ナイトシティを喰らう 作:高濃度補給剤ぶんぶん丸
発泡スチロールみたいなピザよ
遠かったら絶対わざわざ買いに行かない
「それで?早く行かないのか?なんなら乗せて飛んでも構わないが。」と二人の後ろをふよふよと浮遊して言うヴァンに指を振りながらリカルドが答える。
「この時間じゃあまだ早い。日が昇ったばっかりだからな。これから来る夜勤明けの肉体労働者の帰りを狙って焼いたのが残ってる。」ヴァンに振り返って後ろ向きに歩きながらリカルドは続ける。
「ねらい目は貧乏人の人通りの多いところの店だ。買って帰って食う*1やつが多い時間は回転がはやい。回転がはやければ焼きたてが買えることが多い。」
「ずいぶん焼きたてにこだわるんだな?検索したところたしかに向かっているのは最寄りの店舗の方向ではないようだが。」
「そっちの店だと
「焼きたてのピザについてリカルドの熱量がやたら高いんだが。これは一体……?」と困惑しながらテッドに話を振ると当然だと言わんばかりの音量が返ってくる。
「ピザについてはリカルドはうるさいぞ。そしてだいたい正しいことを俺は知ってる。曰く『バック・ア・スライスは温かさが命だ。』疑うならちょっと残しておいて命を失った後のやつと比べてみろ。な?」
「おいその言い方やめろ。”曰く”なんて言い方はいつのかも知らんギリシャ人からの引用だけでたくさんだ。思い出すだろ。」
「あぁ。わかった。そうだった。前にちょっと色々あったらしい。」とテッドがヴァンに大きな声で囁く。
そうして三人はしばらく静かに歩いていると、不意にヴァンがつぶやく。
「今調べていたんだが、なんでバック・ア・スライスなんだ?あまり評判がいいわけでもなさそうだが……。」
「テイクアウトでピザが食えるところは他にもあるが、パイZはランチョ・コロナドで遠い、トムズ・ダイナーもリトルチャイナの本店以外に何か所かあるが街の南側には支店を出してないはずだ。バック・ア・スライスは店舗数がそこらより多くて安い。つまり場所と値段だな。俺たちが
「ほんとかぁ~?」テッドの疑わしそうな視線を受け流してリカルドは続ける。
「いいか、冷めたバック・ア・スライスがうまくないのは食ったことがあれば誰だって知ってる。NCPDには最後に食ったものがそれだった死体のデータがまとまってるファイルがあるなんて噂があるくらいだ。」
「だがな、温かいもんは温かいうちに食えって話だ。スパンキーモンキー*2の話をするときにわざわざ炭酸抜いてからの話をするやつはいねぇ。そういうもんだろ?それに温かいうちなら値段が安い分コスパはまちがいなくいい。一切れ1ドルだからな。」
「とりあえず熱意はわかった。私はピザのことはリカルドに全面的に任せる。ちなみにお勧めは何味なんだ?」
「イナゴペパロニのチーズ増し。」と食い気味に即答が返ってくる。
「ナイトシティの食を語る上で
「ちょっと長い歴史の話になるが、
「……始まっちまった。長いぞ。」ひそひそ
「2022年からの第四次企業戦争の時もそうだ、デカいコーポなんてどっかしらろくでもないとこがあるもんだが、その時もお互いに人と食料を標的にウィルスをばらまきあったし、それだけじゃなくその時にアラサカが*5海に自律兵器をばらまいたせいで世界的に海は交易に使えなくなったし、50年も経った今でも武装してない船で海を渡るのは命がいくつあっても足らねぇ。まぁ敵味方の区別もつかなくなったみたいで対策の武装をしっかりした艦でもなきゃアラサカも海を堂々と渡ることなんてできなくなったわけだが。」
「長いっていうか早口だな。」ひそひそ
「で、戦後の赤の時代だ。核やら軌道からの隕石攻撃やらで舞い上がった塵やらなんやらで空も地も赤かった時代、そんなのが年単位で続いて当然食い物が足りるわけもねぇ。」
「ちょっと飛ばして最近だと63年の鳥類駆除法もか。あれもまた”どっかの企業”が漏らしたウィルスに決まってる。」
「まぁともかく世界中でずっと、食い物が足りねぇ、あっても輸送が間に合わねぇ、って状況で撃ち合ってたわけだ。だが今の街の南にはプロテインファームがある。輸送の問題はないし食えるものが安定供給されるわけだ。」
「プロテインファームの持主は
「ビッグフット?」と聞き返すヴァン。
「ビッグフット*6なら俺でも知ってるぜ、アレだろ、森の中に昔から住んでる、とか、子供の時にだけ訪れる不思議な出会い、とかのやつ。*7」
「さすがにビッグフットが優しいのはBDの中だけだろうがな。」
