初代虚狩りだった元カノと百年ぶりに再会したら、未練たらたらな指名手配犯になっていた件   作:you are not

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兄の本音

 

 缶コーヒーを一口飲む。

 

「不味いな……」

 人工的な甘さに思わず顔をしかめる。こんなことなら、ケチらずにブラックを買うべきだった。

 

 昔なら、こんなものを飲んでいたら、決まって彼女が文句を言ってきた。

 

『もう、またそんなの飲んでる』

『楽じゃないか』

『それでも、ダメ』

 そう言って、僕の手から缶コーヒーをひょいと取り上げる。

 

『ちゃんと淹れるから』

『別に気にしなくてもいいのに』

『もー、そんなこと言ったら夜のターン制バトルしてあげないよ?』

『……参ったな、僕の負けみたいだ』

『本当にアキラさんは裏表がないね』

 そう言って、レミエールは鼻歌交じりに湯を沸かし始める。

 

 部屋いっぱいにコーヒーの香りが広がる頃には、彼女は上機嫌だった。

 

『はい、アキラさん』

 湯気の立つマグカップを差し出される。

 

『ありがとう』

 一口飲めば、程よく僕好みに合わせた苦みが口に広がる。

 

『やっぱり、こっちの方が美味しい』

『努力の成果だからね』

 甘党でブラックコーヒーが飲めないというのに得意げに胸を張る彼女を見て、思わず笑ってしまう。

 

『そういえば』

 不意に、気になったことを質問した。

 

『どうして急に"アキラさん"なんだい?』

 少し前まで、彼女はずっと僕を呼び捨てかあるいは少尉呼びだった。だからか、余計に気になってしまう。

 

『変だった?』

『いや、理由が気になっただけさ』

『うーん……それはね』

 彼女は照れくさそうに笑った。

 

『奥さん気分を一足先に味わいたかったから。って言ったらどうする?』

 少しだけ上目遣いで尋ねてくる。僕は思わず笑ってしまった。

 

『なら』

 彼女を抱き寄せ、背中の羽にそっと手を添える。

 

『僕は一足先に、旦那さん気分を味わっておこうかな』

『…………』

 レミエールは目を丸くしたまま固まっていた。

 

『……ずるいな』

 耳まで真っ赤に染めながら、小さく笑う。

『平気でそういうこと言うんだから』

 少しだけ視線を逸らして、照れ隠しのように続けた。

 

『出会った時から、ずっと』

『これからも変わらないつもりだよ』

 彼女の左手を握る。指先に触れた小さな輝きを見て、自然と笑みがこぼれた。

 

 あの頃は、それが当たり前の日常になると信じていた。

 

 何年も、何十年も、一緒に歳を重ねていくものだと疑いもなく信じていた。

 

……その「当たり前」は、僕が死んだ日に終わった。

 

 


 

 

 ビデオ屋へ戻ってからというもの、お兄ちゃんはずっとソファへ腰掛けたままだった。

 

 テレビは点いているけれど、画面なんて見ていない。

 

 テーブルの上には飲みかけの缶コーヒーが一つ。開けてからずいぶん時間が経ったのだろう。中身はすっかり温くなっているのに、手を伸ばそうともしない。

 

 こんなお兄ちゃんを見るのは初めてだった。

 

 理由は音動機を奪われたから?

 

……違う。

 

 もちろんそれもあるだろうけど。それだけじゃない。昨日からずっと見てきたから分かる。

 

 ラミルさんがいなくなったからだ。ラミルさんが去ってから、お兄ちゃんは笑わなくなった。

 

 昨日からずっと、ふと家の裏口へ視線を向けたかと思えば、何かを考え込んで、そのまま長い時間動かなくなる。

 

 普段なら仕事をしたり、本を読んだり、武器を弄ったりして気持ちを切り替える人なのに、それすらしてない。見ているこっちまで苦しくなるくらい、分かりやすく落ち込んでるのが言われなくても伝わって来る。

 

 

(……こんなお兄ちゃん見てられない)

 

 

「お兄ちゃん」

 私は小さく息を吐くと、お兄ちゃんの隣に腰を下ろした。

 

「……ん?なんだいリン?」

 すぐに返答は返ってきた。でも、目だけはまだテレビではなく、どこか遠くを見ている。

 

「まだラミルさんのこと、考えてる?」

 一瞬だけ、お兄ちゃんの肩がぴくりと動いた。明らかに図星だなってわかる反応だった。

 

「リン」

 困ったように私の名前を呼ぶ。

 

「ずいぶん踏み込んだことを聞くじゃないか」

「だって、お兄ちゃん分かりやすすぎるもん」

 少しだけ頬を膨らませる。

 

「昨日からずっと、その顔だよ?」

 お兄ちゃんは苦笑して、缶コーヒーへ視線を落とした。

 

「……隠せているつもりだったんだけどね」

 その笑顔は、いつもの余裕のある笑みじゃなくて。どこか無理をして作ったような、不器用な笑顔に見えた。

 

 しばらく沈黙が流れると、お兄ちゃんはようやく缶コーヒーへ手を伸ばす。ひとくち飲むなり、少しだけ眉をひそめる。

 

「……温いな」

「当然だよ」

 私は肩をすくめる。

 

「何時間放置してると思ってるの?」

「そうだったかな」

「少なくとも一晩中置いてたよ」

 お兄ちゃんは苦笑すると、もう一口だけ飲む。

 

