初代虚狩りだった元カノと百年ぶりに再会したら、未練たらたらな指名手配犯になっていた件   作:you are not

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今回で完結ラインまで書き切ろうと思ったけど長くなったから区切りました。


夜のターン制バトル

 ブレイズウッドの宿屋では穏やかな静けさが流れていた。

 

「……ん」

 リンは小さく身じろぎすると、ゆっくりと瞼を開く。

 

「ここは……帰ってきたの?」

 ぼんやりとした頭で周囲を見回す。

 

 見慣れた木造の天井。鼻をくすぐる慣れた部屋の匂い。寝起きのボケた頭でも間違いなく、我が家だとリンはすぐに理解したが、どうして自分がここで眠っているのか、一瞬だけ分からなかった。

 

 身体を起こそうとすると、不思議なくらい軽く動いた。

 

「体が軽い……!」

 思わず両手を開いたり閉じたりしてみる。

 

 昨日まで身体の奥へ張り付いていた重苦しさが嘘のように消えている。胸の奥へ意識を向けても、あの焼けるような熱も、身体中を暴れ回るような違和感も何一つ感じなかった。信じられず、自分の胸へ手を当てれば、規則正しい鼓動だけが返ってくる。

 

(寝起きなのにすっごい気分がいい……どのくらい寝てたんだろ?そもそも、私どうやってホロウから帰ってきたの?)

 

 考え込んでいると、不意に部屋の扉が開かれた。

 

「リン?起きたのかい?」

 部屋に入ってきたのは、お兄ちゃんだった。

 

「お兄ちゃん、私一体……そうだ、みんな、は!?」

 リンは困惑する感情をぶちまけるように、アキラに矢継ぎ早に質問する。

 

「大丈夫、みんな無事だよ」

 アキラは安心させるように微笑んだ。

 

「えっと……」

 リンは額へ手を当てる。

 

「ホロウまでは覚えてるの。レミエールさんの戎具を取りに行って、それで……」

 そこから先が真っ白だった。

 

 何か大事なことがあったはずなのに、思い出そうとすると靄がかかったように記憶が途切れている。

 

「……私、そのあとどうなったの?」

 アキラは少しだけ困ったように笑う。

 

「説明すると長くなるんだけど……」

 そこへ部屋の外から声が飛んできた。

 

「アキラくんー!リンちゃん起きた!?」

 お兄ちゃんが閉めた扉が勢いよく開き、シーシィアが顔を覗かせる。

「もー心配したんだからね?水のむ?お菓子あるよ!?」

 

「おっ! 本当に起きてんじゃねぇか!よかったぜ、五時間四分三十三秒も意識なくて冷や冷やしたぜ」

 続いてビリーも駆け込んでくる。

 

 シーシィアはベッドの縁へ腰掛けると、リンの額へ手を当てる。

「熱もない……よかったぁ」

「心配かけちゃってごめんね」

 リンが申し訳なさそうに笑うと、ビリーは腕を組みながら大きく頷いた。

 

「謝んなって!こうして元気なら全部オッケーだ!」

 ビリーは親指を立てて笑う。

 

 部屋の空気が少しだけ和らいだ。その様子を見届けると、アキラは一歩前へ出る。

 

「それで、さっきの続きだけど……君はタウミエルを取り込んだ影響で暴走した」

「……!」

「エーテリアス化して、僕たちを襲ったんだ」

 リンの表情が凍り付く。

 

「……私が?」

「安心して」

 聞き慣れた優しい声が部屋の入口から聞こえた。

 

「もう全部終わったから」

 白くなった翼を揺らしながら、レミエールは部屋へと入ってきた。

 

「レミエールさん!」

「おはよう、リンちゃん」

 レミエールはベッドの傍まで歩み寄ると、安心させるように微笑んだ。

 

「タウミエルはちゃんと返してもらったから、もう大丈夫」

 そういわれ、リンは自分の胸へ手を当てる。そこにはもう、あの異様な熱も鼓動もなかった。

 

「……よかった」

 不安から解放されたリンは肩の力が抜け、深いため息を吐く。少なくとも、かつてヘーリオス研究所で暴走したときのように誰も殺してはいないようだ。

 

