機装戦姫ガンダム ─The Broken Shield─ 作:イキリジャズ太郎
どれほど暗闇の中に居ただろうか。
何も見えない。
身体も動かせない。
声も出せない。
悍ましい何かが身も心も侵食し、凌辱してくるような感覚をひたすら味わい続けた。
「何で逃げたの?」
「何で助けてくれなかったの?」
「最低」
「嘘つき」
「人殺し」
「─人殺し」
「──人殺し」
「────■■■■」
そんなどす黒い感情の濁流が私の全身を延々と蝕み続けていた。
永遠に続くと思っていたそれが終わったのは突然のことだ。
一人の少女が金色の髪をはためかせ、二対の光の剣を振るう。
もう一人の少女が黒い影を身に纏い、光の鎌から燐光を瞬かせる。
二人が生み出す荒々しくも幻想的な光景が、暗闇を晴らした。
次の瞬間、黒い影が止まった。
「…………リーダー」
低い声。
鎌を構え、鋭い眼差しがこちらを射貫く。
「どしたのサラちー」
リーダーと呼ばれた金色の少女もこちらを見据えながら警戒を解いていない。
「こいつ、まだ堕ちてねぇ」
一瞬、間が空く。
「…………え?」
金色の少女は間の抜けた声を出した。
黒い少女は僅かに眉をひそめながら続ける。
「…………これまで
淡々とした口調。
「だが、こいつの魔力波形は芯まで犯されちゃいない。この濃度の侵食を受けてなお正気を保ってやがる」
彼女の眼差しは理解の外にあるものを見ているようだった。
「意味が分からねぇ……」
沈黙。
その数秒後──
「──すごい!」
場違いなほど明るい声が場を支配した。
「──は?」
「この子の見たときからビビッときたの!絶対すごい娘だって!なんとか助けられないかなって!」
「何言ってんだお前」
金色の少女は、瞳を輝かせていた。
心底嬉しそうな顔で、私を見ている。
そして金色の少女は宣言する。
「決めた」
まるで運命だったのように。
「この子は絶対助ける」
最初からこうなることが決まっていたかのように。
「あなたはこの
大胆不敵な笑みを浮かべ。
「碇ビアンカの仲間になるんだから!」
──そう言って、私の未来を定めたのだ。
─────────────────
夢を見ていた。
私が罪を犯す前の、あの頃の。
『だからそうじゃねぇっつってんだろ!本当に使えねぇな!』
『無駄だよぉ○○。こいつは勉強以外なーんもできない頭でっかちの宇宙人だもん。私たちとは違うもんねぇ?』
思い返せば、私はいつも逃げてばかりだった。
他者から向けられる眼が怖かった。
『お前が役立たずなせいで負けたんだけど。何とか言えよクズが』
『クラスの目標言ってごらんよ。『皆で仲良く和を保ちましょう』でしょ?アンタが和を乱してんのよ?邪魔なのよアンタ』
敵意。
悪意。
侮蔑。
嘲笑。
そういう眼で見下され、なじられ、踏みにじられているくらいがちょうど良かったのだ。
なのに怖がって、ひたすら逃げていた。
『誰が何を言おうと、私はいおちゃんのこと大好きだよ!』
『大丈夫、私がいおちゃんのこと守るから!』
誰かに必要とされたい。
友達と仲良くしたい。
一緒に笑って、遊んで、泣いて、人並みの幸せを得たい。
受けるべき報いを拒み、分不相応な願いを抱いてしまったから。
私みたいな臆病な卑怯者がそう願ってしまったから。
あんな取り返しのつかないことになってしまったのだ。
『いおちゃん……待って……』
伸ばされた手。届かなかった指先。
二度と触れることのできない温もりを求めて、私は無意識に虚空を掴もうとした。
「……う、……ぁ」
自分の指先が、カサカサとしたシーツの感触を捉える。
喉が焼けるように熱い。
ゆっくりと視線を落とせば、私の左腕には透明なチューブが繋がり、絶望の濁流の代わりに点滴が静かに流れ込んでいた。
「あ!起きた!」
近くで場違いなほど脳天気な声が響いた。
視界を埋めたのは、夢の中のどす黒い闇ではなく、窓から差し込む暴力的なまでの陽光。
そして──その光を背負って、ベッドに身を乗り出している少女だった。
陽光を照り返す金色の長髪。
透き通るような青空を彷彿とさせる碧眼。
