堂島家の姉は、犯罪者が好きなことを隠している。   作:an-ryuka

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6.

 

久保美津雄が捕まった日の警察署は、妙に軽かった。

 

重い事件が終わったあとの軽さではない。終わったことにしたい人間たちの、無理に浮かせた空気だった。廊下の蛍光灯はいつも通り白く、紙コップのコーヒーは薄く焦げ臭い。刑事課の机の上には書類が積まれていて、電話も鳴る。何も片づいていないのに、誰かが「これで一段落か」と言うたび、少しずつ全員がそれに寄りかかっていく。

 

足立はその空気に、いつもの調子で乗った。

 

「いやぁ、やっと終わりって感じっすねぇ。堂島さん、今日は早く帰りましょうよ。菜々子ちゃんも待ってますって」

 

「後処理が残ってるだろうが」

 

堂島はそう言いながらも、声の底に少しだけ緩みがあった。

 

諸岡の死。

その犯人として名乗り出た久保。

山野アナと小西早紀の件まで自分がやったと言い張る男。

 

足立は書類の端を揃えるふりをしながら、内心で鼻を鳴らした。

 

久保は馬鹿だ。

 

目立ちたかっただけの、空っぽの馬鹿。

殺人犯という看板を欲しがったくせに、肝心の中身が追いついていない。あんなやつが山野アナをテレビに入れられるわけがない。小西早紀をあそこへ落とせるわけもない。

 

けれど、警察にはそれが見えない。

見えなくていい。

 

「でも、久保の供述も滅茶苦茶っすよねぇ」

 

足立は、軽口の形で言った。

 

「まあ、犯人なんてそんなもんか。まともな神経してたら人殺しなんかしませんしね」

 

堂島がちらりと足立を見る。

 

「お前がそれ言うと、なんか腹立つな」

 

「えー、ひどいっすよ。僕、一般論言っただけなのに」

 

「口より手ぇ動かせ」

 

「はいはい」

 

足立は紙をめくる。

目は活字を追っているが、頭の中には別のものがあった。

 

その夜、真白は言った。

 

「……よかったね?」

 

アパートの部屋には、焼き魚の匂いと大根おろしの辛みが残っていた。外は湿っていて、窓ガラスの端に水滴が光っている。足立はネクタイを緩めたまま、椅子にだらしなく座っていた。

 

「何が」

 

「久保くんが捕まったこと」

 

「別によくねぇよ」

 

「そう?」

 

真白は向かい側で湯呑みに口をつける。

表情は穏やかだった。穏やかだからこそ、足立にはその奥で何を数えているか分かる気がした。

 

「透がやったことには、証拠がない」

 

足立の目が細くなる。

 

「言い方」

 

「事実でしょ」

 

「お前さぁ」

 

足立は椅子にもたれ、天井を見た。

 

「そういうとこ、ほんと弁護士向いてるよ。嫌な意味で」

 

「ありがとう」

 

「褒めてねぇ」

 

「知ってる」

 

真白は少し笑った。

その笑いに慰めはなかった。

 

「久保くんが全部やった、で終わるなら、それでいい」

 

「……終わんねぇよ」

 

足立はぼそりと言った。

 

真白は湯呑みを置く。

 

「終わらないと思う?」

 

「供述が雑すぎる。現場と合わない。堂島さんも、引っかかってる」

 

「警察は?」

 

「上のほうは終わらせたいんじゃないの。楽だし」

 

「透は?」

 

足立は真白を見た。

 

「僕が終わらせられると思う?」

 

真白は答えない。

ただ、目を細めた。

 

その沈黙が答えだった。

 

足立は舌打ちする。

 

「ほんと、嫌な女」

 

「透が終わりたくない顔してるから」

 

「終わりたいよ。面倒くさいし」

 

「うん」

 

真白は頷く。

 

「面倒くさいから終わりたい。でも、鳴上くんたちが動いてるのは気になる。警察が間違った方向に行くのは馬鹿にできる。でも完全に外れると、少し怖い」

 

「……」

 

「透は、自分が見えないところで話が進むのが嫌い」

 

足立は湯呑みを取った。

中身はもうぬるい。

 

「知ったような口きくなよ」

 

「知ってるよ」

 

「そこがムカつくんだよ」

 

真白は食器を片づけ始めた。

背中を向けたまま言う。

 