「ともあれ、赤の時代のころからずたずたになった生態系を再生するために、バイオテクニカは色んな動植物を作ることをしてきた。そのうちの一つが
「ふぅん。バイオテクニカはさっき言ってたようなろくでもないコーポには入らないのか?」
「……いや、それはどうだろうな。うろついてるノーマッドを捕まえて人体実験してるとか黒い噂はいくらでもある、デカくて古いコーポの一つではあるしな。あ、そうだ、燃料の
「ま、まぁ、ヴァレンティーノズの連中を見てれば分かる*9とおり、この辺はメキシコの文化も近い。どうすればうまく昆虫食が食えるかわかってるし、そうでなくても合成肉にしちまえば原型はないようなもんってな。」
「おぉ、イナゴの話に帰ってくるのか。」とヴァンは少しほっとしたような顔をする。
「食えばわかるがイナゴペパロニのイナゴは高温で揚げてあってパリサクっと丸ごといけるのがポイントだ。これも時間との勝負だぞ、冷めるとまわりの油を吸うのと合わさって食感が死ぬからな。」
「と、着いちまったな。
「そういえば二人の装備もそのうち整ったら一緒にやるか?NCPDスキャナ。私はどっちでも構わないが、その時は私が前衛をやろう。」
「別に金額で遠慮してるわけじゃねぇけど、そうだな。その辺も食ったら相談したいところだな。注文してくるからそこのベンチで待っててくれ。」
「……お?なんだ話が終わったと思ったら着いてんじゃねぇか。ちょっとそこの屋台*10で飲み物買ってくる。俺シラスコーラ*11にするけどヴァンはどうする?」とワンテンポ遅れて息を吹き返したテッドが聞く。
「任せる。選ぶほどまだ飲み物に詳しくない。私はそこのベンチにいる。」とベンチの前で浮遊していることにしたヴァンは返答した。
数分後ベンチにそろった三人。
「まず食おう、冷める前にな。」というリカルドの言葉で静かに食べ始める三人。
イナゴペパロニはその名の通り
サクサクもぐもぐと食べる三人その姿は明らかに目立っていた。
当然である。ピザを買った客が振りかえった正面で顔を突き合わせて黙々とピザを食べる三人組というだけでも客からは目を引くのに、そのうちの一人は
「あれ、ヴァン結局全部温かいうちに食べるのか。」と食べ終わるころにテッドがつぶやいたのにヴァンは最後の一切れを口に入れながらこう返した。
「あぁ、どうなるかは分かった。
「んじゃ、帰り道で感想を聞こうじゃねえの。」立ち上がり歩き出すリカルド。その後を追う二人。
「そうだな。まず食べればわかることとしては、トマト味という酸味とチーズ、イナゴの辛味とチーズの相性の良さは理解できた。イナゴペパロニはチーズを核としたチームに思える。」
「最初はムチッムニッと伸びたり弾力があったチーズだが、これが秒ごとに状態が変わっていくのがこう……そうだな、命というのはうまいこと言ってたんだな。」
「よりにもよってチームの中核が死にかかっている、秒ごとにパフォーマンスが落ちていく、はらはらしたし、これは死ぬ前に食えという意味が理解できたよ。」
「実際最後の方は少しチーズが弾力を失ってキシッとした感触になりかけていた。スキャンからの推定ではあるが、生地の方もチーズほどではないが時間を置くとボソッとなりそうだったし、イナゴの方もさっき冷めるとどうなるかは聞いた。よく聞く評判は冷めているのがいけないとはさっき言っていたが、さすがに寿命が短すぎないか?冷めると致命的になる部分が多すぎるのに平べったいから冷めやすそうだし。」
感想を聞いて唸るリカルドから目をそらしながらヴァンはとどめを刺した。
「つまるところ、もし他のピザがここまで緊急事態でないなら、きっとそれは金額の差で貴重な時間を買っているんじゃないか?そのうち比較してみたい。はじめはおいしかった、とは、思う、んだが?なぁ……。」リカルドの反応を見ながらだんだんと語尾が怪しくなるヴァン。
「それより、これを食べていたらさっき言っていた装備が整ったら、の話が頭をよぎってしまったな。兵員の補給ができない状況で装備をケチってそれを失うのは愚策だ。死なないためにこそ準備は十分にするべきだよ。」
「はぇー。なんかよくわかんねぇけどなんかあたまよさそうな感想だな。」
「数値化しにくいところをどこまでパフォーマンスに含むかってのは難しい話だよな。ちなみに最後に残った合成トマトは時間がたつと、乾くぞ。」
「全滅じゃないか!逆にそんな素材でよくこれほどの……!?」悲痛な声をあげながら顔を覆うヴァン。
そんな衝撃が大きすぎたヴァンが二人と装備の件を話していないのを思い出したのはしばらく後のことだった。
「果糖ブドウ糖液糖にみんな夢中。ウキキー!」