新解釈・立花宗茂   作:tatararako

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二話投稿させて頂きます!
   
   


第二話:全員謀反人

『本日は義の武将、剛勇鎮西一と言われている「立花宗茂の実像に迫る」の続きをしようと思います。

……それでは、立花宗茂を長年研究してきたと自負するノストラダマス先生です。』

 

お久しぶり……というほどではありませんが。

私、ノストラダマスは「立花宗茂」を研究し続けておりました。

 

『それで、本日は“先生の解釈”ですが、立花宗茂が徳川家康と出会ったことで最大の敵と思い、西軍に付けば家康殺せる算段をして、大津城に向かったという解説をするでよろしいでしょうか?』

 

はい。そんな感じでお願いします。

 

『……そんな感じですか?』

 

はい。そんな感じです。

では、先ず、どう見ても謀反人の石田三成の内府違い条々ですが、

 

・無断出兵: 太閤(秀吉)の遺言に背き、理由のないまま上杉討伐のために兵を挙げたこと。

・勝手な婚姻: 秀吉の許可なく諸大名と縁組(婚姻関係)を結んだこと。

・領地配分: 秀吉の遺言を無視し、自分勝手に領地の恩賞を与えたこと。

・伏見城の占拠: 家康の居城である伏見城の留守居を追い出し、我が物顔で占拠したこと。

・大坂城の乗っ取り: 淀殿(秀吉の側室)や秀頼がいる大坂城の政所(屋敷)に無断で入り込み、西の丸を占拠したこと。

・私腹を肥やす行為: 勝手に新しい金銀山を開発し、自らの利益としたこと。

 

を徳川家康はやってましたね。

 

『……じゃあ、やはり西軍に正義が有ったのでは?』

 

あ、ですが、西の丸の占拠と言いますけど、アレは前田利長宛の書状などに書かれていますけど、

 

「大坂では輝元(毛利)や景勝(上杉)らも自身の屋敷に引きこもり、諸大名の間で疑心暗鬼が広がって非常に物騒な状態(不穏の至り)になっている。

このままでは秀頼公の御身に万が一のことがあってはならない。そのため、大老筆頭である私が大坂城内(西の丸)に詰めて、秀頼公の『御番(警護)』として、また天下の仕置(政治・治安維持)を厳重に行うために移ったのだ。 決して私心ではない。」

 

と述べてますし、北政所様の高台寺への引っ越しを手伝って秀頼公の守護のために譲ってもらったので、豊臣家の意に反した行動ではありませんし、前にも言いましたが、上杉討伐は豊臣家からちゃんと許可を貰ってるので、遺言に背いて兵を挙げたとか、西の丸を無断で入り込んだとかは正当性が有るか疑わしいですね。

 

『…………へ?』

 

なんで、西軍にも正義なんか有りませんし、一方の徳川家康も領地配分とか勝手な婚姻とかしてるので、東軍にも正義なんか有りません。

 

『えぇ……。』

 

というか、古今東西の戦争全般に言えることですけど、彼等の主張する“大義名分”なんて9割方でっちあげだと思ってたら良いです。

 

『……なんだか、豊臣家が可哀想なんですけど?』

 

まあ、豊臣家も豊臣秀吉が千利休を殺したり、秀次の一族郎党を皆殺ししたりして、政権の地盤を揺るがせたから、どっこいどっこいですけどね?

 

『……碌なの居ないんですけど?』

 

この時代はそんなもんでしょ?

……まあ、話は変わって、勝手な婚姻とか領地配分する徳川家康を見て立花宗茂はこう思ったでしょう。

 

 

立花宗茂(……オレに加増とか見え見えの恩を売ってくるアホの石田三成よりも脅威だ。……いや、徳川家臣団を考慮すると、最大の敵で壁だ。)

 

 

最大の敵だと。

 

『な、なるほど?……となると、今までの先生が仰る“立花宗茂の性格”を考慮すると、東軍に付きそうですが?』

 

そうですね。……実際、立花家家中の中には『東軍に付くべき』と誾千代も言ってたらしいですね?