「じゃあ、見ていればいいよ。透はいつも通り、少しだけ間違えて、少しだけ喋って、少しだけ笑ってればいい」

 

「それで?」

 

「みんな勝手に動く」

 

水道の音が細く流れる。

 

「その中で、誰が何を知ってるか分かる」

 

足立は黙った。

真白は振り返らない。

 

「久保くんは、たぶん本物じゃない。でも本物じゃない人が本物のふりをすると、本物の輪郭が残る」

 

「……お前、事件楽しんでるだろ」

 

「まぁね」

 

足立は顔を歪めた。

 

「最低だな」

 

「透もでしょ」

 

「僕は楽しんでねぇよ」

 

「じゃあ、何?」

 

足立は答えられなかった。

 

真白は蛇口を止め、濡れた手を布巾で拭いた。

 

「私は、分からないものが形になるのが好き」

 

その声は、料理の説明でもするように淡々としていた。

 

「人がどこで踏み外すのかも、どうやって自分に嘘をつくのかも、どこまで行けば戻れなくなるのかも。見ていたい」

 

足立は笑った。

短く、乾いた笑いだった。

 

「それ、僕の前で言うんだ」

 

「透の前だから言うんだよ」

 

真白はようやく振り返る。

 

「他の人には、言わない」

 

その特別扱いは、甘い毒のようだった。

 

足立はそれを分かっていて、飲んだ。

 

事件は終わらなかった。

 

久保の供述には穴がありすぎた。山野アナの件、小西早紀の件、行方不明者たちとの繋がり。警察の中でも、最初の安堵は少しずつ剥がれていった。

 

そして名前が浮かんだ。

 

生田目太郎。

 

山野アナの不倫相手。

最初から捜査線上にいた男。

山野アナに関してはアリバイがあり、確定できないまま外れていた男。

 

だが、最近の行方不明者たちとの接触。

配送業者として町を回れる立場。

人に近づいても不自然ではない動き。

 

足立はその話を、真白に普通にこぼした。

 

「生田目だってさ」

 

その日は堂島家から帰ったあとだった。

 

堂島家では菜々子はもう寝ていて、鳴上は部屋に上がっていた。堂島は久しぶりに少しだけ早く帰れて、疲れた顔でビールを飲んでいた。足立はいつものように軽口を叩き、その足で真白のアパートへ寄った。

 

「山野アナの不倫相手の?」

 

真白はすぐに反応した。

 

「そ。最初のほうで名前出てたやつ。まあ、山野アナの件はアリバイあったんだけどねぇ」

 

外向きの口調が、部屋に入っても少し残っている。

疲れている証拠だった。

 

真白はその差に気づいていたが、指摘しない。

 

「行方不明者との接点でも出た?」

 

「……お前、何で分かんの」

 

「生田目さん、今配送業者でしょ。顔見た事あるから」

 

「やだなぁ。田舎って怖いね」

 

「透が喋るから繋がったの」

 

「僕、守秘義務とか向いてないんだよね」

 

「警察官なのに」

 

「ほんと、何でなったんだろうねぇ」

 

足立はソファに沈む。

 

「ま、あいつら空回りしてんなって感じ。久保で終わったと思ったら、今度は生田目。警察って忙しいよねぇ」

 

真白はテーブルに肘をつき、指を組んだ。

 

「空回りかな」

 

足立の目が動く。

 

「何」

 

「生田目さん、少し気になる」

 

「……また始まった」

 

「最初期の関係者。警察に一度疑われて外れた人。町を回れる仕事。家にも来られる。テレビを運んでも不自然じゃない」

 

足立は黙った。

 

真白は続ける。

 

「そして、テレビに入れられた人は死なずに戻ってきている」

 

「……僕が入れた二人は死んだ」

 

低い声だった。

 

真白は足立を見る。

 

「うん」

 

「なんだよ、その顔」

 

「事実を並べてるだけ」

 

「嫌な事実だな」

 

「透が知らなかったことも、事実」

 

足立は顔を逸らした。

 

それは真白の優しさではない。

救済でもない。

ただ、足立が一番欲しがる形の言い訳を、最も冷静な声で差し出しているだけだ。

 

だから苦しい。

 

「……生田目が入れてるとしてさ」

 

足立は天井を見たまま言う。

 

「何で死なないわけ」

 

「悠くんたちが助けてるから」

 

「高校生が?」

 

「うん」

 

「馬鹿みたいだな」

 

「でも、結果は出てる」

 

