堂島家の姉は、犯罪者が好きなことを隠している。   作:an-ryuka

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休日の堂島家は、朝から少しだけ匂いが違う。

 

普段のこの家には、仕事帰りの煙草とコーヒー、菜々子の使う甘いシャンプー、畳に染みた日なたの匂いがある。そこに真白が来る日は、昆布を水に浸した匂いと、刻んだ葱の青さ、米が炊ける前の湿った甘さが混じった。

 

堂島真白は、その中で台所に立っていた。

 

髪は低い位置でひとつに結び、袖をまくっている。包丁の音は一定だった。とん、とん、とん、とん。急がず、止まらず、考え事をしている人間の手つきなのに、刃先は一度も迷わない。

 

おじさんは仕事。

菜々子は友達の家。

家は静かだった。

 

だから、階段がきしむ音がしたとき、真白は少しだけ顔を上げた。

 

降りてきた鳴上悠は、寝起きというほど乱れてはいないが、休日らしい緩さをまとっていた。白いシャツに、部屋着のズボン。髪はいつも通り銀灰色で、光の当たり方によって少しだけ色が変わる。表情は落ち着いていて、けれど遠慮が先に立つ目をしている。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。起こした?」

 

「いえ。匂いがしたので」

 

真白は小さく笑った。

 

「朝ごはん、もう少しでできるよ」

 

鳴上は台所の入り口で少し立ち止まった。

それから、思い切ったように言う。

 

「手伝ってもいいですか?」

 

真白は一瞬だけ瞬きをした。

断る理由を探すような間ではなく、そう言われると思っていなかった、というだけの間だった。

 

「いいよ。じゃあ、手洗ってきて」

 

鳴上は頷いて、洗面所に向かった。

 

戻ってきた彼に、真白は小さなまな板と、きゅうりを渡す。

 

「薄切り。急がなくていいから、幅を揃えるつもりで」

 

「はい」

 

「指、丸めてね。猫の手」

 

「こうですか」

 

「うん。上手」

 

淡々とした会話だった。

だが、台所の中に二人分の音が増えると、家は少しだけ生き返ったようになる。包丁の音が二種類に分かれ、鍋の中で味噌汁がふつふつと揺れ、炊飯器が小さく蒸気を吐く。

 

「料理、好きなんですか」

 

鳴上がきゅうりを切りながら訊いた。

 

「好きだよ。作ったぶんだけ結果が出るから」

 

「結果」

 

「美味しいとか、失敗したとか。分かりやすいでしょ」

 

「真白さんは、失敗しなさそうです」

 

「するよ。焦がすときは焦がすし、味がぼやけるときもある」

 

「意外です」

 

「私を何だと思ってるの」

 

真白がそう言うと、鳴上は少し考えた。

 

「何でもできる人、みたいに見えます」

 

真白の手が、一拍だけ止まった。

すぐにまた、菜箸で鍋の中を混ぜる。

 

「そう見えるようにしてるだけだよ」

 

その声は軽かった。

軽いからこそ、鳴上はそれ以上踏み込まなかった。

 

代わりに、きゅうりを見下ろす。

 

「菜々子が言ってました。真白さんの卵焼きが一番好きだって」

 

「そう」

 

真白の横顔が、わずかに柔らかくなる。

 

「じゃあ今日は少し甘めにしようかな」

 

「手伝えますか」

 

「卵、割れる?」

 

「多分、割れます」

 

「多分なんだ」

 

真白が笑う。

鳴上も少しだけ笑った。

 

卵を割る音が、こつ、と響く。

一つ目は綺麗に割れた。二つ目は殻が少し入った。鳴上が黙って固まる。

 

「大丈夫。よくある」

 

真白は菜箸で殻をすくい上げた。

 

「水で濡らした指でも取れるよ。殻同士でも取れる。無理に箸で追いかけると、逃げるから」

 

「……勉強になります」

 

「料理はだいたい、逃げるものを追いかけすぎないほうがいい」

 

何気ない言葉だった。

けれど鳴上は、少しだけ真白を見た。

 

真白はもう卵を溶いている。

その横顔からは、何も読めなかった。

 

「学校、どう?」

 

今度は真白が訊いた。

 

「慣れてきました」

 

「友達できた?」

 

「はい」

 

「よかった」

 

「花村と、里中と……最近、天城とも話すようになりました」

 

「天城屋の?」

 

「はい」

 

「そっか。菜々子も、悠くんが友達できたって聞いたら喜ぶね」

 

「菜々子は優しいです」

 

「うん。いい子だよ」

 

真白はそこで、少しだけ声を落とした。

 

「いい子すぎるくらい」

 

鳴上は黙った。

その沈黙を、真白は責めなかった。

 

卵液がフライパンに流し込まれる。

じゅ、と小さな音がして、甘い匂いが立ち上った。

 

「見てて。端が固まったら、奥から巻く」

 

真白の手つきは綺麗だった。

迷いがない。箸で端を持ち上げ、少しずつ巻いていく。鳴上はそれを真剣に見ていた。

 

「次、やってみる?」

 

「はい」

 

二本目の卵焼きは、少し形が歪んだ。

けれど真白は「初めてなら上出来」と言って、切り分けるときに歪みが目立たないように整えた。

 

「失敗したところは、切り方で誤魔化せる」

 

「それも料理ですか」

 

「それも料理」

 

真白は皿に卵焼きを並べる。

 

鳴上はまた少しだけ、真白を見た。

今度も、真白は何も読ませなかった。

 

昼前に菜々子が帰ってきて、卵焼きを見つけた瞬間、目を輝かせた。

 

「お姉ちゃんの卵焼き!」

 

「今日は悠くんも作ったよ」

 

「お兄ちゃんも?」

 

菜々子が鳴上を見上げる。

鳴上は少し照れたように頷いた。

 

「少しだけ」

 

「すごい!」

 

その顔を見て、真白は静かに笑った。

 

 

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