……ですが、私が考える『新解釈・立花宗茂』はこう思ったのです!

 

 

立花宗茂「……オレにも、徳川家康から、加増の話が来たか……。どうする?西軍か?東軍か?」

 

 

関ヶ原前に、徳川家康から『東軍に味方すれば、「九州の中で望みのままに領地を切り取り次第。(望むだけの領地を与える。)」』あるいは『現在の領地(筑後柳川13万2,000石)に加えて、さらに50万石を加増する。』という破格の条件を提示しました。

 

『す、すごい!流石、西国無双!』

 

ええ、そうでしょう。そして、彼は思いました。

 

 

立花宗茂「……いや、加増の話が有るということは、オレが西軍に付いたら、負けるかもしれんってタヌキ家康は思ってるワケだ。」

 

 

タヌキ家康に勝てるかもと。

 

『コイツもひっでえ……。』

 

そして、彼は西軍の状況も思い出していました。

 

 

立花宗茂「……そーいえば、西軍はあのアホの石田三成が大将なんだったな……。

……つうか、バカじゃねえの?下賜を貰った徳川家康の後ろを討つなんて、普通に豊臣家に対する“不忠の極み”だろ?勝ったとしても、石田三成は淀殿から“謀反人”として斬首コースまっしぐらだろ。常考。」

 

 

立花宗茂のライン的にアホの石田三成が総大将だということを。

というか、豊臣家公認の軍事行動を後ろから討つなんて、次は誰も“追討”しなくなるだろアホと。

 

 

立花宗茂「……と、なると、秀頼ラブの淀殿の性格からして、政権安定のために、どう見ても“勝手に豊臣軍を後ろから討つとどうなるか?”という分かりやすい見本として、石田三成は死ぬな。

 

……となると、」

 

 

そして、淀殿のキレやすく秀頼一番の性格からして、豊臣政権の安定のため、石田三成は“勝手に豊臣軍を後ろから攻撃した謀反人”として斬首するだろうと。

 

『……ん?先生?この人、淀殿のこと詳しくないですか?』

 

ああ、それはそうですよ。

 

だって、彼はこの後、大阪夏の陣と冬の陣で“徳川軍”として参加し、豊臣家と敵対して、秀頼が淀殿のせいで豊臣側の総大将秀頼が出陣出来ないことを見事的中させてますし。

 

『何してんだ!?この人っ!!?』

 

そういうわけで、

 

 

立花宗茂「……西軍に付いて家康を殺して、全部三成のせいにすれば、オレの天下になるんじゃねえかな?」

 

 

……になると。

 

『オイ!誰かコイツ止めろっ!?』

 

そして、彼には狙いが有りました。

 

 

立花宗茂「……あの脱糞……いや、徳川家康。……アイツさえ、排除したら、後は徳川家康を後ろから討った石田三成を「話が違うじゃねえか!?」と糾弾して討ったオレが家康の代わりになれるって寸法よ。」

 

 

石田三成をスケープゴートにして、

 

 

立花宗茂「家康が居なけりゃ、後は『腰抜け』の前田利長と『無責任』の毛利輝元とかいうザコしか居ねえしな。」

 

 

家康が居なければ、後はザコしか居ないと。

こう考えれば、正義の無い西軍に付くのも妥当でしょう?

 

『そ……そうですかね?』

 

というか、世間一般で言われる“清廉潔白な忠義に篤い武将”なら、静観するのが普通では?

 

仮に西軍が勝って石田三成を重用したら、誰も“上洛無視した人”とかを討伐する人が居なくなって、地方は無法地帯となって、豊臣政権は消滅するしか無いと思います。

 

『落穂集』などの後世の軍記物で書かれている大谷吉継みたいに、

 

「もってのほかなる不了見」(=とんでもない浅はかな考え)

「家康は智勇兼備の人物であり、今は協力すべきだ」

「挙兵しても勝ち目はない」

 

と言って、諌めるのが筋では?

