練習用短篇 作:レファレンス
幼い頃から僕には死神が見える。
そう自己紹介の場で話したら『あぁ、コイツはイタい奴なんだな』と思われてしまうので、僕はこのことを極力話していない。
昔は家族にも相談していたが、子どもの頃はイマジナリーフレンドとして、幼少期特有の架空の友達として温かい目で見られていたが、今となっては冷めた目で見られてしまう。
高校生にもなった息子から、死神が見えるんだ。 なんて話しを持ちかけたら両親は心配するだろう。割と本気で、頭の方の病院を紹介されるかも知れない。過保護なのは、僕としても嬉しいことだけど、そんな事で通院なんかはまっぴらごめんだ。
だから、死神のことは誰にも話していない。いや、昔の友人には話したかも知れない。……覚えて居ないだろうけど、もし覚えて居たら、少し恥ずかしいな。
そんなところで、僕には死神が見えている。
死神は僕に憑いている。
見えているし、会話も出来る。
これは嘘でもなんでもない。
なんでこうなったのかは僕にも分からない。もしかしたら幼少期のウチに死神の持つノートを拾ってしまっているのかもされないけど、だとしたらはた迷惑な話だ。
一応、寿命が短くて、直ぐにお迎えに上がれるように側に居るという、もっともらしいような理由でも無いそうで、前に聞いたところ僕は少なくともあと十年は安全に生きられるそうだった。それから先は聞けなかったけど……何はともあれ、お迎えに上がりましたという理由ではないらしかった。
じゃあなんで居るのとたまに聞いて見ることがあるけど、そういうときはきまって死神はニコニコ笑うだけで教えてはくれなかった。胡散臭そうな笑みだった。
死神の見た目は、なんというか文豪の中原中也を写真からそのまま出してきたような格好をしていて、黒いズボンに黒いコート、あの特徴的なイカした帽子は写真で見たまんまの姿だった。一般的な死神のイメージだと、ボロボロの黒いローブを身に纏った姿だが、実際のところは文豪似だったわけだ。
だけど、似ているのは格好だけで、顔や背丈はまるで違うように見えた。
顔はあんなに彫ったような顔をしていない。なんだか中性的な顔立ちをしているのが死神だった。皆が想像するような外骨の見た目ではなかった。
それに、背丈はあんなに小さくない。
どちらかというと一般的な男子高生と同じくらいの身長か、それより少し高いくらいか。
……僕よりもすこし高いくらいだった。
そんな死神と僕はクラブ室の一室で人を待っていた。いや、正確に言えば待っていたのは僕だけで、死神は相変わらず僕の後ろにたたずんでいた。
クラブ室といってもそこまで大きい部屋じゃない。長机と椅子を数脚おけば他は入りきらないようなそんな小さな部室だ。他の場所には所狭しと過去の先輩たちが残した作品が山のように積み重なっていた。その紙とインクと消しゴムのニオイが扇風機を通じて僕の鼻腔に届いていた。
この部室にエアコンはない。
ただでさえ、少なくない学校の一室を部活動用に消費出来ているのだ。エアコンがないからと言って不満を上げるのは欲張りだろう。実際、部屋全体が狭いおかげで扇風機だけで事足りている感はある。暑いけど。
そんな室内で、僕は椅子に腰を下ろして待ち人が来るのを待っていた。顔には数滴の汗が滲んでいた。
席は僕を含めて四カ所空いていた。
その一つは今日は埋まらないことを僕は知っている。
「いやー、それにしても暑いですねぇ」
死神はそういって、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭っている。でも、その顔には汗が一滴も流れては居なかった。
「ホントにそうだなぁ」
僕はそう言ってぐてーと机に伏す。すこし机が涼しくて気持ちが良かった。
昼ご飯も食べて、授業も終わって、放課の時間。少し眠くなってしまうのも仕方が無いのかも知れない。
僕は伸びをした状態で、近くにあった小説を手に取る。