「そういえば、プロメイアは?」

『かの者であれば、お前の容態が安定したと聞いて行ってしまったぞ』

「そうなんだ。ありが──」

 リンの口が止まる。その声はお兄ちゃんでも、ビリーでも、シーシィアでも、レミエールでもなかったからだ。

 

「……え?」

 ゆっくりと声のした方を見る。聞き覚えのあるような、ないような声に遅れて違和感を覚え、声の方角を向く。

 

 壁際には、銀色の鎧を纏った男が腕を組んで立っていた。

 

「……誰?」

『む?』

「え、誰!?いつのまに!?」

『運び込まれてからずっと様子を見ていたが?』

「いや、ここにいる理由は聞いてないんだけど」

『そうか』

 

「リン、まだ紹介まだだったね」

 その様子にアキラは苦笑する。

 

「彼はピュロイス。百年前、僕と一緒に戦っていた相棒だ」

『フン』

 鎧の男は短く鼻を鳴らす。

 

「相棒……?」

 リンが首を傾げる。

 

「ああ」

 アキラは小さく頷く。

「文字通り半身みたいなものだよ……常に分離してるのがネックだけど」

 

「……それだけ?」

 リンが拍子抜けしたように聞く。

 

「これ以上説明するとなると、本当に長くなるからね」

 アキラは苦笑する。

 

「とりあえず、今回の件で彼も無事に戻ってこられた。それだけ分かってくれれば十分だよ」

 その言葉にレミエールも頷いた。

 

「うんうん。細かいことは置いといて、みんな無事。それで十分じゃないかな?」

 

「百年前の人に、初代虚狩りに、今度は鎧のおっさんだろ? 俺ぁもう考えるのやめたぜ。店長が『そういうもんだ』って言うなら、そういうもんなんだろ」

 ビリーが肩をすくめ、遠い目をする。

 

「諦め早くない?」

 リンが思わずツッコむ。

 

「いやだって、絶対また情報量エグいやつじゃん。あーしの頭痛いのはマジ勘弁」

 シーシィアが半眼になりながら答えた。

 

「シーシィアの言う通りだぜ。考えたら頭パンクするだけだ」

 ビリーはケラケラと笑った。

 

「今はリンちゃんが元気になった。それで十分しょ?」

 シーシィアも笑顔で親指を立てる。

 

「無事、店長も目を覚まして事件を片付いたはいいが、このあとどうする?」

 ビリーが窓の外を見れば、いつの間にか日は西へ傾き、外は夕暮れ色に染まっていた。

 

「もう日が落ちてしまっているからね」

 アキラも窓へ目を向け、小さく頷く。

 

「宿代は払っているし、夜道を走るより、今日はここで一泊した方がいいだろう」

「賛成ー!」

 シーシィアは真っ先に手を挙げた。

「リンちゃんもまだ起きたばっかだしね!」

 

「うん、私も賛成かな」

 レミエールも穏やかに微笑む。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて今日はゆっくり休むね」

 リンも頷いて同意を示し、移動は明日からということになった。

 

 


 

 

 その夜。

 

 宿屋は昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。窓の外では風の音だけが微かに響いている。

 

 アキラは窓辺に寄りかかり、夜空をぼんやりと眺めていた。

 

 今日一日だけで、あまりにも多くの出来事があった。リンを助け、ピュロイスを取り戻し、そしてレミエールも百年ぶりに自らの戎具を取り戻した。

 

『……物思いにふけっているな』

 寝転がってベットを占領しているピュロイスが不意に話かけてくる。

 

「色々ありすぎてね……」

『伴侶が来ると良いな』

「なんのことやら」

 明日も昼前には移動だから、夜更かしはできない……いい加減寝るか。

 

―――コン、コン。

 

 そんなことを考えていると、不意に部屋の扉が控えめに叩かれる。

 

「……どうぞ」

 オートロックを解除すると、扉が静かに開く。

 

「失礼しまーす」

 顔を覗かせたのはレミエールだった。

 

「起きてたんだ」

「君が来る気がしてたからね」

「いつの間にエスパーになったのかな?」

 レミエールは小さく笑いながら部屋へ入ると、ピュロイスは無言で立ち上がる。

 

『少し外してくる』

 それだけ告げると、そのまま部屋を出ていった。

 

……相変わらず、空気を読むのが早い。

 

