ホロウ内部調査記録… 作:MEGATOON
【ザイン】無類の時計好き。彼に直せない時計、持っていない時計はないという。彼の緻密な技術はグレースも認めるほど。エリー都に昔からあったらしい『ロレンツォ』と言う時計屋を受け継いでいる。
人気の多い道の傍らに、その店はデカデカと佇んでいた。
時計屋『ロレンツォ』。現代店主曰く、エリー都となる前からずっとある歴史のある店らしい。古びた木製のドアを開ければ、大小様々な時計たちが一斉に刻む
「チク、タク」
という心地よい音が、まるで独自の結界のように店内の空気を満たしている。
「ふぅ……。やっぱり、ここは落ち着くなぁ♪」
店の奥にあるソファに、小さな身体を深く沈めながら、クレタ・ベロボーグは小さく息を吐いた。
いつもは肌見放さず手元にある大きなハンマーは、今は壁に立てかけられている。白祇重工の社長として、毎日山積みの書類や現場のトラブルと戦っている彼女にとって、この『ロレンツォ』は社長と言う肩書を無視できる場所だった。
「お待たせ、クレタ。今日は少し冷えるから、特製のホットミルクココアにしたよ」
奥の作業場から顔を出したのは、この店の店主であり、クレタに取って特別な人、【ザイン】だった。
彼は根っからの時計好きだ。新エリー都では、ロレンツォにない時計はもう手にはいらないし見ることすらできない、さらに「ザインに直せない時計はない」とまで噂されるほどの腕前を持ち、彼自身も自分の仕事と店にある時計たちを我が子のように愛していた。
「ありがとな、ザイン。お前の淹れるココアは、いつも甘くてホッとする」
「ふふ、そう言ってもらえると僕としても嬉しいよ。あ、マドラーを忘れてきちゃったな。今取ってくるから少し待ってね」
ザインは自分のミスに苦笑しながら、再びトントンと軽い足取りで奥の部屋へと戻っていった。
「……相変わらず、時計のこと以外はちょっと抜けてるんだからな(汗)」
クレタはくすくすと笑い、ザインが置いていったココアのカップを見つめた。
湯気とともに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
少し身体が温まってきたところで、クレタは何気なく、ソファの横にあるサイドテーブルに目をやった。
そこには、見慣れない小さな置き時計が置かれていた。
真鍮製で、繊細な彫刻が施されたアンティーク調の置き時計。もう結構長いこと一緒にいるがこの時計は見たことがない。ザインは客からの預かり物は奥のカラクリ部屋で直す為、おそらくザインが最近どこかから買い付けてきた時計なのだろう。
規則正しく、健気に時を刻むその姿はザインが好みそうな一品だった。
「へえ、綺麗な時計だな……」
好奇心に駆られ、クレタはほんの少し、それを近くで見ようと手を伸ばし手に取る。天井の照明が時計の盤を照らす。
美しい…だが、その時。
――あっ…!?
チク、タク、と鳴っていた世界が、一瞬だけスローモーションになる。クレタの目が驚愕に見開かれ、置き時計は宙を舞った。
――ガシャァン!!
鋭い金属音と、ガラスが割れる鈍い音が店内に響き渡った。
床に落ちた真鍮の時計は、美しかった外装が歪み、文字盤のガラスは蜘蛛の巣状にひび割れ、中からいくつかの小さな歯車が、まるで命を失ったかのように転がり出ていた。
静寂が戻る。他の時計たちの「チク・タク」という音が、急にクレタを責め立てるような大音量に聞こえ始めた。
「……っ!?」
クレタの顔から、すっと血の気が引いていく。
やってしまった…!?これはただの時計じゃない、命よりも重い彼の品だ。
『時計は僕のアイデンティティだ』
と時計に人並外れた愛情を持っているザインが自分の不注意でバラバラになった時計を見たらどう思うだろう?
……怒るだろうか。それとも、酷く悲しむだろうか?