小説と言っても過去に先輩たちが残した作品群だった。玉石混合、言い方が悪いがそんな言葉が似合うほど、書かれた小説の出来はマチマチだった。良い作品もあるけど、文書として成立していないものや、展開重視でキャラクターが取り残されている作品、中には自分の思想をキャラクターが喋ったり突如として作者が君臨したりとハチャメチャな作品だってあった。
今、僕が読んでいる作品もその中の一つ。
お世辞にも上手な作品とは言えないもの。いや、これを小説と言っても良いのだろうか。
でも、誰かが真剣に書いた物であるし、過度な批評は失礼に当たるだろう。もちろん、暴言や貶すような言葉もだ。
僕は見る専で、書けやしないのだから。
「いやー、酷い作品ですね」
失礼にも死神はそう言った。
たぶん、僕がペラペラとめくった文章を目で追ったのだろう。
「そんなこと言うなよ。コレだって、誰かが必死に考えた作品かも知れないんだよ」
「だとしてもだよ、作品である以上、誰かに読まれるために生まれてきたのだから、最低限は読める作品を書かないといけないと僕は思うな」
死神はしたり顔でそういった。
「なら、お前は書けるのかよ」
「なにをだい?」
「小説をだよ。お前は小説が書けるのか?」
僕がそう問いかけると、死神はめずらしく目を丸くして、何も言わなかった。呆然としているというのが適切な表現にも思えた。
何秒後かして、死神はいつものように笑顔を作った。
「僕は死神だよ? 何かを奪うこはあっても、何かを作り出すことはしないのさ。それに、僕の仕事はふぅーとロウソクを消すだけだしね。それと案内の仕事以外は許されてはいないんだよ」
そう笑顔なのに、目を閉じて静かに笑っていた。このタイプの笑みは一度しか見たことがなかった。その顔を見て思わず、僕は動けなかった。どうやら一つの地雷を踏んでしまったようだったからだ。
「あーー」と間延びした声でも出せれば良かったけど、生憎、僕の声は枯れ果ててしまっていた。
「――それにしても、遅いですね」
死神は僕の気持ちなんか関係無いようにそんな話題変換をした。変換内容は僕の待ち人だった。
空いている席に座るはずの彼女。まだ来ない彼女。
このクラブに参加しているのなんて僕と彼女くらいなものだろう。あとは、幽霊部員ばっかだった。ウチの高校は入学と同時にいずれかの部活動に入部しないといけない決まりがあるけど、そのおかげかウチの部活は部員数だけは異様に多い部活動の一つとして君臨している。
「いつもなら、もう来てもおかしくないのに」
「そうだな」
「もしかしたら、事故に遭っているのかも」
「そうなのか」
「いえ、分かりませんけど……」
死神はおちゃらけたようにそう言った。この手の冗談はいつも付き合って居るのでもはやため息なんかはでないし、会話事態に期待なんかはしないけれど、いつだって死神の冗句は心臓に悪いものがある。
例えば、死神が「あの人は、もうすぐトラックに跳ねられて死んでしまいます」と言ったら、僕は疑いもせずにその言葉を信じるだろう。でも、死神に限っては死んだや殺されたと言った冗句や冗談は一切言わなかった。他の殆どはいうけど、人の死に関しては、コイツは何も言わなかった。死神なのに。
そう思っていると、ガララッと扉が開いて一人の女性が入ってきた。
待ち人の彼女だった。
「すみません、送れました」となんとも謙虚に謝る姿は、他の幽霊部員たちにも聞かせてやりたいほどだった。
彼女は、空いていた席――つまり、僕の向かい側の席に座ると、もう一つの椅子に自身のバックを載せた。そうして、バックの中からA4ほどの原稿用紙を広げて、文章を書き始めた。
僕は見る専だけど、彼女は書き専だった。
カリカリとシャープペンが書き上げる音が静かな部室に加わった。
ふと、彼女は僕に視線を向けた後に、下に置いてある鞄をみていた。
「あれ、先輩。鞄置かないんですか?」
「ん、ああ、この席は座る人がいるから大丈夫だよ」
「そうなんですか? もしや、新入部員ですか!?」
そう、活きよい良く前に身体を出して聞いてくる彼女に思わず苦笑してしまう。
違うよ、違う。
これは、ずっと立ちっぱな奴のためなんだ。
僕は少しだけ席を引いてやる。
そんな様子を死神は不思議そうに見ていた。
どうやら、今日も座る予定はないらしい。