練習用短篇 作:レファレンス
結局、そのボタンは押せなかった。
『俺たち付き合わない?』だなんて、文章作って、LINEの送信ボタンを押そうとしたとき、手が止まった。本当にそれでいいのか、と。
「だから俺は送ることを止めたんだよ」
「ダッセーな。漢ならフツー、送ってるもんだろ」
授業終わりの放課後、使わなくなった空き教室で、俺と京谷の二人でだべっていた。お題は昨日あった俺のLINE。西園寺さんとの付き合うか付き合わないかという内容だった。
「ダサくて結構。こういうのはもうちょっと時間をじっくりかけて、イケるなと思ったときにやった方が良いんだよ。漢とかカンケーねーよ」
「かぁーーー、甘いなぁ。甘いよ、お前。甘い、甘い」
「甘い甘い言うなよ。おれは佐藤じゃねーんだぞ」
「お前なぁ、西園寺さんってばウチのクラスの中じゃ、ケッコー美人よりだし、何人もの男子生徒が狙ってるっつー噂なんだぜ」
「だからなんだよ」
「早いモン勝ちだって事だよ。お前がうだうだしているウチに取られちまうって話しだよ」
「………」
実際、その通りだった。
彼女はクラスの中でも、いや、学園全体、世界全体から見ても美人だ。俺以外の人が狙っていても可笑しくはなかった。
ズキンッと胸の辺りが痛くなる。
今この瞬間にも、彼女は誰かから告られているのかも知れない。そう思うと、無性に昨日の自分を殴り飛ばしたくなる。
なんだかなぁ。
「お前って、西園寺さんと幼馴染だろ? 家の近いって話しだし、イケると思うんだけどなぁー」
「幼馴染で家が近いからって言っても、恋愛にこぎ着けるってのは早計だぜ」
「そうか? そりゃー中学までなら、同じガッコーってのもありえる話しだけど、高校まで行ったら話しが変わって来るだろフツー」
「そうか?」
「そんなもんよ」
……そうかなぁ。
幼稚園からの付き合いだけどそんな事無いと思う。
幼稚園からの付き合いだからと言って、そんなに関われることも多くない。
昔こそ遊んだこともあったけど、それは小学生までの話しだ。中学になってからは次第に会うことも、遊ぶことも少なくなった。高校生からなんてめっきりだ。
「でも、オメー。西園寺さんの事が好きなんだろ?」
「………」
ニヤニヤしながら京谷はそう言った。
俺は無言だった。
好きか嫌いか。
そんな事を聞かれたら好きだと言える。
てか、嫌いな相手に「付き合わない?」なんてLINEを送ろうとは思えなない。だから、俺は西園寺のことが好きだ。
いや、果たしてそうなのだろうか。そんなカンジで好きと言って良い物なのか。
ダメに決まっている。嫌いじゃないから、「付き合おう」と言ったから好きなんて安直だ。それじゃあ、実際に付き合えたとしても西園寺に失礼だ。
京谷は、俺のリアクションが薄いからなのか、優柔不断なところに飽きたのか、はたまたその両方か。椅子を無理矢理ギコギコとフナこぎをするみたいに上下で遊んでいた。
でも顔は楽しくなさそうにへの字に曲がっていた。
「……つまんねー」
「……つまんなくって悪かったな」
俺はふてくされたようにそう言った。
「普通はもっと、慌てたり、「ばっか、そんなんじゃねーよ///」みたいに照れたりするもんだろ。お前にはそのかわいげが無い」
「無くて結構」
「甘いのにかわいげの無い奴だなぁ」
甘いのにかわいげのない奴って一体どんな奴なんだよ……
俺の事なんだろうけど。
「おめぇ、ホントに西園寺さんのことが好きなのかよ」
京谷はそう言った。
さっきまでと変わらない声量だったが、自分にはより大きく聞こえた。
責められているような、そんな感じ。
悪いことなんかなんもしていないけど、俺は悪いのかなぁ。
「どっちなんだよ」
返答がなかったからか、問い詰めるように京谷はそう言った。
「好きだよ。そりゃぁ。好きだ」
「どうかな、お前は本当に好きなのか?」
「んだよ。お前。そんなに知りたいのかよ!」