――何よりそんな彼女を見て、ザインはアタシのことを嫌いになってしまうのではないか?そんな考えが彼女の頭をめぐる。
「クレタ? どうしたんだい、今の音――」
奥の部屋から、ザインの足音が近づいてくる。
「っ……!」
恐怖と焦燥感が、クレタの思考を真っ白に染め上げた。
ザインがマドラーと共に顔を出した時には、クレタは床に散らばった歯車と無惨に壊れた置き時計をかき集め、自身の鞄の中へと押し込んでいた。
「ザ、ザイン…! 悪ぃ、急に急用を思い出した! 帰る…!」
「えっ? クレタ、ココアは――!?」
引き留めるザインの声を背中で振り切り、クレタは壊れた時計を抱えたまま、逃げるように『ロレンツォ』を飛び出した。
バタン、と激しく閉まったドアの音だけが、夕暮れの新エリー都市に虚しく響いていた。
「……くそっ、なんで噛み合わないんだよ!」
ベロボーグ重工の社長室。いつもなら重機の設計図や予算書が広げられている大きなデスクの上には、今、場違いなほど繊細な時計の部品たちが散らばっていた。
クレタは額に汗を浮かべながら、ピンセットを片手に拡大鏡を覗き込んでいた。彼女の手は、重機械を自在に操り、頑丈な重機をメンテナンスするだけの確かな技術を持っている。しかし、今回のような数ミリにも満たない触れれば歪んでしまいそうな真鍮の歯車を扱うには、彼女の指先はあまりにも「不器用」すぎた。
「この突起を、こっちの穴に……あ、ズレた! 待て、今度はバネが跳ねた――っ!?」
チーン、と軽い音を立てて小さなスプリングがデスクの端へ飛んでいく。クレタは慌ててそれを手で押さえたが、その拍子にせっかく組み上げかけていた別のギミックが、ガラガラと音を立てて崩れてしまった。
「あーもうっ!!」
頭を揉みしだき、クレタは頭を抱えながら背もたれに倒れ込んだ。
時計の針はとうに12を回っている。普段、重機を直す時なら
「どこが噛み合っていないか」
「どこが歪んでいるか」
が直感的にわかる。だが、このザインの時計は違った。パーツ一つ一つの連携が緻密すぎて、少しの力加減の違いで全てが狂ってしまうのだ。
(やっぱり、アタシじゃダメだ……。重機しかいじれない……)
だがこのまま思うと、胸の奥がチクチクと痛んだ。
怒鳴られた方が、いっそ「弁償してやるよ!」とベロボーグの財力に任せて新しいものを買い与えると言えたかもしれない。けれど、ザインが求めているのはそんなことではない。彼はあの時計を、そして職人としての誠実さを大切にしているのだ。
「あいつに嫌われるのが、怖かっただけなのになぁ…」
ぽつりと溢れた本音。
時計を直したかったのは、証拠隠滅のためじゃない。ザインに「お前なんかに店に来てほしくない」と言われるのが、何よりも怖かったからだ。
けれど、今の自分はただ、壊した事実に怯えてザインから逃げ回っているだけに過ぎない。
「白祇重工の社長が、こんなところでうじうじ逃げててどうすんだよ……」
クレタはピンセットを置き、歪んだ真鍮のフレームをそっと包み込むように握りしめた。
白祇重工の社長室には、未だに明かりが灯っていた。何度も何度もバラバラになったパーツを、彼女なりに組み上げようとするが、数ミリの世界では重機を扱う彼女の指先を嘲笑うかのようにパーツが弾き飛ばされていく。
プレッシャーと寝不足で、視界がじんわりと滲む。
ザインに嫌われたくない。でも、このままだと明日までに直せない。焦燥感だけが膨らんでいくその時、トントン、と遠慮がちなノックの音がして、ドアが開いた。
「社長、まだ起きてんのか? 差し入れを――」
「うわっ!? お、お前等……っ!?」
入ってきたのは、ベン、アンドー、グレースの3人だ。
クレタは眠気が一気に吹き飛び心臓が飛び跳ねるほど驚き、咄嗟に両手でデスクの上の時計を覆い隠した。
「しゃ、社長? なんだか酷く慌てているようですが…?」
「な、なんでもねえよ! ベン、ただの私用だ! お前らこそ夜遅くに何やってんだ、早く帰って寝ろ!」
あからさまに動揺し、声を荒げるクレタ。
いつもの威厳ある社長の態度を取り繕おうとするが、その肩は小さく震えており、目の下には濃いクマができている。
