堂島家の姉は、犯罪者が好きなことを隠している。   作:an-ryuka

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9.

菜々子は連れ去られた。

 

マヨナカテレビに、また菜々子が映った。

その次の日だった。

生田目は何も言わずに、菜々子を連れ、自分も一緒にテレビへ入ったらしい。

 

現実よりは、テレビの中のほうが安全だと。

外にいるより、自分がそばにいたほうが守れると。

 

そう思い込むところまで、彼は戻ってしまった。

 

 

真白が連絡を受けたとき、堂島家の空気は完全に壊れていた。

 

堂島は生田目を追って事故に遭い、病院へ運ばれた。

鳴上は顔色をなくしていた。

足立は妙に白い顔をしていた。

 

そして真白は、受話器を持ったまま、ほんの一瞬だけ何も考えられなくなった。

 

自分の計算が外れた。

 

その事実より先に、菜々子の顔が浮かんだ。

お姉ちゃん、と呼ぶ声。

卵焼きを見て笑う顔。

我慢する癖のある、小さな子ども。

 

真白は目を閉じた。

 

痛みがあった。

確かにあった。

 

けれど次の瞬間、頭は動き出した。

 

今、泣いても意味がない。

悔やんでも意味がない。

生田目を責めても、菜々子は戻らない。

 

戻す方法を知っているのは、鳴上くんたち。

 

頼るしかない。

それが、ひどく不愉快だった。

 

自分の手が届かない場所に菜々子がいて、助けられるかどうかは鳴上たちにかかっている。

真白は初めて、観察者の位置が安全ではないことを知った。

 

その夜、足立は真白のアパートに来なかった。

 

翌日も来なかった。

 

三日目、菜々子は戻ってきた。

だが、憔悴し、生死の境にいた。

 

白い病室。

機械の音。

小さな体に繋がれた管。

 

堂島は椅子に座って、娘の手を握っていた。

 

真白は菜々子の顔を見る。

 

あまりにも小さい。

テレビの中に入った人間がどうなるのか、自分は分かったつもりでいた。

分かっていなかった。

 

足立のとき。

鳴上の仲間たちのとき。

生田目のとき。

 

そのどれとも、菜々子は違った。

 

条件がない人間は、ただ削られる。

それを真白は、菜々子の呼吸で理解した。

 

堂島が振り返る。

 

「真白」

 

声が掠れていた。

 

真白はいつもの顔を作る。

 

「おじさん」

 

「……悪い」

 

「謝らないで」

 

真白は病室に入る。

菜々子の手に触れようとして、やめた。

 

触れる資格があるかどうかを考えたのではない。

触れたら、自分の手が震えるかもしれないと思ったから。

 

 

足立透は、ナースステーションの前で一度だけ足を止めた。

 

帰りたい。

 

そう思った。

 

署に戻るでもいい。

外で煙草を吸うでもいい。

車の中で寝たふりをするでもいい。

どこでもいいから、この白い匂いの中にいたくなかった。

 

だが、行かなければならなかった。

 

堂島に、署からの確認事項がある。

生田目の警備についても、病院側と話を詰めなければならない。

それを口実に、堂島を病室から呼び出す。

 

ただそれだけの仕事だ。

 

ただそれだけのはずだった。

 

病室の前に立つ。

 

扉は少しだけ開いていた。

中を覗くと、堂島は椅子に座り、菜々子の手を握っていた。事故で痛めた体をかばうように背を丸めているのに、目だけは娘から離れない。

 

鳴上悠も、そのそばに立っていた。

顔色は悪い。

けれど倒れない。

倒れてしまえばいいのにと思うほど、まだ立っている。

 

その後ろには、花村、里中、天城、巽、久慈川、白鐘。

高校生が、病室に詰めかけている。

 

普段なら堂島に追い払われてもおかしくない人数だった。

けれど今は、誰もそれを言わなかった。

 

そして。

 

真白がいた。

 

病室の壁際に、静かに立っていた。

薄い色のカーディガンを羽織り、髪は低くまとめられていた。顔は落ち着いている。落ち着いているように見せている。

 