足立は笑った。

 

「警察より優秀ってこと?」

 

「少なくとも、この件に関しては」

 

「堂島さんが聞いたら怒るぞ」

 

「おじさんは怒るね」

 

真白は少しだけ目を伏せた。

その一瞬、堂島家の匂いが部屋に入り込んだような気がした。菜々子の笑い声。鳴上が台所で皿を拭く音。堂島が疲れた声で「悪いな」と言う声。

 

真白はそれを好きなのだろうか。

 

足立には、分からない。

好きで、なお壊せるのが真白だ。

 

雨の日の深夜は、すでに二人の習慣になっていた。

 

映っても、映らなくても。

真白はテレビの前に座り、足立は面倒くさそうに隣へ来る。最初は嫌がっていたくせに、今では何も言わずに座るようになった。

 

その夜も、雨だった。

 

窓の外では、細い水音が続いている。アスファルトを叩く雨の匂いが、古い窓枠の隙間から入ってくる。部屋の電気は消していた。テレビの黒い画面には、二人の影が薄く映っている。

 

十二時。

 

砂嵐が走る。

 

足立は頬杖をついていた。

真白は背筋を伸ばして画面を見ていた。

 

最初は、白くぼやけた輪郭だけだった。

 

小さい。

画面の中に、幼い影。

 

足立の頬杖の手が、ゆっくり下りた。

 

像が結ぶ。

 

ツインテール。

小さな肩。

見慣れた服。

少し不安そうにこちらを見る、あの顔。

 

堂島菜々子。

 

時間が止まった。

 

砂嵐が消えたあとも、真白は動かなかった。

足立も動かなかった。

 

テレビの暗い画面に戻ってから、ようやく足立が呟く。

 

「……見間違いじゃ、ねぇよな」

 

真白の唇がわずかに動く。

 

「菜々子だった」

 

足立が真白を見る。

 

「なぁ」

 

声が乾いていた。

 

「どうすんだよ」

 

真白は画面を見たまま動かない。

 

「これ、俺らのせいか? 違うよな?」

 

足立の声が荒くなる。

 

「おい、なんか言えよ」

 

肩を掴まれた。

指が食い込むほど強い。

 

真白はゆっくり足立を見た。

数秒前まで凍っていた顔が、少しずつ別の表情に変わる。

 

口元だけが笑った。

 

「……悠くんが助けてくれるでしょ。いつも通り」

 

足立の表情が歪む。

 

「そうじゃねぇよ」

 

「分かってる」

 

「分かってねぇだろ!」

 

足立は声を荒げた。

 

「菜々子ちゃんだぞ。堂島さんの娘で、お前の……」

 

そこで言葉が止まる。

 

お前の何だ。

妹か。娘みたいなものか。家族か。

真白自身がそれをどう呼んでいるのか、足立には分からなかった。

 

真白は足立の手に自分の手を重ねた。

 

「分かってるよ」

 

その声は静かだった。

静かすぎた。

 

足立は、背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 

「お前、関わるなよ」

 

低く言う。

 

「ろくなことにならねぇんだよ」

 

真白は目を伏せる。

 

「……」

 

「分かるだろ?」

 

真白は少し笑った。

 

「分かってるよ?」

 

その返事の軽さに、足立はむしろ不安になった。

 

「その言い方が一番信用できねぇんだよ」

 

「透に言われたくない」

 

「茶化すな」

 

足立は真白の肩を掴む手を離せなかった。

 

「マジで。お前が動くと、何か壊れる」

 

真白は足立を見上げる。

その目には怯えがない。

あるのは、計算と、焦りと、奇妙な熱。

 

「壊さないために動くこともあるよ」

 

「嘘つけ」

 

「嘘じゃない」

 

「お前の場合、壊さないって言いながら、別のとこ切るだろ」

 

真白は黙った。

 

それは否定できなかった。

 

翌日から、真白はいつも通りに見えた。

 

堂島家に顔を出し、菜々子の朝の支度を手伝い、弁当の残りを冷蔵庫に入れ、堂島には「無理しないで」と言った。鳴上にはいつもの調子で「学校遅れるよ」と声をかける。

 

声も、手つきも、表情も変わらない。

 

けれど、頭の中では別の回路が動いていた。

 