アンドーが怪訝そうに眉をひそめ、一歩前に出た。
「おいおい社長、そんなにピリピリしてどうしたんだよ。俺たちに隠さなきゃいけないようなヤバいことでもあんのか?」
「だから、なんでもないって言ってるだろ! しつこいぞ、アンドー!」
「おチビちゃん?」
グレースが心配そうに覗き込む。
「あなたのその手、すごく震えているわ。何か大きな事を一人で抱え込んでいるんじゃない?」
「うるさい! 私一人でできる! 私はベロボーグ重工の社長だぞ、これくらいなんともない……!」
必死に、必死に隠そうとした。
自分の不注意でザインの大切な時計を壊してしまったこと。
泥棒みたいにそれを持ち帰って、必死に証拠隠滅しようとしていること。それはザインに「お前なんかもう店に来るな」と言われるのが、怖くて怖くてたまらないから。
そんな情けない姿を、信頼する仲間たちにだけは知られたくなかった。
けれど、強がり続けるクレタの限界は、とうに超えていた。
「私は……、私は、社長だから……っ」
言葉が、不自然に途切れる。
デスクを覆うクレタの手元から、ポツリ、と大粒の涙が落ちて、真鍮のパーツを濡らした。
「……社長?」
ベンの地響きのような声が、今度はひどく優しく響く。
しばらくして、堰を切ったように、クレタの胸の奥に溜まりに溜まっていた思いが溢れ出した。
「……ダメなんだよ、あたしじゃ直せないんだ……っ! ザインの、あいつの大事な時計なのに……! あたしが落として、バラバラにしちまって……!」
クレタは袖で乱暴に涙を拭ったが、一度溢れた涙は止まらない。
「あいつ、『どの時計も僕にとっては大切な家族だよ』って、あんなに誇りを持って仕事してるんだ。それなのにあたしが壊したなんて知ったら、絶対に嫌われる…!!……それが怖くて、私、あの店から逃げることしかできなくてっ……!?」
小さな身体を丸めて、子供のように声をあげて泣きじゃくるクレタ。ずっと一人で抱え込んでいた、ザインへの特別な想いと、自身が犯してしまった過ちへの恐怖。
3人は静かに、クレタの本音を受け止めていた。
聞き終わったアンドーがふっと笑い、彼女の頭をガシガシと乱暴に撫でる。
「なんだよ社長そんなことか、水臭えじゃねえか!」
「あ、アンドー……?」
「社長。ベロボーグ重工の辞書に『逃げる』等という言葉はありません」
ベンが散らばったパーツを優しく見つめる。
「そして、本当に大切な相手なら、誤魔化さずに真っ直ぐぶつかるべきです」
「そうよ、おチビちゃん。技術で取り繕った嘘の時計を返すより、バラバラのままでも、あなたのその一生懸命な『ごめんなさい』を届ける方が、きっとあの彼には伝わるわ」
「お前ら……」
クレタは涙の滲む目で、仲間たちの顔を見上げた。
独りで暗闇の中で震えていた心に、仲間たちの温かい熱が満ちていく。
時計をこっそり直して、何事もなかったかのように返す。そんなのは、ただの自分の保身でしかなかった。
「……そうだな。私はベロボーグ重工の社長だ。間違ったことをしたら、ちゃんと自分でケジメをつけなきゃいけないんだ…」
クレタは涙を力強く拭うと、デスクの上の小さな歯車、ネジ、歪んだ真鍮のフレーム、そして割れたガラスの破片まで、一つ残らず丁寧に木箱へと収める。
………するとクレタは電源が切れた様に机に突伏した。あぁ…眠たかったんだろうなぁ…
「ちょっと、ザインのところに行ってくる……! 逃げずに、真っ直ぐ謝ってくる!」
「おう、行ってきな社長!」
「お気をつけて」
「おチビちゃん…」
翌日の朝、窓の外では新エリー都市の空が白み始めていた。
仲間たちに背中を押されたクレタは壊れた時計のパーツが詰まった木箱をぎゅっと抱きしめ、夜明けの街へと走り出す。目指すは時計屋『ロレンツォ』
朝の光が、新エリー都市の路地に少しずつ差し込み始めていた。
時計屋『ロレンツォ』の前に立ったクレタは、木箱を抱える手にぎゅっと力を込めた。心臓がうるさいくらいに鳴り響いている。
(逃げないって決めたんだ。ちゃんと、あいつの目を見て謝るんだ……!)
