公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜   作:ケモ耳はヒト耳を置き換える形が好き太郎

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公爵家の赤毛のケンタウロス
公爵家の赤毛のケンタウロス①


 

 満月の夜。レッドメイン公爵は自慢の庭園にて、いつものようにキャンバスへ筆を走らせていた。

 燃えるような赤い長髪を夜風に靡かせ、筋骨隆々とした肉体を月明かりで照らす姿は芸術家というよりも、戦士のそれ。

 その猛禽のような瞳が、近付く慌ただしい足音を咎める。

 

「やかましい。筆が乱れる」

 

「は! 申し訳ありません。閣下、ケンタウロスが子供を産んだのでご報告をば」

 

「そうか。見に行こう」

 

 そう言って公爵は、屋敷の厩舎へ向かう。

 既に使用人らが集まり、月明かりとランプを頼りにケンタウロスの助産と野次馬をしていたのだが……

 

「こ、これは……」

 

「どう、なんだ? いやしかし、この色は本当に……」

 

「退け。ケンタウロスの赤子が見たい」

 

「閣下! えー、産まれたケンタウロスですが──」

 

「2度は言わん、退け」

 

 使用人を押し除け人垣を割った先にあるのは、ケンタウロス。

 出産後の疲弊からは、はたまた別の理由からかもしれないが、虚脱した栗毛のケンタウロスの女。

 下半身は馬。馬体の首部分から人の上半身が伸びる、ある種の異形。

 人に近い部分であっても、側頭部からは馬のそれによく似た耳が伸びているので、明確に異種であると認識されるもの。

 そんな異種がもう1人……赤色。

 公爵が持つ赤と同じ、赤毛のケンタウロス。

 

「赤毛か、良いな」

 

「は、はい……それで、このケンタウロスはどのように?」

 

「育てろ」

 

「えー、それはレッドメイン家の──」

 

「他の馬と同じだ、コレは使える(・・・)。丁寧に育て、高く売るぞ」

 

 公爵はそれだけ言付けると、再び絵を描きに庭園へと戻ってしまった。

 眉ひとつ動かさず、気怠さを感じさせる顔のまま。

 対して育てろ、とそれだけ命じられた使用人──厩舎係、老騎士、調教師らは顔を見合わせ、困惑。

 

「育てるったってねぇ……アタシはただの厩舎係だよ。育てた事があるから人間と馬は分かるけども」

 

「儂とて、子や従弟は育てましたがケンタウロスとなると……」

 

「いやいや、それより気にするべきはこの赤毛でしょう!」

 

 ケンタウロスの赤子が持つ赤毛は、この赤いたてがみ(レッドメイン)の家中においては意味を持つ。

 一族を象徴する赤が、ただ馬に現れたのなら、それは吉兆と捉えられたかもしれない。

 だが、今回はそうではなかった。

 

「公爵閣下は、夜になると庭園にケンタウロスを連れて来て、人払いするって……噂に聞いてましたけど、もしかして」

 

「であったとしても、命じられた通りにするしかないでしょうな」

 

「命じられた通り、育てろってかい。この一言も喋らないケンタウロスのお嬢ちゃんでさえ大変なのに、子供って……」

 

「あの、もし失敗して死んじゃったりしたら……これって公爵閣下の子を──」

 

「あくまで赤毛のケンタウロスでしかない。それは胸に刻んでおくことですな。閣下は気難しい。余計な事は言わず、考えず、仕事に取り組むべきでしょう」

 

 結局、誰もが口をつぐんだ。

 皆そうだろう、と思いはしてもそれを大っぴらに話す訳にもいかない。

 ただ、赤毛のケンタウロスが産まれた日の昼、身重の公爵夫人の金切り声が屋敷に響いた程度。

 それ以来は腫れ物に触れるように、教育を任された厩舎係と調教師が丁寧に、丁寧に赤毛のケンタウロスを育てた。

 母親であるケンタウロスは何もしなかった。

 生きる事すら放棄して、産後に衰弱してそのまま。

 名前すら付けられず、公爵は調教師に尋ねられてようやく名付けの必要性に気付いた程度には、公爵も他人に任せきりだった。

 

「閣下、あの赤毛のケンタウロスについてですが……名前をどうしたらよいのでしょうか?」

 

「名前……必要なのか」

 

「言葉を話す種族ですので……教育をするにも名前が無いと不便かと」

 

「そうか。ローリーだ」

 

「ローリー、でございますか。しかし……」

 

「不都合があるか?」

 

「いえいえ! 滅相もございません。ローリー、名馬に仕上げてみせましょう」

 

 赤毛のケンタウロスはローリーと名前が付き、すくすくと成長する。

 ケンタウロスの成長は早く、歩き始めるのも人間に比べれば相当に早いもの。

 厩舎係の女性はこれまで通りに馬の世話をしながら、ローリーが厩舎を歩き回るのを慌ただしく見守っていた。

 

「ローリー! 馬の餌を盗み食いするんじゃないよ!」

 

「たへてふぁーい」

 

「食ってんじゃないかい! ほっぺがパンパンだよ!」

 

 調教師は馬ならば、どんなじゃじゃ馬だろうと名馬に仕上げる自信があった。

 レッドメイン公爵家にて扱われる最上と呼ばれるような馬は、全て自分が携わったのだと。

 だがそれが、ケンタウロスとなれば勝手はまるで違った。

 

