公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜   作:ケモ耳はヒト耳を置き換える形が好き太郎

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第1の乗り手、女騎士コンスタンス④

 

 ローリーに戦術、戦略に関する知識はない。

 やる事、やれる事、期待されている事も、そのような知識を必要としないものだ。

 つまりは極めて単純に、他の騎兵と並び、敵歩兵への突撃を行うというもの。

 ただこれだけを行う駒としてローリーは戦場に配される。

 コンスタンスに着いて行き騎士や騎兵と轡を並べれば、それは個ではなく波のような圧でもって戦場を駆け抜ける部隊となった。

 

「やる事は単純だ。ボクの隣で槍を構えて走ればいい。他に何も期待はしていないからな、それだけやるんだ」

 

 コンスタンスは金属鎧を身に纏い、槍を担いで遠くを見つめる。

 目の前には平原。その先は帝国領。

 布陣する帝国兵が、豆粒のように見えていた。

 

「その後は? ここまで帰ってくるのでありますか?」

 

「再び突撃の号令が掛かれば、突撃を。そうでないなら待て。我々の指揮はルイスが執る」

 

「辺境伯閣下のご子息ですね。あの方も戦いが好きなのでありますか?」

 

「閣下と比べるのであれば、そうではないな。だが慎重、冷静で指揮官として頼りになる」

 

 と、コンスタンスは評価を口にするが……近くに居た騎士が、鞍上から口を挟んだ。

 

「言い方の問題ではないか? ルイス殿は些か臆病で、責任を回避する選択を選ぶ傾向にある。果敢に攻めるべき時に危険を恐れ、様子見をして戦果を逃した事も多々あっただろう」

 

 と、ルイスを評した直後には、また別の騎士が口を挟む。

 

「待たれよ、ルイス殿が臆病とは聞き捨てならぬぞ! あの方はまさしく若獅子。辺境伯閣下のご子息である事を感じさせる豪胆さを持っておられるのだ。どんな危機であれ、取り乱す事なく指揮を執り続けた事で踏み止まった戦いが幾度もあった事を忘れたか」

 

「だがその危機に陥った、という前提が良くない。始めから果敢に攻め続ければ、そもそのような状況には陥らなかったろうに」

 

「なんか……盛り上がってますね」

 

「ボクはもう知らん。ルイスの奴は前線で指揮を執る事が多いから、ああやって他人に評価を下される機会が多いんだ」

 

 コンスタンスは呆れて腕を組んで瞑目し、時間が来るまで待ちの姿勢に入ったが、ローリーは騎士達による口論とまではいかない会話に「ほうほう」と相槌を打っていた。

 分からないながらも会話を聞いて時間を潰していると……遠くから蹄の音が近付く。

 馬に乗るのは精悍な顔つきの青年。話題になっていた辺境伯の息子、ルイスだった。

 やはり、その場のどの騎士よりも良い鎧を身に付けて、そして堂々とした姿。

 

「俺の話をしていたのか? ポールウィン卿、ブラックウッド卿」

 

「ははは……いや、まさか」

 

「ルイス殿の武勇について、ポールウィン卿と言葉を交わしていたところでございます!」

 

「なるべく格好付いた話をしてくれよ? ──さて、諸君! よく集まってくれた!」

 

 ルイスは馬上から集まった騎士達を見回して、満足そうに頷いてみせる。

 素晴らしい助力を得たと、そう態度で示すように。

 

「今年も帝国の軍勢を返り討ちにしてやる季節が来た! こうして集まってくれた事、我が父からも礼を言ったとは思うが、改めて俺からも礼を言おう! 諸君ら騎兵こそが、王国の槍! その頼もしき(つわもの)とこうして共に戦える事、感謝する!」

 

 演説の途中でルイスは平原の様子を横目で確認し、良い頃合いと判断して槍を掲げる。

 

「我々は敵歩兵の側面を取り、突撃を行う! さあ整然と並べ! 騎兵突撃を仕掛けるぞ!」

 

「い、いよいよ……!」

 

「ボクの横に居ればいい。あとは練習通りに槍を前に向けていろ。貴様にはそれ以上の事は期待されていない」

 

「分かっているでありますよ! ……あの、皆さん槍以外にも武器を持っているでありますね?」

 

「槍だけでは折れた時や、落馬した時に振るう物がないからな。ボクも斧を持っている」

 

「自分は何も持っていないのでありますが!」

 

「鎧と槍を用意してやっただけ有り難いと思え、この馬鹿者が!」

 

「ひえぇ……」

 

 騎馬は横列に並ぶ。

 その勢いと重量を活かした突撃は、歩兵からすれば津波と大差ない。

 それを広く叩き付ける陣形を率いるのは、ルイス自身。

 危険は承知の上。何よりも士気が重要であるから、これこそがルイスの選ぶ最善のやり方だった。

 騎兵突撃という馬という大きな生物が並び、勢いを付けて突撃してくるという、その心理的な衝撃が大きな戦い方もそうだが、戦争には士気が何よりも勝敗に関わる。

 

「さあ行くぞ──」

 

 その点で言えば、この騎兵突撃を率いるのはルイス。

 先頭で馬に乗り、バイザーを下げる。

 それに合わせて立ち並ぶ騎士達もバイザーを下げ、戦闘準備完了。

 ローリーの兜は帽子のような形状だったので、見よう見まねで軽くつばを押し下げた。

 

「──突撃ッ!」

 

 我々を率いるのは、辺境伯の息子。このように立場ある人が自分達と同じように戦ってくれるとなれば、高揚も見込めるというもの。

 だがそれとは別に、初陣の緊張というものは存在する。

 

「っ……! 大丈夫、練習した通りにやれば」

 