真白が顔を上げる。

 

目が合った。

 

数日ぶりだった。

 

足立は目を逸らし、いつもの顔を作った。

 

「堂島さん」

 

病室の空気が、少しだけ動いた。

 

堂島が振り返る。

 

「足立」

 

声は掠れていた。

怒鳴る力も残っていないような声だった。

 

足立は笑った。

 

「すみません。ちょっとだけいいっすか。署の方から確認が来てまして」

 

「今じゃなきゃ駄目か」

 

「僕もそう言ったんですけどねぇ。上って、そういうとこ融通きかないんですよ」

 

軽い声。

少し困ったような顔。

いつもの足立透。

 

誰かがそれを信じてくれればいい。

誰でもいいから。

 

ちょうど看護師も病室に来た。

 

「堂島さん、処置の確認の時間です。出られますか?」

 

堂島は菜々子の手を離さなかった。

 

鳴上が静かに言った。

 

「俺がいます」

 

堂島は鳴上を見た。次に真白を見る。

それから、菜々子の顔を見る。

 

「……すぐ戻る」

 

誰に言ったのか分からない声だった。

 

堂島が立ち上がる。

足元が少しふらつき、真白が反射的に動きかけた。

 

けれど、先に看護師が支えた。

 

真白の手は、空中で一瞬だけ止まり、すぐ下ろされた。

 

足立はそれを見ないふりをした。

 

堂島が廊下へ出る。

看護師と一緒に、ナースステーションの方へ歩いていく。

 

足立もその後に続くつもりだった。

 

「足立さん」

 

鳴上の声がした。

 

足立は足を止めた。

 

振り返る。

 

鳴上はこちらを見ていた。

静かな目だった。

だが、いつもの高校生の目ではなかった。

 

「生田目は、どうなりましたか」

 

空気が、冷えた。

 

花村が一歩前に出る。

 

「俺たち、あいつからちゃんと話聞きたいんです。菜々子ちゃんに何したのか。今までの事件も、本当にあいつなのか」

 

「いやぁ……」

 

足立は後頭部をかいた。

 

「僕に聞かれても困るっていうか。捜査中のことだしさ」

 

里中の声が震えた。

 

「でも、菜々子ちゃんを連れてったんですよね」

 

「まあ、それは……」

 

「同じ場所にいた理由は話しましたか」

 

白鐘直斗が言った。

 

足立の目が、わずかに動いた。

 

直斗は見逃さなかった。

 

「僕たちが発見した際、生田目太郎は菜々子ちゃんのそばにいました。かなり衰弱していましたが、意識はありました。ただ、話は混乱していました」

 

足立は笑う。

 

「こっちもそれで話が進まなくて、もう大変」

 

直斗は頷いた。

 

「ですが、彼は何度も助けるつもりだった、と言っていました。そして、あの人が分かってくれた、とも」

 

その瞬間、足立は真白を見そうになった。

 

見なかった。

 

見なかったことが、かえってまずかったのかもしれない。

 

鳴上の目が、ほんの少し細くなる。

 

真白は何も言わなかった。

ただ、菜々子の眠るベッドの横で、静かに立っている。

 

足立は肩をすくめた。

 

「犯人の言うことなんか、まともに受け取らない方がいいよ。言い逃れかもしれないし、責任逃れかもしれない。何より、今はまだ病院からも出せない状態だしね」

 

言ってから、喉の奥が止まった。

 

花村が顔を上げる。

 

「病院?」

 

足立は笑った。

 

「……いや、まあ」

 

鳴上が一歩近づく。

 

「生田目は、この病院にいるんですか」

 

しまった。

 

そう思った。

 

思ったのに、もう遅かった。

 

足立は軽く手を振る。

 

「あー、いやいや。僕の判断じゃないよ? 今のは、その、状況的にっていうか」

 

「同じ病院なんですね」

 

鳴上の声は静かだった。

 

足立は、鳴上の目が嫌いだった。

 

