練習用短篇   作:レファレンス

3 / 15
終電、いっちゃったね

 ハッ、ハッ、ハッと乱れた息をなんとか整えようと息をする。

 時刻は既に終電間際、この電車を逃したら何時間も歩かないと家に帰れなくなってしまう。

 急いで、改札を抜けて階段を上る。

 

 今日ばっかしはこのスーツが憎い。これのせいで動きが制限されて遅くなる。

 改札も憎ましい。ICで直ぐに通れるとは言え、一瞬だけ動きが制限される。

 この階段が憎い。これのせいで、残っている体力がゴリゴリ削られてしまう。

 

 俺以外、駅の改札付近には誰もいなかった。

 それもそうだろう、こんなに時間に追われる人が大勢いたら、それこそ日本の終わりだ。

 自分だけというのは、日本もまだまだ終わっていないのだと思い知らされる。

 終電を逃すまいと走る自分の姿も余計に惨めに感じる。

 

 タッタッタッと階段を景気よく上がるが、既に俺の体力は無くなり欠けていた。

 「ちくしょう」とついつい言葉をこぼしてしまう。

 そんな事を言っている間にもぷしゅー! と気の抜けた汽音が聞こえる。もう時間も間もなくだった。

 

 はぁ、はぁ、と階段を登り切った俺を待ち受けていたのは、閉まる扉と走り出す電車だった。

 こんなにも疲れた状態でまた何時間もかけて帰らないと行けないと言うのが自分の心を深く侵食していく。

 

 駅のホーム。

 階段付近で息を切らせている男と本日の案内を終了した電光掲示板、本日の業務を終わらせるべく走り出した電車。残っているのはそれだけだった。

 

 

 「はぁー」と息を吐く。それだけで気分はちっとも良くはならないけど、吐かないと道にもこの胸のわだかまりは解けそうにもなかった。

 がっくしとうなだれて、地面を見る。階段付近のアスファルトなんてみてもちっともよくなったりしない。

 

 もう一度「はぁー」っと深くため息を吐く。

 

 そうして振り返り帰る。

 帰らないと行けないのだ。家に。

 

 「終電、いっちゃったね」

 

 不意に、そう言われた。

 

 声の方向を向く

 そこには、10代そこらだろうか、なんかちっこい少女いた。

 誰だコイツ……?

 

 「あーー、あ?」

 

 辺りを見渡す。

 俺とこの少女以外、駅のホームには誰一人としていなかった。

 もしかして、俺に言ってんのかこの少女。

 もう一度、少女をみる。

 

 幼いながらも整っている顔立ちで、肩まで均等に伸びたブロンド髪は染めたものではないのだろう、染料特有のものがなく、どこか艶やかだった。

 特に注目したのはその目だった。

 どこか眠たそうに見えるその目は、鮮やかなブルーで、一瞬だけだけど目を奪われてしまう。

 頬は若干赤くなっていた。

 

 流ちょうな日本語とは裏腹にどこか外国人のような容姿をしている彼女。ハーフの子なのかなと思ってしまう。

 一見しなくても美形。

 あと、十年もすればアイドルとしてもやって行けそうな子だった。

 

 「おにーさん、終電逃しちゃいました?」

 

 コテんと首をかしげる少女、どうやら俺に聞いているようだった。

 それにしても、俺の事を「おにーさん」と呼ぶとは、この少女、見た目に反して分かっている。

 この見た目で何でこんな時間にいるのかはさておき。

 

 「あー、そうなんだよ。くそッもうちょっとだったのに逃しちまった」

 「えへへ、やっぱりそーなんですか」

 「そうだよ。……ところでお嬢ちゃん。お嬢ちゃんはいまから帰りか? もうこんな時間だから帰った方が良いぞ」

 

 時刻は既に23時を過ぎている。

 終電を逃しているんだから当たり前だが、だからといってこんな時間に少女一人というのは間違っていた。

 

 「えへへ、そうしたいんですけど。私も終電逃しちゃって……」

 

 少女ははにかみながらそう言った。幸せそうに、眠たげな顔で

 「は?」と気が付いたら声に出して言っていた。

 

 「終電逃したって……お前……」

 

 この少女は立ったいま、電車から降りてきたんじゃなかったのか?

 俺は間に合わなかったけど、それは本の数秒ほどの差でだ。

 この少女は間違いなく俺よりも先に来ていた。

 それなのに電車を逃したってどういうことだ・

 

 「あははは、笑っちゃいますよね。少し早めについたのでこうしてベンチに座っていたら。つい、うっかり寝てしまって。汽車の音で目が覚めたのはいいですけど、目が覚めた頃には、あーれーと電車が行ってしまいましたもん」

 

 そういって、彼女は再び近くに置いてあるベンチに座って足をぷらぷらさせて遊んでいる。

 そんな脳天気な姿を見て、俺は喉から言葉が出てこなかった。

 

 「いや……大丈夫なのかよ。それ」

 

 俺が乗ろうとしていた電車は、終点までのこり三駅くらいだったが、たとえ三駅であっても一駅一駅ほどの距離はある。俺が帰ろうとしていった区間は丁度一駅分先だったので、それほどの距離ではないが、もしも三駅ほど離れていたら、歩いて帰るのは絶望的だろう。

 てか、正直俺自身、どこかのホテルで休もうと思っていた位だし。

 

 すると、彼女は可笑しそうに「あははは」と笑う。

 

 「そうですね、ここからだとちょっと……いや、だいぶかな。だいぶ遠いですね。そっか、あたし歩いて帰んないといけないんだー。あははは」

 「……いや、タクシー使って帰れよ」

 「いやいや、タクシーって高いじゃないですか。そんなんにカネを使うくらいなら歩いて帰ってやりますよ!」

 