……もう一度聞きます。家康を殺して、豊臣政権を揺るがす事態を“清廉潔白な忠義に篤い武将”が望みますか?

 

『う……うーん。』

 

そうして、立花宗茂や石田三成や徳川家康はこう考えていたのでしょう。

 

 

立花宗茂(……三成に家康を殺させて、オレが三成を“謀反人”として殺せば、オレに対抗出来る家康が居ねえから、オレの天下じゃね?)

石田三成(……家康を殺して、官僚派が豊臣家を乗っ取ってしまえば、オレの天下じゃね?)

徳川家康(……三成が豊臣家を分断して、オレが豊臣家を牛耳ってしまえば、オレの天下じゃね?)

 

 

こうして、三者三様の思惑が絡み合う“関ヶ原の戦い”が出来てしまうのです。

 

『クソしか居ねぇ……。』

 

……あ!あと、五大老の一人で西軍の総大将の毛利輝元も大阪城を占拠したり、各地の大名に「秀頼様のために家康を討とう!」という手紙やらを送ってたみたいですね。

 

多分、毛利輝元も責任を石田三成におっ被せようとしてたんじゃないですか?徳川家康に言った「輝元様は石田三成に騙されて、大坂城に無理やり担ぎ上げられただけなんです!」という言い訳みたいに。

 

なので、主要人物は“全員謀反人”ですね。

 

『……もう終わりだよ。この豊臣政権。』

 

そうして、

 

 

立花宗茂「秀吉公の恩義を忘れて東軍側に付くのなら、命を絶った方が良い!(……家康殺せる最大のチャンスだからな〜www)」

 

石田三成「豊臣家の恩顧に報いる時!!(家康殺せば、織田家を乗っ取った秀吉様になれるよな〜…www)」

 

徳川家康「豊臣家に蔓延る君側の奸を討つ!!(三成と周りの西軍纏めて潰せば、源氏の北条家みたいに豊臣家を乗っ取ること出来るしな〜…www)」

 

毛利輝元「秀頼様のために家康を討とう!(……家康を殺して、三成を消せば、証拠は無くなるし、実質オレの天下だよな〜…www)」

 

 

とか言いながら、徳川家康は“東軍”を作り、毛利輝元と石田三成は“西軍”を作り、立花宗茂は“西軍”に付いたんじゃないですかね?

 

『……もう終わりだよ!この豊臣政権!!』

 

さて、そんなこんなで立花宗茂は西軍に付き、大津城を攻めた時、

 

 

立花宗茂(……京極高次?誰だよソイツwww楽勝やろwww……それに、関ヶ原は“長期戦”になるし、遅れても大丈夫やろ。)

 

 

とか思ったことでしょう。

 

『……キレイな死亡フラグに聞こえるんですが?』

 

まあ、この後、立花宗茂は京極高次に勝つんですけどね?

 

『勝つんですか!!?』

 

ええ、しかも、楽勝とか言っている彼は、

 

 

立花宗茂(……それに、大津城を落とせば、確実に家康を仕留められる!)

 

 

と考えていたと思われます。

何故なら、大津城は京都と大阪を繋ぐ要衝であり、そこを抑えないまま行けば、負ける可能性が有ります。

 

……1%でも負ける可能性が有れば、家康に付け込まれる可能性が大いに有りますし。

 

『……と、言うと?』

 

補給線無しで戦う場合は“短期戦”になったら万々歳ですけど、もし“長期戦”になったら形勢逆転されて“西国無双”のブランドが消える可能性が有りますからね?

 

『ああ、なるほど。不安要素は消しておきたかったと?』

 

そうです!