そして幼げながらも自信と希望に満ち溢れた笑顔。
「よかったぁ~。せっかく助けたのにこのままずっと寝てたらどうしようかって不安だったの」
私にはあまりにも眩しすぎる。
「……あの……あなたは……?ここは……?」
「あたしは碇ビアンカ!ここはMSGS内の病院だよ!あなたの名前は?」
「……
「じゃあフーちゃんだ。これからフーちゃんって呼ぶね」
すごい安直。
あまりにも適当なあだ名をつけられてしまった。
それでも、さっきまで抱いていた泥のような感情の濁流が少しだけ和らいだ。
いや、そんなことは問題ではない。
「……なんで、私は生きているんですか?」
「え?そりゃあたしとサラちーが助けたから……」
「そうではなく……いえ、それはありがとうございます。ですが、私はあのときMA(モビルアーマー)に殺されたはずです。それなのになんで……」
モビルアーマー。
『デビルガンダム』が撒き散らす『DG細胞』に感染した生命体のなれの果て。
知性も理性も持たず、他の生物を殺して汚染を広めるデビルガンダムの尖兵。
私はあれに殺されたはずだった。
「あのときってのがいつのことか分からないけど、あなたはね、デビルガンダムの魔力タンクにされてたの」
「…………は?」
今。
この人は。
なんて言った?
「DG細胞への適性と魔力量が凄かったんだろうねぇ。大事に大事に閉じ込められてたよ。まっ、あたしみたいな超絶天才美少女にかかればちょちょいのちょいだったけどね!」
急激に景色が。
音が。
感触が。
何もかもが遠ざかっていく。
デビルガンダム。
生物をMAに変異させ。
人から魔力を奪い。
大勢の人を殺した侵略者。
「……フーちゃん?どう縺�たの?顔が逵溘▲髱偵□繧�」
つまり。
私は。
親友を見捨てて。
逃げるだけに飽き足らず。
デビルガンダムの侵略を。
幇助したのだ。
人を。
罪のない大勢の人を。
殺したのだ。
「…………ッ!!!」
私は腕に刺さっていたチューブを引き抜いた。
「縺医▲��」
そしてそのまま、近くにあった棚の角に頭を思い切り叩きつける。
「縺。繧�▲縺ィ蠕�▲縺ヲ�∽ス輔d縺」縺ヲ繧九���シ�」
隣で何か言っている。
だが構うものか。
私は今すぐ死ななければならない。
何度も。
何度も。
何度も。
全力で頭を叩きつける。
まだ死ねない。
早く死ね。
苦しんで死ね。
死ね。
死ね。
死────
「何やってんのぉっ!!!」
その怒声が響いた瞬間、遠のいていた現実へと引き戻される。
どうやら私は碇さんに凄まじい力で羽交い締めにされ、棚から剝がされたようだった。
「離してくださいっ!私は今すぐ死ぬべき───」
「何がどういう発想したらそうなるの!?」
「私のせいで大勢の人が死んだんですよ!?」
「意味わかんない!とにかく落ち着いてよ!」
力の限り暴れて振りほどこうとするがビクともしない。
私が非力ということもあるが、彼女の細い身体のどこにそんな力があるのか。
なすすべもなくベッドに戻された。
「……それにそんな程度じゃ
「……え?」
死ねない?
私はそれほど頑丈な身体ではない。
運動はとても苦手だし、すぐに怪我したり病気を患ったりする。
あんな風に棚を壊すほどの力で頭を叩きつければすぐに死ぬはずだ。
なのにまだ生きている。
いや、そもそも私に棚をあんな風にできるほどの力はなかった。
ふと私の両手が視界に入った。
先ほどまでなかったはずの、銀色の醜い金属表皮に覆われていたのだ。
そして左腕のチューブが刺さっていた箇所は、傷口すらなかった。
「……あ、……あぁ」
続けて近くの鏡に映った私の顔を見た。
額の傷も同じように金属表皮に覆われ、触手のような血管がうぞうぞと蠢いていた。
そのまま傷口は塞がれ、手も額も何事もなかったかのように元通りになった。
「あなたもあたしと同じ、『MS少女』になったんだよ」
碇さんの宣告は、私を現世という名の地獄に繋ぎ止める──鉄よりも重く、冷たい鎖のようだった。
それでも、その鎖を繫いでいる彼女の手は、あまりにも暖かかった。