わないでください…!?///」
午前中にエーテル触媒の事件を解決した朱鳶は、治安維持局での先輩である【青衣】に呼び出されていた。何のことだろうと緊張しながら向かった矢先これである。
青衣はヴァレンと朱鳶の関係に不満がある模様、そこで一つの事を提案する…
「と言う訳でじゃの、午後からはお主とヴァレンに休暇を取ってもらうことにしたんじゃ♡」
「…………え?」
と言うわけで青衣の粋な計らいで朱鳶とヴァレンが一緒に出かけることになったのである。因みに、青衣は休暇を取れと言っただけで一緒に出かけろなどとは言っていない。
治安局の重い制服を脱ぎ捨て、お互いに私服へと着替えた六分街の交差点。
ヴァレンの目に飛び込んできたのは、いつもの凛々しいパンツスーツ姿からは想像もつかない、柔らかなトレンチコートに身を包んだ朱鳶の姿だった。
高い位置で結ばれたポニーテールだけはいつものままだが、心なしかその毛先までが、緊張と期待で小さく揺れているように見える。
「あ……ヴァレン。お待たせしました」
ヴァレンの姿を認識した瞬間、朱鳶の硬かった表情が、春の雪解けのように一瞬で綻んだ。彼女は小走りで駆け寄ってくると、ヴァレンの目の前でぴたりと足を止め、上目遣いに自分の服装を気にするように見つめてきた。
「その、急いで着替えたのですが……変、ではないでしょうか。同僚としてではなく、あなたとこうして街を歩くのは、なんだか気恥ずかしくて」
「すごく似合ってるよ。いつも綺麗だけど、今日は特別可愛い」
ストレートな言葉を投げかけると、朱鳶は
「なっ…な、なぁっ…!?///」
と声を詰まらせ、瞬時に耳の付け根まで真っ赤に染め上げた。
いつもは現場を冷徹に指揮する有能な治安官が、たった一言の賛辞でここまで初心な反応を見せる。そのギャップが、ヴァレンの独占欲を心地よく刺激した。
「ずるいです、ヴァレン。そんな風に不意打ちを食らわせるなんて、治安維持法違反ですよ……?」
「じゃあ現行犯逮捕されてあげるよ。……ほら、行こう」
ヴァレンが自然な動作で右手を差し出すと、朱鳶は一瞬だけ躊躇うように自分の指先を見つめた。だが、すぐに意を決したように、小さな、しかし確かな力強さでヴァレンの手を握りしめた。
昨夜のオフィスでの、革手袋越しの不器用な触れ合いとは違う。お互いの素肌から伝わる熱が、脈拍を通じてダイレクトに響き渡るようだった。指と指を深く絡ませる「恋人繋ぎ」に変えると、朱鳶は嬉しさを隠しきれないように、ヴァレンの腕にそっと自分の肩を寄せた。
二人が向かったのは、路地裏にひっそりと佇む、アンティークな木製家具で統一された喫茶店だった。
店内には、焙煎された珈琲豆の深い香りと、古いレコードが刻む緩やかなジャズが染み渡っている。
窓際の特等席に並んで座った二人の前へ、注文した特製ハニーシフォンケーキと、琥珀色のキャラメルラテが運ばれてきた。
「わあ……! すごいです、ヴァレン。見てください、このクリームのボリューム…!!」
朱鳶の瞳がまるで宝物を見つけた子どものようにキラキラと輝く。
彼女はフォークを丁寧に差し込み、生クリームをたっぷりと絡めたケーキを口に運んだ。次の瞬間、至福の表情とともに、彼女の口から小さく甘い吐息が漏れる。
「んむ……美味しい……っ! 毎日治安局の無機質なデスクで、冷めた缶コーヒーを流し込んでいるのが嘘のようです。世界には、こんなに優しい甘さがあったのですね……」
「気に入ってくれて良かった。ほら、口元」
ヴァレンが微笑しながら指を伸ばすと、朱鳶の薄い唇の端に、真っ白なクリームがちょこんと残っていた。
朱鳶が「え?」と瞬きをした瞬間、ヴァレンはそのクリームを自分の親指で優しく 拭い、そのまま自分の唇で舐めとった。
「っ――!?/////」
朱鳶の思考が完全にフリーズした。
顔中から湯気が出そうなほど真っ赤になり、朱鳶は思わず顔を背けてしまった。
「ば、ヴァレン……! ?なん、何を、いま……! ここは公共の場ですよ!? 誰かに見られたら……!///」
「誰も見てないよ。それに、今は治安官の朱鳶じゃなくて、僕の恋人の朱鳶でしょ?」
ヴァレンが顔を近づけ、悪戯っぽく囁く。至近距離で見つめ合う形になり、朱鳶は逃げるように視線を彷徨わせたが、最後に観念したように、潤んだ瞳をヴァレンへと向け直した。
「……ずるい、です。あなたには、どうしても敵いませんね…///」
朱鳶は小さく唇を尖らせると、仕返しとばかりに、自分のフォークに大きめのケーキを切り分け、ヴァレンの口元へと突き出した。
「ほら、お返しです。ヴァレンも、あーん、してください……///
してくれないと、私、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうです」
上目遣いで、恥ずかしさに震えながらも真っ直ぐにおねだりしてくる。そんな彼女の、砂糖を限界まで溶かしたような甘い我が儘を、ヴァレンが拒む理由など、どこにもあるはずがなかった。
西日が六分街の街並みをオレンジ色に、そして二人の影を一つに溶かしていく中、甘いロスタイムはどこまでも甘く、続いていった。
〜おまけ(後日談)〜
「何ぃ!?ま、まだキスもしておらんのじゃと…!?お主達昨日は何をしておったのじゃ!!」
「き、昨日…ですか…?///」
青衣な粋な計らいはしばらく続いたらしい。
いかがでしたでしょうか?(`・ω・´)ゞ
主は朱鳶の復活を今か今かと待ちわびてます…(|д゚)チラッ
アッ…ポリクロームナイ…(´・ω・`)
感想等お待ちしてます!