責めているわけではない。

怒鳴っているわけでもない。

ただ、見ている。

 

真白と似ている。

 

そのことに気づいて、足立は胸の奥がざらついた。

 

「……仮にそうだとしても、会えるわけないでしょ。警察もついてるし、本人だってまだまともに歩ける状態じゃない。君たちが行ってどうにかなる話じゃないよ」

 

「何階ですか」

 

鳴上が言った。

 

「だから、行ったって無駄だって」

 

「何階ですか」

 

二度目。

 

足立は笑いそうになった。

笑える場面ではないのに。

 

「君さぁ」

 

声が少し低くなった。

 

「今、菜々子ちゃんがこんな状態なのに、犯人のところに行くわけ?」

 

花村が噛みつくように言った。

 

「だから行くんだろ!」

 

里中も拳を握っていた。

 

「何であんなことしたのか、聞かなきゃ分かんないじゃん!」

 

足立は、全員を見た。

 

馬鹿みたいだ。

 

高校生が、目を赤くして、正義も怒りも悲しみもごちゃ混ぜにして、一人の男を問い詰めに行こうとしている。

 

馬鹿みたいだ。

 

なのに、その馬鹿みたいなまっすぐさが、今はひどく邪魔だった。

 

生田目に会わせれば、何を言うか分からない。

真白のことを言うかもしれない。

「あの人が」と言うかもしれない。

そのあの人が誰なのか、鳴上が気づくかもしれない。

 

けれど、会わせなければ。

 

こいつらは別の方向から調べる。

足立を疑う。

真白を見る。

堂島家の周りを掘る。

 

どちらに転んでも、ろくなことにならない。

 

真白が、静かに口を開いた。

 

「足立さん」

 

他人行儀な呼び方だった。

 

足立は、少しだけ息を止めた。

 

「皆、心配なんです。それだけ」

 

真白はそう言った。

 

優しい親戚の声だった。

堂島家の姉の声だった。

 

だが足立は、その下にあるものを知っている。

 

知りたい。

確認したい。

生田目が何を覚えているのか。

何を言うのか。

どこまで壊れているのか。

 

真白はまだ、見ようとしている。

 

そのことに、足立はぞっとした。

 

そして、腹が立った。

 

「……三階」

 

言っていた。

 

全員の視線が足立に集まる。

 

足立は、自分の声が思ったより乾いていることに気づいた。

 

「三階の、奥の個室。警官がついてる。普通に行っても入れないけど、廊下までは行けるんじゃない」

 

「足立さん」

 

直斗が目を細める。

 

「それを僕たちに教えていいんですか」

 

「いいわけないでしょ」

 

足立は笑った。

 

「だから、聞かなかったことにしてよ。僕、何も言ってないから」

 

いつもの軽さに戻したつもりだった。

 

でも、戻りきらなかった。

 

鳴上は足立を見ていた。

そして真白を見た。

 

繋げるな。

 

足立はそう思った。

 

お前は菜々子ちゃんだけ見てろ。

事件なんか追うな。

正義の味方みたいな顔をするな。

真白を見るな。

僕を見るな。

 

そう思いながら、足立は笑った。

 

「まあ、行くなら自己責任で。僕は止めたからね」

 

花村がすぐに動いた。

 

「行こうぜ、相棒」

 

鳴上は頷いた。

けれど、病室を出る前に一度だけ菜々子を見た。

 

それから真白を見た。

 

「真白さん」

 

「うん」

 

「菜々子を、お願いします」

 

真白の顔が、ほんのわずかに歪んだ。

 

「……うん」

 

鳴上たちは病室を出ていく。

 

足立は廊下に立ったまま、その背中を見送った。

 

行くな、と思った。

行け、とも思った。

 

生田目を見ろ。

生田目を犯人にしろ。

そこから先へ来るな。

 

残されたのは、真白と足立だけだった。

 

病室の中は、急に広くなったように感じた。

さっきまであれだけ人がいたのに、今は菜々子の呼吸音と、機械の小さな電子音だけが響いている。

 

足立は入口のそばに立ったまま、しばらく動かなかった。

 

