堂島家の姉は、犯罪者が好きなことを隠している。   作:an-ryuka

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7.

 

生田目のトラックの助手席は、洗剤と段ボールと、古い布シートに染みた汗の匂いがした。

 

真白はシートベルトを締めながら、運転席の男を横目で見た。生田目太郎は、真面目そうな顔をしている。真面目で、追い詰められていて、自分の焦りを善意だと信じ込もうとしている顔だった。

 

こういう人間は、犯罪者になった自覚が遅い。

 

だから厄介で、だから話す価値がある。

 

「どこへ?」

 

真白が聞くと、生田目はハンドルを握り直した。

 

「少し離れたところへ行く。ここじゃ、まずい」

 

「警察に見られるから?」

 

「……それもある」

 

否定しない。

追求もしない。

 

生田目はほんの少しだけ息を吐いた。

 

トラックが稲羽の町を抜けていく。街灯の少ない道へ入ると、窓の外は黒く沈んだ田畑ばかりになった。雨の名残が道路に残り、タイヤが水を踏むたびに、しゃ、と小さな音がする。

 

「最初は、山野さんでしたね」

 

真白は静かに言った。

 

生田目の顔が歪む。

 

「……見えたんだ」

 

「マヨナカテレビに?」

 

「……そうだ。真由美が、テレビに映って……そのあと死んだ」

 

生田目の声は震えていた。

恐怖ではなく、何度も自分に説明しようとして失敗した人間の震えだった。

 

「あの女子高生にも、危ないって伝えた。だけど、信じてもらえなかった。結局、死んだ」

 

「だから、次に映った人を助けようと思った」

 

「そうだ」

 

生田目は前を見たまま、焦るように言葉を続ける。

 

「テレビの中に、入れたんだ。そしたら死ななかった。あそこなら、外より安全なんだって思った。誰にも見つからない。犯人にも、警察にも。しばらく隠れていれば、助かるって」

 

真白は頷く。

 

「テレビの中がどういう場所か、知っていますか?」

 

「……詳しくは分からない」

 

「中に入った人が、どう過ごしているかは?」

 

生田目は黙った。

 

「戻ってきた人たちに、話を聞いたことは?」

 

「それは……」

 

ない。

 

その沈黙だけで分かった。

 

真白は窓の外を見る。

黒い水田。遠くのガードレール。雨上がりの土の匂い。

 

「つまり、あなたは中が安全かどうかを知らないまま、人を入れていた」

 

生田目の指がハンドルを強く握る。

 

「でも、助かった」

 

「誰かが助けたのかもしれません」

 

生田目が真白を見る。

車体が少し揺れた。

 

真白は声を荒げない。

 

「あなたがテレビに入れたから助かったのか。あなたが入れたあと、別の誰かが助けたのか。そこは分けて考えたほうがいい」

 

「でも、二人は死んだ」

 

真白は彼の横顔を見た。

 

「山野さんと小西さんも、テレビの中にいたかもしれない」

 

「違う!」

 

生田目はすぐに否定した。

 

「入れてない!俺は、あのときまだ……テレビの中に入れられるなんて、知らなかった」

 

「そうですか」

 

真白は頷いた。

 

知っている。

そこはもうほとんど確定していた。

 

山野アナと小西早紀は、足立が入れた。

生田目はその後に、救済のつもりで同じ手段を使っている。

 

殺意と善意が、同じ入口を通っている。

 

面白い。

 

真白はそう思った自分を、否定しなかった。

 

「生田目さん」

 

「……何だ」

 

「あなたは、菜々子ちゃんを助けたいんですね」

 

「当たり前だ!」

 

「じゃあ、確認しましょう」

 

真白はゆっくり言った。

 

「テレビの中が本当に安全なのか」

 

生田目は口を開きかけて、閉じた。

 

トラックは町から離れ、高速道路沿いの人気のない駐車場へ入った。夜の駐車場には、自動販売機の光だけが浮いていた。雨で濡れたアスファルトに赤と青の光が滲み、遠くを走る車の音が、壁の向こうから低く響いてくる。

 

生田目はトラックを止めた。

 

荷台には、大きなテレビが積んであった。

 

古い型ではない。

運ぶには十分な大きさで、人ひとりを押し込むには、たしかに都合がいい。

 

真白は荷台の前に立ち、画面を見つめる。

 

「あなたは、自分で中に入れますか?」

 

生田目は怯えた顔をした。

 

