練習用短篇 作:レファレンス
「今日、何かイヤなことでもありました?」
深夜二時。
コンビニで会計中、目の前の店員は俺に対してそう言ってきた。
コンビニ店員の言葉にドキッと胸がざわめく。心当たりがあった。
「え……、いや、そうなんですかね。そう見えます?」
「ええ見えます」
コンビニ店員はこちらを見ずにそう言った。
「えーっと、そっか。そっか。そう見えるのか。……すみません、ちなみにどんなところがそう見えちゃいます?」
俺はなるべく優しく、そう訪ねていた。
するとコンビニ店員は、レジに通していた商品から目を離して、「そうですね」と考えるそぶりをした。
一瞬、目と目が合って自分が見透かされたような気がした。
「まず、目線ですかね」
「目線、ですか」
「ええ、目線です。お客さんがこのコンビニに入って来たときから、失礼ながら観察させて貰っていたのですが、あぁ、すみません。一応時間帯が時間帯なのでお客様を見とくようにしてるんですよ。気を悪くさせてしまったら誤ります」
「はぁ、いえそこは大丈夫なのですが」
「あなたは、店に入ったときから前を向いていなかった。商品を選ぶとき以外はずっと目線と首は下の方を向いていました」
そうだったのか、それは気が付かなかったな。
男は視点を商品に戻して、レジに通し始める。
ピッピッと商品を通した時の電子音が静かな店内に響きわたる。
「それだけで、私が疲れていると思ったのですか? それだけだと根拠が薄いような……」
「いえ、それだけじゃありません。あなたのズボンの裾は黒くて見えにくいけど所々汚れている。黒い革靴も光沢を無くなっているところを見るに長時間歩いてきた。違いますか?」
「すごい、合ってます」
彼の指摘は間違っていない。
運悪く終電を逃して、いままで歩いて帰ってきていたのだ。
おかげで足が痛かったが、そうか、汚れていたのか。
「いやー、凄いですね。合ってますよ全部。いや、なに。さっき終電を逃してしまいまして……それで歩いて帰ってきたんです。いやでも、おにいさん。当たってますよ、探偵みたいですね」
「いえいえ、そんなんじゃありませんよ。でも昔、人をみる仕事をしていまして、その杵柄みたいなもんです」
コンビニ店員そういって薄く笑った。
彼は商品を見ているので、こちらからはよく見えないが、彼の瞳はどこか昔を懐かしんでいるような気がした。
「でも、おにいさん。長距離を歩いたことは合っているけど、それは単に疲れたという話しであって、イヤなことでは無いのでは?」
そう俺は言っていた。
確かに、終電を逃したのは嫌な気分になったが、それ以上に疲れたのが本音だ。
俺なりの挑発、挑戦状だった。
このなんでも見通していそうなコンビニ店員への
するとコンビニ店員は、うっすらと笑って、楽しむように、「私の勘になっちまいますがね」と前置きをした。
「あなた、商品を買うときにエナジードリンクやお酒を買うときは、直ぐにカゴの中に入れたのにチョコレートやリラクゼーションドリンク、コーヒーを手に取っては棚に戻している」
「たしかに……!」
たしかにそうなのかも知れない。実際、今日自分が買った物は、売れ残ったパンにお酒とこの後、食事をしなくても良いようにする最低限のものだけだった。
「それにお客さん、いまの時間は夜中の2時ですよ。こんな夜深くまで……終電を逃したにしても遅いお帰りの中、スーツを着ている。妙だなと思うのは何も不思議な事じゃありません」
「そうか……」
「今し方あなたの目の方を見させていただきましたが、目の下に黒いクマがついている。最近はよく寝れていないんじゃないですか」
合っていた。何もかも。
確かにこの時間にスーツ姿の男がコンビニに入ってくるのは可笑しい話しなのかもしれない。
都会ならまだしも、このコンビニがあるのは住宅街の近く、確かに妙な話なのだろう。
「すごいですね。当たってますよ、全部。……もしかして、私の家族構成や職業なんかも分かったりするんですか?」
俺はまるで憧れの人に質問するかのように聞いていた。
でも帰ってきたのは首を振った彼だけだった。
「そこまでは分かりません。言ったでしょう、昔人を見る仕事をしていましたが、それだけです。シャーロックホームズや名だたる探偵の皆々よりかは私の観察眼は劣ります。趣味みたいなもんですから」
「そうですか……」
少しだけ俺はがっかりした。
そんな俺を見て、彼は少し肩を落とし、苦笑した。
俺ががっかりしたのを彼は見抜いたようだった。
「ええ、私には正直、お客さんにイヤなことがあったのか。それとも、ただ疲れているだけなのか。それはお客さんにしか分かりません。」
「最初のイヤなことがありましたかも当てずっぽうですしね」と彼は言った。
レジ袋の口を整え、彼は続ける。
「ただ」
「ただ?」
「こんな時間まで働いて、終電を逃した人が、幸せそうな顔で店に入ってくることは、あまりありませんから」
俺はその言葉に何も言えなかった。
図星だったからだ。
店員は相変わらず、見透かしたように笑っている。
彼には見えたのだろうか。
今日、会社で企画を丸ごとやり直しと言われたこと。
昼から何も食べていないこと。
上司に怒鳴られたこと。
それら全部を見抜かれたわけではない。
でも、「何かあった」ということだけは見抜かれていた。
「……すごいですね」
「違いますよ」
店員は苦笑した。
「夜勤をやっていると、いろんな人が来ますから」
ピッ。
最後の商品を読み取り、レジ袋を差し出す。
「酔っぱらいも来ますし、泣きそうな学生も来ます。喧嘩した夫婦も来ます」
一拍置いて、
「だから、なんとなく分かるようになるんです」
俺は袋を受け取った。
「昔、人を見る仕事をしていたって言ってましたよね」
「ああ」
店員は少しだけ遠くを見る。
「営業です」
「営業?」
「人の顔色ばっかり見てました」
思わず笑ってしまった。
「探偵じゃなかったんですね」
「探偵だったら、もっと儲かってますよ」
その一言で、張りつめていた空気が少しだけほどけた。