練習用短篇 作:レファレンス
大きい城壁に囲まれ、日々魔物からの侵攻を防ぐ国家。城塞国家エクセリアには、日々平穏を求め、旅の休憩所として多くの人間や、エルフやドワーフ、リザードマンなどの亜人種を人種問わず入国させていた。
そんな国家の治安維持部隊の詰め所には、日々いろいろな゙落とし物゙が集まる。そんないつもの一日。
エクレシアの場内を警備するカナン第三部隊の副隊長、クロヴィスは眼前に所狭しと積まれた荷物の量に思わず顔を俯かせ、「はぁー」とため息を吐いた。
「気持ちは分かりますが、副隊長……」
「あぁ、言わなくて良い。分かっている。すまなかった。だが、その……今日は一段と多いな……」
「ええ、なんでも近くの森で魔物の異常発生があったみたいで……」
「あぁ、それでか……」
魔物の異常発生……それは、城塞国家エクセリアでは充分に防衛が可能な問題だったが、近隣の小さい村や町では致命的な問題となる。冒険者や騎士団が対処しなければ壊滅は免れないだろう。
ゆえに一時的な避難先として、エクセリアは重宝されていた。
人が増えれば落とし物も増える。
現在、山のように積まれた落とし物は、この部屋にいるクロヴィスとその部下である後輩のセリカのみで対処しなければならなかった。思わずため息が出るのも仕方ないことだろう。
クロヴィスは頭をポリポリとかきながら、とりあえず近くにあったトートバッグから開けていく。落とし主が分から無い以上、こうしてバックを開けて、持ち主を推測するしかないのだった。
トートバックには、果物や野菜などが詰めて入れられており、可愛い巾着に入った銀貨や銅貨が数えられる程度入っていた。
「……買い物中に忘れちゃったんですかね?」
横からのぞき込んでいたセリアがそう言った。
彼女の金髪がさらりと垂れた。
「十中八九そうだろうな……え、なになに。落とし物の場所は広場近くの噴水の上、と」
トートバッグに付けられたタグには何処で拾ったのか、何時頃に見つけたのか、誰が発見したのかが書かれていた。
「まぁ、この様子じゃあ、買い物中の子どもだろう。直ぐに親御さんが気付いて持って帰るはずだ」
クロヴィスはそう言って、落とし物を机の上からどけて、また新しい落とし物を持ってくる。今度は小さめだ。
小さめのネックレスだった。じゃらじゃらと宝石がついているタイプではなく、チェーンの先端にちょっびとばかし宝石がついている。そんな厳かなタイプだった。
クロヴィスはネックレスを持ち上げる。
男性である彼には、どれほどの価値があるのかさっぱりと分からないので、応援として、隣で同じ様に落とし物の整理をしていたセリアに声をかける。
「セリア、この落とし物……どう思う?」
そう、彼が問うと、セリアは作業を止めてクロヴィスの方を向く。
向きつつ、彼の手に掲げられたネックレスをマジマジと見ていた。
「うーん、そうですね。女性モノのネックレスでこのサイズ……こびと族の女性の方だと思います!」
「そうか、ありがとう」
「いやー、にしても名前も書いていないんじゃ。誰が落としたのか全く分からないもんですね」
「あぁ、全くだ。まぁ、このネックレスの持ち主は小さすぎて落としてしまったのかもな」
クロヴィスはそう言って、ネックレスにタグを付け直す。
『落とし物の主はこびと族の女性の可能性大』
そうして、また新しい落とし物へと手を伸ばす。
まだまだいっぱいあるのだ。手早くしなければ終わりそうになかった。
何分経っただろうか。
ギガンテスのバックパックに、リザードマンの財布、ドワーフのトンカチに、エルフらしき弓矢と矢筒。どうしてこんなものを落とせたんだというモノも荷物の中にはあった。
それを仕分けているうちに不意に「うわぁ!」とセリアの驚いた声が聞こえた。
「副隊長、副隊長! コレ、コレ見て下さい!」
そういって、セリアはクロヴィスの肩を掴み、無理矢理自分の作業場へと連れて行く。さながら蟻地獄のような手さばきだった。
セリアの作業場には、一つのバックパックが置かれており、中身は開かれているようだった。
クロヴィスはそのバックパックに近づくにつれ、鼻を押さえる。異様な刺激臭が彼の鼻を襲っていた。
セリアは嗅ぎなれたようで、鼻も押さえず両手で彼を運ぶ。だが、彼女もキツいのだろう。匂いに耐えるように涙目になっていた。
荷物を足でよけて、セリアの作業場へ着く。
開かれたバックパックは、近づくにつれ鼻につく刺激臭がましていく。
「すげぇ、ニオイだな」
「ニオイだけじゃないんです。ほら、ほら見て下さいよ」
セリアはクロヴィスから手を離し、片方の手で鼻を押さえ、もう片方の手でバックパックの中身を指さした。
その中身のおずおずとクロヴィスはのぞき込む。
一瞬の目眩の後、見えた中身にくらぁとふらつく。
「……一体、いつからうちは危険物取り扱い場所に変わったんだ」
クロヴィスとセリカの見た中身、そこには真っ赤に塗れた剣と衣類が置いてあった。
どっからどう見ても事故現場を思わせる中身に思わずツッコミをいれずにはいられなかった。
「副隊長……やっぱり、コレって……」
「みなまで、言わなくて良い。分かっている。これはどう見ても落とし物とかの領域を逸脱している。早急に他の騎士団に報告しなければ」
「いえ、その前に私たちで調べて見ませんか?」
セリカは、袋を閉じようとするクロヴィスの手を止めてそう言った。
クロヴィスはこめかみに手を当てている。
「何を言っているんだお前……」
「だって、ここで渡してしまったら、手柄が立てられないじゃないですか!」
「それはすだが…だが、お前……」
「ちょっとだけでいいです。ほんのちょっとだけ…。もちろん、調べている最中に重大な事件や出来事が関与していそうだった場合は直ちに他の騎士の要請もしますから…お願いします!」
顔を真っ赤にしてセリアにクロヴィスは、渋々了承した。
こんなセリアを彼は見たことがなかった。
もう一度、視線を鞄へと移す。
革製の鞄はあいもかわらず開かれており、中身も変わらず赤い液体のついた短剣と布が置いてあった。
クロヴィスは慎重に短剣を鞄の中から取り出す。
べっとりと液体のついた短剣は、他の短剣に比べて若干重いように感じた。
短剣自体はなんの変哲もギミックもないよな剣であった。魔道具というわけでもなかった。ただ、その見た目の禍々しさから、人を殺したと思わせる力があった。
それらを机に載せ、布を取り出す。
布には、先ほどの短剣以上にびっしりと赤い液体がついており、イヤでも悪い想像をかき立てる見た目をしていた。
ごくんとどちらかが息をのんだ。
この下、この布の下には一体なにがあるのか。
足下がふらつくような、視界が歪むような感覚に襲われていた。
そして布の下をのぞき込む。
――「はぁ」とため息を吐いたのはどちらだっただろうか。
「一旦休憩にして、飯を食べに行くか」
「ですね」
二人は、作業を一旦止めて、部屋を出て行く。
残された部屋には、まだ仕分けされていない荷物と開かれたバックパックが置いてあった。
その布の下には、割れたワインの瓶だけが残っていた。