それだけでなく、

 

 

立花宗茂(……それに、大軍勢VS大軍勢だぞ?何時間も掛かるってwww)

 

 

とも考えていたと思われます。

 

『え?……こ、根拠は有るのですか?』

 

ええ、証拠は有りませんが、実際に彼は関ヶ原に行かずに何故か大津城から攻めてます。

……“石田三成”が居る戦後を見据えたら、大津城を占拠するのは必要じゃないですか?

 

それに、考えてみてください。

 

 

真田昌幸「関ヶ原は時間が掛かるやろ。」

黒田如水「関ヶ原は時間が掛かるやろ。」

 

 

と天下の謀略家もそんな絵面を考えていた節が有るのです。

 

例えば、真田昌幸は徳川秀忠を上田城に釘付けにし、黒田官兵衛こと黒田如水は数万の即席軍隊を作って九州の大部分を平定しようと動いてました。

……宗茂もそう考えるのは普通だと思われます。

 

『……ということは、誰も豊臣家に味方する人が居ないんですけど?』

 

まあ、仕方ないです。

 

秀秋とか減封して豊臣家家中を分裂させた石田三成だけでなく、豊臣家も豊臣秀吉が豊臣秀次の一族郎党のみならず面会してなく腰入り前の駒姫もとばっちりで斬首したり、娘を寄越さなかったか自分よりも高い位置に像を置いたという理由で千利休を殺したり、大阪城を引っかき回す淀殿を残すという幼い秀頼に対して“負の遺産”を残しまくりましたからね?

 

……それらが理由で、駒姫の父親である最上義光がブチギレて東軍に参加したみたいですし。

 

『もうとっくに豊臣政権は終わってた。』

 

そうして、9月7日に毛利元康を総大将とした立花宗茂勢は蛍大名こと京極高次が守る大津城を包囲しました。

 

『……あの?さっきから、蛍大名ってどういう意味ですか?』

 

自分の能力ではなく、妹や妻といった「女性の尻の光(コネとか)」で出世した。……という意味ですね。

 

『そら、負けるわ。』

 

そんなワケで、初戦は京極方の赤尾伊豆守・山田大炊が兵500を率いて夜中に城外へ討って出て、毛利や筑紫の陣所に乗り込んで戦ったんですけど、宗茂は城方の夜襲をとっくに予見してて、家臣の十時連貞が敵将の丸毛萬五郎・箕浦備後・三田村安右衛門の3人を捕縛するという健闘ぶりです。

 

『やっぱ強えなこの人。』

 

そんななか、宗茂はこう思ったことでしょう。

 

 

立花宗茂(やっぱ、蛍大名はちょろいわぁ〜、こんなんやったら、直ぐ決着付いて、直ぐ関ヶ原に着いちゃうなぁ〜……それはそれで困るなぁ〜、オレが家康を殺しちゃうことになるからなぁ〜www直ぐ降伏すんなよ蛍大名?がんばれよーwww)

 

 

……と、関ヶ原に早く着いたら着いたで、三成が家康を殺す状況になれないから困るなぁーとか、どーせ直ぐ降伏するやろとか考えてたんじゃないですかね?

 

『何か腹立つなコイツ!!』

 

そんななかで、京極高次等はこんな感じだったでしょう。

 

 

京極高次「ファッ!?初手から夜戦見破られて、士官クラスが立花勢に3人捕まったぁっ!!?」

京極高次の部下「誠にござりまする!」

京極高次「我が方は手も足も出ないのかっ!?」

 

 

初手から夜襲バレるわ、丸毛萬五郎・箕浦備後・三田村安右衛門らが十時連貞の捕虜になったことにビックリしたことでしょう。

 

『うわあ……もう終わりだぁ。』

 

しかし、それが京極高次の蛍の尻の光に火を点けました。

 

『……え?』

 

京極高次達は、“武士の鑑”やら“西国無双”やらと言われた立花宗茂が居ることを知るや。

 