 必死に四脚を動かして草原を駆けるローリーは、跳ね回る心臓を必死に抑え込む。

 槍を持たない手を胸に当てれば、金属板を貼り付けた鎧が固く押し返す。

 

「苦しい……」

 

 浅く呼吸を繰り返し、襟首を引っ張れども苦しさは解消されない。

 ローリーの耳は、今まで聞いた事のない大きな音を捉えてペタリと畳まれる。

 蹄が地面を叩く音が連続する様は圧倒的で、その中に居るローリー自身をも苛むほど。

 極度の緊張の中では、あらゆる情報が苦痛に近い。

 

「っうう……騎士になる、なってラシェル様と約束を守る。なりたいんだ、なるんだ!」

 

 無理矢理自分に発破を掛けて、ローリーは槍を力強く両手で構える。

 そうして騎兵の集団は……帝国歩兵の側面へ、戦闘集団の槍の先端が、当たった。

 

「──っ!」

 

 殆どが蹄の音の中、時折強い衝突を示す音が聞こえる。

 ローリーも手にした槍に衝撃を感じはするものの、置いていかれないように走る事に精一杯で槍に当たった何か(・・)のその後は追えなかった。

 ただ、前からも後ろからも聞こえるのだ。

 

「う、ああ! 馬が来る! 馬が来るぞ!」

 

「退け! 動けよ潰され──」

 

「お、おれの脚……どうなって……!」

 

 圧倒的な質量に圧し潰される歩兵の叫び。

 それらを次々と背後に送って騎兵は進む。

 跳ね飛ばすと表現して差し支えのない、そんな暴力を伴って。

 このように騎兵突撃の脅威は目で見て分かりやすく、耳にもよく伝わる。

 突撃自体の破壊力とは別に、恐怖による陣形の破壊が見事に決まれば、歩兵集団は引き裂かれたように散り散りに。

 

「よぉし! 完璧な突撃だ!」

 

 ローリーはとにかく歩調を合わせる事に必死で、気付いた時には歩兵集団を突き抜けていた。

 バイザーを上げたルイスが槍を掲げて声を上げれば、騎士達も呼応して勝鬨が響く。

 

「終わった……? 終わったのでありますか? これで?」

 

 押し下げたつばを持ち上げて、ローリーが周囲を見回せばコンスタンスも声を上げていた。

 身近な人がそのようにしていた事で、ようやくローリーもこれで終わりだと理解して、同じように勝鬨を上げる。

 

「おお! おおおっ!」

 

「おい貴様、声を出し慣れていないな? 不恰好だ」

 

「な、なんですか!? これでも真似しているのでありますが!」

 

「上擦って調子外れな、妙な声を出されてはこちらまで調子が狂う。あとは槍が下がり過ぎだ。もっと敵を見て狙え」

 

「一度に言われても、全部は出来ないのであります……!」

 

「やれ。でなければボクが槍を持ってやろう。背に騎士を乗せれば、貴様は走るだけで良い」

 

 ローリーはむむむ、と声にならない不満を唸りとして訴えるしかなく、コンスタンスは口の端を吊り上げ笑う。

 

「あとは……耳だな」

 

「うわっ、何をする気でありますか!」

 

 コンスタンスはローリーの伏せた耳を摘み上げ、パタパタと揺らす。

 緊張の中にあったローリーの耳は、すっかり伏せてしまって、コンスタンスが弄り回そうともあっという間に伏せてしまう。

 

「まったく……慄いているのが丸分かりだ、馬鹿者め。遮眼帯でも着けてやろうか」

 

「しゃ……? なんでありますかそれは」

 

「ものを知らんな、やはり馬鹿者だ。それで騎士になどなれる訳がないだろう」

 

「でも自分はこうして勝ったのであります!」

 

 ローリーは胸を張って勝ち誇るが、それを見てコンスタンスは鼻で笑った。

 このケンタウロスはこうも鼻高々だが、まるで状況を理解せずに滑稽なものだと。

 

「こんなものは小競り合いに過ぎん。毎年こうして帝国からは先走った連中が、兵が集まりきっていない内から攻めて来るんだ」

 

「まだ続くのでありますか!?」

 

「当たり前だ。明日も明後日も明明後日も、秋が来るまで続くんだよ。まったく、戦争をなんだと思っていたんだ?」

 

「知らないんだから、どうも思わなかったのでありますが! でもまあ、コンスタンス様が教えてくれるから大丈夫でありますよね」

 

「馬鹿も休み休み言え。何故ボクが教えてやらねばならない」

 

「えぇっ!? 教えてくれないのでありますか? 今までは沢山教えてくれたのにー」

 

 ローリーはコンスタンスに向かって、ぐいと身を寄せ肩を当てる。

 普段とは違い目線が合う高さならば、ローリーの身体接触からは遠慮も消え失せていた。

 

「やめろ擦り寄るな! 貴様と違ってボクは落馬するんだ!」

 

「いやぁ、自分は馬鹿なので。優しく言ってくれないと分からないのでありますよ」

 

「貴様のその調子に乗りやすい質、矯正が必要だ……!」

 

 かくして、ローリーの初陣は無事に終わった。

 怪我はなく、かと言ってローリーの戦果と呼べるものもない。

 そんな初陣からでは騎士は遠く、その遥かな道への一歩を踏み出したローリーの側にはコンスタンスが居た。

 教え導くというには、コンスタンスはローリーが騎士になるなど不可能だと考えているが。

 それでもコンスタンスは面倒見の良い気質を隠せないし、ローリーもコンスタンスをナメていた。

 ここまでは和気藹々とした前哨戦。

 これからは、本格的な戦争の季節がやってくる。

 

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