練習用短篇 作:レファレンス
バス停の屋根を叩く雨音だけが、やけに大きく聞こえていた。
そのザーザーという音を聞くたび、俺の心はだんだんと沈んでいく。傘がないのである。
なので雨が激しければ激しくなるほど、俺の心は反比例するかの如く、どんどんと沈んでいくのだ。
「はぁ」と目に見えて片を落とし、声に出してため息を吐く。こうも息を吐き出さないと胸のモヤモヤやむかむかが外に出ないようなきがしたからだ。
降水確率20パーセント。
今日のお天気のおねーさんが笑顔でそう言っていたはずだ。間違えて別の地区を見ていたのかもしれないけど、それを信じて、曇り空の中、傘を持たなかったのは、自分のせいだった。
荷物が増えるのを嫌ったのが裏目に出たか。
もう一度、たまった息を吐き出すように「はぁー」とため息を吐く。
「ねぇ、そんなにため息を吐かれるとコッチまで気分が下がるのだけど」
凜とした声がそう言ってきた。
話しかけられるなんて思ってもみなかった俺はびっくりして声の方向をみる。
そこには俺以外の女性がいた。バス停のベンチに座っていた。
腰まで伸びた黒髪は雨で少し湿って、細められた目は俺ではなくスマホに向けられていた。雨に少し濡れている頬は少し赤みを失っていた。普通……と言えば彼女に失礼に当たりそうなので、美人寄りの普通だったと思おう。ツーンとした態度をひしひしと感じるが気にしない事にしよう。
彼女が着ているのは自分と同じ学校のもので、つまることは彼女同じ高校のというわけだ。
「あぁ、ごめん」と俺は謝った。
それで会話を終わらせても良かったけど、俺は「でも」と親に怒られたときの言い訳の様に続ける。
「今日の降水確率20パーセントってお天気のおねーさんも言っていたのに、この雨だぜ。ため息の一つや二つ、はきたくなるもんさ」
彼女の返答は求めてはいなかった。ただ自分の独り言のように、この雨音にかき消されるのだろうと思っていた。
「そう、それは残念だったわね」
そう彼女は言った。
返事をしてくれた。
どうしてか、それが嬉しきく思えた。
「そうそう、そうなんだよ。分かってくれるか!」
「でも、だからといってため息はコッチの気分が下がるわ」
「………」
そう言われると何も言えない。むすーと気分は雨と同じ様に急降下。
「ねぇ、雨は嫌い?」
彼女はスマホに目線を向けながらそう言った。
「嫌いだよ。少なくともいまは」
動きを制限してくる雨はいまは嫌いだった。
「そう、でしょうね」
そう彼女は言った。
何が言いたいんだろう。
「でも、私は雨が好きよ」
「どうして?」
「いつもとは違う雰囲気が味わえるから」
彼女の言葉はとても簡潔的で会話はどうしても短くなりそうだった。でも、俺は「いつもと違う雰囲気」というのが知りたくて諦めずに彼女に話しかけていた。
「いつもと違う雰囲気ってあれか。いつも晴れだと飽きてしまうから、たまには雨が良いって奴か? だとしたら俺は雪のほうがそういった気持ちになれるな」
「そうね、そう言う感じなのかもしれないわね。晴れた日と違って、雨音や湿った水の匂いだとか、毎日見ている風景が違ったりとか。私はそう言うのが好きなのかも知れないわね」
「ちなみに、雪の日も好きよ」とかの彼女は言った。
「そう言うんだったら、少しはスマホから目線を外して、周りを見渡してみろよ。どしゃぶりの雨が見えると思うぜ」
「いやよ、それはそれ、これはこれ。雨の日は好きだけどそれ以上にスマホが好きなのよ。私は」
「都合の良い奴だな」
「都合が良くないと生きていけないもの」
「たしかに」
そういって俺は苦笑した。
「お前も雨が止むの待ってんのか?」
「いえ、私はバスを待ってるの」
「そうか、そりゃうらやましいな」
そういってザーと雨音がするバスの待合室で俺と彼女は待っていた。俺は雨が止むのを、彼女はバスが来るのを
次第にバスの来る時間になって、他の人が来るようになって、俺と彼女の会話は自然と無くなっていった。
そうしてバスはぷしゅーと気の抜けた音を立てながらやって来た。俺と彼女は一番先頭で乗れる筈だが、俺はそもそも乗るつもりもないし、彼女はどうしてか、まだ座っていた。
ぞろぞろと人が乗り降りしていく。
俺は自分の事のように彼女に「おい、乗らないのか」と焦りながら聞いていた。
彼女は黙ったまんまだった。
そうして、最後尾の人が乗ったのをみて、彼女はバスに乗った。
取り残されるのは俺だけだった。
「短い間だけだったけど、会話楽しかったわ」
「おう、こっちも少しだけだけど気を紛れさせたわ」
「そう、なら良かった。……ところで、貴方何て言うの?」
「明人。明るい人と書いて明人。岡本明人、二年だ」
「そう、教えてくれてありがとう」
「そういうあんた?」
「なにが?」
「名前だよ、名前」
俺がせかしたようにそう言うと、彼女はうっすらと笑って
「またの機会に話しましょ」と言った。
するとバスの扉はしまり、彼女は去ってしまった。
タイミング良すぎだろと思いつつ、ぽつんとひとりバス停に残されてしまった。
雨はまだ活きよい良く降っているし、当分止みそうにない。
「はぁ」とまた憂鬱な気分になりそうだったけど、いまはそんな気がしなかった。
またの雨の日が楽しみだ。
少しだけ、雨が好きになったかも知れない。