透がテレビに入れた人間は死んだ。

誰かがテレビに入れ、悠くんたちが動いたと思われる場合は、憔悴して発見された。

悠くんたちには、その後も行動できるだけの体力がある。

テレビの中で動ける人間と、動けない人間がいる。

条件は何か。

入れた人間か。

一緒にいる人間か。

本人の何かか。

それとも、あの空間に適応するための別の要素か。

 

確定できることが、少なすぎる。

 

だから、確定していることだけ使う。

 

菜々子は映った。

映った人間は狙われる。

狙っている誰かは、現実からテレビへ人を移す手段を持っている。

菜々子は小学生で、一人では抵抗できない。

 

なら、入れられる前に捕まえる。

 

あるいは、話す。

 

真白が堂島家へ行くと、鳴上の様子は明らかに変だった。

 

顔色が悪い。

無理に落ち着いているが、目の奥が焦っている。

菜々子を見る時間が、いつもより長い。

 

真白は台所で味噌汁を温めながら、静かに言った。

 

「悠くん」

 

鳴上が振り返る。

 

「はい」

 

「どうしたの? 顔色悪いよ」

 

「……大丈夫です」

 

「大丈夫な顔じゃない」

 

鳴上は黙った。

 

真白は火を弱め、鍋から離れる。

 

「息、吸って」

 

「え?」

 

「吸って。そう。吐いて」

 

鳴上は戸惑いながらも従った。

 

「もう一回」

 

真白の声は穏やかだった。

相手を落ち着かせる声。法廷ではなく、相談室で使う声。焦っている人間の言葉を引き出すときの声。

 

「言えないことは言えないでいいの」

 

真白は続ける。

 

「でも、何が起きてるかは言える?」

 

鳴上の目が揺れる。

 

「原因は分かる? 推測でもいい」

 

「……」

 

「今日だけ? しばらく続く?」

 

鳴上は唇を結ぶ。

 

「繰り返されるの?」

 

「……分かりません」

 

初めて返事があった。

 

真白は頷く。

 

「避ける条件は?」

 

鳴上は少し迷った。

 

言うべきではない。

けれど、菜々子を守るためには誰かの協力がいる。

堂島には言えない。警察にも言えない。

真白なら、少なくとも菜々子を見てくれる。

 

そう判断するまでの時間を、真白は待った。

 

「私ができること、ある?」

 

鳴上は小さく息を吸った。

 

「……変なお願いかもしれないんですが」

 

「うん」

 

「菜々子を、テレビに近づけないようにしてほしいです」

 

真白は一度も聞き返さなかった。

 

「分かった」

 

その言葉に、鳴上の肩が少し下りる。

 

「私がいられる時は、なるべく目を離さないようにするね」

 

「ありがとうございます。何かあったら、すぐ連絡してください」

 

「うん」

 

「いつでも。夜中でも」

 

「分かった」

 

真白は少しだけ目を細める。

 

「悠くん」

 

「はい」

 

「あなたは、菜々子ちゃんを助けられる?」

 

鳴上の表情が固まった。

 

答えない。

答えられない。

 

それだけで十分だった。

 

真白は微笑む。

 

「ごめん。今のは忘れて」

 

忘れられるはずがない言い方で、そう言った。

 

鳴上は一度だけ真白を見た。

疑い、警戒、頼りたい気持ち。

その全部を抱えた目だった。

 

「……菜々子をお願いします」

 

「うん」

 

鳴上は頷き、急ぐように出ていった。

 

玄関が閉まる音を聞いてから、真白は台所に戻った。

鍋の中で味噌汁が静かに揺れている。火を強める。湯気が立ち上る。

 

真白はその湯気を見ながら、考える。

 

テレビに近づけないように。

悠くんは、入れられる場所がテレビだと知っている。

やはりテレビは入口。

入口があるなら、運ぶ側もいる。

菜々子を狙うなら、家に来る。

堂島さんや悠くんがいない時間。

菜々子が一人に見える時間。

 

配送業者なら、玄関まで自然に来られる。

 

その夜、真白は堂島にも話を振った。

 

「悠くん、大丈夫かな」

 

堂島は煙草を吸いかけて、菜々子の前だと気づき、箱に戻した。

 

「何かあったのか」

 

「少し顔色悪くて。学校で何かあったのかも」

 

「……あいつ、何か抱え込むタイプだな」

 

「おじさんに似たんじゃない?」

 

「俺はあんなに器用じゃねぇよ」

 

「そうかな」

 

真白は皿を拭きながら続ける。

 