「ねぇ、お兄ちゃん―――ラミルさんと過ごした夜が、そんなに忘れられない?」

 

「ぶっ――」

 危うくコーヒーを吹き出しかけ、お兄ちゃんは慌てて口元を押さえた。

 

「り、リン!いきなり何を言い出すんだ!?」

 

「違……」

 そこで言葉が詰まったのか言い換える。

 

「……言い方というものがあるだろう」

「うわ、否定しないんだ……」

 私は思わずつぶやく。

 

「やっぱり、まだ好きなんでしょラミルさんのこと?」

「…………」

 ただのしかばねみたいに返事がない。その沈黙だけで、私にとっては十分だった。

 

「昨日だってさ」

 構わず、私は続ける。

 

「音動機を取られたから落ち込んでるんじゃなくて、ラミルさんを追い掛けられなかったから?」

 また否定すらせず、沈黙が帰ってくる。

 

「逃げないでお兄ちゃん」

 私は少しだけ声を強くした。

 

「私たちは家族なんだから。本当のこと、聞かせて」

 

「……困ったな」

 お兄ちゃんは自嘲するように笑う。

 

「リンには、敵わない」

「当たり前だよ。何年妹やってると思ってるの」

 その一言に、お兄ちゃんも少しだけ笑う。

 

「彼女のことは……」

 でも、その笑顔はすぐに消えた。

 

「……今でも愛してる」

 テレビの音に消えるくらい静かな声を私は、確かに聞き逃さなかった。

 

「死んだからって、変わらない。百年経ってもずっと……それだけは、一度も変わらない」

 

「だったら」

 私は、お兄ちゃんの横顔を真っ直ぐ見つめた。

「なんで追いかけなかったの?」

 その一言で、お兄ちゃんの動きが止まる。

 

「ラミルさん、あんなに寂しそうな顔してたじゃん」

 

「……今すぐにでも、追いかけたかったさ。」

 アキラは苦く笑う。

 

「なら……」

「でも出来ない」

「どうして?」

「リン」

 お兄ちゃんは静かにこちらに顔を向ける。

 

「君の体調はまだ安定していない。」

「…‥‥」

「フリンツ合金音動機は、今の君には必要なんだ。」

「それは……」

 私が口ごもると、お兄ちゃんは更に続ける。

 

 

「それだけじゃない」

 お兄ちゃんは静かに続けた。

 

「カローレ先生の無実の証明も、零号ホロウの最深部を目指すことも、僕たちは追い続けなきゃいけない。それを、いまさら途中で全部を投げ出すことはできない」

 

 空になった缶コーヒーを軽く放る。

 

 缶は放物線を描き、吸い込まれるようにゴミ箱へ収まった。

 

「それに」

 少しだけ目を伏せる。

「彼女にも、彼女の目的がある……僕の寂しさだけで、その道を止めたくはなかった」

 

「何それ」

 思わず言葉を遮っていた。

 

「リン……?」

「そんなの…‥‥二人とも不幸になるだけじゃん」

 私は思わず立ち上がる。

 

 ソファへ座ったままのお兄ちゃんへ、一歩近づいた。

 

「お兄ちゃんはさ、自分のこと我慢すれば丸く収まるって思ってるの?」

「違う。誰かが我慢すれば済む話じゃない」

「でも、お兄ちゃんはそうしてる!」

 私はさらに一歩踏み出す。

 

「ラミルさん泣いてたじゃん。お兄ちゃんだって、こんな顔してる。誰も幸せになってない……それのどこが正しいの?」

 部屋が静まり返る。

 

 お兄ちゃんは何も言い返せない。いや、言い返さないんじゃない。言い返せないんだ。

 

「私の命のために」

 私はゆっくり息を吸う。

 

「私の命のために、お兄ちゃんがそんな顔するくらいなら、私は、そんな音動機いらない」

「それはダメだ」

 返事は驚くほど早く、食い気味だった。

 

 さっきまであんなに迷っていた人とは思えないくらい、迷いがない。

 

「君には生きていてほしい。それが僕の願いなんだから」

「だったら!」

 私は叫ぶ。

 

「お兄ちゃんは、どうしたいの!?」

 その一言で、空気が止まった。

 

 お兄ちゃんは俯いたまま動かない。

 

「……まいったな」

長い沈黙のあと、小さく笑った。自嘲するような笑みだった。

 

「そんなに鼓舞されてしまうと、頑張らざるおえない」

 そう言うと、お兄ちゃんはゆっくり立ち上がる。

 

「fairy。聞こえてるかい?」

『はい。なんでしょう助手二号』

 どこからか合成音声が帰って来る。内に住んでいる謎の高性能AI、fairyだ。

 

「今から、ラミル……もうこの偽名を言うのも面倒だ。レミエールの特徴を上げていくから、街中の監視カメラで調べて欲しい」

『……承知しました。直ちに検索の準備を開始いたします』

 

「お、お兄ちゃん?」

 こちらを振り返るお兄ちゃんの顔には、さっきまでの諦めはもうなかった。

 

「リン。彼女に会いに行こう。話したいことがある。」

 いつもの、元気そうな笑顔を見せてくれる。

 

「もちろん、音動機も取り戻さないとね。」

「うん、わかった」




アキラも大概、重たいなって話。

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