「自分で?」

 

「はい」

 

「そんなこと……」

 

「人を入れられるなら、自分も入れるかもしれない」

 

真白は生田目を見る。

 

「入って、戻ってこられるなら、少なくともあなたには中で動ける条件がある。戻れないなら、今までの人たちも安全だったとは言えない」

 

「君は……」

 

生田目の声が掠れる。

 

「君は、俺に入れと言ってるのか」

 

「菜々子ちゃんを入れる前に、あなたが確かめるべきだと言っています」

 

正論だった。

正論の形をした誘導だった。

 

生田目は画面を見る。

唇が震えている。

 

真白は追い打ちをかけるように言った。

 

「あなたは、助けたいんでしょう?」

 

それは呪いに近い言葉だった。

 

善人でありたい人間は、自分の善意を証明する機会を拒みにくい。

 

生田目は、しばらく何も言わなかった。

やがて、震える手をテレビ画面に伸ばす。

 

指先が沈んだ。

 

「……本当に」

 

生田目の顔が青ざめる。

 

真白は一歩も動かない。

止めない。

助けない。

 

生田目は息を荒くしながら、画面に両手をついた。

 

「戻ってくる」

 

「はい」

 

「戻ってきたら……菜々子ちゃんを、どう助けるか、ちゃんと話す」

 

「分かりました」

 

生田目の体が、ゆっくり画面に飲まれていく。

肩、頭、足。

最後に靴底が消えた。

 

テレビ画面は何事もなかったように黒く戻る。

 

駐車場に、真白だけが残った。

 

雨は降っていない。

けれど湿気が濃く、アスファルトから冷えた水の匂いが上がってくる。自動販売機の駆動音が、ぶうん、と単調に鳴っていた。

 

真白はテレビを見つめたまま、考える。

 

生田目が戻ってくれば、自分で入れる人間は少なくとも即死しない。

戻れなければ、テレビの中は救済どころか、閉じた処刑場に近い。

 

鳴上くん。

透。

生田目。

 

テレビに触れられる人間の共通点は何か。

稲羽の外から来たこと。

事件に触れたこと。

何かを抱えていること。

 

その程度なら、条件として弱い。

他にもいるかもしれない。

いないかもしれない。

 

分からないことが多い。

 

真白は少しだけ笑った。

 

分からないから、人は間違える。

間違えるから、面白い。

 

遠くから車の音が近づいてきた。

 

一台の車が駐車場へ入ってくる。

乱暴ではないが、急いでいる運転だった。ライトが真白の足元を照らし、濡れた地面に白く反射する。

 

足立の車だった。

 

止まる。

ドアが開く。

 

足立透が降りてくる。

 

仕事用の上着を羽織ったまま、髪は少し乱れている。顔には、怒りと焦りと、見たくなかったものを見せられた人間の嫌悪が混じっていた。

 

「……お前」

 

足立は真白の後ろにあるテレビを見る。

それから、真白だけが立っていることを確認する。

 

「生田目は」

 

「中」

 

「は?」

 

「自分で入った」

 

足立の顔が歪む。

 

「何やってんだよ」

 

「確認」

 

「何の」

 

「テレビの中が安全かどうか」

 

足立は一歩近づいた。

今にも掴みかかりそうな足取りだった。

 

「バカじゃねぇの、お前」

 

「菜々子ちゃんを入れられるよりいいでしょ」

 

「だからって、お前がこんなとこまで来る必要あったか?」

 

「あるよ」

 

「ねぇよ!」

 

足立の声が駐車場に響いた。

遠くの高速道路の音が、そのあとを薄く覆う。

 

真白は静かに足立を見ている。

 

その目が、また足立を苛立たせる。

責められてもいない。怯えてもいない。ただ、ここまで来ることも、足立が追ってくることも、最初から計算に入っていた顔。

 

「机の上のアレ、何だよ」

 

足立は低く言った。

 

「位置情報?」

 

「俺のもあっただろ」

 

「うん」

 

「いつから」

 

「ちょっと前」

 

足立は乾いた笑いを漏らした。

 

「ちょっと前、ね」

 

「怒った?」

 

「怒ってるに決まってんだろ」

 

「外さなかったんだ」

 

足立の手が、自分の腕時計に触れる。

一瞬だけ外そうとするように指が動き、すぐに止まった。

 

真白はそれを見ていた。

 

足立はその視線に気づき、顔を歪める。

 

