練習用短篇 作:レファレンス
ブゥーンと音が鳴った。
一瞬の浮遊感がしたかと思えば、ガタンッ! と大きく空間が揺れて「うおぉ……」と口からこぼれた声が狭い中に響く。
エレベーターが止まったようだ。
一瞬、エレベータ内の電源が完全に落ちた。
うっすらとしたスマホの明かりが部屋全体を照らす。
そのぼんやりとした明かりに照らされた人が二人いた。
一人は、男性で、着崩したシャツの上にぼさっと制服のブレザーを着ていた。髪は制服と同じ様にだらしなく整っており、ボサボサの黒髪と目の下のクマから、他者から不幸顔と呼ばれる様相をしていた。
一方で、もう片方。女性の方はキチンとしていた。
女性用の制服は、整えられており、リボンやブレザー、スカートには服のしわが一切無く、腰まで伸びた黒髪は艶やかだった。
一目で美人と分かる風貌は、他の人の注目を自分のものにしていた。
二人は同じ高校に入っている同級生だった。
同じ高校、でも性別も違えば身だしなみも違う。
そんな対照的な二人が一つのエレベータ。しかも、止まってしまって密室空間になった空間に囚われていた。
「ねぇ」
如何にも不機嫌そうな声色で少女が言った。
実際、不機嫌なのだろう。
誰もこんな窮屈な空間に囚われたいとは思うまい。
「なんだ」
少年も不機嫌そうに答えた。
「……電源が切れたとしても監視カメラはまだ動いているはずだから」
「……はぁ?」
「貴方の考えていることは無駄よ。諦めなさい」
「何言っているんだお前……」
「とぼけたって無駄よ。貴方、この気に乗じて私を襲うつもりだったでしょう。この変態! スケベ! 色欲魔!」
「しねーよ、バカか! なに人を勝手に犯罪者に仕立て上げてんだよ」
大事な高校生活と人生をこんな数分のハプニングで失ってたまるか。
それによしんば監視カメラが切れていたとしても、即通報されて終わりだ。携帯の電波繋がってるしな
て、アレ?
「……お前、非常ボタン押したか?」
「…………」
彼女は無言で、非常用ボタンを押す。
「……おい」
「…………」
「さすがに、それはねーんじゃねぇの?」
「…………」
なおも無言を貫く少女。
だってそうだろう、勝手に早合点したはいいものの大事な事を忘れていたのだから。
少年が、その不幸な顔で少女のことをジトリと見つめ、少女はやや気まずそうに視線をずらす。
『目は口ほどにものを言う」という言葉があるが、まさにいまの現場を指し示している。
やがて、少年の無言の圧力に耐えかねたのか、「だって」と少女は呟いた。
「だって、仕方がないでしょ。こんなの初めてなんだから!」
少女は、今の今まで無言だったのかと思うほど声を上げた。
「てか、何よ! 自分でも押していなかったくせに、私が押していなかったからって、じーっと見つめてきて、文句があるなら行ってみなさいっての、この変態!」
「文句しかないわ、このバカ! それにまだなんもやっていないうちから変態扱いしやがって、この脳内ピンク女!」
「うぐぅ、し、仕方ないじゃない。こんな状況なのよ! 最悪のケースを考えるのが普通でしょ!」
考える最悪のケースが閉じ込められるよりも、襲われることなのかと少年は思いつつも、それ以上何も言わなかった。
確かに、と思ったからだった。
確かに最悪のケースを考えるべきだろうと思えたからだった。
言いたいことを言い切ったのか、両者なにも言わなかった。
また、エレベーター内に沈黙が降りた。
お互いにスマホは見ていなかった。
すると、チーンと音がしてエレベーターは何事もなかったように止まる階についた。
「やった!」と少女はうれしそうな声を上げてエレベーターを降りていった。
少女も去って行き、少年も降りる階では無かったが降りることにした。
これ以上、エレベーターにいたくはなかった。
ドッと疲れが少年の背中にのしかかったが、これはエレベーターに閉じ込められた以外にも理由はあるのだろうと少年は考えていた。