真白はベッドの横にいる。

菜々子の顔を見ている。

触れていない。

 

足立は喉の奥で笑った。

 

「……見てるだけ?」

 

真白は振り返らない。

 

「透もでしょ」

 

他人行儀な呼び方ではなかった。

 

病室の空気が、少しだけ変わる。

 

足立は眉を寄せた。

 

「ここでその呼び方すんなよ」

 

「誰もいない」

 

「菜々子ちゃんがいるだろ」

 

言ってから、自分でその言葉に引っかかった。

 

真白も、少しだけ黙った。

 

菜々子は動かない。

薄いまぶたを閉じたまま、機械の助けを借りて、かろうじてここにいる。

 

足立は視線を逸らした。

 

「……何で来なかったの」

 

真白が言った。

 

「何が」

 

「私の部屋」

 

「忙しかったんだよ」

 

「そう」

 

「警察だからね。誰かさんと違って」

 

「うん」

 

その肯定が、いつもより少しだけ遅かった。

 

足立は真白を見た。

 

「お前さ」

 

「うん」

 

「生田目が何喋ったか、気にならないわけ」

 

真白は菜々子を見たまま答えた。

 

「気になるよ」

 

「なら……」

 

「生田目さんは止まらなかった」

 

菜々子の細い呼吸音が、間に入る。

 

「私が見誤った」

 

足立は笑った。

 

短く、乾いた笑いだった。

 

「今さら反省?」

 

「反省じゃない」

 

「じゃあ何」

 

「事実の確認」

 

足立の顔が歪む。

 

「ほんと、そういうとこだよ」

 

真白はようやく足立を見た。

 

その顔は落ち着いていた。

でも、目の奥だけが少し赤い。

 

泣いたのか。

泣いていないのか。

足立には分からなかった。

 

「透は、残念だった?」

 

「は?」

 

「生田目さんは死ななかった」

 

足立の喉が詰まる。

 

「だから、私は透と同じにはならなかった」

 

足立は真白を睨んだ。

 

「黙れ」

 

「でも、菜々子ちゃんはこうなった」

 

「黙れって」

 

「同じじゃないだけで、何もないわけじゃなかった」

 

「真白」

 

低い声が出た。

 

真白は口を閉じた。

 

足立は一歩近づく。

怒鳴りたいのか、掴みたいのか、自分でも分からなかった。

 

「お前、今それ言う?」

 

「今だから言う」

 

「今ここで?」

 

その言葉に、真白の表情が止まった。

 

ほんの一瞬。

 

けれど、足立は見た。

 

真白は傷ついた顔をした。

 

それを見て、足立の中でまた別の苛立ちが起きる。

 

傷つくな。

お前が傷つくな。

傷ついていい場所に立つな。

 

そう思った。

 

そう思ったのに、言葉にはならなかった。

 

代わりに、機械の音が変わった。

 

最初は、小さな違和感だった。

 

一定だった電子音が、わずかに乱れる。

菜々子の胸の上下が、浅くなる。

 

足立が先に気づいた。

 

「……おい」

 

真白が菜々子を見る。

 

菜々子の唇の色が、さっきより白い。

呼吸が小さい。

小さくなって、さらに細くなって。

 

止まった。

 

真白の顔から、表情が消えた。

 

一秒。

 

二秒。

 

そのたった数秒が、異様に長かった。

 

足立は菜々子の顔を見た。

モニターを見る。

意味は分からない。

分からないのに、よくないことだけは分かる。

 

「おい」

 

声が裏返りかけた。

 

「菜々子ちゃん?」

 

返事はない。

 

モニターの音が鋭くなる。

 

真白は動かなかった。

 

足立は振り返った。

 

「真白!」

 

その声で、真白の肩が跳ねた。

 

「呼べよ!」

 

真白はナースコールに手を伸ばした。

指先が、ボタンの上で一度だけ滑る。

 

震えていた。

 

足立がその手を掴みかける。

 

その前に、真白はボタンを押した。

 

「すみません、呼吸が」

 