「最近の事件、学校でも話題になってるだろうし。久保くんで終わりだと思ったら、また色々出てるんですよね?」

 

堂島の目が少し鋭くなる。

 

「どこで聞いた」

 

「町の噂と、法律関係の知り合いから少し」

 

嘘ではない。

全部ではないだけだ。

 

「……まだ確定した話じゃねぇ」

 

「生田目さん?」

 

堂島の動きが止まった。

 

真白はすぐに首を振る。

 

「ごめんなさい。山野アナの件で名前が出てたから、まだ疑われるのかなって思っただけ」

 

堂島はしばらく真白を見ていた。

刑事の目だった。

 

真白は視線を逸らさない。

少し心配そうな親戚の顔をしている。

 

堂島は息を吐いた。

 

「お前が気にすることじゃねぇ」

 

「うん」

 

「菜々子のことだけ、見ててくれ」

 

「分かってる」

 

真白は微笑む。

 

「菜々子ちゃんは、ちゃんと見てる」

 

その言葉は、堂島にとっては安心の言葉だった。

だが真白の中では、別の意味を持っていた。

 

翌日。

真白は堂島家の玄関先で、わざと明るい声を出した。

近くには配送トラック。

 

「菜々子ちゃん、ちょっと買い物行ってくるね」

 

実際には、菜々子はそこにいない。

真白が先に友達の家へ送っていた。

 

しかし外から見れば、菜々子が一人で留守番しているように見えるように。

 

玄関を閉め、真白は道へ出る。

そのまま角を曲がったふりをして、視界の届かない位置で足を止めた。

 

待つ。

 

数分。

十分。

 

やがて、宅配業者の制服を着た男が現れた。

 

生田目太郎。

 

手には荷物。

顔には焦り。

玄関のインターホンへ指を伸ばそうとする。

 

その前に、真白は声をかけた。

 

「生田目さん?」

 

男の肩が跳ねた。

 

真白は、偶然会ったような顔をして立っている。

けれど声だけは、ほんの少し低かった。

 

「……分かってます」

 

生田目の目が見開かれる。

 

「菜々子のこと、助けに来てくれたんですよね?」

 

言葉の刃は、責める方向ではなく、肯定する方向へ向ける。

追いつめられた人間は、否定されるより肯定されたほうが喋る。

 

生田目の唇が震えた。

 

「あなたは……」

 

「まずは、私とお話しませんか?」

 

真白は一歩近づいた。

 

「今、菜々子はここにいません」

 

「いない?」

 

生田目の顔色が変わる。

 

「じゃあ、どうすればいいんだ。早くしないと、あの子が……」

 

「分かってます」

 

真白は遮らない。

相手の焦りに、自分の呼吸を合わせる。

 

「だから、まずは車に。ここだと誰に見られるか分からない」

 

「でも」

 

「あなたが捕まったら、菜々子は誰が助けるんですか?」

 

生田目は黙った。

 

その沈黙を見て、真白は確信を少し強める。

 

この人は、殺しに来た顔ではない。

助けに来たと思い込んでいる顔だ。

 

それはそれで、厄介だった。

自分を善人だと信じている人間は、犯罪者より止めにくい。

 

「テレビは、そのトラックの中ですか?」

 

生田目の目がさらに揺れる。

 

真白はすぐに言う。

 

「私はあなたの味方です。私も連れて行ってください」

 

「君を?」

 

「菜々子は、私がいれば連れてこられます」

 

連れてくるつもりなんてなかった。

だが、生田目には十分だった。

 

「話しましょう。あなたが何を知っていて、何をしてきたのか。私が整理します」

 

弁護士の声。

理解者の顔。

罪を責めるのではなく、動機を肯定する言葉。

 

生田目はまだ迷っていた。

けれど、玄関前に長くいる危険は彼自身も分かっている。

 

やがて、小さく頷いた。

 

「……分かった」

 

真白はトラックへ向かいながら、携帯を取り出した。

 

生田目の所へ行ってくるね。

机の上のものは好きに使っていいよ。

 

送信。

 

部屋の机の上には、小さな端末を置いてある。

真白の位置情報が分かるもの。

そして、足立の位置も映るもの。

 

足立がそれを見たときの顔を、真白は少しだけ想像した。

 

来なければ、それまで。

殺されるなら、それも結果。

けれど、足立はたぶん来る。

 

来てしまう。

 

そういうところが好きだった。

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