 百年前から僕たちはこうだった。レミエールと二人きりになりたいとき、いつもピュロイスは気を効かせて外出してくれる。今回はニトロヒューエルでも飲みに行ったのかもしれない。

 

 レミエールは部屋を見渡すと、小さく息を吐いた。

 

「私寝れなくて……ちょっとお話しない?」

「奇遇だね。僕もだ」

「じゃあ、お互い様だ」

 レミエールは小さく笑うと、自然な足取りでベッドの端へ腰掛けた。アキラも隣へ腰を下ろす。

 

「……」

「……」

 言葉もなく、彼女は頭をこちらに預けてくる。僕もまた黙って肩を抱き寄せていた。沈黙のままだと言うのに、その沈黙が今は心地よかった。

 

「……今日はいろいろありがとう」

 ぽつりとレミエールが口を開く。

「それはこっちのセリフだよ。リンを助けてくれてありがとう」

「私にとってもリンちゃんは大切な家族だから、必死だっただけ」

 ばらく他愛ない話を交わしたあと、レミエールは窓の外の夜空へ視線を向ける。

 

「……私ね」

 レミエールは柔らかく微笑む。その笑みがほんの少しだけ寂しげに揺れている。

「明日になったら、ロスカリファへ戻ろうと思う」

 

「ロスカリファ?」

 名前だけは知っている。百年前、任務報告や噂話で何度か耳にした程度の土地だった。

 

「確か、サンブリンガー様のいる場所だったかな?」

「そう、そこだよ」

 レミエールは頷く。

 

「どうしても、聞きたいことがあるの」

「サンブリンガー様に?」

「直接ね。彼女にしか出せない答えだから」

 レミエールはそれ以上語らない。きっと今は、まだ話せる段階ではないのだろう。だからアキラも無理には聞かなかった。

 

「どうしても、行かなきゃいけないのかい?」

「うん」

 短く答えると、レミエールはゆっくりとアキラの前に移動し、膝の上に乗り上げた。

 

「でも、その前に一つだけ確認したいことがあるの」

「なんだい?」

 レミエールは左手をそっと持ち上げる。薬指には、百年前と変わらない婚約指輪が静かに輝いていた。

 

「……アキラさん」

 少しだけ照れたように微笑みながら問いかけた。

 

「まだ婚約って、有効かな?」

 アキラが答える前に、レミーエルの右手が、側頭部のリボンへ伸びた。するり、と結び目がほどけ、桃色の髪が肩へ流れ落ちる。

 

 左側のリボンだけを残したまま、レミエールは少しだけ首を傾ける。答えを待つように。

 

「君、まだ覚えてたんだね……」

 それは二人が取り決めた秘密の約束だった。どちらか片側のリボンをほどくのは、相手へのお誘い。

 

―――『今夜は、あなたといたい』という意味。

 

 そして、相手がもう片方のリボンがほどけば、同意を示す。百年前、他愛もない会話の中で生まれた二人だけの約束だった。

 

「……」

 レミエールは何も言わない。

 

 けれど、確かに―――アキラを掴むその手は震えていた。

 

「ふぅー」

 アキラは腹をくくるように大きく、息を吸う。

 

「レミィ」

 そっとレミエールの頬へ手を添えると、ビクリと体を震わせた。

 

「……悪いけど、一度も無効にした覚えはないよ」

 アキラはゆっくりと手を伸ばす。

 

 指先が触れたのは、左側に残された白色のリボン。ゆっくりと少しずつリボンの結び目をほどけば、もう片方の髪も肩へ流れ落ちた。

 

「だから、例え君がどこにいようと、探して会いに行く」

 その言葉にレミエールは目を丸くして、嬉しそうに笑う。

 

「口説き文句がベタ過ぎない?」

「おや、嫌いかい?」

「……大好き」

 言い終えるより早く、レミエールはアキラの首へそっと腕を回した。

 

 そのまま二人の距離がゆっくりと縮まる。アキラは優しく頬へ触れ、互いの額が触れ合うほど近づく。

 

「目と目が合ったら、夜のターン制バトルだったかな?」

 アキラがいたずらな笑みを浮かべる。

 

「……いいよ、ちゃんと私のターンも頂戴?」

 レミエールは照れたように笑う。

 

 そして、二つの影は一つとなり、ベッドの上へと倒れ込んだ。




次話で一旦の区切りとします。
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