 彼女はどこかやる気に満ちた声でそう言った。

 どこから来るんだその元気は。さっきまで眠そうにしてただろ。少し分けてくれ。

 

 「いや、そんあ元気見せてないで普通に使って帰れ。日本は確かに安全な国かもしれんが、それでも何かしらの事件に巻き込まれたりだってする可能性がある。それにここ最近じゃ、ここら一体に不審者が出たってはなしだぜ」

 

 嘘である。

 俺はここらへんに住んでいないので全くのでたらめだが、嘘にだって方便はある。この子を安全に帰す位なら嘘だってつくさ。

 

 それにこんな年端もいかなそうな少女が夜道を歩くだけで、心配になってきてしまう。

 日本は他の国から見れば相対的に治安は良い方なのだろうけど、それでも治安が悪いところは悪いし、事件だって起きたりする。

 明日の朝、ニュースなどの報道番組で彼女の事を見かけたら俺はきっと一生後悔する羽目になるだろう。

 

 「うーん、確かにそう言われると、少し怖いですねー」

 「だろぉ。だからここは素直に――」

 「でも私、お金ないんですよねー」

 「………」

 

 それはどうしようもない話しだった。

 

 「……着いたら払えば良いだろ」

 「家にですか? 私はそれでもかまいませんけど、それって無銭利用にあたりません? それに、「家に着いたらお金を出すので連れてってください」なんていう人、もし貴方がタクシーの運転手だったら信じますか?」

 「………」

 

 信じられない。こんな子に言われたら十中八九いたずらだと思うだろう。

 

 「親に待って貰うのは?」

 「いまからですか? きっと寝てますし、距離的にもムリな気がします」

 

 それもそうなのか。

 まぁ、こんな時間帯まで娘を放置する親だ。まともなワケがないのか?

 

 「うーん」

 「あっ! おにーさんがお金を貸してくれるって手もありますよ!」

 「なんで俺が見ず知らずのお前に貸さなきゃならんのだ」

 「えーでも。こんなに話しあった仲じゃないですか、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでも……」

 

 そう言ってまるで女神像でも縋るように見てくる少女。

 確かに一瞬、(なら俺が金を渡せば解決するんじゃ……)とも思ったけどお金が返ってくる保証なんて何処にもなかったし、なんか彼女から言われるのは違かった。

 

 「えー、お願いですよ-」

 

 間延びをしたお願いをする少女

 俺は両手で祈るようにお願いをする彼女にいたたまれなくなって、頭をポリポリとかきながら「あー、分かったよ。貸すよ、貸せば良いんだろ!」と言ってしまった。

 

 「でも、その代わりお金が出来たら直ぐに返せよ。俺の利子はヤミ金よりも上だかんな!」

 「えー、そこは気前よく『くれてやるよ、なに、お礼だけで十分さ』って言うところじゃないんですか」

 「どこの成金だ! みみっちくて結構! んで、お前携帯はさすがに持ってるよな。LINE交換しようぜ」

 「持ってますよさすがに……てか、『LINE交換しようぜ』ってアレですね。ナンパみたいですね。あははは」

 「言うな、俺も言ってて若干思った」

 

 そう言ってお互いスマホでLINEを交換しあう。

 彼女のアカウント名はミウで、アイコンはなんとも可愛らしい猫だった。

 

 

 「それじゃ、親にお金貰ったら連絡しろよ」

 「むぅ。そこまで子どもじゃありませんよ。わたし」

 「は? いや、どう見ても子どもだろ」

 「いや、なんかみょーに感じてたんですけど、もしかして10代の子どもだと思ってませんか?」

 「いやいや、どっからどう見てもそうだろ」

 「いや私、成人してますよ」

 「は?」

 

 は? 成人している? このちんちくりんが?

 

 「酒だって飲めますし、なんなら今日飲んでいまベロンベロンですよ」

 

 そういって「はー」とコッチに息を吹きかけてくる。

 イケないと思いつつもその匂いを嗅ぐと確かにアルコールのツンとしたイヤな匂いだった。

 

 「ね?」と彼女。

 意外だった。

 なら、金返せよとも思った。

 でもそれを口に出すのは少し惨めだなとも思った。だからパクパクと口を動かすだけにした。

 

 俺たちはその後、人がいないか見に来た駅員さんに連れられて駅を出た後、彼女はタクシーを呼んで帰る事となった。

 

 「それじゃぁ、親切にどうも」

 

 呼んだタクシーに乗り込んだ彼女は、開けた窓からそう言った。

 タクシーの代金は俺が直接出した。

 少なくない、痛い出費だった。

 

 「……なんか、詐欺にあったみてーな気分だ」

 「あはは、確かにすかもしれないですけど、私が騙したんじゃなくて、勝手に騙されたのはそっちですよ。えーっと、そういえばお名前って何でしたっけ」

 

 そう言われて、お互い何も名前を言い合っていないことに気付いた。

 「俺は船橋、お前は」

 「古屋です。ここまでありがとうござます、船橋さん。それじゃぁ、おやすみなさい」

 「あぁ、お休み」

 

 ふあぁぁと彼女は眠たそうに欠伸をしたあと、窓を閉めてバイバイと手を振った。俺もつられてタクシーが見えなくなるまで手を振った。

 

 そういや、ここから帰らないといけないんだなぁと思いつつ、不思議な出会いもあるもんだなと

 夜空は満天な星空はなく、真っ暗闇だった。

 

 

 後日談だが、翌日のLINEには丁寧な文で

 

 『昨日は申し訳ございませんでした。頂いたお金はキチンと返させて頂きます。どおかで、空いている日と時間はありますでしょうか。

 本当に申し訳ございませんでした。』と帰ってきた。

 

 昨日の印しそうとは180度違っていて面白かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。