蛞蝓の千年記 作:匿名の筆者
どうか知恵を貸してくれ、と王に頼まれた。
詳しく事情を聞いてみると、王位継承と退位についての事だった。
そんなの自分で考えたらどうなんだとまずは返してみる。旧知の仲とはいえ、線引きは大切だからだ。
男子優先の伝統に乗っ取って第一王子を王にしたいが、民衆に広く支持されているのは第一王女なのだという。
これは難しい問題だ。
この問いに俺は答えるべきか、答えてならないか。
友人であるからこそ悩ましい。
千年も見ていれば、どちらを王に据えれば十年後どうなるかくらいは予想できる。
だが、それを口にした瞬間、その未来は王の選択ではなく俺の選択になる。
それは本当に人の歩みなのだろうか?
王の差配でいくらでも変えることのできるタイミングは、きっと今しかない。
新聞公社も、全てのパターンの原本を数年前から用意している。
しかしこの状況では……どんな継承をしたとて、国が荒れるのは確実だ。
継承者一人のみに支持が行くならまだしも、複数人に割れていると言うのが危うさを助長している。
第一王子は魔術の才能があるとされるが、王子には要らない才能だ。
戦時ならまだしも、平時は野蛮さとして受け取られやすい。
さらには、世の中の大半の人間が特筆すべき才能を持たないが故に、嫉妬の対象になりやすい。
千年見ても共通していて、人と違う点を見つけるとそれは差別の元になる。
才能というものは残酷なもので、生まれた時からの差が並大抵の努力では埋めれないものがある……と、全員が思い込む。
魔術の才能と呼ばれているものの正体を俺はよく知っている。
本当はそんなもの存在せず、単純な個人差なのだ。
生まれつきの資質が全く無いとは言わぬ。だが人間が才能と呼ぶものの大半は、幼少期の食事や環境、積み重ねた習慣を一括りにした言葉でしかない。
人間は皆、自らを凡人だと思いたがる。 才能という言葉は、努力では届かなかった理由を説明するには都合が良い。
凡人であれども、弛まぬ食生活の改善があり、なおかつ訓練に専念できるのなら。
まず二十歳になれば魔術を修めることができるだろう。
王曰く、魔術の才能が厄介なのだと。
王子が自ら広報を兼ねて城の上空へと花火を飛ばし、魔術の才能を国民に知らしめることもした。
したのだが、国民からは派手さだけの空虚さと見なされてしまう。
民衆には皮肉屋が多いもので、大砲の真似事と見下されがちであると。
この批判的な皮肉屋たちの嫌なところはここだ。
第一王女がやっている貧者の助けは高潔だが、それと同時に放漫な私財の使い道である。
しかしそれを指摘するでもなく、第一王子のみをこき下ろす。王女が国民から最も尊敬される理由は、この貧者救済にある。
人間の心理として、社会的下位者を救済する社会的上位者は人気を集めやすく、また尊敬されやすい。
嫉妬心は厄介だ。王曰く、第一王子に継承させるつもりだ。
が、第一王女を何らかの目に見える形で貢献しているように見せなければいけない。
ここが厄介なのだ。第一王子を押し下げて、女王の治世に方向を転換するというのはどう見ても荒れるのが目に見えている。
そもそも男系の継承にしているのに、民衆は性別を無視して今現在に何があるかで語り出す。
俺の友は、良き王である。
政治に長けているとは言い難い。だが、自分の中にある答えを確かめるためだけに俺を頼った。
もし本当に決められずにいたのなら、どちらを選ぶべきかと尋ねたはずだ。
だが友は違った。
男子優先を崩した場合に何が起こるか、その先だけを何度も口にした。
つまり、答えは既に持っていたのだ。
百年先を見据えている王なのだと思う。
伝統は一度破れば伝統ではなくなる。
今回だけ第一王女を認める、などという都合の良い話にはならぬ。
次は第二王女も候補になり、その次あるいは継承権をどちらが優先されるかで王子と王女が争う。
国が二分されてしまえば、あるいは二分されなくとも、傍系まで継承権を主張し始める。
男女双系とは、そういう未来へ続く扉だ。
男子一系になるのならまだ分かるし、ここから女子一系になるのなら、それも一つの筋の通し方ではある。
だが両方を認めるというのは、未来の人間へ判断を丸投げすることに等しい。
未来のことなど俺にも分からぬ。
俺が辿れるのは、過去に積み重ねられた因果だけだ。
友は、王として、この先に積み上がる恨みも混乱も、自ら背負う覚悟があるらしい。
……珍しい。
千年も生きていれば、人間という生き物はだいたい見切ったつもりになる。 それでも時折、俺の見立てを少しだけ上回る者が現れる。
この少しが、俺はたまらなく好きだ。