「えー、お嬢ちゃん。何を見ているのかな?」

 

「馬?」

 

「あーそうね。馬ね……」

 

「ローリーも叩かれるの?」

 

「えー? いや、流石にお嬢ちゃんを鞭で叩くのはちょっと……」

 

 元が馬への愛情と情熱を持った人々だ。

 酷い扱いが出来るわけもなく、ただ腫れ物に触れるような扱いになる。

 そうして遠巻きにされていると、幼さ故の好奇心から別の人や物に興味を持って近付く事も。

 だがケンタウロスという時点で物珍しく、屋敷の使用人らは好奇の視線を隠そうとしない。

 

「例のケンタウロスだ……近付かない方がいいわよ」

 

「あの赤毛、噂は本当だったのかしら。うわっ、こっち見てる!」

 

 ローリーにはまだ理解出来ない悪意混じりの視線や言葉を遮るのは、決まって大きな背中の老騎士だった。

 

「ローリー、探検ですかな」

 

「見たこと、なかったから」

 

「何がですかな? メイドであれなんであれ、そう無遠慮に視線を向ければ怖がられてしまうでしょう」

 

「脚少ない人。おばちゃんと、おじちゃんじゃない人」

 

「おお。ローリーから見れば、我々の方が脚が少ないのですな。確かに人間を厩舎係と調教師と儂しか知らなければ、自身と馬を世の大多数と思うのも無理はない」

 

「むずかしいことは、わからない」

 

「ローリーは、殆どを厩舎で過ごしている割に、十分聡明だと思うのですがね」

 

 ローリーは公爵の命により大切に、美術品を扱うような丁寧さで育てられた。

 それ故に、最低限の運動以外は厩舎の中に作られたローリーの部屋で過ごす生活。

 6歳まで、ローリーは世界を知らなかった。

 しかし、緩やかな監禁のような日々を変えたのもまた、公爵の命だった。

 

「……メスだったのか?」

 

「えっ!? はい、左様でございます。ローリーはメスのケンタウロスでして」

 

「まあ良い。厩舎係、調教師、我が老騎士よ。このケンタウロスに芸を仕込め」

 

「芸と言いますと、樽に乗ったり?」

 

「違う。狩り、そして礼儀作法だ」

 

 公爵が急にやって来て、突拍子もない命令を下す事には、長く仕えた3人は慣れていた。

 とはいえ、扱っているものがケンタウロス。

 ローリーと、その母親以外に見た事がなかったので、使用人らも手探りだ。

 

「閣下、この老骨にはどの程度の礼節をこのケンタウロスに教えれば良いのか分からないのです。閣下の遠大なお考え、お聞かせ願えればと」

 

「我がレッドメイン家の逸話、貴様らも知っていよう。紋章に描かれた赤き馬、あれはレッドメインの祖が自身の赤髪と同じ赤を持った馬を見つけ、それを飼い慣らした事に由来する。その馬に乗ると群れなす野馬は、レッドメインの祖を群の長と認め、飼育される事を良しとした」

 

 代々語り継がれた逸話を披露し、公爵はいつもの気怠さを僅かに晴らして楽しげ。

 頭の中で組み立てた企み事とその結末に、くつくつと笑いすら浮かべて。

 

「それがレッドメイン興隆の源泉ですな。精強な軍馬と兵にて王家に忠誠を誓い、王国でも類稀な財を成したと。この老骨もかつてはレッドメインの名馬に乗って戦場を駆けたものです」

 

「戦争は無駄に馬を損耗させる。こいつは王家への貢物だ」

 

「なるほど。レッドメインを象徴する赤毛の馬を送る事で、王家への忠誠を示すという訳ですな」

 

「そうだ。レッドメインの猟場には王族も訪れる。馬と狩猟は我が家と王家との重要な繋がり。これには狩りの伴をさせる」

 

 そう言って公爵はローリーを見やるが……当の本人はまるで理解していない。

 ただぼんやりと公爵を見上げるばかり。

 

「理解しているのか、これは。静かすぎる。息子達はこの歳だと、既に騒がしいくらいだったが」

 

「後ほど噛み砕いて説明いたしましょう。厩舎の中しか知らず、鈍いのです」

 

「ならば狩りに連れて行け。ただし傷を付けるな。瑕疵のない完璧なものでなくてはならん」

 

「承知いたしました、閣下」

 

 老騎士は恭しく礼をして、公爵を見送る。

 無茶な要望に条件だろうと、揺らぐ事なく応えるのが自分の役目であると課しているからだ。

 だがやはり、己の役割を理解していないローリーは立ち去る公爵の背をぼんやりと眺めていた。

 

「分かったかい、お嬢ちゃん」

 

「同じ色だった……」

 

「えっ!? あー、まあそういう事もあるね。あまり色の事を言ってはいけないよー?」

 

「そのような配慮についても、幾らか教える必要があるでしょうな。ともかく言葉を教えなくては」

 

 ただ自分と同じ色の毛をした人を見ていただけなのに、何故いけないのか。

 ローリーにはまだ理解出来ていなかったが、それでもこの日、彼女の世界が広がった。

 厩舎のどの馬とも、そこで会うどの人間とも違う自分と、同じ毛の色をした存在に出会ったのだ。

 

 それが自分にとって、どのような繋がりのある人物なのかは、やはり理解していなかったが。

 




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