いつも以上に何度も確かめるみたいに、問い詰めるみたいに聞いてくる京谷についつい大声を出してしまう。西園寺と付き合うことがコイツとどんな関係があるって言うんだ。
「そりゃぁ、知りたいさ。友人だから!」
京谷はハッキリとそう言った。
「……なんだよそりゃ」
なんだよそりぁ
「で、お前は西園寺さんの何処が好きなんだよ」
「顔と……胸?」
「サイテーだなお前」
「いやいやいや! パって思いついたのがそれなんだよ」
「なら、なおさらサイテーだよお前!」
俺は西園寺の何処に惚れたんだろう。
昨日の俺だったら分かっていたのかな。
スマホを取り出し、なれた手つきでパスワードを打ち込む。一瞬、間が空いてスマホが開かれる。
LINEを開き、西園寺との連絡を見る。
文字はもう打たれていて「俺と付き合わない?」と昨日と同じ文脈で書かれていた。
送信ボタンの押さずに放置して、電源が切れたのだろう。
もう一度みる。
これを打ち込んだとき、俺はどんな気持ちだったのだろうか。
昨日のことなのに思い出せないや。
スマホの電源が消えては、付けて、消えては、付けて。
京谷はまた舟こぎしていた。退屈なんだろう。
「……送れよ」
京谷がコッチを見ながらそう言った。
言った京谷は俺よりも何倍も歳を生きているように見えた。
「送れないよ。簡単には」
俺はそう言った。
「好きなんだろ」
「好きかも知れない…」
「なら、送れよ」
「そうせかすなよ」
京谷が遅れと言い、俺が送れないと言う。
堂々巡りだった。
幾ばくか同じ様な会話をした。
京谷は、不意に「はぁー」とため息を吐いた後、飽きたのかスマホを操作し始めた。
俺もこれ以上の追求がないかと安堵した。
「オメェ、ホントは嫌いなんだろ?」
スマホを操作しながら、京谷はそう言った。
目線はスマホに向けたままだった。
「は? 誰のこと?」
「西園寺さんのことだよ」
「はぁ? そんなワケねーよ」
「そうは見えないね。そんなうじうじしてるところを見ると」
「テメェ、ケンカ売ってんのか?」
急な京谷の代わりように、俺は顔が熱くなるのを感じた。それと同時にすーっと背中が寒くなるのも。
バカにされているようなそんな感じ。
「テメェ、もし好きなら大声で言えるか?」
「何を?」
「西園寺さんのことが好きだーって」
「おまぁ、何言ってんだよ」
ココは空き教室で、俺と京谷以外誰もいない。
でも他のクラスはどうだろう。
俺たちみたく、まだ人がいるかも知れない。知れないのに
「言えないって事は、それまでってことだ」
「何決めつけてんだよ」
「言えないよなぁ。甘ちゃんでかわいげのないお前には」
本気でコイツはケンカを売っているのか。さっきまでの変わりように少しおどろく。
でも、甘ちゃんでかわいげが無いとしても決めつけられるのはイヤだった。
気付いたら「言えらぁ」と言ってしまっていた。
「ならいって見ろよ」
京谷が煽る。
少し息を吸う。
教室の空気、黒板の匂いや机や椅子、教科書の香り。
「俺は西園寺が好きだあああぁぁぁ‼」
俺は叫んでいた。
赤ん坊のように、でも確かに、聞き取れる大きさで。
叫んでから何分過ぎただろうか、もしくは数秒か。
耳が熱い。顔も熱かった。
かあーっと暖められる。そんな感じだった。
なんとか、伏せたい顔を必死に上げ、事の発端の京谷を見る。
京谷はしてやったりの顔をしていた。
なんだコイツ。
「本当……」
心臓が止まるかと思った。
さっきまで顔が熱かったのに、今度は身体が冷えるようだった。
声の方を見る。
そこには西園寺がいた。
相変わらず、肩まで伸びた女の子らしくない短髪は、活発なイメージを連想させる。
だけど、そんな西園寺はいまはしおらしいように見えた。
「ねぇ、本当なの……?」
西園寺はそう言った。
確かめるようにそう言った。
「それじゃあな」と京谷は笑いながら教室を出て行ってしまった。
スマホをポッケに入れて。
現状をつかめていないおれは止めることが出来無かった。
残されたのは、俺と西園寺のみ。
あとは、昨日押せなかったボタンをいま言うだけだった。