 

京極高次の部下「……けど、西国無双と名高い立花宗茂勢と争えるのは、蛍大名たる儂の誉れ!!……とか思いません?」

京極高次「……言われてみたらっ!!一日でも保たせれば、それだけでも誉れっ!!」

 

 

一日だけでも保たせようと逆に決意させました。

そうして、初手は勢いづきましたが、9月7日に始まった戦が9月11日になっても、大津城は落ちませんでした。

 

……それ故に、蛍大名のことを、

 

 

立花宗茂(……京極高次?誰だよソイツwww楽勝やろwww……それに、関ヶ原は“長期戦”になるし、遅れても大丈夫やろ。)

 

 

と思っていた立花宗茂は以外というか、計算外なぐらい粘った大津城と蛍大名に対してこう思ったことでしょう。

 

 

立花宗茂(……アレ?)

 

 

………何か、時間掛かると。

それで立花宗茂は慌てたのか、彼は立花道雪の頃から運用している『早合』という物を使います。

 

『……早合?』

 

ええ、竹筒に一発分の弾丸と火薬を込めた物です。

 

これにより、普通なら次弾装填に30秒〜40秒ぐらい掛かる時間が、18秒〜20秒ぐらい通常の倍のスピードで次弾装填が可能になり、大幅に短縮され、鉄砲をバンバン撃つことが可能です。

 

……分かりやすく言うと、ペーパーカートリッジみたいな物だと思って頂ければ良いですね。

北方の獅子のグスタフ二世も運用してたぐらい有用な物です。

 

この早合のお陰で、蛍大名こと大津城方は激しい銃撃に耐えられず鉄砲狭間を閉じたぐらいです。

 

 

京極高次「ファッ!?何であんな早いのっ!!?ムリムリ!お外に出れない!!」

 

 

こうして、蛍大名こと京極高次は城に籠るしかないという地獄の防衛戦に突入します。

 

『……えっぐぅ。』

 

……しかし、それでも落ちません。

そのため、立花宗茂は焦ります。

 

 

 

立花宗茂(いやいやいや、おかしいおかしい!アイツ、蛍大名だろ!?)

 

 

めっちゃ焦ります。本人的には、一日保つかな〜wwwぐらいのノリだったので。

 

『ひっでえコイツ。』

 

そうして、翌13日。

 

立花勢の先鋒大将・立花成家や内田統続らが城の外壁を破るのに奮戦して、四天王の一人である由布惟貞が一番乗りを果たしました。

続いて中江新八、清田正成らは数多く敵を斬り払って三の丸から二の丸まで突破したり、同日に立花宗茂勢が大砲を城内に撃ち込んで砲弾は天守にも命中して城内は混乱し、

 

「立花勢、長等山より城中に大筒を打ち入れ、これより防戦難儀にをよぶ」

 

と伝えられるぐらいのボッコボコにしたんですが、落ちませんでした。

……こうして、攻める立花宗茂と地獄の防衛戦を演じる京極高次は、

 

 

立花宗茂(……さっさと死ねよ!蛍大名っ!!!!!)

 

京極高次「まだまだヤレるぞー!!」

京極高次の部下「おおー!!」

京極高次の部下「立花宗茂に討たれるは本望!!」

 

 

という感じで、立花宗茂は九州最強軍団の島津とかに対してもキレなかったけど、蛍大名相手に初めてブチギレ。

一方の京極高次等は、西国無双で武士の鑑である立花宗茂達に討死は誉れとして戦った。

 

……だったと思われます。

あ、ちなみに、立花宗茂は蛍は短命とかけたギャグで言ってませんので?