意を決して、クレタは古びた木製のドアを押し開けた。
カラン、と静かな店内に鈴の音が響く。
「……ザイン」
「ん?あぁいらっしゃいクレタ。今日は一段と早いね。ちょうど今、朝の珈琲を淹れたところなんだ。ココアもあるけど飲むかい?」
奥から顔を出したザインは、いつもと全く変わらない、穏やかで優しい笑みを浮かべていた。机の隅にはコーヒーの入れられたカップが置いてある。
怒鳴られる覚悟、突き放される覚悟をして強張っていたクレタは、その拍子抜けするほどの「いつも通り」な態度に、逆に言葉を詰まらせてしまった。
「え……ザ、ザイン……お前……?」
「ん?どうしたんだい? そんなに大きな木箱を抱えて。あ、白祇重工の新しい書類かな?」
ザインはいつも通りにカウンターを回り込み、クレタの目の前まで歩み寄ってきた。その足取りも、声のトーンも、何一つ変わらない。だからこそ、クレタの胸は締め付けられるように痛んだ。
「違う……! 書類なんかじゃないっ…!」
クレタは一歩前に出ると、抱えていた木箱をカウンターの上にトン、と置いた。そして、一回深呼吸すると、意を決したようにきゅっと目を瞑って深く頭を下げる。
「ご、ごめん…!! これ、お前の大事な時計だろ……っ!昨日、私が不注意で落として、バラバラにしちまったんだ…!す、すぐに謝ろうとしたんだけど…お前に嫌われるのが怖くて持ち帰って、自分で直そうとしたけどダメだった……! 泥棒みたいな真似して、本当に悪かった……!!」
一気に捲し立てて身を固くするクレタ。
しかし、返ってきたのは怒声ではなく、ふっと溢れた温かい吐息だった。
「……うん、知っていたよ」
「……えっ…」
恐る恐る顔を上げると、すぐ目の前にザインの顔があった。
ザインは口角を上げて優しく微笑むと、そっと手を伸ばしクレタの眼帯をめくり上げると、小さな両頬を包み込んだ。
「昨日、君が急に飛び出していった後、すぐに分かったよ。君が焦って、それを持ち帰ったんだなって。……一晩中、一人で悩んでいたんだろう? ほら、目にクマができている」
ザインの親指が、クレタの目の下をそっとなぞる。
その指先が、昨日からずっと不安で凍りついていたクレタの心を、信じられないほど優しく溶かしていった。
「き、気づいてたのかよ……っ! だ、だったらなんでいつも通りなんだよ……!! なんで怒らないんだよ! あたしはお前の大事なものを壊したんだぞ!? お前に…お前に嫌われたと、思ったのに…っ!」
ザインの変わらない優しさと、自分が許されているという安心感。それが一気に押し寄せ、クレタの視界が急激に涙で歪んだ。
「……クレタ?」
「う、あ……うわあああぁん!!」
もう、彼女我慢できなかった。
クレタは持っていたプライドも社長の肩書もすべて投げ出し、ザインの胸へと勢いよく飛び込んだ。彼の体を両手でぎゅっと掴み、その胸に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「怖かったんだよぉ……っ! お前に『もう店に来るな』って言われるのが、何よりも怖かったんだ……っ! ごめん、ごめんなぁ、ザイン……っ!」
突然のことに驚きながらも、ザインはすぐに愛おしそうに目を細め、泣きじゃくる小さな身体を両腕でしっかりと抱きとめた。
片手で彼女の背中を優しくさすり、もう片方の手で赤茶色の髪を何度も愛おしそうに撫でる。
「大丈夫だよ、クレタ。怒ってなんかいない。君がわざとそんなことをするはずがないって、僕が一番よく知っているから」
「う、うぅ……ひぐっ…うわぁぁん…!!」
「はいはい…よしよし…」
しばらくして、ザインの服をキュッと掴んだまま泣き続けたクレタは目元を真っ赤にしながら「すぅすぅ」と寝音を立てながら眠ってしまった。気づいたザインはクレタを起こさないようにそっと抱きかかえると、クレタの持ってきた木箱を抱えながら立ち上がった。
「…はっ!?あ、アタシは…ってえぇ!?///」
「ん?あぁ起きたかい?」
目覚めた瞬間、上を見ればザインの優しい顔が目に映る。自分が招いたとはいえ、この状況を読み取ったクレタは耳の先まで顔を真っ赤にしてすぐにザインから離れようとする。
「えっ……はっ…離せよザイン!?///」
「さっきまで離れなかったのはクレタじゃないか」
が、彼は腕に力を入れてクレタを離さない。
ザインは、クレタが寝ている間に彼女を抱えながらもあの時計の修理に勤しんでいた。今日にピンセットや小型ルーペの位置を微細に調節し、最後の歯車までもを取り付け終わったようだ。
その間、何度もクレタをベットに寝かそうとしたのだが…
「僕がクレタをベットに寝かせようとするたびにクレタは手に力を込めて僕から離れようとしなかったもんね?」
「えっ…!?あ、アタシはそ、そんなの知らないっ…!?///」
「まぁまぁ……」
「むぅぅぅ……///」
観念したクレタはザインの胸に再度自身を預けた。彼女はザインに抱かれることに満更でもない様子、そして掠れたような声でボソッと呟く…
「………でもまぁ…こうゆう所も…好きぃ…///」
「……もっと大きな声で言ってくれればいいのに」
「聞こえてたのかよ!?///」
またしても顔を真っ赤にしてプンスカと怒るクレタの後ろでは、すっかり元通りになった置き時計の針が二人の時間を刻み始めていた。
多少のところは目をつむってくだちぃ(´・ω・`)
恒常ガチャと限定ガチャの初回S級エ枠が両方ともクレタだった主は果たして幸運なのだろうか?(´・ω・`)