練習用短篇 作:レファレンス
「最悪ね……」
自分の現状に思わず声が漏れる。身体のありとあらゆるところが傷つき、自分でも面白いほどボロボロだった。
動きたくないという身体を強制的に無理矢理動かして、戦場跡を歩く。どこへ向かうのか、どこに行きたくて進んでいるのか、決めてはいなかったけど、歩かないと倒れてしまいそうな予感があった。
戦ったあとの現場は酷く、所々に人の死体が転がっていて、大地を赤く染めていた。
戦っている最中に散った砂埃が辺りに漂っていて、視界を塞ぐ。それ以外にも視界がさっきから霞んでいて、鬱陶しいことこの上ない。それでも、ぼやけた視界の中で見覚えのあるものがあった。
殺した奴らの死体じゃない。
そいつは、近くにあった小さなコンテナを背に座っていた。
「ハンッ……! ずいぶんな格好ね」
「……お前か、オー」
そいつ――オウルは、肩で息を吐きながらそう言った。オウルも私と同じくらいか、それ以上に傷ついており、頭からも血が流れていた。満身創痍というのが適切な表現だなと思った。
「アンタもずいぶんやられたみたいね」
そう言って、私はオウルの前に立つ。歩くのはもう止めていた。
「あぁ、今回は流石に疲れた。……そう言うお前こそ、ずいぶんとやられているみたいだが」
「うっさいわね、こんなの軽傷よ、軽傷」
「……そうか」
オウルは、少し横にずれてくれた。その空いた隙間に座り込む。座り込む瞬間、全身に激痛が走って、「ッッ……」と声が漏れる。
ドッと疲れが、身体全体を覆う。もう立ち上がれそうになかった。立ち上がる元気もなかった。
横に居いるオウルは考え込むように目を閉じて、天を見上げていた。彼から垂れた血が地面を赤く染めていた。
「……案外、重傷なのかもしれないわね」
「……心配してくれているのか? お前が? 意外だな、明日は天気違いの槍が降るかもしれないな」
「うっさいわね。もう言わないわよ」
少し嬉しそうに笑みをしていたオウルだったが、ガフッと血を口からこぼした。それでも、よっぽど面白かったのか、笑みを絶やさなかった。
「……ねえ、ちょっと、ほんとに大丈夫なの」
自分のことを棚に上げて言う。私だって、他人の心配なんか出来る状態でも無いってのに、バカみたいだ。
こんな時に限って、よりにもよって、コイツの心配をするなんて
「俺は大丈夫だ」
オウルは身体を少し動かす、まるでまだ生きてるぞとアピールしているみたいに。その姿は傍目から見ても痛々しかった。無理をしている、とバカな私でも直ぐに気付いた
「それにしても、今回の戦い……どうやら、俺たちは騙されたようだな」
「そのようねぇ」
私とオウルは傭兵だ。依頼があればどの区だろうと、どんな敵だろうと金を求めて戦う。まぁ、どんな依頼でも受けるなんて格好いい言い方したが、依頼的に美味しくなかったり、英雄を殺せなんて、だれも受けたがらないような無理難題でなければ、受けるという話しだ。
そして、今回の依頼は単に荷物運びだった。
言われた場所に赴いて、荷物を受け取り、運ぶ。それだけの依頼だったはずなのに、受け取り場所にあったのは、荷物なんかじゃなくて武装した能力者たちだったわけだ。
やられた。こうなることも考えていなければいけなかったのに、配慮が足りていなかった。
情報が命とはよく言ったものだ。
その情報が足りなくて、今にも死にかけなのだから。
「残った敵は……?」
「いないみたいよ。といっても、生き残ったのは私とアンタくらいだけど……」
だけど、その命ももう終わりそうだった。
さっきから、眠いのだ。寝たら起きれないことが分かっているのに、とても眠い。
寝てしまおうかという、甘い心を黙らせる。
オウルはまたも考え込むように、頭を下げていた。死んでいないのか不安になるが、コイツのことだ。私よりも図太く生きるだろう。
「はぁーー」と息を吐く。吐いた溜め息に少し血が混じっていた。どうやら、私もそこまで長くないようだった。
こうして、死にかけの状況で、走馬灯のように自分の人生を振り返る。
幸せな家庭に生まれて、このクソみたいな島に連れてこられて、腐れ縁みたいな奴も出来て、そして最後は裏切られて死ぬ。
まぁ、なんて酷い人生だ。思わず笑みがこぼれそうになる。死ぬときぐらいは笑った方が良いと言ったのは誰の言葉だったか。誰だって良いか。変わらないもの。
「そうか、それなら、まだなんとかなるな」
そう言ってオウルは懐から一本の注射器のようなものを取り出した。
ソレに私は見覚えがあった。
『R.I.P.治療薬』――能力者専用の治療薬であるそれは、確かに今の致命傷を通常まで回復出来る天使の薬のようなアイテムだった。
どうやら、薬は一本だけのようだった。
視線が薬に釘付けになる。
奪えば助かる。
恐らく今のオウルには、抵抗するだけの気力はないだろう。そして、私には奪うだけの体力がまだ微かにあった。
視線を薬からずらし、オウルの顔を見る。
オウルは、薬ではなく私の顔を見ていた。灰色の瞳が私を差す。
何分、お互いを見ていたのだろうか。
バカみたい。
「はぁーー」と吸った息を肩で吐く。
どうやら、私には彼から薬を奪う体力はあっても、奪うだけの精神はなかったようだ。
視線を元に戻す。
「……打たないの」
「あぁ、打つさ、いま覚悟を決めたところだ」
たかが薬を打つのになんの覚悟が必要だっての。子供か! と思ったけど、それを口に出せるほどの気力はなかった。視界のぼやけが酷くなっていく。
不意に痛みが走った。
全身にではない。局所的に、私の太もも辺りに痛みがある。
「ーーッッ!」
痛みでぼやけていた視界が正常に戻る。
痛みの方を見ると、さきほどの薬が私の太ももに刺さっていた。
「なに……やってんのよ!」
思わず怒鳴り声のように声を上げる。意味が分からなかった。なんで、どうして? 疑問が頭の中に次々とわいて出て、解消されずにたまる。
私に差した張本人は嬉しそうに、満足げに笑っていた。
「これでいい、これで」
「何言ってんのよ、このバカ!」
さっきまでの無気力が嘘の様に力がわいてきた。その沸いてきた力を罵倒に変える。
「俺は充分生きた。それに、もう疲れた。はは、疲れたんだ」
オウルは、本当に眠たそうに欠伸をした。そんな姿を見ては罵倒も止まってしまう。
「今日から、お前がオウルだ」
最後に彼はそう言った。眠るように、寝かすための子守歌のように。
余計なモンを託してんじゃないわよ。まったく
私は、立ち上がった。もう、ここにいてもようはなかった。
去る途中に振り返らずに私は言った。
「またね、オウル」
「フッ」と笑う声が聞こえたような気がした。死体が喋るわけでもないのに。
死んだときに、あの名無しのバカにもう一度だけ名前を呼んでやらなくてはいけなくなった。
あとは、依頼主を殺すだけだ。
「本当に最悪ね……」
私は死体しか残っていない戦場を後にした。