「……見るな」

 

「ごめん」

 

「謝る気ねぇだろ」

 

「うん」

 

「最悪だな」

 

「うん」

 

足立は息を吐き、真白の腕を掴んだ。

 

「帰んぞ」

 

「生田目さん、戻ってくるかも」

 

「知るか」

 

「確認が」

 

「知るかって言ってんだよ」

 

足立の手に力がこもる。

 

「お前、菜々子ちゃん守るとか言いながら、自分がどこまで行けるか試してるだけだろ」

 

真白は黙った。

 

足立はさらに続ける。

 

「生田目が戻ってくるかどうか見たい。テレビの中がどうなってるか知りたい。自分が殺されるかもとか言いながら、僕が来るかどうかも試した」

 

「……」

 

「当たってるだろ」

 

真白は視線を少しだけ落とした。

 

「うん」

 

足立は顔をしかめた。

 

「うん、じゃねぇんだよ」

 

「でも、来たね」

 

「……っ」

 

「透は来ると思ってた」

 

足立は真白の腕を掴んだまま、しばらく何も言えなかった。

 

夜風が冷たい。

自動販売機の光が二人の横顔を青白く照らしている。荷台のテレビは沈黙していて、その黒い画面には、並んで立つ二人の影が歪んで映っていた。

 

「……帰んぞ」

 

今度の声は、さっきより低かった。

 

真白は小さく頷いた。

 

「……そう、だね。お迎えありがとう?」

 

「ふざけんな」

 

「ふざけてないよ」

 

「ふざけてるだろ。だいたい何だよ、『生田目の所行ってくるね』って。散歩かよ」

 

「詳しく書いたら止めるでしょ」

 

「当たり前だろ」

 

「だから書かなかった」

 

足立は本気で嫌そうな顔をした。

 

「お前さぁ……」

 

それ以上は言葉にならなかった。

 

車に乗り込む前、真白はもう一度だけテレビを見た。

黒い画面。

閉じた入口。

 

生田目は戻ってくるだろうか。

 

戻ってきたら、何を言うだろう。

自分が助けていたつもりの場所が、危険だったと知って、どんな顔をするだろう。

 

真白はそれを見てみたいと思った。

 

けれど足立が腕を引く。

 

「乗れよ」

 

「うん」

 

真白は助手席に乗った。

 

帰り道、車内はしばらく無言だった。

 

足立は荒くは運転しない。

けれどハンドルを握る指に力が入っている。車内には安い芳香剤と、足立の煙草の匂い、雨上がりの湿った空気が混じっていた。

 

真白は窓の外を見ていた。

 

やがて、足立が言った。

 

「生田目が戻らなかったら?」

 

「テレビの中は、危険」

 

「そうじゃねぇよ」

 

「じゃあ?」

 

「お前が人を殺したことになるんじゃねぇの」

 

真白は足立を見た。

 

「そう思う?」

 

足立は前を見たまま答えない。

 

真白は少し考える。

 

「そしたら、透とお揃いだね」

 

ブレーキが一瞬だけ強く踏まれた。

車体が小さく揺れる。

 

足立は真白を睨んだ。

 

「……マジで黙れ」

 

真白は黙った。

 

けれど、その横顔は少しだけ嬉しそうだった。

 

足立はそれを見て、低く吐き捨てる。

 

「何でお前、そうなんだよ」

 

真白は窓の外へ視線を戻す。

 

「お父さんが死んだときね」

 

足立の目がわずかに動く。

 

真白は淡々と続けた。

 

「みんな、私をどうするか話してた。誰が引き取るか。誰が面倒を見るか。押し付け合いみたいな空気だった」

 

足立は何も言わない。

 

「おじさんだけが、私を見たの」

 

夜の道路に、街灯が等間隔で流れていく。

 

「どうしたい、って聞かれたとき、私はおじさんを見た。父に少し似てたから」

 

「……堂島さんが?」

 

「雰囲気だけ」

 

真白は小さく笑う。

 

「おじさんは、受け入れてくれた」

 

「……だから?」

 

「だから、壊したくない」

 

足立は眉を寄せた。

 

「今の話から、そうは繋がらねぇだろ」

 

「繋がるよ。私の中では」

 

「分かりにくいんだよ、お前は」

 

「透は分かるでしょ」

 

「分かんねぇよ」

 

即答したくせに、足立の声は少しだけ弱かった。

 

真白はそれ以上、何も言わなかった。

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