声は落ち着いていた。

落ち着きすぎていた。

 

けれど、最後の音だけがわずかに掠れた。

 

すぐに看護師が駆け込んできた。

 

「下がってください!」

 

医師の声。

足音。

器具の音。

誰かが菜々子の名前を呼ぶ。

 

足立は、真白の腕を掴んで後ろへ引いた。

真白は抵抗しなかった。

 

二人は廊下へ押し出される。

 

扉が閉まる。

 

病室の中で、慌ただしい声が続いている。

 

足立は廊下の壁に背をつけた。

 

息が荒い。

 

自分が走ったわけでもないのに、胸が苦しかった。

 

真白は扉の前に立っていた。

手を下ろしている。

指先が震えている。

 

足立はそれを見た。

 

「……震えてんじゃん」

 

言った瞬間、自分の声がひどく掠れていることに気づいた。

 

真白は自分の手を見る。

それから、足立を見る。

 

「透も」

 

足立は自分の手を見た。

 

震えていた。

 

本当に。

 

指先が、みっともなく震えている。

 

足立はすぐに手を握り込んだ。

 

「……うるせぇ」

 

真白は何も言わなかった。

 

病室の中から、医師の短い指示が聞こえる。

看護師が走る音。

機械の音。

菜々子の名前。

 

足立は扉を見ていた。

 

山野アナの顔は、もうあまり覚えていない。

小西早紀の顔も、ニュースや資料の中のものになっていた。

 

でも菜々子の顔は違った。

 

堂島家の食卓。

足立さん、と呼ぶ声。

真白が大事そうに見ていた子供。

 

その呼吸が、今、目の前で止まった。

 

足立は口元を押さえた。

 

吐きそうだった。

 

真白が、扉の横に手をつく。

倒れそうになったわけではない。

ただ、そこに触れていないと立っていられないように見えた。

 

足立はそれを見て、何か言おうとした。

 

責める言葉。

茶化す言葉。

いつもの軽い言葉。

 

どれも出なかった。

 

廊下の向こうから、足音が聞こえた。

 

堂島だった。

 

看護師に止められながら、それでも無理やりこちらへ来る。

 

「菜々子は」

 

真白が振り返る。

 

「おじさん」

 

「菜々子は!」

 

真白は答えられなかった。

 

足立も答えられなかった。

 

堂島は二人の顔を見て、血の気を失った。

 

「……おい」

 

その声は、ほとんど呼吸だった。

 

やめろ。

 

見るな。

 

僕のせいじゃない。

 

そう思ったとき、病室の扉が開いた。

 

医師が出てきた。

 

全員が、同時にそちらを見る。

 

「一度、心肺が停止しました」

 

堂島の体が揺れた。

 

鳴上が、息を止める。

 

医師は続けた。

 

「今は戻っています。ただ、非常に危険な状態です。予断は許しません」

 

戻っている。

 

その言葉だけが、廊下に落ちた。

 

堂島は壁に手をついた。

看護師が慌てて支える。

 

真白は、ただ立っていた。

 

顔は崩れていない。

涙も流していない。

 

けれど足立は、真白の手がまだ震えているのを見ていた。

 

そして、自分の手もまだ震えていることを知っていた。

 

医師が何か説明している。

堂島がそれを聞いている。

 

足立は、その場から一歩も動けなかった。

 

生田目を犯人にすればいい。

全部、あいつがやったことにすればいい。

自分は知らなかった。

自分は今は何もしていない。

菜々子を連れていったのは生田目だ。

真白の読み違いも、足立の過去も、関係ない。

 

そう思おうとした。

 

思えなかった。

 

真白が小さく息を吸う。

 

「透」

 

足立は反射的に言った。

 

「呼ぶな」

 

声が、思ったより弱かった。

 

真白は黙る。

 

足立は病室の扉を見た。

その向こうに、菜々子がいる。

戻った。

けれど、止まった。

一度、確かに止まった。

 

その事実が、足立の中にあった言い訳の薄い膜を、音もなく裂いていた。

 

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