 

『立場が逆転しとる。』

 

そうして、翌14日には、毛利元康は大坂城からの使者・高野山の木食応其上人と新庄直忠を遣わし、降伏を勧めたんですが、

 

 

京極高次「まだまだヤレるっすよ!?蛍大名に殺されてぇ奴はかかってこいやゴルァッ!!」

京極高次の部下「立花殿に討たれるは本望!!」

 

 

京極高次は、それに従わず徹底抗戦の構えを見せました。

 

『やだ、蛍大名とは思えないぐらいかっこいい。……コイツラ♡』

 

そのため、立花宗茂は京極高次の一命を助けるという保証の書状をしたため、

 

 

立花宗茂(……蛍大名にこんな手を使いたくねえけど、蛍大名なんかにこれ以上は遅れたくねぇ。……流石に西軍での立ち位置が無くなる……。)

 

 

家臣の世戸口政真に大津城に立てられる京極高次の馬印に矢文を見事に命中させた。

その書状の内容を読んだ高次は、

 

 

京極高次「俺等良いんっすか!?じゃ、降参します!!」

京極高次の部下「助かるの!?……流石、立花殿だ!!」

 

 

立花宗茂の厚情に感じ……というのが通説ですが、多分、命が助かるならと降参したんじゃないんですかね?

 

『コイツラもクズ!?』

 

まあ、仕方ありませんよ。

夜襲がバレるだけでなく、早合による激しい銃撃に耐えられず鉄砲狭間を閉じるぐらいの連続射撃に、

 

「立花勢、長等山より城中に大筒を打ち入れ、これより防戦難儀にをよぶ」

 

ぐらいボッコボコにしたんですから、京極高次側も「皆殺しする気や……。」って思うでしょ?

……そこに、“降伏したら助命”とか言われたら、降参しますって。

 

『そ……そんなものですかね?』

 

多分、そうだと思います。……多分。

 

ま、そんなこともありましたが、大津城を落城させた立花宗茂は、

 

 

立花宗茂(しゃあああああっ!!見たか蛍大名っ!!!クソがっ!クソがっ!!変に粘りやがって!!)

 

 

と蛍大名相手に物凄く大歓喜していたと思われます。

 

 

立花宗茂(……よ〜し、こっから先は三成に家康を殺させれば、三成は用無しだな。)

 

 

そして、その後のことを考え、立花宗茂はほくそ笑んでました。

 

『コイツやべえ……。』

 

……そのためなのか、

 

 

伝令「西軍が関ヶ原で負けました!!」

立花宗茂「………………は?」

 

佐助「西軍が関ヶ原で負けました!!」

真田昌幸「………………は?」

 

 

即席軍隊「……なんか、西軍が負けたそうっすよ?」

黒田如水「………………は?」

 

 

“関ヶ原の戦いは長期戦”と予想していた真田昌幸も黒田如水も立花宗茂にとっても、予定外なことが起こってしまいました。

 

『……………は?』

 

そう、関ヶ原は“長期戦”ではなく“一日”で終わりました。

 

『え?な、何でですか!?普通は一日で終わらないのでは!!?』

 

ええ、それでは次回、立花宗茂の名誉のために“関ヶ原は何故一日”で終わったかを新解釈でお伝えしようと思います!!

 

『わ、分かりました。……本日はありがとうございました!以上、ノストラダマス先生の解説でしたー。』

   

    






第三話。予告。


大谷吉継と立花宗茂が味方になってくれたことに浮かれる石田三成。

……それ故に、石田三成が豊臣家公認の軍事行動中に後ろから襲ってくるだけなく、立花宗茂が西軍に付いたと聞き、慌てふためる大老の徳川家康。

しかし、領地の周りが西軍しか居らず、石田三成に「お前は総大将の器ではない。」と言った大谷吉継は大阪城に人質が居るにも関わらずに霧の中で消えてしまう。

そのために、霧のせいでよく見えない石田三成と島左近は遠くで騒いでるな?と思うのであった。


次回『誰も見えない関ヶ原』

 

……取り残された島津義弘は、生き延びることが出来るのか?
        
    
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